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第24話 お手玉

 どこまで走ったのだろうか。


 私───ルイは、「ヘル蔵」というワードが耳をかすめた瞬間……脱兎のごとく駆け出していた。


 そのまま屋敷を飛び出てしまい、遮二無二に走る走る!!



 気が付くと村の外れまで来ていた。



「はあ……はあ……」



 息が切れてしまい、私は前のめりになって肩で息をし始めた。


(あっ……ブーツ履いてない)



 なんと私は裸足だった。そういえばカノンのローブの内ポケットに入る時に脱いでいたんだった。



「はあ……」



 私は疲れ切ってしまい、草むらに座り込んでしまった。



挿絵(By みてみん)


 ここは、どこなのだろう……



 この辺りは、まだ散策していないエリアのようだ。目の前には湖が広がっている。広さは大体25mのプールくらい。そういえば魔導士部隊に所属していた時は、仕事終わりにスイミングスクールに通っていたんだったわ。


 ちなみにスイミングスクールを辞めた時期は、正確に言うと魔導士部隊を解雇される直前。新しいコーチがセクハラ野郎で面倒だったから。


 ある日クロールのフォームが間違っているって難癖をつけてきて「オレが教えてやる」なんてニヤニヤしながら、私の手を取るとドサクサに紛れて胸を触ってきたのよ。


 それで頭にきてフロントチョークスリーパーで締め落としてやったわ。そいつは最初、抵抗していたけど3秒経ったら落ちちゃった。そこでそのまま解放。そいつは最後、大の字になって手足をだらんとさせたまま水面を漂っていた。


 その光景を見た時は本当にスカッとしたわ。周囲のコーチや利用者は止めるどころかなんと拍手喝采。皆あいつには困っていたみたい。ああいうやつは口で言っても分からないからガツンと1発しばいてやるのが1番効果的よ。


 そいつはあの後、心を入れ替えて熱心に指導に取り組み始めたらしいけど、もう顔も見たくないから辞めたってわけ。


 アメンボが小さな波紋を靡かせている静かな水面に、そんなしょうもない想い出を投影し終わると私はふと顔を上げた。



「……綺麗……」



 夜空には満天の星空が広がっている。さらに、星空のキャンバスには奥ゆかしさを孕みつつも存在感を放っている美しい三日月が輝いていた───私の魔女帽子に描かれている三日月とそっくりね……ふふふ。



 しょうもない想い出のことなど、すっかり忘れ───私は静謐な夜の闇の衣に身を包んでいた。《闇》属性魔法は一切使えないけど、私は別に《闇》そのものを嫌っている訳ではない。


 もっとも、私のような考え方が受け入れられだしたのは割と最近のこと。それ以前は《闇》属性の魔法を得意だと人前で豪語するのは、あまり好ましいこととされていなかった。

 

 というのも、《闇》属性の魔法の多くは“ゾンビ系”の魔物達が得意としているものだからだ。


 ゾンビ系の魔物達は忌み嫌われる存在。だから奴らが得意としている《闇》属性の魔法にも嫌悪が向けられがちだったってことね。要は『坊主が憎けりゃ袈裟まで憎い』ってやつよ。


 

 まあ蜘蛛程ではないけど、私もゾンビ系の魔物はあんまり好きじゃないわ。だって臭くて汚いもの。



「……」



 ここで私は先ほどまで心地よいと感じていた空気が、急にヒンヤリと沈み込んだように錯覚し始めた。



───ヒュウウウウ……



 汗ばんでいた太腿のあたりを、冷たい風がすり抜けていく。


 背筋にゾワリと悪寒が走った。



「……そろそろ帰ろ……」



 ルーくんのペットのヘルスパイダーは、2人が何とかしてくれるだろう。私は急に人恋しくなり、その場を立ち去ろうとすっと立ち上がった───その時!!



