第10話 体力
ここは名もなき村の中央広場。
中央広場──と銘打たれているものの実際のところは、「4人家族が住む民家を建てるために必要な土地より、気持ち少しだけ広いかなぁ……」くらいの小さな空き地である。
某国民的アニメのように野球などとても無理である。土管も設置されていない。
その代わり中央には、小さな井戸が掘られている。そしてその周辺には樽ひとつ分に納まる程度の砂利が敷かれてある。以上。
非常に狭い印象を受けるかもしれない。しかし、村の住人はドワーフのみであるため、この程度のスペースがあれば充分なのだ。
彼ら彼女らの背丈は、10歳に差し掛かる人間の子供のそれと大して変わらない。しかも住人の数も100人程度と非常に少なく、皆が顔見知りである。
だが、昨夜から──そんな片田舎の平和な村には場違いな男女が滞在していた。
この世界で、13年に一度だけ夜空に昇る『紅い月』。そんな紅月よりも深い紅に染まった長髪を靡かせているエルフの美青年──カノン。
この世の全ての青を一つの水に溶かして創り出した蒼よりも蒼いウェーブのかかったロングヘアを靡かせている人間の女性──ルイ。
2人とも手脚が長く、頭身が高い。
その顔立ちは、帝国中の彫刻家が三日三晩かけて模倣しようと試みても彫刻刀を投げ出してしまうほどに整っている。
その装いもまた帝国のファッション雑誌の表紙を務めることができるほどに美しい。
美醜のものさしで二人の容姿を測った場合、その数値はもはやカンストレベルに達するだろう。
しかし、ちんちくりんのドワーフのみが小さな身を寄せ合うこの村では、そんな二人組は珍妙そのもの──浮きまくりである。
二人は、息を乱しながら雑草がところどころ顔を出している路を駆けていた。
向こう側からは何か乗り物のような物体がのそのそと近づいてくる。しかし、それは牛歩の如く愚鈍であり、二人はあっという間に距離を詰めてそのまま追い抜く。
「おんや〜まあた、珍しいごと⁇ こんた小せ村さ、わげえ女子と美男子のアベックが来るなんざ⁇」
二人がすれ違ったのは竜車だったらしい。操縦していたドワーフの男性は後ろを振り向きながら何か呟いた。もっとも津軽弁を彷彿とさせるその訛りはめちゃくちゃドキツイ。恐らく共通の言語を解しているはずの帝国民でさえ、都市部出身のものであれば、ほとんど聴き取れないだろう。
彼が手綱をひいている“アトミックリザード”もまた不思議そうに、長い首をもたげてルイとカノンの後ろ姿を見送った。ちなみにこの“アトミックリザード”という生物は非常に大人しく力持ちであるため、この世界の家畜として非常に人気が高い。
もっとも、お腹が空いた際は、「しいたけ‼︎ なめたけ‼︎ タモギダケ‼︎」──と韻を踏みながら、あらゆるキノコの名前を叫び散らかすという意味不明な習性を持っているため、諸注意が必要だ。
なお言語を解するほどの知性が存在しないにも関わらず、突然こんな奇行に走り出す原因は今だに不明である。しかも彼らの主食はグミとラムネ。キノコなど見向きもしない。今日も帝国の生物学者は彼らの謎を探究している。
おっと話が逸れた。
そんな二人は、村中央の広場までやって来ていた。
〜♪♪〜♪♫♫〜〜♪♪〜♪♫♫〜
「はあ……はあ……」
私──ルイは突然何が起こったか分からないまま、カノンに手を引かれここまで連れて来られた。気づけば数百メートルほど全力疾走していたため、息がすっかり上がってしまった。
おかげさまで、すっかり汗だくになってしまった。ミニドレスのバストのカップ部分が蒸れて少しだけ痒い。私は谷間のあたりにかいた数滴の汗を手のひらで拭いながら、ズレた胸元を整える。
(もお……最悪……汗かきたくないんだけど……)
季節は秋だから、日照りはそこまでキツくはない。ただやはり全力疾走までしてしまうと汗が噴き出てしまうくらいの天候だ。時と場所をちゃんと選びなさいよね……‼︎ もお‼︎
突然こんなところにまで連れ出したカノンに文句の一つでも言ってやりたくなったと私は──
「ちょっと‼︎……いきなり何よ⁉︎ せめて事前に一言くらい言いなさいよね⁉︎」
隣で膝をついて肩で息をしている彼に口を尖らせて言い放った──
「はあ……はあ……ぜえ……はあ……」
「あんたねえ⁉︎ 突然、『将来のパートナーが……』とか……いきなりプロポーズしてくるなんて何考えてんのよ⁉︎ エルフではそれが常識なの⁉︎」
「はあ……ぜはあ……えっほ⁉︎ えっほえっほ‼︎」
エルフはどうやら寒がりらしい。彼は身体全体を覆い隠すほどのローブを着込んでいるというのに汗一つかいていなかった。汗だくの私とは対照的でまた憎たらしい。それは私の怒りを助長させた。
「だいたい場所も何なのよ‼︎ あんな辛気臭くて汚い酒場って‼︎ 私が最初にプロポーズされた時なんて」
「うええっほえっほ‼︎……はあ……はあ……うぇええっほえっほ……」
だけど、やはり息は上がってしまったらしい。しかも私以上に。
ただ怒りが収まらない私にとって、そんなことはどうでもいい。
息を整えた私は、乾いた喉が張りつきそうになるのも構わずに、ふんぞり返りながらマウント口撃を捲し立てる。魔法と並ぶ私の十八番よ。
「帝国の首都の高級レストランの最上階のスイートコースの座席よ‼︎ 宮殿の庭園が一望できて、そこにはこの世界の全ての花が……」
「はあ……はあ……ぜえ……うええええっほ‼︎ えっほえっほ‼︎ うえええ……えっほ‼︎」
「…………」
しかし、彼はよほどバテているのか私の話などお構いなしに、息を整えるのに必死。
「はあ……はあ……」
「…………」
怒りに燃えていた私も流石に少し落ち着いて彼の経過を観察することに……
「はあ……はあ……」
「…………」
「……はあ……ぜえ……はあ……」
「それでね……食事は生後半年の黒毛羊のステーキが……」
「‼︎ うっぷ⁉︎ うえええ⁉︎ えっほえっほ⁉︎ はあ……はあ……」
「…………」
「はあ……ううえええ……えっほえっほ‼︎……ごほッ‼︎」
「いや⁉︎ あんたいくら何でも体力無さすぎでしょおおおおおおおおおおお!!!!!」
そよ風が木々を奏でる優しい音色に乗せられた虫の合唱──昼下がりの平和なひと時に浸るこの村中に轟いたのは酒焼けした私の怒声であった。




