第16話 アイス
屋敷の玄関まで辿り着いた私達。まずは、カノンとルーくんを先に屋敷の中へと押し込む。『レディーファースト』という言葉は、こんな薄気味悪い建物に入る時に適用されないわ。
私はそんな2人の様子を玄関ポーチから伺う。
「うわああ……」
「げっほ!! げっほ!!」
カノンはドン引き、ルーくんは埃を吸い込んでしまったのか、ゲホゲホとせき込んでいた。せき込むたびに背中の翼と矢印の形をしたしっぽが揺れる。
「ルイ……これは大掃除が必要だね……」
カノンは両開きの玄関の扉の片方を左手で抑えたまま、私に顔を向けてそう零した。
「私……ハウスダストアレルギーだから、げっほ!! げっほ!! これだと住めませんよぉ……しかもコンタクトレンズ使っているし……」
(何よそれ……ハウスダストアレルギー持ちに加えて、コンタクトレンズで視力を矯正しているサキュバスなんて初めて聞いたわ……)
目の前に舞い上がっている埃を左手でパタパタと払いながらせき込む彼の目は若干ではあるけど充血していた。
「ああ……やばい……一旦外でて目薬さしてきますね……」
ルーくんは早口でそう言うや否や、ドアを開放しているカノンの隣をスルリと抜けていき、私の近くまでやってきた。
懐からポーションを詰める際に用いられる小瓶より二回りほど小さな容器を取り出すと、蓋を開けて点眼をし始めた。
そんな彼を尻目に私はカノンに……
「ねえ……ちょっと私入りたくないんだけど……」
「ええ!! でも僕とルーシーだけでこの屋敷掃除すると日が暮れちゃうよ……」
カノンは、一瞬───首を捻って屋敷内を確認。そして再び、私の方を振り返りながら文句を垂れる。
「あなたそれでも元魔王軍四天王なの?? なんかすごい魔法使ってパパっと掃除しちゃいなさいよ??」
そんな情けない彼の姿を見て、私は少し角がたつ言い方になってしまう。「実は結構いい男かもしれない……」と期待し始めていただけに、その物の言い草に少しだけ苛立ちを覚えた。
ただ、彼は決して声を荒げることなく、右手で紅い髪の毛を掻きあげながら眉根を動かさずに返答。
「そうしたいところだけど、まだ顎が痛いからあんまり負担がかかる魔法は使いたくないんだよ……そういう君こそ『THE・MAGIC』……ぷぷ……ごめん!! だっけ?? すごい魔法使いなんだかr……」
クールな仕草とは正反対に、口元から飛び出て来たのは、しょうもない理由。しかし、そんなことはどうでもよかった。
「ちょっと……あんた今笑ったわね……」
「……いや……そんにゃこと……」
「嘘よ!! 今笑った!! だって口元がニマニマしていたもん!!」
「しまったあああ!!!! これ『コンタクトレンズ着用時は使用不可』って書いてあるやつだったあああ!!!!」
「あんたは黙ってなさい!!───ゴツン(ルイの拳骨の音)」
「ふえーん……しくしく(ルーシーがすすり泣く声)」
雑草がところどころ顔を出している玄関通路の脇にしゃがみこみ、半泣きで縮こまっているルーくんを尻目に私は、カノンに詰め寄る。
「いや……その……ん?? ルイ……そこ??」
「何よ!? ごまかそうったってそうはいかないわよ!?」
「いや……そうじゃなくて……」
「何よ!? 私の二つ名を笑ったからにはただじゃおかn……」
「きみの帽子に手の平サイズの“スーパータランチュラ”がくっ付いているよ」
…………えっ??