「首い……クビぃ……」


「!?……この気配!!」



 幽霊やお化けは、自分たちのことを考えている人間の近くに現れると昔、孤児院の院長が話していたことをふと思い出した。


 きっとゾンビ系の魔物も同じなのだろう。


 振り返った時……そこに立っていたのは……!!



─────漆黒の禍々しい甲冑


─────190cmを超えるほどの大柄な体躯


─────背中に背負われた2m程の大剣


 そして……



「……こいつ首がない……」



 間違いない……こいつは、



「デュラハーン!!」



 ─────デュラハーンという魔物はゾンビ系の魔物に属している。



 生前は人間の騎士であったけど、何かしらの理由で死んじゃった魂が成仏することなく、なんやかんやあって魔物化したなんて言われているわ。細かいことは知らないけど!!



「おおおりゃあああ!!」



 瞬時にローブの内ポケットにしまっておいた杖を左手で抜くと、詠唱こそしなかったものの、それなりに気合を込めてバックハンドで杖を振るった!!



 スイングに合わせて、雪の結晶を彷彿とさせる幾何学模様がいくつも浮かび上がる!!



「ああん?? なんだ?? 急に明るく……」



 心なしか、目の前に現れたデュラハーンが何か喋った気がするけど、そんなことに構っている余裕なんてないわ!!


 私が作り出した魔法陣はすぐに完成。さらにそれらは鋭利なツララを次々と生成した───そして一気に……



───キュウウウウン!!!!!!!!!!!!



 射出された!! もちろん標的は目の前のデュラハーン!!



「いっでええええ!!!!!」



 どうやら全て命中したようだ。


 辺りに漂っている空気との温度差があったためか、私が放った氷解はそいつに激突すると同時に一気に昇華してしまったらしく、白い煙がモクモクと立ち上り始めた。


 私はローブを一度翻す。全身の神経を周囲に張り巡らせたまま……



(やっかいね……こんなところでデュラハーンなんかと遭遇するなんて……)



 最強の大魔導士である私がここまで、たった一匹の魔物相手にここまで身構えてしまうのには理由があった。その理由は至って単純───



(いくら魔法耐性があるとはいえ……流石に今のは効いたでしょ……)



 デュラハーンは全属性の魔法に対して強力な耐性があるからだ。


 よって、魔法を扱うものにとってヤツラは天敵そのもの。


 ベテランの魔導士であったとしても1対1で正面から戦えば勝率は1割程度。


 だから、魔導士ギルドにデュラハーン討伐の仕事が舞い込んできた場合は、聖騎士《ホーリーナイト》と呼ばれるヤツラを退治することを生業としている専門の業者に外注するのが基本。



(まあ……いうて私は、今まで沢山のデュラハーンを狩ってきたけど)



 ただ、それは私の顎の状態が絶好調だった時の話。


 流石にこいつらを相手に詠唱を必要とする上級魔法なしで挑むのは私でも厳しい。


 負けることはまずないだろうけど、五体満足であの屋敷に帰ることができるかは───正直自信がない!!


 強さだけで言ったらヘルスパイダーなんて比にならない。



(煙が晴れて来たわね……どうかしら??)



 せめて片膝くらいは付いていてほしいと願いながら、じっと目を凝らして前方を見据える……すると───



「……いってててて……」


「!? えっ……うそでしょ??」



 なんとそいつは、無傷!? 首を傾げながら頭にできた小さなたんこぶを擦るような仕草で、こちらへ歩み寄って来る───頭なんて存在しないくせに!?


 そいつは両腕を大きく振り回しながら、プンスカ怒り出した。

 


「おい!? いってええじゃねえか!? いきなり人様に石ぶつけてくるなんてオメエどういうつm……」


「ずありゃあああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「ぎゃあああああああす!!!!!!!!!!!!!!!」




 だけど、そんなの無視。その隙に私は次の魔法を発動した。


 《氷》属性魔法が効かないなら今度は《光》属性魔法───


 私は魔女帽子を深く被り直しながら、帽子のつば越しにソイツを見据えて狙いを定めると、左手に携えた杖の先をデュラハーンに向けて金色に輝く閃光を放射した!!


