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RMT/リアルマネートレード  作者: jh


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4/10

4.壊れる

音無拓の体験談を聞いて、僕はクリニックの中で思わず「ふふ」と笑ってしまった。

「今笑ったよな?」彼は怒り口調だが、その怒りには力がない。

「問題を整理しようよ、写真に映った拓君の顔が知らない老人の顔に見える、拓君のスマホの写真でも他の人が撮った写真でも同じ、だけど鏡を見ればちゃんと拓君自身の顔に見える、そういうことだよね?」

「そうだよ」

「これは思っている以上に大変なことだよ」

「そうなの?」

「だって、鏡に映る顔は右と左が逆でしょう? しかも人間の顔は左右非対称だから本当の顔は写真に映さないとわからない、だけど拓君の場合は、写真の顔が知らない老人の顔に見える、つまり、今の拓君は自分の本当の顔がわからないんだ、僕の認識は間違ってる?」

「間違ってない、でもとても恐ろしいことを言われている」

「仕事でストレス抱えてるって言ったね?」

「さっき話した通り、ゲームプランナーというのはストレスが溜まる仕事、でも根本的な問題は、ゲームに関わりたいなら自分にはこの仕事しかできないということかもしれない」

「もう少し詳しく説明して」

「ゲームっていうのは、様々なスキルや才能を持った人間がたくさん集まって作り上げるんだ、でもゲームプランナーに特別なスキルや才能はいらない、誰かがやらなければいけない仕事、何のスキルもないオレが唯一できる仕事だよ」

「実情は知らないけど、そんなことはないと思うよ、だって、もし拓君に何のスキルもなかったら、今の会社には入れなかったでしょう?」

「いや、そうじゃないんだ、…安井は、…ごめん、安井先生は…」

「もういいよ、安井で」意地悪を一度ひっこめた。

「安井は違う中学だから知らないと思うけど、中学の同じクラスに柿谷(かきたに)ってヤツがいたんだ、普通に仲良かったよ、家にも行ったことがある、だけど卒業と同時に都内に引っ越して、その後は音信不通だった、…たぶんオレからは何度か連絡したんだよ、でもあいつは一度も返事をくれなかった、それっきり、ところがちょうど就活を始めた頃に、ネットに柿谷の名前を見つけた、…安井はあまりゲームしないんだっけ? RMTって知ってる? リアルマネートレード」

「知らない」

「じゃあそこから説明する、ゲームの中でいろいろなアイテムを手に入れられるよね? モノによっては手に入れるのがすごく大変で、時間もかかる、あとはバトル系のゲームだとアイテムをたくさん持ってるアカウントはメチャクチャ強いんだよ」

「なるほどね」

「で、そのアイテムやアカウントを売ったり買ったりできるシステムがある、それがリアルマネートレード、通称RMT、ここまではわかる?」

「一応ついて行けてると思う」

「柿谷はRMT詐欺に遭ったんだ、手口は、まず偽のRMTのサイトに誘導する、そこにIDとパスワードを入力させる、そのIDとパスワードを使って実在するRMTのサイトにログインして柿谷が持っていたアイテムを盗む、これが一般的なRMT詐欺、だけど柿谷はたぶんIDとパスワードを使い回ししていて個人情報全部抜かれたんだ、もともとRMTで結構金使ってたみたいで、盗まれたアイテムは金額に直すと一千万円近い額だったらしい、だから晒された、本人だけでなく家族も特定されて、父親は会社を経営していたみたいだけど、モラハラ、セクハラ、補助金の不正入手、レイプとかとんでもないことがやたらと書き込まれてた」

「酷い話だね」

「本当に酷い、…この話を知ったのはちょうど就活中だった、だから面接でアピールしたよ、中学時代の友人がこんな目に遭ってとても悲しい、ゲームの安全を守ることが私の使命と考えます、なんて心にもないことを言って、今の会社に受かった」

「心にもないことだったんだ?」

「大学の頃は生活がかつかつで、バイトばかりしていた、当然だよ、裕福でもないのに私立行って都内で一人暮らしだから、親には感謝してる、でも周りには家が金持ちでバイトなんかやる必要のない奴が何人もいた、そんな連中ほど何かに打ち込んで、就活でアピールできるネタを持ってる、でもオレには何もなかった、だから柿谷の事件は最高のタイミングだった、柿谷の名前を見つけた時に同情する気にはならなかった、中学時代の友人の連絡を高校入学と同時に無視する人間だよ、家が金持ちだからゲームにあんなに金をつっこめた、RMTみたいなろくでもないものにはまって自業自得だと思った」

「RMTってそんなに悪いものなの?」

「そりゃあそうだよ、だってゲームのアイテムを金に換えられるんだ、ゲームやりまくって金を稼ごうと思うヤツが出てきて結局は依存症になる、アイテムを手に入れるため親の金をつぎ込む人間もいれば、アイテムを売る側と買う側の両方から金を盗もうとする人間も現れる、うちも含めて、ほとんどのゲーム会社が規約でRMTを禁止してる、RMTでアイテムやアカウントを売ったり買ったりするのはダメ、法律的にはグレーなのかもしれないけどバレたらアカウントは停止、それでも使うヤツがいる、結局は需要があるってこと、使うバカがいる」

「なるほどね」

「だから柿谷がバカで、そのバカを利用して今の会社に就職したオレはすごいのかな、なんて思ったりもした、結局は自分を大きく見せていた」

「正直だね、それは拓君の長所だと思うよ」

「そうかな…」

「僕からもひとつ訊いてもいい?」

「何?」

「どうしてそれをリアルマネートレードと呼ぶの? 現金化するという意味だと思うけど、株を現金に換えるのはリアルマネートレードではなく株のトレードだよね? この場合トレードの対象はゲームのアイテムでしょう? リアルマネートレードと呼ぶのはしっくりこない気がする、僕が素人のせいかな?」

