第18話 同窓会
(ふう……とりあえずエントランスは何とか終わったなあ……)
私───ルーシーは、空き家の掃除中。
まあ……家というより屋敷って言っても差し支えがないくらいこの建物は広い。
私は、先程まで使っていた箒を立てかけて、置き去りになっていた小さな椅子に腰かけた。
「……んっ??」
椅子に腰かけた瞬間───お尻に硬い感触を覚えた私は、少しだけお尻を浮かせながら腰を落ち着けた部分に目をやる。
(……綿がかなり飛び出ているなあ……あとで詰め直さないと)
「ふう……」とため息をついて、エントランスホール内を見渡す。
「うーん……本当は凄く立派な屋敷なんだろうなあ……」
灰色の漆喰壁はムラが一切なく、下半分には木製の腰壁が取り付けられている。柱や縁取りには大理石が用いられており、上部には壁前面のものとは異なる漆喰が装飾のために塗られているようだ。
天井は高く二階まで吹き抜けになっている。高さは何mだろう……恐らくサイクロプスやボストロールなどの大型の魔物がジャンプしてようやく届くくらい高いだろう。
以前の家主が、屋敷を後にする前は広いエントランスホールの隅々まで優しい灯りで照らしていたであろうシャンデリアは───とても寂しそうに天井からぶら下がっている。蝋燭をたてる部分に相当する蝋管には、まだ半分ほど蝋が余っている蝋燭がちらほら残っている。
「……」
ここで私は唐突に寂しさに襲われた。
寂しさを紛らわすためにふと壁に設置されている柱時計に視線をやる。時計の針は8時を指している。しかし、カーペットが敷かれている床全体はステンドグラス越しに差し込む陽光に照らされている。
日はまだ傾き始めたばかりのようだ。よって本来の現時刻は大体4時くらいだろう。この時計はかなり遅れている。最後にねじを回されてからそれなりに時間が経っているようだ。
(……カノン様達……早く帰ってきて欲しいなあ……でも……)
カノン様とルイさんが帰ってくるまで、お掃除を全て終わらせないと大変なことになってしまう。ガラスの靴を履いてかぼちゃの馬車に乗り舞踏会へと赴いた某お姫様の気持ちが少しだけ分かった。
しかし、私の元には都合よく魔法使いのお婆さんがやって来ることはない……さてどうしたものか───部屋の数を正確に把握していないが、まだ1割も終わっていないことは確か……んっ??……待てよ!!
「そうだ!! あの手があった……!!」
(魔法使いのお婆さんなんて必要ない。だって……自分で魔法を使えるから!!)
私は勢いよく立ち上がった。その勢いが凄すぎたため、椅子がガタンと大きな音を立てて倒れる。私はビックリして「ひゃん!!」という変な悲鳴をあげた。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「よし……まずはこの雑草を全部枯らしちゃおっと」
私は、玄関ポーチを降りて玄関通路の脇に立つと、荒れ放題の芝生を見回しながらそう呟いた。
ここで一つ説明しよう───私の魔法タイプは……“生ごみ発酵機”だ。
よって十八番は《闇》《毒》そして……《土》属性魔法。
屋敷の庭はそこそこ広いがこの程度であれば、5分ほどで全ての雑草を一網打尽にできる。
私は、広背筋に思いっきり力を込めた。背中の翼を勢いよくはためかせて上昇。
───バサッ!!───バサッ!!
数秒も経たないうちに、屋根の上まで到達。風見鶏の頭頂部を右手で掴んでうっかり足を滑らせても滑落しないように体を支える。
左手で手庇を作って地面を見下ろす。屋敷の敷地内のそこかしこでは、得体の知れない植物のツタやらなんやらが我が物顔で地面を覆い隠している。
「うう……ちょっと怖いなあ……一応空飛べるんだけど高い所苦手なんだよなあ」
─────私は高所恐怖症なのである。
「さっさと終わらせちゃお……」
ここで私は西陽がかかり眩しそうに細めていた目を完全に閉じた。そして意識を左胸の心臓に集中……大動脈が波打つのに合わせて体内の隅々まで魔力を行き渡らせるイメージを浮かべる。
───ドクン……ドクン……
(よし……いい感じだ)
心の中で私はそう呟くと、利き手の左手を突き出した。
息を大きく吸い込む……そして……「カッ!!」と目を見開いた!!
