現れたイケメン(総視点)
次の日、出社するや否や目の前に突然現れたソレに驚いた。
「タチネコにゃんの彼氏、やおい君だ!」
タチネコにゃんの顔にキリッとした眉毛を描いたようなイケメン顔の彼氏着ぐるみが現れた。広げると二頭身のタチネコにゃんとは違い、野球の球団でパフォーマンスとかしそうなシュッとした体型のキャラクター。
「タチネコにゃん体操の動きが子供達に伝わりにくいという事でね?新しくイケメンな子を作ったんだ。じゃっ、やおい君の中の人を探しておいてくれ。」
「俺が探すんですか?タチネコにゃんでも皆嫌がったのに絶対見つかりませんよ。」
「まぁ、同期とか誘ってみてくれ。他部署でも良いからさ。」
頼んだよ!と言って去っていく部長。相変わらず面倒事はすぐ俺に投げてくる部長に気が滅入る。
「富士吉さんの言っていた事が…まさかこんな形で当たるなんて。凄いな。」
俺にイケメンが現れるのではなく、着ぐるみのタチネコにゃんに現れた事に驚きながらも納得した。
しかし、やおい君の中の人か…。
困ったな。
企業の顔として働くこの部署に、着ぐるみを被り踊りたい同僚なんて居ないだろう。容姿良く、能力がある人が集められると噂の部署だからプライドも高い人達が多い。「芸能人と仕事したい」とか「トップを狙いたい」とか…意識高い系の人達の集まりだ。
タチネコにゃん以外にも、他の同僚と同様の仕事量があるのに…押し付けて来るのはどうなのか?と思う。
咄嗟に断れない俺も俺だけど。何故か流され受け入れてしまう。
自分のこういう所に、つくづく危うさを感じる。俺の人生、損ばかりだ。
◆◆◆
別部署との打ち合わせでエレベーターに乗った時、厄介な奴に絡まれた。
閉まりかけのドアにわざわざ手を差し込み、入って来たのは下心丸出しで何度も俺を誘いに来る同僚だった。
「良かった!間に合った。入れてくれ。」
「…」
内心で舌打ちをしながら軽く会釈をすると、ニコニコと入ってくる。
(ほんの数秒だってこいつと密室は嫌だな。目的の階とは違うけど次で降りようか。)
閉まりかけるエレベーターの扉を横目に、次の階のボタンを押そうと手を伸ばした。その時、ものすごい足音が響き、再びエレベーターのドアが開いた。
「はぁ、はぁ、はぁ…っ、乗せて…下さい。」
「どうぞ。」
閉まる瞬間に外からボタンを押されたのか、エレベーターのドアが再び開き、富士吉さんが入ってきた。
急いで来たであろう彼女は、鬼の形相で俺たちを見ている。驚きながらもホッとしていた。さっきは言わなかった「どうぞ」の言葉を添えて受け入れる。そうすると、さっきよりは気持ちが楽だ。
「何階ですか?」
「そのままで…大丈夫、です。」
既に押してある階が目的地なのかな?…そのままドアが閉まる。彼女は走って来た筈なのにエレベーターには柔らかい甘い香りがする。それは落ち着く香りだった。
「なぁ、受屋。今日二人で飲みに行かないか。」
他に人が居ると言うのに誘ってくる根性は凄い。だから余計に嫌いだ、こういう周りを気にしない奴のせいで俺が勘違いされる。
「用事があるんで。」
「いつもそうやって断るじゃん。少しくらい付き合ってくれても良いでしょ。飲み決定で!」
エレベーターの開閉ボタンを見ながら何て断ろうか考えていると背中にそっと手を置かれ、すりっと滑らされる手にゾワリと悪寒がした。振り払いたいけれど同僚というのもあり対応に迷ってしまう。
「無理なお誘いはコンプライアンス部として見過ごせません。そのスキンシップもどうかと。」
彼女の声と同時にパッと手が離されて安心する。彼女の顔を見れば真剣な眼差しで相手の手首を掴んでいた。
「まさか…俺達の部署仲良いし、同期の同僚ですよ?」
「同期でも同僚でも友達だとしても同じです。私の勘違いなら良いんです。不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。しかし仕事なので、今後も目を光らせなくてはいけないんです。また警告が入ると個別指導が入ります。気を付けて下さいね。」
「うぇ、マジ?それは勘弁。」
両手を上げ、表面上おちゃらけて「嫌だな~」とか言っているソイツに、富士吉さんは軽く微笑んだ。仕事とは言え助けて貰ってしまった。男の癖に強く断れないなんて、と思われただろうか。
ソイツはさっきまで押してなかった階のボタンを押すと、そそくさと降りていった。
「はぁ…」
強張っていた体が緩み、エレベーターの壁にもたれる。つい息が漏れてしまって、すぐに口を手で塞ぐけれど彼女には聞こえてしまったらしい。彼女の顔をチラリと見ると心配そうにこちらを見ている瞳と視線が交わった。
「ありがとうございました。あの人の誘い…毎回しつこくて。」
「いいえ、あの人指導行きにしておきますか?」
「あー…、もし指導行きにしたら…同僚ですし、恨まれて一緒に仕事をするのも辛い…です。」
本音を口にすると、難しい顔をする富士吉さん。
「怪しいと思ったんですよ。あの人のドロッとした眼差しが、ウチの可愛い弟を狙う男共にそっくりで。急に走り出すから何かあると思って急いで良かった。あぁ、ウチの弟すごく可愛くてモテるんですよ。」
急に弟自慢が始まった。なんでも、世界一可愛い弟なのだそうだ。恋人と仲良く過ごす姿を見るのが幸せらしい。
弟について話す彼女は打算ではなく、純粋にそう思っているのが分かる。瞳がキラキラとしているから。
俺の頬が自然と緩んでいたのに気がついたのか「喋りすぎたなぁ…」と言うように頭を掻いて頬を染めた。
助けてくれた富士吉さんはカッコいいのに、そうして照れる彼女は屋上で会った彼女そのままに思える。
そうして緊張感が和らいでから、エレベーターを降りた。「もし困ったら私の所にいつでも来てください。一緒に対策を考えましょう。」と一言残し、改めて別の階を押したエレベーターに乗って去っていった。
彼女の隣に立つ男がコロコロ変わるって…もしかすると困った社員の相談に乗ってたから?というのもあるのだろうか。
それからというもの、富士吉さんがどういう人間なのか…つい気になってしまう。
明日も19頃、1話投稿します。




