第13話 全裸
まさかの前職の知り合いと感動の再会──片方は全裸で。
しかし、彼は自分が全裸だということに気がついていないのか、構うことなく喋り倒す。
「もお……本当に大変だったんですよ‼︎ カノン様が魔王軍辞めてから四天王なのに3人になっちゃって‼︎ 『だったら三天王じゃないか⁉︎』って感じですよね……でも三天王なんて聞いたことないですね……そもそもなんで魔王の直属の幹部って4人なんでしょうか……ある種の格式美というヤツでしょうかね」
「「……」」
ルーシーと呼ばれた男の子は、顎関節症を患う前のお喋りだった頃の私の倍くらいのスピードで口を動かし始めた。そしてその内容はめちゃくちゃどうでもいいことこの上ない。しかも全裸で木の枝にぶら下がっているし。
とここでルーくん(『ルーシーくん』を略した)は、『ハッ‼︎ 』っとした顔を浮かべ──
「あっ‼︎ ごめんなさい‼︎ 私こういうどうでもいいことベラベラ話して、よく相手のこと怒らせちゃうんですよ‼︎ 自分で気をつけようと思っても、なかなか治らなくて……」
「……とりあえずそこ降りたら⁇」
彼のどう返したらいいか分からない発言に触れようか一瞬考えたものの、面倒臭いと思った私は、まず木の枝から降りることを提案した。全裸で木の枝にぶら下がるなんてプレイは性を司どる悪魔であるサキュバス族にも存在しないだろう。
しかし、彼は首を横に振って……
「いやあ……実は降りようにも降りられないんです。私の両手と両足をよく見てください」
「「⁇」」
よーく目を凝らしてみると確かに彼の白くて細い手首や足首は、何か糸のようなもので縛られている。午後の日差しを浴びてそれらはキラリと光った。
「実はうっかり“ヘルスパイダー”に捕まってしまって……いやはや穴があったら入りたい気分ですよ……」
「⁉︎ それって私がさっき見た奴じゃない‼︎」
「⁉︎ えっ⁉︎ まさか本当にいたのかい⁇ びっくりだね……」
私がポンと膝を打つと、カノンは驚きのあまり声を裏返しながら振り返った。どうやら私が見たものは幻覚などではなかったらしい。
ここで、ルーくんは……
「‼︎ 見たんですね‼︎ 『ヘル蔵』のヤツ……飼い主の私をこんな目に合わせるなんて──後でお仕置きが必要だ……しばらく餌はラムネとグミだけにしてやる……ボソっ」
「ん‼︎ ヘル蔵……⁇」
「‼︎ いえ‼︎ 何でもありません‼︎ それより……そろそろ下ろしてくれませんか……⁇ 鬱血しかけていて、頭が痛くなって来ました。ツノ先なんてもう感覚ありませんし……」
「『寒すぎて指先の感覚がない』とぼやく時と同じテンションで『ツノ先に感覚がない』という悪魔の日常あるあるを口にするんじゃない」なんてツッコミが脳裏を掠めたが、何とか喉の奥に押し込む。私とカノンは2人でルーくんの救出にとりかかりだした。
〜♪♫〜♪♪〜♪♫〜〜♪♫〜♪♪〜♪♫〜
「ありがとうございます〜‼︎ いやあ、お二人がいなかったらと思うとゾッとしますよ‼︎ 手足の再生って一ヶ月以上かかるんで、鬱血の果てに手足が壊死なんて想像しただけで……うう怖‼︎」
手足が拘束から解放されたルーくんは、やっと自由に動き回れるようになったことが嬉しかったのか、草むらの上をはしゃぎ回っている──全裸のままで。
あの後、まず私が氷結魔法で鋭利な氷の刃を生成──その刃で枝先をちょん切ると今度はカノンが浮遊魔法でルーくんの体を浮かせた。輪っか状になっているルーくんを枝から取り外すためだ。これも無事成功。ただここから先がとても厄介だった。
手足を縛っている蜘蛛の糸を切断するのが、めちゃくちゃ大変だった。思い返してみれば、ルーくんはカノンが浮遊魔法で体を浮かせている間も、
『ただあれなんですよね……たぶんこの後の方が大変なんですよね……蜘蛛の糸って確か摂氏300度くらいまで千切れないって図鑑か何かで読んだことがあるんです。人間界では重いものを釣り上げるロープの繊維としても用いられると聞いたことがありますし、それが“ヘルスパイダー”となるとさらに……』
なんて長々と、余計なウンチクを垂れていた。
最初は適当に聞き流していたのだけど、段々と『デート中に女の子そっちのけでクレーンゲームに没頭する男の子』を眺めているような気分になってしまい、カノンがルーくんを浮遊させている光景を黙って観ていた私は無性に焦ったくなったことも相まって、ついに─
『ちょっと‼︎ 分かったから‼︎ お願いだから少し黙っていて⁉︎ あんまり騒いでいると×××氷漬けにするわよ⁉︎』
と怒鳴ってしまったのだけど……なるほどそういうことだったのかと納得した。
木の枝を切断した刃よりも更に鋭利に尖らせた〈氷のメス〉を何本も生成し、7本目でやっと切ることができたのだ。
