鎧、覚悟を決める
明かり一つない例の無人砦の土壁上にあるタレットから夜空を見上げる。
半分より少し欠けが進んだ月が、湿地帯を見下ろす静かな夜だ。
少し北からの風が有り、俺の身につけている白いマントがはためく。
その音と地上からの虫の美しい羽音しか聞こえてこない。
妖狐の群れは、あれから俺達の前に現れない。
『なぁ、ビルさんよ。』
『なんだ?ハイドさんよ。』
『いや、昼間言ってた作戦と少し違うのかなぁ、、、なんて。』
『なんだ。今頃気がついたのか?』
『俺達、森に向かうはずだったと思うんだが?』
『いくつか問題点があってな。バーニーさんへの説明はあんな風にしたんだ。』
『そうなのか、、、俺達には、ちゃんと説明してくれるのか?』
『あぁ、勿論だ。ただ、その前に俺の話し、、、いや俺自身の話を聞いてくれ。』
『、、、いいぜ。聞いてやる。』
『まず、俺は人魔族だ。人間じゃない。』
『まぁ、そうだろうな。』
『お?意外と驚かないんだな。』
『ま、普通の人間の力で、あんなド派手な魔術はそうそう出せないって。しかも連続でなんてな。で、それで?』
『そうか。いや、黙っていて悪かったな。で、こんな俺でも冒険者になれるか?ハイドの仲間として。』
『なんだよ。そんなことかよ。冒険者ってのは、あまり種族に拘らないんだよ。前にも言ったが、あんたのその力は冒険者にはうってつけだ。喜んで我がパーティーの正式な一員にしてやるよ。というか、仲間になってほしいと頼んだのは俺の方なんだが。』
『ははは、エルトもいいか?』
『願ってもないことさ。』
『ありがとうな。俺は、どこか小さな村で鍛治を生業としてやっていくと、今でも思っているが、エルトのこともあるし、キキョウのこともある。しばらく、冒険ってのをやってみてもいいかと。エルトと話し合ったんだ。』
『そうだろそうだろ。冒険者って命張るだけの価値があるだろう?』
『それは同意できないが。』
『ガクッ。なんだよもう。』
『すまん。命は大事にしておけよ、ハイド。』
『わかったわかった。で?』
ハイドは、俺がまだ何か言いたげな雰囲気を察したのか、話の続きを促してくる。
『あとな、まだ言っていない俺達の秘密がある。今回の討伐が上手くいって、みなが無事ならその秘密もハイドたちに話す。その話次第でハイドがどう思うか解らないが、秘密のままじゃ冒険の旅は続けられないと思ってな。』
『何だか神妙なことを言っているが、あんたズルいぜ。もう仲間じゃん?死に物狂いで戦った戦友じゃん?ったく、予防線を張ってくるのはあんたらしいけどな。』
『ははは、すまんな。』
『んじゃまぁ、そのあんたの秘密ってのを聞いて、俺の考えが変わらなければいいってことだろ?』
『やっぱり、あっさりしているよな。そこんとこハイドらしいよな。俺とエルトの秘密の話しは、この妖狐討伐のあとな。』
『え?エルトちゃんの秘密?まさか、、、エルトちゃんは男の子とか?』
『なんで、そうなる。』(いや、場合によっちゃ性別どころじゃないかもだけど。)
『ふぅ、女の子は女の子か、、、安心した。』
『お前は何を気にしているんだよ。まぁいいけど。で、次。なぜ、俺達はここにいるかを説明しよう。』
『あの作戦に問題があるって言ったな。』
『あぁ、一つは、俺達が森の中を通って奴らのど真ん中を突破し、”王”を倒すというビジョンが全く見えない。つまり、作戦が思い浮かばないんだ。』
『なにぃ?あんな大口を叩いといてか。』
『まぁまぁ。そして、もう一つ。バーニーさん率いる冒険者達。彼らのみでは、あの砦でも死守はできない。』
『それは、、、ふむ、俺達が考えているよりも、もっと多い群れが来る、ということなのか?』
『そうだ。今、俺達がいるこの砦、そして各種の罠。これで一万匹は始末できるだろうが、それは奴らのほんの一部でしかない。おそらくは、全群は二十万匹を超えているだろう。』
『え?に、にじゅぅ、、、?え?いや、っていうか、なんでそんなことが解る?』
『それはだな。500匹につき一匹のリーダーという集団を最小単位に考えた時、奴らの”王”は、リーダーを500匹統率できると考えられる。つまり、500✕500で25万。それが、俺が推測したやつらの群れの最小数だ。もしかしたら、30万くらいいるかも知れない。で、25万匹を考えられる最小数だとして、奴らが本気で来た時その数が一万や二万で済むと思うか?俺は、そうは思わない。最低でも10万は前衛として来る。そして、本陣は15万匹以上だ。』
