第29話 うがい
ここは先程から会議が行われている屋敷のリビング───
「いやよ!? 私こんなヤツとひとつ屋根の下で暮らすなんて絶対に嫌よ!? ルーくんのペットの『ヘル吉』だか『ヘル三朗』って名前のヘルスパイダーと暮らす方がまだマシよ!?」
「!? ちょっ!! ルイさん!! そんな言い方!? あとあの子の名前は『ヘル蔵』ですよ!!」
「ああん!? おお……!! なんだルーシー!! ヘル蔵のヤツもここにいんのか!! 懐かしいなぁ〜あいつオレにすっげえ懐いてたかんなぁ〜久々にアイツと相撲とりてえなあ!! はっははは!!」
「いやあああ!!!!!! ほんと無理なんですけどおおおおお!!!!!」
「あっ!? ちょっ……ルイさん!! やめっ!? お願いだから杖をしまっ……ああああ!!!!! また私の尻尾が氷漬けにいいいいい!!!!! 暖炉!! 暖炉!! もしくは人肌くらいのぬるま湯うううう!!!!」
「はあああ……」
カノンは「魔王軍をクビになる前も似たような悩みを抱えていたっけなあ……」と懐かしい感傷に浸る。胸ではなく胃袋がキリキリと締め付けられるほどに。なんなら───
「……うう……痛い……」
「「「……??」」」
今この瞬間、彼は猛烈な胃痛に襲われている。カノンはテーブルに置いていた両肘を一度畳むとそのまま、両手を自身のお腹にあてうずくまり出した……額には脂汗のようなものが滲んでいる。
一同は皆──これは只事ではないと瞬時に察したようである。
ルイやルーシーだけでなく、先程まであっけらかんとしていたネロまで心配そうに眉根を顰める(ネロは……以下略)
「カノン……大丈夫??」
いつもは、軽口を叩き合っているルイでさえ、この時ばかりは心の底から彼を気にかけている様子。
「ルイ……ありがとう……ただ、正直……大丈夫……じゃない!!」
続いて立ち上がったのはルーシー、
「カノン様!? 痛むのはお腹あたりでしょうか??」
隣には同僚であったネロが同席しているためか、緊迫した状況の中で戸惑いを見せつつも何とか平静を保ちながら原因究明に乗り出す。
「ああ……この辺りだね……あとはその下が……ううう!!??」
彼の白い肌は青白を通り越し土気色を帯び出してきた。これは一大事だ。呼吸まで荒くなり出している。
一方、先ほどまで話題の中心人物であったネロは、
「おおい!? でえじょーぶか大将!? あれだよな!! 腹がいてぇってんなら……そうだ!! トイレどこだ!! さっさとウn……」
あっごめん……彼、一応美系キャラだからそういう汚い描写はNGで。
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私───ルイの右隣に腰掛けていたカノンは急に激痛に悶え苦しみ始めた。
ルーくんは彼の手を握りながら、献身的に介抱に励み、あのバカはギャーギャー騒いでいる。
実を言うと……彼の症状に関して一つ心当たりがあった。
アレは私がルーくんのペットの『何とかかんとか』と遭遇し、村の広場の中央に掘られている井戸まで戻って来た時のこと……
全力疾走の挙句くたばっていたカノンは、私が戻って来たその時は、息を吹き返していた。
その時、彼が腰掛けていた箇所の手元にはあるものが転がっていた。
そう───水を汲むための桶だ。
もし生活用として使われているのだとしたら、変なものを混ぜられたりしないように管理人が常駐しているはず。この村がどれだけ小さい村であっても。
仮に生活水として使うことができる水だとしても、生水は基本的にNG。帝都の水道水なら話は別だけど。
だからそれ以外の地域では《水》魔法を使える魔法使いが飲料水を生成するか、《光》魔法を使える魔法使いがオゾン魔法を発動させて生水を殺菌処理するのが常識。
なのに……
(もお……なんでろくに確認もしないで飲んじゃうのよぉ……)
実は、その時から「こいつ……平気なのかしら??」って心配していたのだけど───「エルフの胃袋は人間より丈夫なのかもしれない」とかって勝手に思い込んじゃって何も言わなかったのよ。
でもこの感じだとむしろ逆だったようね。
「うう……しまったああ、僕はお腹が弱いんだった……魔界の水はどの種族が飲んでも平気なように徹底的に処理されているから忘れていたけど────人間界の水は汚いから迂闊に口にしちゃダメだったんだ……」
(えっ?? 私達の水って、魔界の魔物達にそんな風に思われていたの??)
するとルーくんが、
「ええ!? それはまずいですよ!! 人間界の水は、身体弱い魔物だと『うがいする時に使うだけで、お腹下しちゃうから念の為にうがい用の水も持参しろ』って、修学旅行で人間界に行く時に先生に注意されませんでしたか!?」
(はっ?? うがい……?? 修学旅行……??)
挙げ句の果てに、おバカのデュラハーンまで、
「!?ああん!? 大将それマジかよ!? オイラも修学旅行の前に母ちゃんに『人間界の水はオークのションベンより汚ねえから気をつけろ!!』って、言われたぜ!! まあオイラは平気だったけどよお!?」
何よその偏見!?────しかも、こいつにまでドン引きされるの無性にムカつくんですけど!? あとあんた結局、平気だったんじゃない??
《水》属性魔法を司る者として今の話は聞き捨てならなかったけど、今は状況が状況。
(とりあえず、カノンを寝かせないと……)
ここで、私が口を開こうとした瞬間……
「とりあえずカノン様を寝かせましょう!! ネロはカノン様をさっきの部屋に運んでベッドに寝かせて!!」
「がってんだぜ!! 大将!! ちょっと揺れるけど我慢しろよな!! 少しの辛抱だぜ!!」
「うーん……うーん……」
またまた意外な活躍を見せたのはルーくん。
デュラハーンのネロは洗濯物のタオルでも取り込むかのようにカノンのローブの襟首を掴み片手で軽々と持ち上げる。
そのまま彼を肩に担ぎ、ガシャガシャという金属同士が擦れ合う音を立てながらリビングを後にした。
デュラハーンを見送ったことを確認したルーくんは、
「ルイさんはカノン様の介抱をお願いします!! カノン様はエルフなので人間と身体の構造が近いはずです!! 人間の医療知識に関して、私は無知なので応急処置の類はルイさんに全てお任せします。ネロの後を追ってさっきの部屋に向かってください。彼には『後は私に任せてルーシーのところに戻って』とだけ伝えてください!! 後は私とネロで二人で医者を呼んできます!!」
「分かったわ……!!」
私はリビングの扉を開放するとエントランスホールを突っ切ってそのまま階段を駆け上がった。
(……ルーくん……意外と頼りになるのね)
そんなことを頭の片隅で考えながら。




