第1話 アギト
「……このように“魔法の詠唱”というものは一つ一つが意味を持っているのです。『どういう意味なのかなぁ〜』っていうのを、想像しながら覚えましょう。それでは今日はこれで終わります」
ここは帝国の“魔術学校”の大教室の一室。
天井はとても高く、10m以上はあるんじゃないかしら。全長2メートルくらいの“タイガーイーグル”が翼を広げたくらいの大きなシャンデリアが4つほどぶら下がっている。
虹色のステンドグラスから差し込む灯りを反射して、本当に綺麗なの。夕方の最後のコマの授業中、ふっと天井を見上げると差し込んでくる西陽がステンドグラスの虹色と溶け合ってとてもロマンチック!! 思わず見惚れちゃうほどなの。授業の進行を忘れちゃうことだってあるわ。
冒頭で言及していたと思うけど私はこの魔術学校にて、後進の魔導士の育成にも関わっている。
戦場で杖を振るい帝国を守り、この学舎では教鞭を振るって『富国強兵』のために尽力するの。
素晴らしいでしょ〜ちなみに私の授業……ものすごく評判が良いんだから
授業終わりになると、いっつも……
「ルイ先生……!! ルイ先生……!!」
って、私のかわいい生徒たちが教卓に押し寄せてくるのよ♪
授業中に寝ている子なんて1人もいないわ!!
皆んな小さな背筋をエコノミークラスの座席に腰掛けている乗客ばりに垂直方向に伸ばしているんだから!! まあエコノミークラスの座席──っていうのは遠い異世界の日常でありふれているイスらしいんだけど、詳しくは分からないわ。
ちなみにさっきの……
『魔法の“詠唱”の一つ一つには意味があるのは〜』
て件なんだけど……
高次元に存在する異世界の情景をつぶやくことによって、そこから流れ込んでくるエネルギーを“魔力”に変換して解き放つの。これが“魔法”よっ!!
この“詠唱文”は長く複雑なものになればなるほど威力が強大になるの。
たとえば、
「先生ー!! また手品見せてー」
丁度今日も教卓の前にさっきまで授業を受けていた子たちが目を輝かせて集まってきているわ!! この子たちはまだ7歳──1年生のクラスだったから、簡単な手品程度の魔法なんだけど……まあ見せたほうが早いか。
「いいわよー!! ちゃんと見ておくのよ……おほんっ!! 」
私はお気に入りの杖のうちの一本を懐から取り出した。長さは大体、私の前腕くらいかしら。太さは私の親指くらい。先に伸びていくほど細くなって先端の部分は小指の先ほどになるけど。ちなみに材質はカシの木よ!! ピンク色と青の縞模様のデコレーションが入っていて、とっても可愛いのっ!!
懐から取り出した杖の先を目の前の教卓に置いてある水瓶に向ける……私は意識を集中。水瓶に刻まれている三本の青い縞模様も子供達とともに私の様子を見守る。
(遠い……遠い異世界から……異空間を伝って”魔力の奔流”が流れ込んでくるのが、ヒシヒシと伝わってくるわっ!! )
そして集中力が最高点に到達したその瞬間!! 私は声を張り上げる!! もちろん詠唱を口にするために……!!
「靴下を裏返して洗濯機に放り込む男とは……結婚するなああああ!!!!」
───ぴちょん
すると、爽やかな水流の音が聞こえ始めて……
───ちょろちょろちょろ……
杖の先から、ちょろちょろと──透き通るように清涼な水が流れ出てきた。そして数秒ほど経つと目の前の水瓶は水でいっぱいになった。
「……すっごーい!!」
「蛇口捻ったみたい……!! ねえねえ!! ……どっから出てきたの……!?」
教卓の前に群がってきた生徒たちの中で、まず大きな声で叫んだのは、私の真正面にいる女の子。ポニーテールにして括ってあるブロンドヘアがかわいらしく揺れた。続いて叫んだのは栗色の癖毛が特徴的でそばかすがかわいらしい男の子。この間前歯の乳歯が抜けたので、笑顔を浮かべた時にできるその隙間がなんとも愛らしいわ。
───とまあこんな感じ。
ちなみに“洗濯機”というものが、何を表すのかは分からない。
高次元の世界に存在する“魔道具”のようなものらしい。ただ、今の一文の中にも
『結婚』『靴下』など、我々が生きている世界で用いられている道具は存在する。
よって、理解できる単語同士をヒントに『知らない用語』の意味をなんとなく想像し、文章をちゃんと覚えること。
これが魔法の“詠唱”をマスターする基本よ。
その後は、流暢に抑揚をつけて言葉を紡いだり、口を動かすことなく、“無詠唱”で唱えたりみたいな応用も勉強するんだけど、その辺りは高学年になってからね。
ちなみに私は5歳の時に、この大教室をいっぱいにできるだけの水を出せたわ。
「みんなも頑張りなさい。私みたいな大魔導士になれるようにね」
「「はーい!! 先生ありがとう!! 」
メガネをかけている子、乳歯が抜けたばかりで前歯が生えそろっていない子、肌が浅黒い子……色んな子達がいるけど皆私の言葉に弾けるような笑顔で応えてくれた。
───子供って悪くないわ。
大人は私という才能溢れる人間に対して、やっかみや嫉妬などをぶつけてくることもあるけど
───子供は本当に純粋。
中には生意気な子だっている。でもそういう子は家庭環境がよくなくて、寂しがりやなだけで……2人っきりで話を聞いてあげると、とっても良い子だったりすることもある。
『一人一人の生徒に感情移入しすぎるのは教育者として失格。ちゃんと一線をわきまえなさい』───そんな風に先輩に注意されることもあるけど
こんな時代なんだ。“魔王軍”との戦争で親を亡くして甘え方も知らない子供達だって教室にはたくさんいる。
───私にくらい甘えさせてあげたい。
私がいつまでも側にいてあげられるわけじゃないけど、甘え方を覚えて、また別の人に甘えればいい。
それで大人になっていって今度は自分が子供たちを甘やかしてあげられるくらい大きな大人になればいい。
わたしだってそうやってここまで来た。
たくさんの人に甘えさせてもらいながら、“大魔導師”になったんだ。
子供達の笑顔と愛を真正面から受け止めたい。
精鋭部隊のエースとして魔王軍を屠りながら、合間を縫って魔術学校の教鞭を取る理由はそれ。
帰り支度をしながら───「今日はお前んちに集合な!!」「晩御飯なにかなぁ~」なんて子供らしい会話が飛び交う大教室の様子を見守りながら感慨に耽っていると……
「んっ……今日は一段と顎の付け根が痛いわね」
───ズキリッ!! と顎の辺りに注射針を刺されたような痛みが走る。
最近授業終わりに顎の付け根のあたりが痛くなる。授業が終わった直後は特に。
帰宅した後に現在の私の自宅に仕えている“神官”に“治癒魔法”を毎晩かけてもらいながら痛みを誤魔化しているのだけど……流石にそろそろ病院へちゃんと行ったほうがいいかしら。
今度の金曜日は休みだし……行ってみましょ。




