第19話 汗腺
屋敷の門前の路を歩き続けること5分───私は、役場と思しき建物を発見した。
なぜ役場だと思ったのか。それは、
「なんかあの建物だけちょっと立派だなあ……」
他の建物は平屋もしくは2階までしか存在していないにも関わらず、その建物だけは3階まで存在しているからだ。
いまゴーレム達に清掃作業をさせている屋敷と同じくらいの大きさ。しかもこっちは、清掃も行き届いているようだ。
私は尻尾をパタパタと振りながら駆け足で、その建物まで駆け寄り、十数段の石階段を2段飛ばしで昇って行った。
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「ふう……なんか分かりにくいなあ」
階段を昇り終わるとさらに道が伸びていた。蛇行しながら伸びているその道を辿っていくと、私はようやく正面玄関に到着。いや……これは村中に延びている路に対して背を向けているから厳密に言うと正面玄関ではないのか……
そんなどうでもいいことを考えていると……
「あら?? お嬢ちゃん?? なんか用かい??」
「あっ……はい」
ほんの少しびっくりしてしまった私は肩を少し震わせた。それに合わせて尻尾までピョコンと揺れる。後ろから誰かに声をかけられたみたいだ。ゆっくりと振り返ると……
「見かけない顔ね~ここはドワーフしかいない村だから当たり前だけど」
そこには頭頂部までの高さが私のお腹辺りに達するか達しないかくらいの小柄な中年の女性が立っていた。説明されなくてもすぐに分かる───ドワーフだ。
「そうなんですね……」
酒焼けしたしゃがれ声で、不思議そうに私の顔を見上げるドワーフの女性。敵意がないのは明らかだが……私は正面から顔を突き合わせてしゃべるのが苦手。体を少し斜めに向けて適当に相槌を打った。
それにしても、この村に来てから現地民に出会うのはこれが初めてだ。私は街道を歩いて正面口からこの村に足を踏み入れたわけではないので、村人と遭遇する機会がなかったから。
第一村人であるドワーフのおばちゃんは立て続けに口を開いた。
「あれかい?? もしかして最近越して来たばかりとかかい??」
「そうですね……まあ、そんな感じです!!」
「へえ!! これはびっくりだよ!! こんな田舎の村にわざわざ引っ越して来るなんざ……出て行くヤツは毎年何人もいるけどさあ!!」
田舎あるある───過疎化がどんどん加速する。
なるほど、私達がこれから住むことになる住居も、先住人が帝都に引っ越したとかで、空き家になったのだろう。その割にはシャンデリアの蝋燭の片付けが終わっていなかったりとやや不審な点が残るが。
まあそんなことはどうでもいい。本題に入ろう。
「それで村y……」
「ああ!! 役場ならそこだよ!! 」
「ああ……ありがとうございます……」
私が言い終わる前に、おばちゃんは被せるように返答。話が早くて助かる。
しかし、おばちゃんの口元から唾液が一粒飛んで私のミニワンピースのすそにかかってしまったので、私は一瞬顔をしかめそうになった。
もっとも、そんな私の様子に気が付くこともなく、おばちゃんはこちらに身を乗り出す。思わず顔を背けてしまいそうになったが、ここでおばちゃんの口から嬉しい発言が飛んできた。
「なんならあたし手伝ってやろうかい??」
「えっ!? いいんですか!?」
これはありがたい!! こういうタイプはぶっちゃけ少し苦手。しかし、ここは名もなき片田舎の村だ。ゴミの出し方や、ご近所同士のお付き合いなど様々なローカルルールが存在するかもしれない。知らず知らずのうちに、うっかり禁足事項に抵触してしまい村八分にされる……なんて事態もあり得る。
だが現地民と仲良くなっておけば、そんな事態は回避することができる!! 私はその申し出をありがたく受けることにした。
「助かります~!!」
秋の鈴虫が奏でる少し寂し気だがどこか懐かしいメロディーをBGMに───私とおばちゃんは、広場を横断すると村役場の正面玄関の扉を開けて中へ入っていった。
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入館すると、思ったより人(ドワーフは人間ではないが、数え方が分からないので以降は『人』で統一する)が多くてびっくりだった。
もっとも大半は、空いている席で世間話に花を咲かせたり、チェスを打って時間を潰しているだけのようだ。
よって入館と同時に整理番号板を手に取ることなく、窓口へと通してもらえた。
しかし───そこからが長かった。
「ようこそ!! 入村届の提出ですね!!」
通された窓口の目の前に設置されていた椅子に腰かけると同時に、ブロンドの髪の毛を三つ編みで束ねているかわいらしいドワーフの女性が受付を始めた。
なかなか察しがいい。彼女は一目見ただけで私が転居者だと察知したようだ。
「はい!! ええとそれで……」
「あらドワメルダちゃん久しぶりね!! 仕事はどうだい??」
ここで私の返事を遮ったのはさっきのおばちゃん。
窓口は全部でたった2つ。個人情報漏洩を防止するための仕切りすらない。
おばちゃんは当然のように隣の窓口の椅子を勝手に引きずって私の椅子にピッタリとくっつけた。そして、その椅子に腰掛けながら、『ドワメルダ』と呼ばれた若い女性のドワーフに話を振る。どうやら知り合いらしい。
「えっ?? ああ!! はい順調ですよ!! ええと話を戻しますね……貴方様のお名前をまずはこちらの用紙に記入していただけますか??」
ドワメルダは、一瞬面食らったように大きくてクリクリの大きな目を丸くしたものの───すぐに平静を取り戻して事務手続きを再開。
「はい!! ええと羽ペンを貸しt……」
屋敷のゴーレム達の様子が気がかりだった私は、さっさと手続きを済ませてしまいたかったので、少し早口で即答。ドワメルダから羽ペンを受け取ろうとしたが……
「よかったわああ~もうすぐ3年目だっけ?? アタシがこの村に帰ってきたばっかの時なんて、まだ小さかったじゃないのお?? なんだかんだでもう十何年も経っちゃったんだねえ~」
おばちゃんは、ご機嫌そうな様子でまた喋り始めた。さらにエプロンのポケットからマッチとタバコを取り出すと……
───カシャッ!! シュウ〜!!