「言われてみればその通りだ、当たり前すぎて違和感を持ったことなかったけど、確かになんかしっくりこない」

「よくあることかも、…当たり前すぎて考えたこともない質問を患者さんにされて、結構悩んだ経験があるよ」

「作った人間にしかわからないのかもしれない」

「いかにも英語が得意ではない国の人間が考えそうな言葉だね」

「まあ、どこの国のどんなヤツかは知らないけど、RMTなんてものを発明した人間は地獄に落ちればいい、ゲームは安全な場所じゃないといけないんだ」

「それは心にもないことだって、さっき言わなかった?」

「言ったよ、でも今のは本気」

「論理が首尾一貫せず、写真では自分の顔が老人に見える、本来なら精神科の受診を勧めるべきだと思う」

「それは大げさだろう?」

「あのね、拓君、今からとても大事なことを言うから、しっかり聞いてほしい」

「わかった」彼は神妙な顔になる。

「今の時代、人間は簡単に壊れる、そして一度壊れたら簡単には元には戻らない、最悪の場合一生元には戻らない、どれだけ制度設計が間違っていたとしても壊れたらおしまい、僕は大事な人に壊れてほしくない」

「それは、仕事を休めってこと?」

その質問にあえて答えず黙っていた。

「わかったよ、ウチの会社は一年間は休職しても給料ちゃんとくれる、その制度を使って休んでいる人も何人か知ってる、休むよ」

「休職なんて何の意味もない、辞めるんだよ、会社を辞めないと拓君が壊れる」

「辞めてどうすればいい?」

「休むんだよ」

「だったら休職で良くない?」

「環境をすべて変えないと、休職して家にいてごらんよ、会社に着ていった服や、履いていた靴を見るだけで、ああ、こんな格好で通勤してたんだって、会社のことを思い出す、電車もダメ、通勤していたことを思い出して、疎外感から余計に壊れていくんだよ」

「そうかもしれないけど…」

「どうして僕が美容外科医になったと思う?」

「儲かるから、とか?」

「やはり正直だね、世間からは美容外科医は楽をして儲かると思われるし、拓君の推測は間違ってはいない」

「そうなんだ」

「医学部に入ったばかりの頃にキャンパスをうろうろしていた、道に迷ってね、その時に親切な人が丁寧に案内してくれたんだ、四年生で、背が高くて、綺麗な顔をしたとても素敵な人だった、その人は卒業後外科医となり、先輩に憧れた僕も外科を専攻した、でもその人は自殺した、過労死として労災認定されたよ、100日間休みなしで働いていたらしい、そんなことをしたら死ぬってことがわからなくなるほど壊れていたんだ、…そもそも年の残業時間720時間が過労死ラインなのに、医者は残業時間を年960時間以内に減らせと言われている、過労死ライン超えが当たり前の世界なんだよ、しかも救急病院などは1,860時間まで許されている、亡くなった先輩は人の命を救いたいから医者になった人、僕にはそこまでの覚悟はなかった、命を救いたい人間が、自らの命を絶ってはいけない、どれだけ制度設計に問題があっても、壊れたらおしまいだよ、それが僕が美容外科医になった理由、…だから、拓君、すぐに辞表を出して引っ越した方がいい」

「無職で引っ越しはとてもハードルが高くないか?」

「そうだね、物件探しはストレスだよ、でも心配はいらない、空いてる家が一軒あるからそこに住めばいいよ、家賃はいらない、光熱費だけ払ってくれればいい」

「どういうこと?」

「僕が医学部の頃、北鎌倉に住んでいたのを覚えてない?」

「ああ、そう言えばそんなこと言ってたなあ」

「あの時は叔父さんの家に居候していた、叔父さんは最近事故で亡くなった、あの家には娘が一人いるけど、僕の従姉ね、それがアメリカ人の医者と結婚して向こうに住んでる、その従姉が叔父さんが亡くなったから叔母さんの面倒を見ると言って引き取ったんだよ、だからあの家には、今誰も住んでいない、ただ叔母さんもそのうち娘と折り合いが悪くなって帰ってくると言い出すかもしれない、可能性は低いけどゼロじゃない、…とにかく建物のメンテナンスのためにも住んでもらった方がいい、いや、ぜひ住んでほしい、拓君なら信用できるし」

「安井が住めばいいのに」

「僕はいいよ、今は緊急の呼び出しなんてないけど、外科の頃の習慣で何かあればすぐに病院に行ける場所にいないと落ち着かないんだ」

「立派だな」

「これくらいで立派なんて言われたら亡くなった先輩に申し訳ないよ」

「なんか悪かった、ごめん」

「じゃあ引っ越してくれるね」

「いいの?」

「もちろん、じゃあ決まりね、叔母には一応断っておくよ、それと、二つだけ約束してくれるかな?」

「いいけど」

「最低でも二か月くらいは仕事しないでほしい、バイトもダメだよ、都内を離れて鎌倉で静養してよ、散歩するだけでもけっこう見る場所はあるよ、それが一つ目」

「わかった、約束するよ」

「じゃあ二つ目、叔母さんはもう日本に戻らないと思う、でももし誰かに叔母さんのことを訊かれたら、娘のところにしばらく行っているとでも言っておいてよ」

「いいけど、なぜ?」

「いずれわかるよ」

こうして話がまとまった。彼から連絡を受けた時、この後の展開はまったく予想していなかった。ただ、彼が次の興味深い体験をして、その話で僕を楽しませてくれる。そこだけは確信があった。


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