ここまで繊細な道具を作り出す際は流石の私も詠唱が必要。最近なるべく控えていた詠唱魔法を使ったため少しだけ顎が痛い。
もっとも……
「ルイさんの氷魔法って、本当に凄いんですね‼︎ カノン様の好敵手だって聞いてましたけど、今までカノンさんと同等の魔導士って人間軍にはいなかったんですよ‼︎ 本当に凄いなあ……」
ルーくんは、悪魔の仇である人間の私を憧れのヒーローと対面できた少年のように真っ直ぐな瞳で見つめている。
顎の付け根が痛くなって頬の辺りを摩っている所をマジマジと観られるのは小っ恥ずかしいので、私は特に返事を返さずにプイと顔を背ける。
ここで彼は、「何か気に触ることでも言ってしまっただろうか⁇」とでも言いたげに、不安そうに顔を顰めながら首を傾げると同時に自分が──
「あっ‼︎ やっば‼︎ 私全裸だった⁉︎」
やっと服を着ていないことに気がついたらしい。この子は、どうやら勉強はできるタイプのおバカらしい。
そして、急に股の部分を押さえてしゃがみこむと──
「うう……ルイさん……見ましたか……⁇」
彼が言いたいことは何となく分かった。だけど……
─────とても恥ずかしそうなその様子が何だか無性に可愛らしかったので、私は彼を少し虐めることにした。
「見たって何を⁇」
私は、杖のメンテナンスに夢中になっているフリをして彼に背を向けたまま無愛想に聞き返した。
すると彼は、さっきまでベラベラと喋っていたのが嘘のように急にしおらしくなった。
「だから……その……私の……」
その声量は蚊の鳴くような声でとても小さい
「何かしら⁇ よく聞こえないわよ⁇」
一方の私は逆に声量を大きくして、聞き返した。さらに太陽の光に杖をかざしながら片目を瞑ってそれらしい動きに没頭する──フリを続ける。
「私の……」
「何よ⁇ ハッキリ言わないと分からないわよ。大きな声でちゃんと言いなさい⁇」
ここでついに、彼は決心したのだろうか。ふわふわで真っ白なほっぺを真っ赤にしながら、目をギュッと瞑って何かを叫ぼうとした‼︎
「私のち……‼︎」
「さっき、はしゃいでいた時にブラブラさせているヤツならガッツリ目に入っていたわよ」
「うわああああ!!!!!!!! もおお嫁にいけなあああああい!!!!!!!!!」
───それはこっちのセリフよ。
〜♪♫〜♪♪〜♪♫〜〜♪♫〜♪♪〜♪♫〜
彼は、その場で膝をついて項垂れた。これで少しは大人しくなっただろう。
いや甘かった。数秒も経たないうちに彼はまた顔をあげたのだ。今度は何かしら⁇ 彼はとても不思議そうな様子。
「……でも、だったらなんで顔を背けたりしないんですか⁇ 女の人ってああいう時は『キャー‼︎』って叫んで目を伏せるんじゃないんですか⁇」
彼は、口をポカンと開けたまま、角の上に疑問符を2つほど浮かべて私に尋ねた。
「はあ……あなたいくつよ……」
「18歳です」
なんとすっかり成人済み。てっきり15歳くらいかと思っていたので少しびっくりだ。声も男の子の割には高いし。声変わりを迎える前の思春期の少年を彷彿とさせるくらいには。
──でもそれなら、コンプライアンスに抵触することはないわね。
私はお気に入りの魔女帽子を深く被り直し、ローブの裾で口元を隠してクスリと笑った。
(もう少し虐めちゃおっと……‼︎ うふふ……)
サファイアのように爽やかなブルーの瞳が、キラリと妖艶に煌めく──ほんの一瞬だけ……
私は徐にゆっくりとルーくんへ歩み寄るとミニスカートから伸びる長い脚を折りたたんで、彼の目の前にしゃがんだ──下着が見えないように、脚をしっかりと閉じて。伸び放題の草むらが太腿にチクチク当たって少しこそばゆい。
顔を上げたルーくんの目は、先ほどまで私の美しい顔を凝視していたというのに、私が目の前にしゃがみこんだ瞬間───急に気まずそうに逸らした。ただ……
「……だめよ……ちゃんと目を見なきゃ……グイッ」
「‼︎ うっ……はううん……」
私は、それを見逃さない。左手で彼の頬に手を当てると、少し力を込めてもう一度こちらへ顔を向かせる──実際に触れてみると彼のホッペは、白玉餅のようにフワフワで柔らかかった。ずっとムニムニしてやりたくなるくらい。
───あら……いい鳴き声じゃない⁇ 最近ペットが欲しいと思っていたからちょうどよかったわ……うふふ
ようやく目があったルーくん。もう離さない。
私は目元にかかった髪の毛を右手の薬指と中指で払いながら囁き始めた。
「ルーくんって、もう18歳なのね……なら遠慮なく言うわね。あのね。男の子の×××見て取り乱す女の子なんて絵本の世界にしか存在しないわよ」
「ええ⁉︎ そうなんですか⁉︎」
