第15話 腕十字
職場を解雇され、住処を追われた者がまた1人増えた。
「そうか……ルーシーにもそんなことがあったのか……僕が魔王軍に残っていれば、人事部に直談判することができたのに……くそっ」
カノンはルーくんがここに至るまでの経緯を聞き終えると、珍しく悪態をつきながら歯噛みした。自身が魔王軍を除隊処分になったことを話していた時以上に悔しそうな様子。
どうやら彼は本当に部下思いの上司だったらしい。彼と再会できた時のルーくんの反応から相当慕われていたんだろうなと思ったけど───ここまで部下の気持ちに寄り添うことができるなら納得だわ。
すると逆にルーくんがカノンをなだめるように、
「いえいえ……仕方ないんですよ。私がポンコツなのが良くなかったんです……もう18歳なのに、いつまでも子供で……サキュバス失格ですよ」
彼は、わざとらしく明るく笑い、そう自虐した。ただそれは、なんだか痛々しくて……気が付くと私は、
「……」
井戸の淵から腰を浮かせ───ルーくんの元へとツカツカ歩み寄っていた。そして……
「ルーくん!!」
「!? はい!?」
彼は肩をビクンと震わせて、背筋を伸ばした。私は腕を組んで彼を見下ろしながら言う。
「あなた!! それでいいの?? 悔しくないの!?」
「……そりゃあ……悔しいですよ……でも……」
彼は、一度見上げたその顔を背けて、視線を落とす。指貫グローブを履いた手をニギニギとさせながら気まずそうな表情を浮かべて。
「あのね……ルーくん。私も職場を解雇されたの」
「えっ!? それって……もう人間じゃないってことですか!?」
「……ゴツン」
「痛い!!」
見当違いな返答が返ってきたので、私は無言で拳骨を軽くお見舞いした。
彼は、バツが悪そうに頭をかいている。その様子はまるで、悪戯を咎められてションボリしている仔犬のようだ。
私は、気を取り直すためにわざとらしく咳払いをする。
「あのね……ルーくん。私は今……訳あって呪文を詠唱することができないの。それ……」
私は少し躊躇したが、自身の経緯を伝えようと思い、彼に語りかける。しかし、彼は私が話している途中だというのに、
「ええ!? ももももしかして、悪魔神官さんに呪いかけられたとか……あるいはカノン様と一騎打ちした時に魔力を使い果たしたとか……そうだ!! そうに違いない!! だから今は2人で一緒にいるんですね!! もう決着がついたから今度はお互い新しい関係に……みたいな!?」
「……ゴツン」
「痛い!! ふえーん……」
再び見当違いなことを言い出したので(最後の方は少し合っていたけど)、拳骨。今度は少し強めにお見舞いしたので、彼は頭を抑えて半泣き。
私はもう一度咳払いした。
「あのね……その……痛くなったのよ」
「ふえ……?? 痛くなった……?? どこがですか??」
「その……ほら、呪文を詠唱する時って、色々するじゃない……その……」
ここで、私はまた話している途中だというのに、彼は被せるようにして、
「?? 呪文を唱える時じゃなくて、呪文を唱えるために詠唱する時に限定されるんですか?? ということは無詠唱の場合は除外されますよね……杖を振る動作などは関係ない……すると……『顎関節症』あたりか??」
なんと、彼は一瞬のうちに正解を引き当てた。なかなかの推理力……やっぱりこの子、お勉強ができるタイプのおバカね。
───ただ、
「いやでもまさか、そんな間抜けな理由で呪文が詠唱できないなんてことは!! あっははは!! 失礼しました!! もっと別の理由ですよね!! きっと!! てあれ?? どうしたんですか?? ルイさん……私の腕を急にとって……えっ?? ちょっ……待ってください!! その方向は私の関節の可動域を超えてます!! サキュバスの関節の可動域は人間と同じです!! ちょっ……!! 痛い痛い!! 痛いです!! 人間の魔法使いは関節技もいけるんですか?? ちょっ……お願いやめ……あああ!!!!! 折れる折れる折れるううう!!!!!!!」
またしても余計なことを言い出したので────私はそのまま彼をグラウンドに引き摺り込んで腕十字を極めた。数秒後に彼は芝生をタップしたため、カノンがブレイクに入り私の一本勝ちとなった。
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「ルーシー大丈夫かい……??」
「ふええん……お洋服がドロドロですぅ」
ルーくんは芝生の上で女の子座りをしたまま啜り泣いていた。カノンはしゃがみ込んで啜り泣く彼を慰めている。
「ルーシー……人の話は最後までちゃんと聞きなさい」
「はい……失礼しました……」
「うん。分かればよろしい」
────叱る時は叱る。彼は優しいだけではないらしい。
カノンはルーくんが反省したことを見届けると、すっと立ち上がり今度は私の元へやってきた。声のトーンを少し落としながら私の耳元で囁く。
「ルイ……すまなかったね。彼には悪気はないんだ……ただ、その……思ったことを口にしてしまう癖があって」
「はあ……」
私は髪の毛をいじりながら腕を組み、2人を交互に見ながらため息をついた。
まあ正直言うと、そこまで怒ってはいない。ひと回り近く年下の男の子に本気で怒るほど、私は大人気なくはないわ。ただ……ちょっといじめたくなっただけよ。ルーくんかわいいから……
私は口元がニマニマしてしまうのを悟られないために顔を背けた。
ここでいつの間にか、泣き止んだルーくん。女の子座りをしたまま、両手を揃えて目の前の芝生に置くと、その手で身体を支えて前傾姿勢になりながら、
「ところでお二人って、どちらに住まわれているんですか??」
矢印の形をした紺色の尻尾をピョコピョコと動かしながら首を傾げて尋ねてきた。
────肝心なことを忘れていた。
同時にカノンも同じことを思いだしたらしい。
「そうだ!! 僕たち新居を見に行く予定だったんだ。ルイ、ルーシー行こう!!」
カノンもどうやらルーくんを同行させることを受け入れているらしい。暗黙の了解ってやつだわ。ほんとにお人よし。魔族に対して使う言葉かどうかは分からないけど。
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その後、広場から伸びる小さな道路を辿っていくと、
「えっと、空き家だって言ってたから、多分あれじゃないかな??」
彼はローブの袖を捲って、とある建物を指した。その先には──
「そうね……」
「うわあ!! おっきい!!」
広場の中央に掘られている井戸からもその建物は見えていたのだけど、改めて近づいて見て思った。かなり立派だ。
それは3階建てくらい石造りのお屋敷。もっとも……
「芝生が伸び放題でかなり荒れている。カーテンもかかっていないし人は住んでいないと見て間違いないね……」
建物と同様に立派な門構えが設られている。表札が入っていそうなプレートを確認しても、名前が書かれていない。
そして、敷地内に広がっている花壇からは何だかよく分からない棘だらけの植物のツタが無数に伸びていた。少なくとも薔薇ではないのは確実。
「なんかぁ……お化けがでそうですね……怖い……」
ルーくんは、両手で自分の身体を抱き抱えるようにして震えながら縮こまった。
ただそれに関しては彼に完全に同意ね。これは幽霊屋敷だわ。




