第14話 哀愁
さて、ここは広場中央に掘られている井戸。
状況は振出しに戻った───いえ、正確に言うと……
「いやあ、やっとお洋服が着れましたよ~予備で何着か持っておいて良かったです~!!」
サキュバスの悪魔が1人一行に加わったわ。まあ……明確に仲間入りが言及されたわけではないけど、流れ的にそうなる感じだと思うわ───私も別に嫌じゃないからいいけど。
カノンはおめかしを決め込んだルーくんのご機嫌そうな様子を見て、
「そうだね。やっぱりルーシーはそっちの方がしっくりくるよ!!」
───全裸より服を着ている方がまともに見えるのは当たり前よ。
そんな2人のやり取りを生暖かい目で眺めながら、私は先ほどと同様に、井戸の淵に腰を預けた。
もう一度ルーくんの出で立ちを観察する。
顔立ちは不気味なくらい整っている。まずは目元───切れ長で形がよく、琥珀色の瞳がきらりと煌めいている。クルンと持ち上がったまつ毛もとても綺麗。
鼻筋は綺麗に通っていて、程よく高く、真っ白なお肌は毛穴の1つも見当たらない。
おまけにフェイスラインもとてもスッキリとしている……悪い所が一つも見当たらない顔立ちだわ。
彼はそんな整った顔を無邪気に綻ばせながら、
「この洋服は、魔王軍に従軍した時からずっと私のお気に入りなんです……魔王軍をやめた今でも手放せません!!」
彼はその場でクルリとターンしながら言った。紫と黒が基調のとてもかわいらしいショートワンピースだ。もっとも男の子であることに配慮してか、下に履いているスパッツのようなショートパンツをあえて見せるスタイルだ。よって非常にスポーティー。
(んっ?? ちょっと待って。この子今なんて言ったのかしら??)
ここで、彼の発言に違和感を感じたのは私だけではなかったらしい。
「?? なあルーシー……『魔王軍をやめた』って言ったような気がしたんだが……それは本当なのかい……??」
カノンもまた怪訝そうに眉をひそめながらルーくんに問うた。
ルーくんは、困ったように笑いながら、
「実は……クビになっちゃいました……てへへ」
彼はそう呟くと軽く握った左手の拳骨の部分で自分の頭「コツン!!」と小突きながらウインク。その仕草は、あざといことこの上なかったけど、めちゃくちゃかわいかったので少し悔しいなと思ってしまった。
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私───ルーシーは魔王軍に従軍している見習いのサキュバスだ。
「男の子のサキュバスなんているんだね!!」と驚かれた方もいるかもしれないが───いるのだ。
もっともサキュバスの男女比率は確かに圧倒的に女性の方が上。
これに関しては、原因が判明していないらしい。まあ三毛猫の雄が誕生する確率は雌と比べると圧倒的に低いと聞いたこともある。それと同じ特徴を持った生物が存在していても不思議ではない。
そんな私は、例によって先輩のサキュバスによくかわいがられていた。
「ルーくん。おはよう!! 今日もかわいいわね~」
「ルーくん、もう18歳なんでしょ!? そろそろ人間の女の子の寝込みを×××しないといけない年頃じゃない?? もし、練習が必要ならお姉さんが×××で△△△で◆◆◆わよ~??」
「うえええ!? そそそそんなあ……私まだ心の準備が……」
ここは魔界の中央都市から少し外れた丘の上に存在するお屋敷───このお屋敷は魔王軍に従軍しているサキュバスの寮として用いられている。
───そして、男性の寮生は私だけである。
ハーレムで羨ましい?? そう思ったそこのあなた。ぜひとも私と変わってもらいたい。恐らく3日で退寮したくてたまらなくなるはずだ。
なぜかというと……
「うふふ……ほんとにかわいいわね~あーあ!! 私なんだか肩凝ってきちゃったわあ~誰か肩もみしてくれないかなぁ……チラリ」
「……私が揉みますよ……ボソッ……」
「わーい!! ありがとう~!! ルーくんやっさし~!!」
「ルーくん!! 次は私の肩も揉んでよ~」
「えー!!」
