第23話 留置所
「ああ……出て行っちゃった……」
カノンは、ルイを引き留めようとしたものの、ルイは「ヘル蔵」と聞いた瞬間に血相を変えて飛び出していった。ヘル蔵が余程トラウマだったらしい。カノンは開けっ放しになった玄関のドアを見つめたまま茫然としている。
「本当に蜘蛛がだめなんですね……どうしよう……これから一緒に暮らさなきゃいけないのに……」
ルーシーは残念そうな顔をして肩を落とした。
そんな彼を不憫に思ったのかカノンは……
「まあ心配するな!! この村には空いている馬小屋もたくさんあるみたいだし、ヘル蔵にはしばらくそこで暮らしてもらおう。一緒に餌をあげたり、散歩させているうちに少しずつ打ち解けられると思うよ!! そうすれば、この屋敷で一緒に暮らせる日が来るはずだ!!」
ルイが開けっ放しにしてしまった両開きのドアのうち、カノンは片方を締めながら明るい声でそう言い、ルーシーを安心させようとした。
「!! そっか!! なら良かった~」
ドアの真鍮部分から手を放し、カノンが振り返るとルーシーは両手を合わせてほっとした表情を浮かべていた。頭上のシャンデリアから降り注ぐ新しく灯された蝋燭の柔らかい光が、ルーシーのあどけない笑顔を包み込む。
そんな彼の無邪気な笑顔にカノンもつられて笑顔になる。
「ルイも落ち着いたら、すぐに帰って来るだろう。彼女には悪いけど先に食事を済ませちゃおうか」
そして、カノンはエントランスホールの壁際にいつの間にか設置されていた衣装掛けを見つけると、ローブを脱ぎながら歩み寄っていった。
しかし、
「カノン様……実はなんですが……」
ここでルーシーの笑顔が消え急に神妙な顔付きになった。
ルーシーに背を向けていたカノンは彼の顔から笑顔が消えたことに気が付いたかどうかは定かではないが───ルーシーの声が急に緊張感を帯び始めたことは察知していたようだ。
半分ほど脱ぎかけていたローブを再び着込みながら、ルーシーの元へと再び歩み寄る。
「何かあったのか??」
カノンもまた、真剣な眼差しでルーシーの双眸を見据えて尋ねた。
「はい……さっきの役所で実は気になる話を耳にしまして……」
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「えっ?? 亡霊が出る……??」
「……はい……目撃情報が立て続けに来るんです」
私───ルーシーはドワメルダと雑談に花を咲かせていた。
先ほどのドワーフのおばちゃんが立ち去ってから数分は色々あったので、気まずい空気が流れていたものの───手続きに再び着手し始めるとそれは自然と薄れていった。
さらに今日は私が最後の入館者だったのもあって、私達はそのまま井戸端会議へと傾倒し始め、いつの間にかすっかり打ち解けていた。
その流れで彼女はここ最近の村の出来事を話してくれた。「亡霊」という言葉が彼女の口から飛び出たのはそのためだ。
どうやらここ1週間くらい、村では『亡霊』が頻繁に出現するらしい。
まあ、世の中にはドラゴンやら不死鳥やらが跋扈しているんだ。そもそも私自身も悪魔である。よって幽霊の類が存在していてもおかしくないのでは?? と思われるかもしれない。
確かに存在する。なんなら彼らのようなオカルトの類を彷彿とさせる魔物を分類するために“ゾンビ系”という総称まであるくらいだ。
ただ人間が幽霊やお化けの類を恐れるのと同様に、私達魔物も彼らに対しては薄気味悪いと本能的に感じてしまうのだ。
─────よって、ゾンビ系の魔物達は差別や迫害の対象にされることも多い。
特定の種族を頭ごなしに差別する風潮は個人的には好ましいものだとは思えない。ただ、ぶっちゃけ私も不気味だなと感じており、あまり関わりたくないのも事実。
彼女の口から「亡霊が出る」と聞いた瞬間───私の胃袋は「キュッ!!」となってしまった。反射的に尻尾を折りたたんで両手で抱きしめる。手の中でプルプルと震える私の尻尾。
「ええ……亡霊かぁ……怖いなあ……」
「そうですよね……私も最近、夜は出歩かないようにしているんです」
ドワメルダさんも私に同調するかのように小さな身体をさらに小さく縮めている。
「なにか特徴とかあるんですか……??」
私はサキュバスなので本来は夜行性。魔王軍を去って以来、夜に外出をする機会はめっきり減ったが、やはり夜の世界こそが自身の活動時間であると本能に刻まれているのだろう。無意識のうちにそんな質問を投げかけていた。実際に遭遇する可能性を考慮して。
ドワメルダさんは、愛くるしいその顔に精一杯の真剣な表情を作って頷いた。
「はい……外が暗いので、ハッキリとした特徴はまだ上がっていないんですが─────どうやら甲冑に身を包んだ頭のない亡霊らしいんです……」
「えっ……??」
ここで、先程までのシリアスなムードが一気に冷めてしまうほど間の抜けた声を漏らしてしまった。
しかし、ドワメルダさんは私の態度とは裏腹に恐怖に慄きながら目を「ギュッ!!」と瞑って話を続ける。
「それで……『首ぃ……クビィ』と恨めしそうに呟きながら、両手を突き出したまま彷徨っているみたいなんです……ブルッ!!」
「……」
思い当たる節がバキバキにあった私は───なんと答えたらいいか分からなくなってしまい、返事を返せずに黙り込んでしまった。
「もう怖くて怖くて……噂では『地獄の留置所から脱獄して、道ずれにする相手を探し回っている』とか……暗くなる前にお帰りになったほうがいいですよ!!」
ドワメルダさんがそう言い終わると、バックオフィスの方からドワーフのおじ様がやって来た。
「ごめんね。今日は閉館だから、またおいで。これからよろしくね。お嬢さん」
そう告げられた私は、そのまま役場を後にしたのだった。




