第28話 疑念
さて、私───ルーシーはこの屋敷のお掃除に取り掛かり始めたその時から、いくつか存在する不可解な点に気が付いていた。
───まず、柱時計。
柱時計のねじ回し作業には『巻き鍵』と呼ばれる専用の鍵が必須。
この鍵を柱時計の文字盤のどこかへ挿し込み、指に伝わる微妙な感覚を頼りに回し込むことで時刻を調整するのだ。
これ以上のことは私も知らない。だが素人の浅知恵でも、その作業にはそれなりの技術を要するのは想像に難くない。
よって、柱時計は内部構造に関して一定の知見を有する者が管理しなければ、時を刻まなくなってしまう。その管理の周期は約1週間だったと思う。
では、それが屋敷の不可解な点とどう関係があるのか??
───この屋敷の柱時計の針は止まっていなかったのだ。
この屋敷が空き家になったのは、ひと月以上前のこと。
つまり、私達がこの屋敷を訪れる前に既に何者かが、この屋敷に侵入し柱時計のねじを回そうと試みたのだ。しかもここ1週間以内に───
『この物件は、現在別で管理人が存在しており、その管理人が行ったのでは??』という疑問も湧いたかもしれない。
───しかし、これもNOだ。
だとすれば、この柱時計は正確な時を刻んでいたはず……だが、私が初めてこの柱時計が表示している時刻を確認した際、本来の時間帯は夕方であったにも関わらず、この柱時計はなんと八時を指していたのだ。
五分や十分のズレならともかく、流石に四時間近くずれるのはおかしい。回りくどくなってしまったので、要約すると……
(誰かが勝手に住み着いている……??)
ということだ。
何者かが、家主が去ったこの屋敷にこっそり侵入。そして、生活を始めた。
ただ、本人は時計のねじの巻き方などの専門知識に疎く、我武者羅に細長いもので適当に時計をいじくり回してしまった。
よって時計はとりあえず動くようにはなったものの、正確な時間を刻めなくなった───というわけだ。
───不審な点は他にもある。
数ある寝室の中で一つだけ窓の鍵が壊されていた部屋がある。
エントランスホールから廊下へ足を踏み入れた際に一番手前に位置する寝室───後にルイが入った部屋だ。
屋敷を掃除し終わったゴーレム達の仕事ぶりをチェックするために、部屋中を点検していた時に気が付いた。
鍵の留め具の歪み具合から察するに、ピッキングや解錠魔法ではなく、力任せにこじ開けられたことで無効化されたのは間違いない。
さらに、黄昏の薄明りの中では気が付きにくかったが、よーく見ると窓ガラスにも小さなヒビが走っていた。
(……柱時計だけならまだしも───窓まで……)
私の中で疑念が確信へと変わった瞬間であった。
そしてトドメと言わんばかりにドワメルダが話してくれたあの話が私の脳裏を過った。ここ最近『首のない亡霊』が村に出没しているという話だ。
もうお分かりいただけただろう。
(この屋敷は───おバカなデュラハーンが勝手に我が家として居住している!?)
そして、そのおバカなデュラハーンというのが……
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「いやあ~ビックリだぜ!! まさか姉ちゃんがルーシーと大将の仲間だったとはよお~ははは!!」
ここは屋敷のリビング。私の隣に腰掛け、愉快そうに大口を開けて笑っているデュラハーン───『ネロ』である。
「はあ……」
ルイはテーブルを挟んで私の向かい側の席に腰掛けて項垂れている。私の左隣に座っているネロの愉快そうな様子とは対照的だ。
(さて……どう切り出したら良いものだろうか……)
ここまで、この作品に目を通してくださった読者の皆様ならお気づきだと思うが、私──ルーシーはこういう時の言葉選びが大の苦手だ。
しかし、幸いなことに今この場には、かつて魔王軍四天王の中でも最も強いと太鼓判を押されていた大魔導士───カノンが同席している。
(ここは、あえて何も言わずにカノン様に任せた方がいいかもなぁ〜)
というわけで、ここからはカノン様にバトンタッチ!!
〜♫♪〜♪♪〜♪♫〜〜♫♪〜♪♪〜♪♫〜
「ふう……」
何やら「カノン様、後はよろしくお願いします!!」という囁き声が斜向かいのルーシーから飛んできた気がしたカノンは、小さく溜息をつきながら思考を張り巡らせ始めた。
(まずいなぁ……中間管理職暦50余年のベテランの勘が僕に告げている。この二人は混ぜるな危険だ)
自身の目の前の座席に「ドカリ!!」と腰を掛けているネロというデュラハーンは、ルーシーと共にかつて自身の親衛隊の隊員を務めていた。
ネロは本当に強かった。
魔法や特殊スキルの類は全く使わない……というより使えない。
できることといえば、鍛え抜かれたその頑健な肉体と背負われた大剣を振るうことのみだ。
しかし、それゆえに通常攻撃の一撃一撃の重さが半端ではなかった。
さらに彼は《ナニクラッテーモカスリーキズ》と呼ばれる超特殊特性に恵まれているがゆえに、読んで字の如く何をされても「いってーなあ!! おおい!?」で済んでしまうのだ。
よって、小細工なしの一対一の闘いにおいて敗北の経験など皆無!!
もっとも彼本人はそんな恵まれた闘いのポテンシャルとは裏腹に殺戮や暴力を好まない性格であった。
前線に投入されても、ロクに剣を振るわないわ、「何となく可哀想だから」という理由で捕虜の人間を勝手に逃してしまうわといった具合に───活躍するどころか余計な損害が生じる始末!!
それゆえ当然ではあるが除隊の話が上がることも一度や二度ではなかった。その度にカノンは何度───自ら人事部へ出向き、説得に励んだことか……
結局のところカノンが懐刀として忍ばせておく『秘密兵器』という名目で魔王軍への残留を許されたので一件落着したのだった。
(懐かしいなぁ……最初は不安だったけど、適所では大いに活躍してくれたんだよなぁ──ネロ)
神妙な顔つきで思案に耽っている自身とは裏腹に、向かいの座席に腰掛け楽しそうにルーシーと談笑を決め込んでいるネロの横顔(があるはずの部分)を見つめながら、カノンはそんなことを考えていた。
そんな彼の適所とは───
「もおおおおお!!!!!! なんなのよおおおおお!!!!! やっと久々にまともな生活が送れると思ったら!? なんでこんなやつが入り浸っているのよ!?」
単独行動が許容される特殊任務を主に任されるポジション。こういった役職は複雑なコミュニケーションを必要としない。よってルイのように気難しい人間と関わらずに済むのだ。