「同窓会って……最初は『ええ!! ひっさしぶり~!! 元気してたぁ?? ちょっと痩せたんじゃないのお??』みたいな懐かしい雰囲気に包まれて談笑できるけど……中盤あたりになると『なんかあ……うちの息子の塾代、月に10万以上かかって大変なのよお……夏合宿とかも含めると一年で200万くらい余裕で飛んじゃうわあ~』みたいな何気ないマウントの取り合いになるから、ぶっちゃけあんまり行きたくないよねー!!」
詠唱をした。
すると、私の掌からは紫色の禍々しい光を放つ小さな魔法陣が浮かび上がってきた。さらに、
「!! おっ!! うまくいったみたい!!」
屋敷全体が私の掌から浮かび上がってきた魔法陣と同じ色の結界に包まれた。やがて屋敷は紫色の半光球に包み込まれる。
その結界は徐々に発光をはじめ、強くなっていく。
ついには眩い光が太陽の日差しに匹敵するほどまでに……そして!!
───ヒュウウン!!
地面に落ちたつららが割れた時のような音が鳴り響くと同時に光は収まった。
「……うん!! 除草完了!!」
先ほどまで荒れ放題だった敷地には、土が顔を出していた。雑草は一本残らず除草完了。
その土壌はとても柔らかく、肥沃なのは一目瞭然だった。これなら家庭菜園もいけそう!!
でもその前に……
「よしっ!! じゃあ次の作業に取り掛かるか!!」
私は再び、左手をかざすと……
「同窓会で、二次会のカラオケに行った時に合唱祭で歌った曲を選曲すると『ああ!! 懐かしい!! あの時は放課後まで残って皆で練習したよね……金賞とれたの本当に嬉しかった……』と皆で大盛り上がりして胸が「キュッ!!」と痛くなったりするから、帰り道で『やっぱり行ってよかったな……同窓会……』ってエモい気分になるよねえええ!!」
再び詠唱を開始。
すると……
───モコ……モコ……モコモコ!!
今度は先ほどの土壌から人形が形成され始めた。大きさはまちまちだが、身長はだいたい150cm後半から180cm前半くらい。
一体……二体……と数えていくうちに、やがてそれらは屋敷の敷地半分くらいを埋め尽くすほどにまで増えていった。
片膝をついた状態で誕生した土人形たちは、パラパラと立ち上がり、最後の一体が立ち上がったのを私は確認した。
ここでもう一度大きく息を吸う。そして左手をメガホンのように口元にあてがうと、
『ゴーレムの皆さあああん!!!! こんにちはあああ!!!!』
私は大声でそう叫ぶ。その反応は……??
「「「ういいいいいいい」」」
彼らは、右手を掲げて高らかに応えてくれた。ちなみに彼らには目や口がないためのっぺらぼうのような顔をしている。どのように発声を行っているかは不明だ。
私の挨拶に返答できていることから、とりあえず人を襲ったりすることはなさそう。さらに、
『皆さあああん!! 盛り上がってますかああああああ!?』
「「「ういいいいい!!!!!」」」
簡単な知能テストを行う。私の指示を理解できるかどうか確かめるためだ。
「おほん!!」とわざとらしい咳払いを1度挟む。秋の空気は乾いているため、声を張りにくい。
(よし!! 続いては……)
『じゃあまずは……おとこおおお!!!!!!!!!!!』
「「「ういいいいいいい!!!!!!」」」
少し野太い声が木霊する。
『おんなあああああ!!!!!!!!!!!!』
「「「はああああああい!!!!!!!!!!」」」
先ほどよりも少し甲高い声が木霊する。
『その間あああああ!!!!!!!!!!』
「どんだけえええええええ!!!!!!!!」
───うん。問題なさそうだ。
私は満足そうに頷き、鼻の穴を少しだけ膨らませた。本題に入ろう。
『では皆さん!! 元気そうなので、仕事に取り掛かってもらいますね!!』
「「ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ……」」
『はい!! そこ!! 無駄話しない!! ええっとですね!! 皆さんには、屋敷の中を掃除してもらいまあああす!!』
独りではとてもではないが終わらないと判断した私は───彼ら彼女らに協力を仰ぐことにしたのだ。
