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銀の花  作者: 九藤 朋
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 煌めきこぼれ咲く銀の花は照り輝いて美しく、ぱらりぱらりと地に落ちた。

 信長と静馬が瞬時に間合いを取る。

 互いに得物を損じた状態ではあるが、二人にはまだ闘志が漲っていた。

 静馬は信長に回し蹴りを放ち、信長はこれを受けて拳を静馬のみぞおちに叩き込もうとした。

 だが、二人の丁度、間にびょうと降ってくるものがあった。

 檜扇である。雅な扇は静馬と信長の興奮を一時、鎮めた。


「そこまでです」


 静かに宣言したのは、厳粛な雰囲気を纏った美夜だった。


「美夜殿……。なぜ」


 宗久には遠ざけておくよう言ったのに。

 更には静馬が街で見せた立ち回りに泣きじゃくっていた美夜が、同一人物とも思えない落ち着き払った態度でここに立っているのも解せない。

 美夜は胸に手を当てた。


「静馬様。偽りを申して申し訳ございませんでした。わたくしは確かに公家の筋に連なる者ですが、本職は巫女。それも、戦や諍いの場を判じるいくさ巫女でございます。名も、美夜ではなく洋子(ようし)と申します。このたび、ただならぬ気の乱れを感じて、宗久殿のご助力を得て、この堺に参っていた次第でございます」

「この、闘いを予見していたと……?」

「はい」


 洋子は静かに首肯し、寂し気な微笑を静馬に見せた。これまでの無邪気であどけない姿は、仮の姿であったと知らされ、静馬は呆然とした。


「胡乱な巫女だ。この信長の行く手をも阻むか」


 信長が不興な顔つきで洋子に喰ってかかる。普通のおなごであれば怖気づくであろう魔王の怒りに、しかし洋子は平然と頷いてのけた。


「左様でございます。貴方様にここで死なれるは天の理にあらず。そして静馬様が斃れるもまだ同じく。わたくしはお二方を生かすべく、堺に参ったのです」

「は。興が覚めたわ。お前は宗久をも欺いていたのか」


 洋子が視線を落とす。


「宗久殿が信長様を、ということは存じておりました。されど、わたくしの役割は宗久殿の本懐を遂げさせるものではなかったのです」

「偽りを申す輩、俺は好かぬ」

「洋子殿に手出しするはまかりならぬぞ」


 殺気に目をぎらつかせる信長に、静馬が低い声を出す。洋子はどこまでも静かな湖面のような面持ちだ。成程、そう言われてみれば巫女のような神秘性を感じてしまうから人というものは現金なものだと静馬は思った。不思議と洋子への腹立ちはなかった。偽られたとは言え、洋子は洋子で自らの運命に従っただけであり、結果として静馬の命をも救ったと言えなくもないのだ。

 信長は刃の欠けた槍をぐるん、と一度旋回させると、鼻息も荒く、大股でその場を歩み去った。


「勝手にいたすが良い」


 背中から聞こえた声は、洋子の存在を庇い立てする静馬の容認だった。静馬はほっと息を吐き、折れた刀の欠片を見た。洋子が寄ってくる。


「静馬様、脚から血が……」

「ああ、大事ない」


 素顔を晒した洋子の、美夜であった頃と変わらない優しい心遣いに、静馬の顔は綻んだ。

 その後数日、静馬は宗久の邸で傷の快復に努めた。宗久は静馬と洋子の、信長への対応に関して、くどくどしいことは何も言わなかった。それどころか、折れた静馬の刀を刀工に修理に出してくれたり、切り傷によく効く薬を都合してくれたりなどした。

 

 晩秋に移ろう時節、静馬は堺を発つことにした。行く当てのない流浪の旅にまた戻るのである。

 驚くべきは洋子が同行を願い出たことだった。

 なぜかと尋ねた静馬に、洋子は微笑んだだけで何も言わない。

 

 何も言わずとも伝わる想いがある。


 静馬は洋子を伴い、堺を出た。

 独り、流離うとは異なる違和感があった。しかしその違和感は不快なものではなく、温かく心地よい。


 あの日咲いた銀の花は、二人の中で静かに風に吹かれ、たわみ、優しくなびいていた。



                              <完>


この作品を雀さんに捧げます。

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