第2話 楽観視
「『顎関節症』です」
「……はい??」
ここは病院。金曜日の朝──私は休みだったので、病院へ赴き、顎の状態を診てもらっていた。丸いすの上にちょこんと腰掛けている私の向かい側に座っている白衣をまとっている中年太りの男──医師が分厚い医学書と睨めっこしながら、私にそう告げた。そして私はどうやら……
───『顎関節症』らしい。
「ルイ先生は“大魔導士”でありながら、魔術学校で教鞭を取られているのですよね……それですと……喋る機会がかなり多いのではないですか??」
「ええ……確かに……」
そう。私は一日中口を動かしている。元々おしゃべりなのもあって、仕事以外の時間帯も常に口を動かしている。しかも私はかなり早口だ。
「教師をされている方はよくなるんですよ。ルイ先生の場合はかなり重症ですね……いつから症状は出始めましたか??」
「痛み始めたのが、ここ半年くらいで……“治癒魔法”で誤魔化し誤魔化し……そんな感じで今日に至るって感じです」
すると医師は私の方へと向き直り、医学書が並んだテーブルの上に置いてあったハンカチで、ハゲ散らかした頭を拭いながら……
「ああーそれ───よくないんですよ……」
「……えっ??」
「やっぱりか……」と言いたげな表情を浮かべ、彼はビン底のように分厚いメガネをずりあげる。
「最初は“治癒魔法”で治るんですけど、だんだん効かなくなってきて、それでどんどん“治癒魔法”をかける時間が増えて、さらに症状が悪くなっての『エンドレス』!!」
「うっ……」
正直言うと思い当たる節があった。前回……“魔王軍の砦”を侵攻した際は、珍しく歯ごたえのある敵と遭遇した。
私は久々の強敵を相手にテンションが上がってしまい複雑な詠唱を必要とする“上級魔法”を何発も打ちまくったのだ。
戦闘中はアドレナリンが出まくっていたので、まだ大丈夫だったのだが、凱旋を終えたその日は“治癒魔法”をかけても痛くて寝られないほどだった。
私はバツの悪さをごまかすために、無意識のうちに言い訳を口にし始める。
「……忙しくて病院に行く時間がなかったもので……でも逆に大きな怪我とかは“治癒魔法”で治せるのに、なぜ顎関節症は治らないんですか??」
私は“治癒魔法”に関してはあまり詳しくない。というのも“治癒魔法”というものは厳密には魔法ではないから。“治癒魔法”を扱うのは魔法使いはなく“神官”と呼ばれる職業の人たちだ。
「うーん……それは難しい質問ですね……厳密にいうと“治癒魔法”というのは神の世界から与えられる『施し』みたいなものなんですよね。ここまではルイさんほどの高名な魔導士であれば、当然ご存じだと思います」
目の前に座っている医師は、クリームパンのように膨らんでいる左手を持ち上げる。そして黒板に文字を書き講義をするようなテンションで説明を始めた。ここまでは彼の言うように私がすでに知っている内容だった。ただ、ここで私も知らなかった“治癒魔法”に関する知識の補足が始まった。
「ここから先は、医療関係者ではないと詳しくは学ばないのですが───治癒魔法とは本来“邪神の下僕”である”魔物”と戦う者だけに対して使用されるものです。つまりほかに病気に対しては使えないんですよね……それだと人間は永遠に生きてしまいますし、そもそも私たちの仕事が無くなってしまいます」
「あっ……確かに 」
ミニスカートから伸びる長い両脚を閉じて丸椅子に深く腰掛けている私とは対照的に、彼は椅子の背もたれにもたれ掛かりながら自虐的な笑みを浮かべてカラカラと笑う。
「ですので……そういった症状は本来は魔法で治そうとしてはいけないんです」
なるほど、それは分かった。ありがたい話はそれでいいとして……
「では……どうしたら良いでしょうか……正直、喋るのが仕事でして、“呪文”を唱える際は、口を動かさないといけませんし」
……そう、呪文を唱える際には詠唱が必要だ。私のように高度な魔法使いになれば、たとえば一年生によく披露している水を生成する魔法などは……“無詠唱”でも可能。
ただ、複雑な造形を生み出す高位の魔法───例えば“氷魔法”の類は流石に口を動かして詠唱をしなければ不可能。つまり仕事をする上では口を動かすことは必須!!
「さて、どうしたものか……」と小さな頭を傾げ、私は思わず胸の前で両手で抱えている帽子をギュッと握りしめてしまった。大きく描かれている三日月模様がクシュリと歪む。
すると医師は先ほどまでカラカラと愉快そうに笑っていたというのに、今度は少しだけ申し訳なさそうに眉をひそめて、
「しばらく休職しなさい」
「えっ!? 」
そう口にした。医師の口から思いもよらない一言が飛び出たことに私は変な声をあげる。
「しばらく休むのが1番です。薬もないんです。これが1番です」
「でもそうしますと……”魔導士部隊”に大きな穴が空いてしまいますし……」
そう“魔導士部隊”の編成はぶっちゃけた話、私という最強の駒がストレスを感じることなく力を振るえるように最大限の配慮を施された上で行われている。
よって肝心の私がいなくなってしまえばアタッカーがいなくなってしまい、敵軍へ侵攻することが不可能になってしまう。
私は胸の前に抱えている三日月の紋章が入った帽子をさらに、ギュウッとさらに強く握りしめた。
そして彼は私の意思に同調するかのように困ったような表情を浮かべ……
「うーん……確かにそれは痛手ですよね……ただぁ……このままですとルイ先生……一生……魔法が使えなくなってしまうことだってありえます」
「うっ……それは……」
「悪いことは言いません。しばらく休みなさい」
「はい……」
(ここまで、はっきりと言われてしまうと流石に引き下がるしかないわね…… )
ただ一方でこの時の私は、忙殺されており、休みがなかなか取れない状況だった。よって、「1ヶ月くらいの休暇がもらえた」と前向きに捉えることにした。
(久々の休みだし、せっかくだから未来の夫と舞台を観に行ったり……のんびり過ごしましょ)
この時はそうタカを括っていたのだが、まさかその後……更なる不幸が襲ってくることになるとは当時の私には知る由もなかった。