『お、おぅ、、、』
絶句するハイド。
『そんな数で来られたら、こんな砦をいくつ作っても5万匹がやっとだと思う。あの冒険者たちがみな優秀だったとしても、飲み込まれて全滅してしまうだろうな。』
『う〜ん、でもよ、それはビルの推測だよな。確かにさっきビルが言った500✕500で25万匹とは考えられるが。』
『そうだ。最悪の場合を想定した推測数だ。だけど、この数は間違っているとは思えないんだ。もう一つ根拠としてはちょっと誤差があるが、統計法というのがある。』
『とうけいほう?』
『本来は、池にいる魚の総数を推測する方法なんだが、これを真似して理論立てる。まず、ハイファーの街近くに居た1000匹で、逃げたのは65匹。実は、最初のこの逃げた65匹に識別できるように魔術でマーキングをしたんだ。』
『マーキング?』
『あぁ、それを説明すると長くなるから今は省略な。で、その65匹が今回の2500匹内にどのくらい居たかが問題で、俺の認識が間違っていなければ、5匹だった。そのことから65匹の内5匹が2500匹に含まれていたということは、65割る5は、13という数値が出る。で、この付近に2500匹の群れが他にもいるとして、その群れに13を掛けると、32500匹。これがハイファーの街から一日歩いた範囲に生息していた妖狐の総数とする。で、この湿地帯の広さを考慮する。西へ更に7日くらい行かないとたどり着かない広さを考えると、32500匹✕7日は、22万7500匹となる。どうだ、さっき俺が言った500✕500の25万匹に似た数値になるだろ。』
『わかったわかった。それで、そんな数を相手にするより逃げた方が賢くないか?』
『いやいや、勝算があるからここにいるんじゃないか。いいか、奴らの場合、まずは数が脅威だ。つまり、数という脅威を無くせば良い。』
『そんな簡単なことでは、、、』
『まぁまぁ。ここで話は逸れるが、俺達のパーティーで弱点は何だと考える?』
『弱点?えーと?』
『言い方を変えよう。俺達の攻撃で、遠距離、中距離、近距離と分けて考えた時、どの分類による討伐効率が高い?低いのは?』
『遠距離はビルの魔術。中距離はエルトちゃんの弓矢。近距離は俺の剣?、、、あぁ俺か。』
『そう、相手が多勢だった場合、俺達は近接戦闘が非常に効率が悪い。昨日、今日の戦いでそれは身にしみた。いくらハイドが強くたって、人間一人では万の数を相手にはできない。』
『結構、ショックなんだけど、、、』
『いや、ハイドが役立たずってわけじゃないぞ。奴らの数という脅威を奪ったあとは、奴らのリーダーや王との戦いになる。その時にはハイドのような剣士が物を言うんだ。つまり、奴らの縄張りで、奴らの優位性のある状況で、奴らの得意とする集団戦は、自殺行為となる、ということだな。』
更に俺は説明を続ける。
『それなら、その優位性を奪ってやれば良い。そうすれば、こちらが得意とするモンスター討伐戦に持ち込める。そこまで、俺が持ち込んでやる。そのあとは、俺は魔力切れとなるから、ハイドや冒険者さんたちに任せることになるがな。』
『うーん、なら最初からそう説明すればいいんじゃなかったんじゃ?』
『誰が20万以上っていう数を聞いて、まともにやり合うやつが居るよ?バーニーさんも街の人を避難させることに全力を尽くしたほうがいいと考えるだろうよ。』
『そりゃそうか。責任者って最善策を取ろうとするか。ビルがそんな数を始末できるとは考えないもんな。』
『そういうことだ。で、その20万以上の数を始末する方法なんだがな。』
俺は、ハイドにその方法を伝えた。
『マジか。』
『ふふ、マジだ。』
『冗談キツいぜ。大丈夫なのか?』
『大丈夫だ。と言ってもみなに協力してもらう必要があるけどな。それに俺はエルトの保護者だし、ハイド、ハイリン、そしてタンタやカユマや猫たちをここまで巻き込んだ責任があるからな。絶対に守りきって見せるさ。』
『ビルがそう言うなら信じて従うがよ。っていうか、ここに居てる時点で反論も意味ねぇじゃん。ビルの罠に嵌ってたのか!』
『まぁそういうな。バーニーさんや冒険者さん達、ハイファーの街を見捨てるという選択をしないなら、ここで覚悟を決めようぜ。』




