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第25話 怒髪天

(いいわ……やってやろうじゃないの───上級魔法だけが私の切り札じゃないのよ!!)



 私は両手に構えた杖をデュラハーンに向けたまま、不敵な笑みを浮かべた。


挿絵(By みてみん)



 すると……



「ああん?? なんだあ……?? 姉ちゃんオイラとやろうってのか?? やめといたほうがいいぜ……」



 そいつは、指先まで甲冑に覆われている手を顔(があるはずの位置)の前で振りながら吐き捨てるように忠告。そして腕を組む。



「オイラばかだからよく分かんねえけどよ、オイラ達はフ(・)ビ(・)ラ(・)イ(・)ハーンだかオ(・)セ(・)キ(・)ハーンとかってやつだからよ。魔法が効かねえんだ」



 何よこいつ……!? 自分の種族名すら言えないの?? 相当のバカね。



「デュラハーンでしょ。最後のヤツはめでたい時に食べるヤツ……」



 別に突っ込んでやるギリなんてない。ただ、流石に自分の種族名すら言えないヤツを倒しても箔が付かないし虚しいなと思ったので私は律儀に訂正してやった。


 するとそいつは膝を打ちながら、



「おお!! それだ!! そのテ(・)ン(・)シ(・)ン(・)ハーンってやつ!! 姉ちゃん賢えなあ!! やっぱ魔法使いって頭いいんだな!!」


「はあ……」



 「それは中華料理屋さんで、出て来る餡かけのスープを掛けたフワフワの卵でとじられている美味しいヤツよ!! フーフーして食べるアレよ!?」というセリフが喉まで出かかったが、グッと飲み込んだ。


 だって今の私───ほんとはめっちゃかっこいいシーンだもの!! それなのにさっきからずっと同じ姿勢で杖構えたままなんですけど!?


 ハラリハラリ……と青い髪の毛が目元にかかり始めてきた。さっさと決着をつけたい。私はため息交じりに呟く。



「ねえ……さっさとかかって来て頂戴」



 しかし……



「ああん……オイラの負けでいいぞ」



(……はっ??)



───ポチャン!!



 私の背後の池で、何かしらの魚が飛び跳ねた音が夜の帳を微かに揺らした。



~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~



「ちょっと!? 今なんて言ったのよ!?」



 私は、自分の耳を疑った。目の前のデュラハーンの口から(口なんてないけど)こぼれた言葉があまりにも意味不明だったからだ。



「だから……オ(・)イ(・)ラ(・)の(・)負けでいいって」


「はああああああああ!!!!!!!!!!!!」



 そいつは「オイラ」と強調しながら、元々大きい声をさらに張り上げた。自分の顔(があるはずの位置)を指さしながら。「あんたの指が指してるのは後ろにあるでっかい山よ!!」と突っ込む余裕なんてないくらい私は動揺した。



「何でよ!?」



 私は一度、二杖(にじょう)流の構えを解いて両手に杖を握りしめたまま、そいつに食って掛かった。



「だって……オイラ喧嘩嫌いだし」



 あろうことか、そんなしょうもない理由───堪忍袋の緒が切れた……というより爆発した。私は烈火の如く切れ散らかす!! 



「あんた……!! そんな恰好してそれはないでしょ!? 袖捲りして臼と杵持って人前に出てきた男2人組が『いや餅なんて突きませんけど??』なんて抜かしたらありえないって思うでしょ!? それとおんなじよ!?」

 

「ああ!! それは嫌だな!! オイラ餅大好きだから!! 餅食いてえぞ!!」


「いや!! そうじゃないでしょ!?」



 『物の喩え』という言葉を知らないのだろうか?? 私は自分が意味不明な喩えを叫び散らかしていることなど棚に上げて、そいつの的外れな返答に逆上した。


 すっかり毒気を抜かれた私は戦意を喪失してしまい、杖を落としてその場にしゃがみ込む。



「はあ……」



 私はグシャグシャになってしまった髪の毛を整える気にもなれず、その場で蹲った。


 すると……



「おいおい……姉ちゃん……何笑っt……じゃなくて泣いてんだよ??」



 「こんな状況で笑ってるわけないでしょ??」と一瞬思ったが、流石にそれくらいの感覚は向こうも持ち合わせているらしい。


 ただ、そもそもそんな言い間違えは普通しないわよ……まあそんなことを言い返す気力はとっくに消失済み。私は肩を落としたまま黙り込む。



「……」


「ええとよお……なんかその……悪かったな……」



 こいつは滅茶苦茶いいヤツなのだろう。考えてみれば勝手に勘違いをして不意打ちを連発したのは私の方だ。本来なら何をされても文句を言えないはずなのに───あろうことかコイツはそんな私を気にかけてくれている。