「……ふう〜!!」
なんと火をつけた。そして煙を燻らせながら懐かしそうな目で向かいの職員席に腰掛けているドワメルダを見つめる。あれ?? ここってたぶん禁煙だよ……??
副流煙は身体に悪い。《毒》属性の魔法を専門としている私はニコチンの害悪性を嫌というほど熟知しているため、思わず顔を背けてしまった。
「はあ……そうですねえ……懐かしいですね……」
一方のドワメルダは顔を背けたりはしなかったものの……先ほどは、淡々とした様子でおばちゃんをあしらっていたが、少し鬱陶しくなってきたのだろうか。金色の眉毛をハの字にしてため息交じりにそう返した。記憶が不鮮明な子供時代の話を持ち出されると微妙な反応になるのは、全種族共通らしい。
これで流石におばちゃんのしゃべりも収まるかと思ったが……
「やーね!! 懐かしいだなんておばさん臭い!! まだ若いんだから~それよりどうなの?? イイ男はいるの?? 最近この村も高齢化ってやつ?? もおどこもかしこもオッサンかババアだらけで出会いなんてないでしょ~」
私とドワメルダから一瞬顔を背けて煙を吐き出すと矢継ぎ早にまたまた喋り始めた。
「ババアはお前だろ!! ……なああんて感じかもしれないけどさあ!! あっはっはっは……!! 昔だったら『あそこの息子と見合いでもしたら??』なんて、いっぱい紹介してあげることできたんだけどねえ……最近はもう……」
一服決めたことで益々エンジンがかかったのだろうか?? 私とドワメルダを置いてけぼりに独走をし始めた。まるで暴走機関車だ。止まる気配が……ないっ!!
(いや!! 脱線してばっかで話が進まないよおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
おばちゃんあるある───世話を焼いてくれるけど、かえって邪魔(な時もある)。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「あのお……すみません……やっぱり自分でやるので大丈夫です……!!」
20分ほど経過しておばちゃんが2本目のタバコを取り出そうとしたタイミングで私はようやく「待った!!」をかけることができた。
「あらそうかい……?? まあ、まずは何でも自分でやるの大事だものね!! 余計なお世話だったかしら??」
「いえいえ!! でも助かりました!! 村のこと色々教えてくださってありがとうございました!!」
まさか『そうだよ!!』と返すわけにもいかなかったので、私はリップサービスで適当に返事を返した。
「なんもだよ!! 困ったときはお互い様さ~アタシはここの建物の向かい側で宿屋と酒場をやっているんだ!! まあこの村で酒場経営してんのはウチだけだからすぐに分かんだろ!! 落ち着いたらいつでも遊びにおいで~!!」
「は~い!!」
おばちゃんは、携帯用の灰皿にタバコを押し付けると椅子から立ち上がる。そしてそのまま自分が勝手に持ち出した椅子を片付けることなく、役場を後にした。
───キイイイ……バタンッ!!
両開きの役場のドアが閉まり切った瞬間……
「「はあ……」」
私とドワメルダは全く同時にため息を零した。ドワメルダのミントか何かしらの香が混じった吐息が私の鼻腔をかする。少しドキッとした……
「すみません……悪い人ではないのですが……」
ドワメルダは愛くるしいその顔に、申し訳なさそうな表情を作って私に謝罪を述べる。
「いえいえ!! あの……えっと……はい!! 大丈夫です!!」
上目遣いが非常にかわいらしく私はさらにドキッとしてしまった。思わずしどろもどろになる。
目を合わせて喋るのが苦手な私は、それとは対照的に目を輝かせてこちらを見つめ始めたドワメルダの顔から少し視線を下げて手元の書類に目を通そうとした……がっ!!
(あれ?? ボタン外れてる??)
スカーフに覆われていないブラウスのボタンがいくつか外れており、豊満なバストの谷間が露わに。針の先ほどのサイズのほくろが1つ……2つ……
すると一瞬固まってしまった私を不思議に思ったのか───ドワメルダは、私より細い首を小さく傾げて、私の視線を追い始めた。そして、
「あっ!! ごめんさない!!」
ブラウスのボタンが開いていることにやっと気が付いたらしい。ドワメルダは恥ずかしそうに顔を赤らめて、咄嗟に両手で胸元を抑えた。
「あっ!! いや!! えっと!! あっ……!? こっ……こちらこそ!!」
その仕草もまた可愛らしいことこの上なかった。私はさらに言葉に詰まりながら、短く謝罪───緊張がピークに達してしまい、翼の先まで汗をかいてしまった(汗腺は翼の先まで張り巡らされている)
「……」
「……」
こうなるともはや事務手続きどころではない。
私達はお互いに顔を赤らめながら、気まずそうに黙り込んでしまった。