その瞬間、私の視界の上端から小枝の先と同じくらい細い脚が一つ二つと伸びて来た。
そして……
「……」
「……ピタ」
毒々しい縞模様に覆われた悪魔が私の顔に張り付いた。
「いやあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ちょっ!? ルイ!? 落ち着いて!? 僕がとってあげるから!? お願いだから杖をしまって!?」
「そうですよルイさん!! このままだと、村が永久凍土に覆われて私たち全員氷漬けに……って!! うわあああ私の翼としっぽが既に凍り始めてますうう!!!!!!!!」
その後─────ルーくんが催眠魔法でスーパータランチュラを眠らせ、カノンは素手で私の顔から、そいつをそっと引っぺがすと転移魔法を用いて森の中へと逃がした。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「もお……いや……いやよ……ここは魔窟だわ……」
「ルイ……落ち着いて!! スーパータランチュラは益虫だから他の害虫を食べてくれるいい虫なんだよ!! だからここにはもう他の虫はいないよ。安心して」
屋敷の門の前でしゃがみ込んでシクシク泣いている私の背中を優しく擦りながらカノンはそう諭す。
悲しみに暮れる私をルーくんも慰めたくなったのか、彼はスッと立ち上がる。
「そうですよ!! 蜘蛛っていい虫なんですから!! 私が飼っているヘル蔵もサキュバス寮の害虫をよく駆除してくれましたし……って!! あっ!!」
ここで、聞き捨てならない言葉を耳にした私の涙はピタリと引っ込んだ。
私はしゃがみ込んだまま首を後ろへ捻ると、ルーくんの顔をじっと見据えた。
「あっ……えっと……今のは……その……なんていうか……」
彼は明らかに狼狽していた。透き通るように真っ白な柔肌が、少しずつ青ざめていくのが見て取れる。
「ルーシー……今の話───詳しく聞かせてくれないか??」
ここでカノンまで、先程の優しい口調とは打って変わって───毅然とした口調でルーくんを問い詰め始めた。
「ええとぉ……そのおお……」
ルーくんは、気まずそうに眼を逸らし、両手の人差し指をツンツンと突き合わせる。コウモリを彷彿とさせるその翼は飛翔している訳でもないのに、パタパタと忙しなく動いており、矢印の形をした尻尾はバイブスのようにブルブルと震えている。
「ルーくん……もしかしてだけど、さっきのヘルスパイダー」
「ギクッ!!」
ここで、ルーくんはその場にへたり込む。そしてその身体は麻痺魔法をかけられた時のように硬直し動かなくなった。
それとは正反対に───私はその場でスッと立ち上がると、もう一度屋敷の玄関通路に歩を送り出す。
───コツン……コツン……
レンガが敷き詰められているその通路に靴底がぶつかり、青空の下でリズミカルに鳴り響く。
カノンは背筋を伸ばし、ローブに覆われた両腕を組む。私とルーくんのやり取りをじっと見守る。
ルーくんは、口をパクパクとさせながら私の顔を凝視している。
徐々に私の影法師が、ルーくんのかわいいかわいい『お顔』にかかっていき───やがて完全に影で覆い隠された。
「……」
私は何も言わずに、にこやかに微笑む。
「ルーくん……お姉さんはとっても優しいから正直に言いなさい」
「えっ!? ほんとですか!?」
「ええ……ほんとよ」
私は膝を折って、ルーくんの綺麗な琥珀色の瞳を見つめながら、そう返した。私の影に隠れていたその顔に再び日が差す。同時に彼は天使のように明るい笑顔を浮かべた───ほんとうにかわいい笑顔……
そして……
「ごめんなさい!! 実はヘル蔵を連れて森を歩いている時に、うっかりヘル蔵の足踏ん付けちゃって!! それでヘル蔵のこと怒らせて糸でぐるぐる巻きにされちゃったんです!!……テヘッ♪」
彼はウインクしながら舌を出して、軽く自身の頭をコツンと小突く。
「……」
その仕草が余りもかわいかった。だから……
「ルーくん……残暑がまだ厳しいから……お姉さんアイス食べたくなっちゃったなあ~」
「!! ああ!! それなら私がひとっ翔びして買ってきますよ!! どんなヤツがいいですか!?」
彼はピョコピョコと翼を動かしながら、笑顔で応えた。
それとは対照的に私の背後ではカノンがぼそりと「悪く思うな……」と青い空に向かって吐き捨てるように呟く。
「うーん……そうねえ……でもいいわ。ところでルーくんってホントにかわいいわよね。食べちゃいたいくらい……!!」
「へっ……??」
私は、笑顔のまま顔を引きつらせているルーくんの両頬に手を伸ばし触れる。ほんとにフワフワだわ……ふふふ……
「だから……」
「……えっ……ちょ……ルイさんなんで杖を抜いているんですか……!? ままま……まさか!?」
「あなたをアイスにして食べることにするわああああ!!!!!!!!!」
「いやあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その後───私は『ルーくんが屋敷の掃除を今日中に全部独りでこなすこと』を条件に、『ルーくんのほっぺを小一時間ムニムニする刑』まで減刑してあげることを約束した。




