第22話 甘噛み
うたた寝を決め込んでしまった私が目を覚ましたのは、カノンが帰路を歩んでいる途中だった。
───ザッ……ザッ……
村の舗装されていない道路は歩く度に振動が直接伝わって来る。
その揺れで起きてしまったらしい。
目が覚めて数秒後は自分が置かれている状況を把握することができなくて少し戸惑ったのだけど、カノンの匂いを吸い込んだ瞬間に私はそれまでの経緯を瞬時に思い出した。
(こいつ……めっちゃいい匂いよね……)
昨日初めて、カノンの匂いに触れてからというものの───私は彼の匂いの虜になってしまったようだ。
先ほどから無意識に、内ポケットの布の部分を両手でにぎにぎしながら顔を近づけて口元にあてがってしまう……「子供かよ??」ですって───しょうがないじゃない!! 私は匂いフェチなのよ……
ここで、内ポケットの中で私がモゾモゾと動いていることに気が付いたのだろうか。
「?? ルイ……目が覚めたのかい??」
カノンがローブの内ポケットを捲りながら私に声をかけて来た。
しかし、内ポケット内は相変わらず真っ暗なまま───恐らく外はもうすっかり夜なのだろう。
「んっ……ええ。思ったより居心地が良くて、寛いじゃったわ」
「そっか……ははは!! そりゃ良かった!! またいつでも遊びにおいでよ!!」
何よその、初めて女友達を自室に泊めた時の男子学生みたいな反応は??
寝起きで少し靄がかかっている頭の中でそんなツッコミをいれた。
ここで私は話題を変えることにした。
「あとどれくらいで着きそう??」
「ん??……丁度目の前だよ」
その直後───コツコツ……と玄関ポーチまで伸びる小さな階段を昇る足音が聞こえ始めると同時に、上下に揺れる振動が私のお尻に伝わってきた。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「ええとお……ルイさん……」
「……」
さて、身体もすっかり元の大きさに戻った私は目の前でかわいいエプロンを締めたままあおろおろしているペットをどうしてやろうかと考え中……
「……ルーくん??」
「!! はい!?」
ルーくんは、素っ頓狂な声を上げて背筋を伸ばした。
「何よ……私のこと、そんな風に思っていたんだ~??」
「あっ……いや……えっと……すみません……」
私は、魔女帽子を一度脱ぐと頭頂部の乱れた髪の毛を整えながら、ルーくんの元へと歩み寄る。彼はどういうわけか、もじもじしながら謝り始めた。
「別に謝る必要なんてないわよ。悪口言っていたわけじゃないんだから??」
彼の傍まで来た私は彼の背後にゆっくりと回りこみながら両肩にそっと手を置く。彼の肩が「ピクン!!」と揺れた。同時に太腿のあたりに何かか触れた。恐らく彼の尻尾だろう。
そう。彼は別に私の陰口を零していたわけではない。むしろその逆───ちなみにこういうのを『日向口』というらしい。
これまで、たくさんの男性に口説かれてきた私にとって、その魅力を褒めたたえられることなんて珍しくもなんともないこと───「おはようございます」と言われるくらいの感覚だ。
ただ、ここ最近は嫌なことが立て続けに起こって自己肯定感が下がっていたから、無性に嬉しかった。しかもあんなにストレートに褒めちぎられたのは初めて。
「ああ……はい……まあ……でも……」
ルーくんはエプロンの裾をにぎにぎしながら、一生懸命洗濯されたであろうカーペットを見つめて口ごもる。さっきまであんなに矢継ぎ早に言葉を並べていたというのに、その勢いはどこへ行ったのかしら??
私は耳元にかかっている彼の癖っ毛を手櫛でとかしてあげながらピンと尖っている耳元を露出させる。私が優しく指先を触れさせる度に、彼の身体が「ピクン!!」と震える。
(もっといじめちゃおうかしら……ふふふ)
─────私の嗜虐心に火が付いた。
宮廷の庭園を舞っていたレインボーバタフライの羽のように綺麗な耳……近くで見るとほんとにかわいいお耳だわ……ふふふ……
「ふ~」
「!? ひゃん!?」
私は吐息を吹きかける。彼は裏返った声で、悲鳴をあげた。そしてそのまま……
「はむっ……!!」
「あん……!!」
私はルーくんのツンと尖っている耳を唇で甘噛みした。ルーくんはさらに甘ったるい声を上げる。すると……
「ふにゃあ~」
すっかり骨抜きにされ、その場にぺしゃんと座り込んだ。
半開きになった口元からは、ほんの少しだけ涎が垂れている。
(あら?? またやりすぎちゃったかな??)
かなり手加減したつもりだけど、思ったより刺激が強かったらしい。私はそのままルーくんの隣にしゃがみ込むとローブの裾で彼の口元をぬぐってあげた。
そして、すっと立ち上がると、
「まあいいわ。ところでルーくん……」
「はい!?」
少しだけ口調を改めてルーくんの顔を見下ろしながら私は宣う。ルーくんは虚ろになっていた目をパチパチとさせると、返事をしてその場に立ち上がった。
ピンと耳を欹てて私の次の言葉に注意を払っているらしい。
「……お掃除ご苦労様……とっても綺麗よ」
「えっ!! あっ!! いえ……どういたしまして……!!」
予想以上に綺麗でビックリだった。さっきは屋敷内の様子を見ていなかったので、中がどんな様子だったのかは詳しく知らない。
ただ外の状況を鑑みるに中もなかなかの惨状だったことは想像に難くないだろう。やっぱりこの子はただのかわいい男の子ではないらしい。なかなか殊勝だ。ますます気に入ったわ。
「これからもお掃除よろしくね……特に……」
「ふえ……」
「私のお部屋のベッド周りとか……念入りにね……ふふふ」
私は悪戯っぽくウインクをしながら彼にそう告げた。
「あっ!! ひゃい……」
彼は照れくさそうに笑いながら、返事をした。
「あはは……」
カノンはそんな私とルーくんを見て苦笑。とここで、カノンは何かを思い出したように急に「ハッ!!」とした表情になった。
「ルーシー!! そういえばヘル蔵のことなんだけど……」
「あっ!! そうだった!! ヘル蔵のやつ……どうでしたか??」
ここで、私はさっきまでの余裕たっぷりの態度が一変……血の気がサーッと引き、おでこの辺りからは汗が流れ始めた。
「それなら今僕が収納魔法でここに入れておいたよ。そろそろ目を覚まs……って!! ルイ!? 」
「いやああああああああ!!!!!!!!! 蜘蛛はだめなんだってばあああああ!!!!!!!!!!!」
私はカノンが言い終わる前に屋敷を飛び出し暗闇の中へと消えていった。




