出立
青の宮に向かった馬車は、朝出てきた馬車停めに止まる。
馬車を開けてくれた兵が、降りてきたのが私で驚いている。
ただの侍女で申し訳ない。
「申し訳ございませんが、検査をお願いいたします」
通行許可証を確認され、魔導師のチェックが入る。
持ち物も検査されるので、買ってきたモノを預けて今日中に検査してアイザックに出しても大丈夫か確認してもらう。
マーゴは後でレンに出すから、厨房へと言付けもお願いした。
「とにかくアイザックに報告しよう」
当然のように、私はレンと共にアイザックのところに行くらしい。
私服で青の宮を堂々と歩くのは、ちょっと落ち着かない。
内部の警備に当たっている兵士達が私のことを訝しみ、そして私が青の宮の侍女だとわかるとやっぱり驚いている。
そんなに私服と制服の私は違うのか?
化粧もいつもと変わらない。
ただ、髪を一纏めの侍女スタイルにしてないだけなのに。
私は顔見知りの兵士達の一様の驚きの表情に憮然となる。
「アイザック、入るぞ」
アイザックの執務室。
部屋の主の返事もなく、レンはさっさと入ってしまう。
「ちゃんと返事を待てよ」
と、カインが小言を言う。
「何かあったのか?」
アイザックは強引な振る舞いのレンに苦笑するが、後ろで縮こまっている私を見て何かを察したようだ。
「ファルノちゃんと市場に行ったが、そこでずっと付いてくる輩がいてな。最後撒いてきたから、アイザックが付けた護衛に任せてきた」
レンが簡単に報告する。
どうやらレン以外にも護衛がいたらしい。
付けられていたことも気付かなかったけど、護衛が他にもいたことにも気づかなかった。
「ファルノに付けた者達が戻ってきてるか確認してくるよ」
カインが慌てて部屋から出ていく。
「それで、ファルノに怪我はないか?」
「奴らは遠くから監視してるだけだったし、市場の人目があるところじゃ手出しはさすがにできなかったんだろう」
アイザックが私の全身に視線を走らせ、怪我や汚れが無いか確認する。
「青の宮に潜り込めないから、やはりファルノが狙われるのか……」
青の宮に勤めている人数は少ない。
そのせいで、耳や目となる人間を外部から送り込むことはできないのだ。
一見して強そうではない私を狙いに来るのはわかる。
「まだ、護衛の兵士は戻ってきてない。戻り次第、連絡がくる」
クラッグを連れてカインが戻ってくる。
「殿下、今の間にファルノを寮に返して荷物をまとめさせてはどうでしょうか」
クラッグが提案する。
「そうだな。女性の護衛を付けるから、ファルノは寮に戻り身支度をしてこい。そして、今日から青の宮に滞在してもらう」
私の身を案じてくれたアイザックによって、今日から青の宮に寝泊まり決定らしいです。
私は言われた通りに女性の護衛兵士を連れて寮の自室に戻る。
しばらくの青の宮での生活用と、旅支度とを行わなければならない。
旅支度はだいたいしてあるし、行く先にも着替えが用意されているだろうからほんとに持って行く私物は少ない。
それを、空間魔法で収納力が大幅アップしている旅行カバンへと詰め込んだ。
この部屋に戻ってくるのは、一体いつになるのか。ゲ『りょくいぶ2』のストーリーだと前半パートは王宮じゃないから、しばらくは外泊だろうな。
貴重品の入っている棚にしっかりと鍵がかかっているのを確認して、私は荷物を持って青の宮へと戻った。
「失礼します」
夕刻になる前に私は青の宮のお仕着せを着て、アイザックの執務室のドアをノックした。
部屋の主はおらず、執務机で書類と格闘するカインと暇を持て余しているレンがいた。
「あ、ファルノちゃん!待ってたよ」
レンが私の顔を見て、手に持っていた赤い果実を掲げる。
「約束通り、これ食べさせてよ」
レンの手には、先程市場で買ったマーゴがあった。
早めに検閲して欲しいとは頼んだが、こんなに早いなんて。
私はレンからマーゴを受け取る。
「それでは食べやすいように切ってまいります」
今入ってきたドアに戻り、私は控え室に向かってマーゴを種を取って賽の目に切る。
他にもいくつか茶菓子を用意して、お茶のセットと共にアイザックの執務室へと戻った。