「えっ……私はダメなの……?? 他の女の子にはやってあげるのに私だけ……ううう……酷いわ……」
「ああもお……分かりましたよ!! 揉めばいいんでしょ揉めば!!」
「わーい!! ありがとう!! 私胸が大きいから、凝りやすくて……御礼に胸も好きなだけもんでいいわよ……うふふ」
「もおおお!!!!!!! 皆さん私で遊ばないでくださいいいい!!!!!!!!!」
「「あっはははは!!!! かわいい~!!」」
───こんな毎日である。
1日や2日なら、まだ耐えられる。別にいじめられているわけではない。向こうに悪意がないのは分かる。むしろ私を好いていてくれるだけマシだと思うしありがたいなとすら感じる。
ただ、流石に毎日これではこちらの身が持たないのだ。こっちは1人に対して、向こうは数十人───シンプルに疲れる……
コミュニケーションが上手であれば、適当にあしらいながら上手くやり過ごすこともできるのだろう。ただ私はそういう器用なことがどうしても苦手なのだ。
自分でこのようなことを言ってしまうのは憚られるのだが、私は魔法や体術に加え、薬学や生物学などの科学に関する知識もそれなりに豊富だったりと、表面的なスペックはそこそこ高い。
しかし、それだけではやっていけないのは人間社会だけでなく魔族社会も同じ。
さらに私は自身がサキュバスという種族に生まれてしまったがゆえに、多大な苦労を強いられることとなった。
魔王軍には種族の異なる様々な魔物が従軍している。
そしてそれぞれの種族には、それらに対応する形でステレオタイプというものが付きまとう。
これだけでは抽象的すぎてピンと来ないだろう。よって以下で具体例を上げていく。
ドラゴンであれば───火を噴く
サイクロプスであれば───力持ち
サキュバスであれば───『性に関して積極的』である。
自身の種族が抱えているステレオタイプを貫徹できなければ、他の能力が長けていても評価してもらえない。
『性に関して積極的である』───性的な関係を育むことは、最も親密な関係を築くことと同義。よって、その関係に行き着くためには、コミュニケーションの駆け引きを行いながら様々な前段階をクリアしていく必要がある。
したがって魔王軍に従軍しているサキュバスは18歳を迎えるまでに当該前段階を卒なくクリアしていくためのノウハウを身につけていかなければならない────にも関わらず私には、それができなかった。
「そんなもの、幻惑魔法的なヤツ使っちまえば何とでもなるでしょ??」と思われた方もいるかもしれない。
あながち的外れではない。サキュバスは人間や他の魔物の夢の中へ侵入し、相手を誑かすことで子孫を増やしていく。
だがしかしだ……いくら相手が夢を見ているからと言って、まさかいきなり「×××しましょ♪」などとストレートに誘うわけにはいかない。
だから先述したように『駆け引き』というもの繰り返していきながら、下準備としてある程度の信頼関係を築くことが大事なのだ。
もっともこればっかりは、理屈通りにはいかない。私はこれまで、魔王城の禁書庫も含めて魔界中の書物に目を通し、何かしら参考になる情報は得られないかと奔走した。だが、全て徒労に終わった。
最終的に私は───18歳の誕生日を迎えたその日に、人事部に契約解除を通告され、寮を追い出される羽目になった。なんとも皮肉な結末……!!
ちなみに先輩サキュバスたちは、私の退寮日には誰一人として見送りにこなかった───あれだけ私のことを玩具扱いしていたくせに……
寮を立ち去る際に何気なく振り返った正面玄関の光景がふとした拍子に脳裏を過ぎることがあるが────その度に私の胸には寂しさが込み上げて来て泣きそうな気分になる。
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「……ていう訳だったんですよ……あははは……」
「「……」」
ルーくんは、ひと通り話終わった後で、とってつけたような笑い声をあげた。
もっともその乾いた笑いは、先程まで浮かべていたチワワのように愛くるしいものとは打って変わって───なんとも言えない哀愁が漂っていた。