 《光》魔法は聖なる魔法として、古来から戦闘以外でも重宝されている。ただ近年の医療研究で目に重大な悪影響を及ぼすことが判明した。


 だから、《光》属性魔法の使い手は使用時に眼球を保護するアイテムを装着することが義務付けられているわ。私の魔女帽子もその一つ。これはつばの部分がサングラスになっている。ちなみにブルーライト99%カットという付属機能も付いているわ。


 さて、そんな《光》属性魔法をゾンビ系の魔物は大の苦手としている。雪だるまを焚火の中に突き飛ばすようなものよ!!



(今度こそ流石に……って!? えっ……??)



 金色の眩い光の拡散が止み、帽子を被り直しながら成り行きを見届けていた私───ここで、帽子をかぶり直している右手が「ピタリ」と止まった。


 だって……



「おおい!? 今度はなんだよ!? あの「ビカビカ!!」───って花火みてえなの!? おめえガキの時に『花火はヒトに向けて遊んじゃいけません!!』って母ちゃんに習わなかったのかよ!? ああんっ!?」



 そいつはまるで、「日曜日の昼下がり───家庭に居場所がなくて公園のベンチに寝転んで新聞を読んでいたら、たまたま隣の広場で近所の子供達が公園で野球をしていて……その中で比較的体格の大きい子がバッティングした球が顔に当たってメガネが壊れてしまったことでブチ切れているオッサン」程度のダメージしか負ってなさそうだったんだもの……なんてヤツ!? 



 よく見ると、こいつが着ている鎧は今まで私が狩ってきたヤツラとは比べ物にならないほど豪華な装飾が施されている……


 どうやらこいつ───デュラハーンの中でも高位種に相当する“メッチャ・クーソツエ・ハイネス・デュラハーン”のようね……久々の強敵!!


 ここで私は、杖を1度ミニスカートのベルトにしまう。次に両手を首元に回して紐をほどき始めた。そして……


───バサアア……



 マントを脱ぎ捨てた。先ほどまでマントに覆われていたデコルテの大部分が露出される。冷え切った空気が特に胸元のあたりに突き刺さるわ……


 さらに私は、ミニスカートの裾の布が一番薄い部分に両手を添えると、



───ビリビリビリ!!


 一気に引き裂いた!! スリットドレスのように右脚の付け根まで露わになった。夜闇の中で私の真っ白な太腿は艶めかしく光る。


 そのスカートの切れ目には細(・)長(・)い(・)何(・)か(・)が縫い付けられている。これは『とっておきの切り札』よ……!!


 私は右手で縫い付けられた細(・)長(・)い(・)何(・)か(・)を引き千切った。


 さらにそいつを宙に軽く放る!! 宙に舞う杖───月明りに照らされるその様はまさしくムーンサルト!!


 

(我ながら手慣れたものだわ。大道芸人がやるお手玉みたい。かなり久々にやったけど……)



 それでも私は対峙している相手から目を離さない。


 手元に目もくれず、先程ミニスカートのベルトにしまった杖を右手で掴み取る!! 最後に……


───パシッ!!


 宙を舞っていた杖は持ち手を作っていた左手の中に自分から納まった。ミリ単位で正確に。


 私は右手に持った杖を下段に、左手に持った杖を上段に構えた。


 一連の動作は秒数にして約5秒……最短記録から1秒も遅くなってしまったわね。



「さあ……第2ラウンドよ」



 久々の強敵相手に武者震いを覚え始めた私は、柄にもなくそれっぽいセリフを口にしてしまった。後で思い返したときに顔から火が出る程恥ずかしくなるだろうと頭の片隅で考えながら。


 


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