 上手く言葉にはできないけど、久々にかっこいい場面を魅せられると意気込んだところで肩透かしを食らった虚しさとコイツに対する申し訳なさが頭の中でぐちゃぐちゃになってしまい───私は黙って地面に生えている雑草を見つめることしかできなかった。



~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~



───ポチャン……


 投げ入れられた石ころは水面に衝突すると同時に波紋を広げる。


 発生した波は等間隔で放射状に広がっていき、やがては収まっていく。


 そして、水面は何事もなかったかのように元の静けさを取り戻す。


 ひょっとしたら人間も同じなのかもしれない。


 どれだけ偉大な人物がこの世界に誕生しても───やがては底に沈んでしまう。呼び寄せた波紋も鳴りを潜めながら、静かに静かに少しずつ消え去っていく。


 恐らく私のような大魔導士でもそれは同じなのだろう。人々に称賛され、数多の勲章を授与してきたが───そんな栄光は刹那の煌めき。


 1人……また1人と私の像を忘却の彼方へと放り込んでいき、やがてすべての人々から忘れ去られる。


 歴史の教科書に載ったって大して変わらないわ。どうせ未来の子供達の落書き用の似顔絵に使われるだけよ。


───虚しいものよ。肩書、栄誉、名声なんて……



「はあ……」



 私は草むらの中から小石を拾ってもう一度池の中へと投げ入れる。


 人差し指に引っかかりやすい突起部分が付いていたのかしら……放り投げた小石が描いた軌跡は意外とダイナミック。思ったよりも遠くまで、飛んでいき───



───ファサ……



 なんと向こう岸まで到達した。



「おお!! すっげー!! あっちまで届いたじゃんかよ!?」



 水辺で体育座りをしている私の隣にはなぜか先程のデュラハーンが「ドカリ!!」と腰掛けている。「なんで当然のように私の隣に座り込んでいるのよ……」なんて追い払う気力も今の私にはない。



「……」


「すっげええな!! よおし今度はオイラもやってみよっと!!」


「……」


「オイラは図体がでけえから小石だと小さすぎるな……」


「……」


「おお!! この漬物石みてえなでっけえヤツなら丁度よさそうだな!! せえの……!!」


「……」


「うおお!! すっげええ!! オイラも届いたぜ!! これでおあいこだな!! って……あれ?? なんか思ったより遠くまでいってんな……あっ……」


「こおおおらあああああ!!!!!!!!!!!!! 誰じゃあああ!!!!! わしの家に漬物石を投げ込んだバカはああああ!!!!!?????? 盆栽がめちゃくちゃじゃないか!!!!!!!!!!」


「やっべええええ!!!!!!!!!!!! 力入れ過ぎちまった!? 謝りに行ったほうがいいよな!! なあ姉ちゃんも一緒に行ってくんねえか!! なあ!?」


「……」


「なあ……頼むよ!! さっきオイラに魔法使った時もオイラ許しただろ??」


「……」


「姉ちゃんすっげええかわいいからよぉ……きっとあの爺さんも許してくれんぜ!! ほらジジイって大体スケベだろ?? オイラでもそれくらいは知っt」


「あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「うおおお!? なんだああ!? どおした姉ちゃん!? いきなり叫んで!? 腹でも痛えのか!?」


「あんたいい加減にっっっっっさいよ!!!!!!! さっきからほんっっっっっっとるっっっっさいわねえええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「??……あっ……ああん……??」


「私が1人で悲しみに浸っている時にあんた何よ!? 横でギャーギャー!! ギャーギャー騒ぎ立てて!?」


「ああん?? おい!? 『ギャーギャー』なんて言ってねえぞ!? オイラ……鳥たいぷ? ってやつじゃねえからよぉ」


「そういう意味じゃないわよおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「あっ!? ちょっ!? おいやめ!? オイラ鎧来てるから泳げ!? あああ!!」



 怒髪天を衝いたように憤怒が爆発した私───気が付くと無意識のうちに左隣で立ち尽くしているコイツのお尻に、思いっきり左の廻し蹴りを喰らわしていた。



───ザッパーン!!



 小石が落ちた時とは比較にならない程、大きな水しぶきを上げてそいつは湖の中へとダイブ。裸足で金属製の鎧を思い切り蹴飛ばしたので、私の左脚の脛は赤くなっている。もっともアドレナリンが大量に出ていたためか痛くはなかった。


 ただ自慢の美脚に傷がつくと嫌なので、私はアイシング用の氷を生成し脛にあてがった。


────数分後……



 ひと通りアイシングし終わった私は、湖を後にして屋敷へと帰ることにした。


 ちなみにアイツが入水したことで生じた波紋は私が帰路を歩み出した後も消えていなかった。



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