やお君
朝のニュースで「出生率が数年ぶりに上昇。ベビーブーム到来です!少子化対策の効果が現れましたね。」と話すアナウンサーに対して「嘘でしょ!?」と独り言を言ってしまったこの日。
少なくとも、私の周辺で生まれた子供達ではない事を確信しながら、心から『おめでとう。』と祝福し出社した。
赤ちゃんは可愛いから素直に祝いたい。
タチネコにゃんと踊った次の日である今日は朝から忙しかった。朝一の会議が終わってからここ最近で一番のダッシュをしたから。人間関係は退職理由にもなるからね。私みたいに煩いヤツが目を光らせないとね。
この日の仕事を終えて、エレベーターを降りる。屋上へ行くには一階分の階段を上らなければいけない。
足痛いけど、少しだけ我慢!
…
ガチャン…ギィ
…
扉を開けると、夜風が通り抜け整えたばかりの髪を全てぐしゃぐしゃにしてしまう。髪を手ぐしで整えながらやってきたそこには勿論タチネコにゃんと…。
「白い大きなモフモフの塊?」
私の声に気がついたタチネコにゃんは、モタッと立ち上がると、そのモフモフの塊をコチラに見せてきた。
「イケメン彼氏ができたにゃ〜」
「そんな事って有ります!?」
10円を返しに訪れたのに、それを忘れて目の前のモノを見た。
それは、タチネコにゃんにキリリとした眉毛を追加したようなシュッとした体型の着ぐるみ。
「富士吉さんの言っていた事、すごいにゃぁ~、イケメン彼氏ができたにゃぁ~。」
「まさかこんな形でも発揮するとは思いませんでした。中の人…仮の姿は決まっているのですか?」
「それは未定なんだにゃぁ~。」
こういうのって、アルバイトとか雇うものなんじゃない?社内で受けてくれる人がいるなら信頼も出来るし…手っ取り早いけどね?
「お名前とか有るんですか?」
「やおい君って言ってたにゃぁ~。」
「ぶはっ!!」
おいおい、やっちゃったなぁ担当者!!タチネコにゃんでも「おっ?」って思ってたのに「立ってるネコだし?」って百歩譲ったのに。「やおい君」は…色々と。
しかし…同性愛への理解も深海並みの深さなこの世界。私が意義を申し立てるには反感買いそうというか何というか。
う~ん、と唸っているとタチネコにゃんがやおい君を持ち上げてこちらに見せてきた。
「富士吉さん、中の人やってみないかにゃぁ~?」
「…私ですか?」
私はマーケティング部では無いけれど…と思ったけれどタチネコにゃんが更に驚く説明をくれた。
「昨日、富士吉さんはボクにドキッとしたって言ったにゃぁ~。富士吉さんがドキッとした相手にはイケメン彼氏が出来るというジンクスがあるのに『仮の姿』にではなく『タチネコにゃん』のボクに彼氏ができたにゃぁ。」
タチネコにゃんはモフモフのお手々で社用スマホを持ち、私に見せて更に説明を続けた。
「昨日の話では婚活アプリも会うまでは問題ないと聞いたにゃぁ。それは、何かを介した場合は向こう側まで効果が無いという訳にゃぁ~。」
「おお!!」
身を乗りだして食い付いた私に、表情が変わらない筈の瞳がキラッと光った気がした。
「富士吉さんが着ぐるみを着れば、相手にときめいても普通に親睦を深められるかも知れないにゃぁ~。やおい君の中の人をやれば、それも自然にゃぁ~。」
「やってみる価値はアリアリじゃないですか!!」
タチネコにゃんさん凄い!!タチネコにゃん様と呼ぶべきですか?
「やってみます!!やらせてください!!」
「この役をこんな前のめりに引き受けてくれるのは、富士吉さんくらいだにゃぁ~。マーケティング部のみんなは嫌だって断られたにゃぁ〜」
タチネコにゃんは大げさに落ち込む仕草をしながら話してくれた。
早速、やおい君の着ぐるみを受け取り、袖を通してみる。視界が狭く、暑い。だけどこの先には希望が詰まっている!!
「タチネコにゃんさん、私の話を信じてくれて、考察してくれたんですね。優しすぎて泣けてきます。」
「信じきれてもいないにゃぁ~。だけど悩んでるならその気持ちを軽くしてあげたいとは思うにゃぁ~。」
イケメンかよ!!
やめて!!
恋人持ち&既婚者かも知れない人にも惚れたくないから!!
その先は泥沼だから!!
深呼吸してからタチネコにゃんの癒し系フェイスに集中して心を落ち着けた。
テキパキと、やおい君を試着するために靴を脱いで揃える。着心地は、結構身体にフィットする感じ?クルッと回ってみたり手を伸ばしてみたり…色々試してみるけど無理なく動けそうだ。私より大きな人を想定していたのか、どんなに動いても長さには余裕がある。
「どうですか?」
「なかなかにゃぁ〜」
そうして話していると、タチネコにゃんが私の脱いだ靴を見ていた。
「富士吉さん、高いヒールの靴履いているにゃぁ~」
首を傾げて見るタチネコにゃんの姿は可愛い。キャラ作りが徹底されていて凄くあざとくて良い。
「私の立場は舐められたらいけないですから。高いヒールの靴を履いて、威圧感を増しているんです」
「この靴履いて走ったにゃぁ?」
タチネコにゃんは、どこか心配そうな空気を滲ませてコチラを見た。
◇ ◇ ◇