彼はショックを受けたように目を見開いたまま固まる──まるで『赤ちゃんの作り方』を初めて知った時に浮かべるような表情で。
構わず私は続ける。
「うふふ……そうよ。だいたい自分の裸だって男の人に見られても──大して何とも思わないわ」
彼は、ますます顔を引き攣らせる。終いにはポカンと開けた口元を震わせながら、
「そそそそそそんなあああ……えっ⁉︎ 待ってください……そしたらルイさんも今まで……」
ついに動揺を隠すことができなくなったのだろう。彼は言葉を詰まらせ始めた。ホッペだけではなく、もはや顔全体が沸騰したヤカンのように真っ赤に染まり出している。
そして最後に彼が核心に迫る一言を溢したのを私は聞き逃さなかった。
私は勿体ぶって、一度彼の顔に添えている右手を離すと、それを自身の口元に当てて視線を右斜め上に送る。
視線の先には丁度──今まさに愛を育む寸前の燕のツガイが、互いの嘴を重ね合わせていた。
──チュンチュン‼︎ チュチュン……‼︎
一方の私はというと鼻の奥から「うーん……」というあからさまに作った声を小さく絞り出していた。何かを思い出そうとしているけど『なかなか思い出せないわ』とでも言いたげに。
だけど、結局諦めてしまった。
もう一度彼の切れ長だけどあどけなさが滲み出ている目元を見据え、今度は彼の唇にそっと右手の人差し指を当てる。
ピクッ──と肩を震わせるルーくん。
でも彼は目を逸さなかった。だから今度は……私が代わりに視線を外した。照れてしまったからじゃないわ。
そのまま私は上半身を乗り出して、彼の右耳に口元を近づける。息が掛かるくらい……いや──チロっと舌先を出せば触れてしまうくらい‼︎
──そして私はトドメの一言を甘く囁いた。
「今まで何人の男の前で服を脱いだかなんて覚えていないわ……脱がされたのも含めてね……んふふ……」
そして、優しく吐息を吹きかける……ふーっ
ルーくんはそのままフリーズ。
でも2秒ほど経つと、彼は地面についている両手を持ち上げた‼︎ そしてツノが生えている自分の頭を抱えブラウンの髪の毛をグシャグシャにしながら──
「う……う……うわあああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎ そんなああああ!!!!!」
地面に突っ伏してそう叫んだ。
先ほどまで、頭上で二羽だけの甘い蜜時を過ごしていた燕はルーくんの大絶叫に喫驚し、バサバサと音を立てて飛び去ってしまった。
〜♪♫〜♪♪〜♪♫〜〜♪♫〜♪♪〜♪♫〜
「ルーシー落ち着けって‼︎ ルイ⁉︎ ルーシーは純情なんだ‼︎ あんまり刺激のある話はしないでやってくれ‼︎」
ふと顔を上げるとカノンは、我が子を虐めた苛めっ子を叱りつける母親のように憤慨していた。
(サキュバスのくせに純情なんて聞いたことがないわよ)
内心でそう突っ込みを入れるも、流石に少しからかいすぎたのも事実。私は少しだけ反省した。
膝に両手を置いて、勢いよく立ち上がる。さらに、
「それよりいい加減服着たら⁇」
私は踵を返しながら吐き捨てるようにそう呟いた。先ほどの甘い囁きが嘘のように。もはや彼は全裸がテンプなのだろうかと疑い始めていたのだけど、彼はようやく、
「はい……そうします」
服を着ることに決めたらしい。ノソノソと立ち上がると同時に何やらブツブツと唱え出した。するとその瞬間──何もない空間から渦のようなものが出現し、その中には、
「えっと……確かこの辺に……あった‼︎」
紫色を基調とした衣服が出現した。シワがつかないようにきちんと畳まれている。
どうやら洋服を収納する衣装棚のようなものを具現化させたらしい。そんな魔法が使えるなら、魔法を唱えた瞬間に衣装チェンジとかそういう仕様にしたらいいのに──私は振り返りながらそう思った。
彼はまずトランクスを履くために背を向けた。しかしその瞬間───急に何かを思い出したかのように「ハッ‼︎」とした顔で振り向いた。今度は何よ……⁇
「そういえば……たまに夢の中で『自分だけ服を着ていないまま外に放り出される』みたいなことってありますよね……⁇ あれって私だけでしょうか……⁇」
真面目な顔で何を言い出すかと思えばそんなくだらないことだった。
私は無表情のまま、彼の真剣な顔をぼんやりと数秒見つめた。そして──
「……ねえ。ルーくんってさ。女の子の格好似合いそうよね⁇ いっそのこと×××取ったら⁇」
「ええ‼︎ そんなああ‼︎ うわーん!!!!……ガックシ……」
───再び膝をついて項垂れるルーくん
───腕を浅く組んで無表情でその姿を見下ろす私
───私たち2人の様子を遠巻きで眺めながら、額に手を当てて呆れたように天を仰ぐカノン
前途多難だわ。




