3.集合写真の老人
土曜日の夜、音無拓は、そろそろ告白を考えていた女性から「もう会いたくない」と言われた。「会うたびに仕事の愚痴ばかり聞かされる私の気持ち、考えたことある? これ以上私の貴重な時間を奪わないで」
家に帰り、テレビをつけたらドラマが流れた。結婚詐欺に騙された女が「いまの私には仕事しか残っていない」と泣いていた。それが妙にグッときた。
ゲーム会社には様々な仕事があり、各人がそれぞれのプレッシャーやデッドラインと闘いながら働いているが、音無の役割であるゲームプランナーという仕事は、文句を言われることはあっても、自分から文句を言うことはない。関係各所を回って、ここを修正してくれとか、納期に間に合わせてくれとか、頭を下げてお願いをする。常に頭を下げてお願いするだけの仕事と言ってもいい。愚痴が溜まらないはずはない。
それでも、今のオレには仕事しかない。しばらくは仕事のことだけを考えて生きよう。
その気持ちが、いつも以上に気の重い月曜日の音無を奮い立たせた。
出社してエクセルに数字を打ち込んでいたらSlackの通知が光った。
「一番良い写真送付しました、問題なければこちらを掲載します」
今月誕生日の社員20名のグループチャットに、30分ほど前に広報部が撮影した集合写真が1枚掲載されていた。
「いい写真」
「ありがとうございます」
「素敵な記念写真」
「さすが広報、プロの撮影」
賞賛のコメントが次々に入っている。音無は愕然として目を疑った。
一人だけ、見たことのない老人が映っている。立ち位置と服装から、ここにいるのは自分のはずだが、写真を隅から隅まで見ても自分の顔がない。
これはドッキリか? そう思って、恐る恐る社内を見回したが、誰も音無の方を見ていない。もしかして自分はいじめられているのか?
「真野さん」後ろに座っている20代の女性に話しかけた。
「先ほどはお疲れ様でしたぁ」ダラダラと話す彼女は振り向いてニコッと笑う。「どうされましたぁ?」
「さっきの写真、さすがにないよね?」
「そうですかぁ? いい写真だと思いますよぉ」
「オレの顔、変じゃない?」
「音無さん、いい感じですよぉ」
彼女はいつもと変わったところがまったくない。ふざけている様子もなければ、悪意もなさそうだ。
音無は顔を隠すように立ち上がると、人目を避けてトイレへ向かった。ドアを開けて鏡の前に立ち、気合を入れて顔を上げた。
いつもの顔だ。
試しに両手で顔を撫で回してみたが、変わったところはない。
ほっとした。同時に奇妙な感覚に襲われた。どういうことだ?
そそくさと自分の席に戻り、もう一度Slackの写真を見た。
老人がいる。
スマホを手に、もう一度トイレに向かった。鏡の中にいるのはいつもの自分だ。試しに、スマホのカメラで鏡に映った自分を撮影し、写真を確認した。
大声を上げそうになったが、声が出ない。
集合写真に映っていた老人がいる。
スマホを自撮りモードにして、自分の顔の前に持ってくる。同じ老人の顔。撮影をして写真を確認した。やはり老人だ。いま鏡に映っている自分の顔と、写真に映った顔は全く別人だ。
もう一度オフィスに戻り、入口の近くに座っていたITサポートの坂本の肩を叩いた。
「ちょっとだけ、来てもらえる?」
「何ですか?」音無は坂本をオフィスの壁際へと連れて行った。
「こいつ、いくつくらいに見える?」音無は撮影したばかりのスマホの写真を見せた。
「これ音無さんじゃん、30だっけ、今年?」
「そう見える?」
「どう見えるの?」
クラッと立ち眩みがして、倒れそうになったところを体重のある坂本に抱きかかえられた。
「このまま気絶したい」と心から願ったけれど、気を失うことはそう簡単にできることではなかった。
「大丈夫?」坂本が訊いた。
「大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃない」そこまでは覚えているが、その後の記憶が飛んでいた。