先ほど、庭の雑草を全て駆除したのはゴーレムを創造するため。《毒》魔法の中に、ほんの少し《土》魔法をブレンドすることで、除草された後の土壌に栄養素を混ぜることができたから良いゴーレムができた。なお詳しい原理は割愛。
声を張り続けるのはしんどいが、大事な指示をまだ出していないため、気合を入れて私は自身に活を入れる。
『室内の作業で直接日に当たることはないですが、水分補給を忘れないでくださいねえええ!!!!! 喉が渇く前にいいい、そこにある井戸で水を飲んでくださあああい!!!!!』
「「「ういいいいいいい!!!!!!!!」」」
室内だからといって油断は禁物。熱中症を舐めてかかると痛い目にあるので気を付けましょう。
そして私は、ここでもう一つ───彼らのモチベーションを引き上げるために、
『ちなみにいいい!!!!! 一番頑張った方にはあああ……なんと景品がありまあああす!!』
「「「おおおお!?」」」
追加報酬をちらつかせる。彼らは刮目して(目がないけど)、私の次の言葉に耳を(耳もないけど)傾けた。
『それは……』
「「「おおおおおお!!!!!!?????」」」
もったいぶりながら、私は彼ら彼女らを煽りまくる。
『それはああああ……!!!!!!』
「「「おおおおおおおおおおおお!!!!!!?????」」」
まるで魔界で年に一度開催される“暗黒神フェス”のステージのような盛り上がり。今回創ったゴーレムはノリがいい。
ちなみに以前作ったゴーレムは私が何を言っても、鼻で笑うくらい(鼻なんて付いてないけど)いけすかない奴らだった。
それも相まって思わずテンションが爆上がりしてしまい、楽しくなってしまったのだ。
さあ……その景品とは??
『帝国最強の大魔導士───ルイさんから10ガロンの聖水が供給されまああああす!!!!!!』
「「「うおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」
《土》属性の彼らにとって水は命の源。その水は清ければ清いほど良いとされている。人間でいえば、恐らく鹿児島県産の黒毛和牛10キロ分くらいに相当する超高級品だ。ちなみに『鹿児島県』がどの地方を指すのかは分からない。
『ではさっそくとりかかってくださああああい!!!!!!!!!!!!!!!』
私が言い終わるや否や───ゴーレム達は我先にと言わんばかりに、そそくさと屋敷内へ駆け込み出した。
箒で床を掃く音や、床に落ちているガラス片や陶器のカケラを拾い集める音がすぐ近くの窓から聞こえて来た。どうやら掃除に取り掛かり始めたらしい。
「ふう……これで大丈夫そうだ」
私は、屋根に吹き抜ける秋のそよ風になびく髪の毛を抑えながら呟いた。
ここで、私は今日初めて対面を果たすことができた人間軍最強の大魔導士───ルイさんのことを思い出していた。
(ルイさんって……あんなにかわいい女性だったんだ……)
『帝国最強の魔女』などという仰々しい名前から、私はてっきり───デッカい釜の中でグツグツ煮えている紫色の液体を掻き混ぜながら歪な笑みを浮かべている老婆を想像していた。
しかし、実物は想像の正反対。
───スラリと伸びた長くて引き締まった手脚。
───女性の肉体美を極限まで追求された上でシェイプされたであろう美ボディ。
───神話に登場する美を司る女神様すら危機感を抱いてしまう程に整った顔立ち。
木にぶら下がりながら初めてその姿を目の当たりにした時───こんなに美しい女性が実在するのかと……私は息を呑んだ。
(でも、あの人には既に……)
私は風見鶏の頭頂部を握りしめたままの右手を見つめながら切ないため息を溢した。
「……まあいいや。私にもそのうち良い人が見つかるかもしれないし、ルイさんのことは諦めよ……それより……」
余計なことを考え始めた私は頭を振って思考を追い出す。先程の大掃除で被ってしまった埃が少し飛び散り、西陽に照らされてキラキラと光った。
「役場に行って住民票の登録とか諸々の手続き済ませておくか」
私は、再び翼を動かして飛翔───屋敷の門前に華麗に着地を決めた。
(魔界の役所と同じ形態で運営されているなら村役場も5時くらいに締まるだろう……少し急ごう)
私は村役場らしき建物を探しに小走りで駆け出し始めた。