「おかえり〜」
レンが声をかけてくれる。
その奥には、カインと話し込んでいるアイザックがいた。
「レン様、こちらがマーゴになります」
レンの前に、オレンジ色の果実を置く。
「へー、マーゴってこんななのか。初めて食べるわ」
賽の目に切られた果実の一つをフォークに刺して、レンが口に運ぶ。
さっき切る時に欠片を味見したけど、とても甘かった。
レンも、マーゴの甘さに目を見開いている。
「うん、これは旨いな!」
喜んでもらってなによりだ。
「おい、何一人で食べてるんだ?」
テーブルにアイザックとカインのお茶と焼き菓子を準備する。
アイザックは、レンが一人で美味しそうに食べているので不満そうだ。
「これはさっき市場でもらった俺の分だから、アイザックにはないよ」
レンが得意そうにフフンと笑う。
「アイザック様、申し訳ございません。厨房にあるか聞いてまいりましょうか?」
あまりにもレンが嬉しそうだから、他の人にも分けるという発想をしていなかった。
「いや、今は大丈夫だ。それよりもファルノにも聞いてもらいたいから、少し座ってくれ」
アイザックにそう言われ、私は椅子を持ってきて座ろうとするが、レンに自分の隣に座るように手で招かれてしまう。
困ってアイザックの方を見るが、そこに座れと目線で言われてしまった。
私はレンが座る長椅子に共に座ることになった。
異性と長椅子に一緒に座るってあんまりないので、それだけでも緊張します。
「ファルノちゃんも食べる?」
マーゴを一欠片フォークに刺し、レンが私の方に向ける。
それ、私の口にそのままつっこむ気ですか。
さすがにアイザックやカインの前であ~んとか、恥ずかしぬので、首を横に振ってお断りする。
「レン、調子乗りすぎだぞ。あまりファルノを困らすな」
カインに注意され、フォークの先の果実はレンの口に無事に運ばれた。
「ファルノが街に出た際の出来事についてだが、ファルノ達を付けていた者達は取り逃がしてしまった」
「なんでだよ?」
「レン、君が護衛と連携取らずに行動を起こしたからだろう」
アイザックがため息をつく。
「レンとファルノの姿が見えなくて、そちらに対応しているうちに近づいて来た奴らを逃がしてしまったらしい」
ジロリと批難の目でアイザックがレンを見る。
「街中で転移魔法を使うなんて……」
「まわりにバレないようにしたから、大丈夫だって」
「そういうことじゃない……」
転移魔法は高位魔法だ。
あんなホイホイ使える人はそういない。
「ファルノに確認しておきたいのだが、今日の外出は届け出以外に誰かに話したか?」
「エルザやクラッグ様くらいで…あとは特に」
そもそも外出する理由であるアイザック一行に侍女としてついて行くことが秘匿案件なのだ。
誰それと予定を言えることはできない。
私の答えに、アイザックとカインが難しい顔をする。
「青の宮の私に近い人間は極端に少ない。そのせいで、ファルノの外出が狙われたのだろうと考えられる。けれど問題は、ファルノの外出の情報が外部に漏れていることだ」
「護衛に付いて者達の話では、ファルノが青の宮の馬車で自宅に戻る時には誰も付けていなかった。しかし、自宅から市場へ向かう時には、何者かが後を付けていた」
私が出した外出届は、実家に帰ることと街に買い物に出ること。
本当なら巡回馬車で帰る予定だったが、アイザックが用意してくれた馬車で帰ることになった。
それなのに、私を確実に付けれるということは外出届に書いてあった行動予定を知っていたということだ。
「外出するには後宮警備に知らせなければならない。情報流出はそこからと見ていいだろう」
アイザックが眉間を揉む。
後宮警備は王宮警備の中でも精鋭揃いだ。
それは実力だけではなく、王族を護るという確固たる意志がある者達ばかりだ。
そんな人間から、後宮の王子の側付きの侍女の情報が流れた。
しかも厳戒体制を敷いているときにだ。
これは由々しき事態だろう。
「後宮にいたら、情報が筒抜けになってしまう。青の宮に引き籠もってばかりもいられないからな」
メイナも基本的に青の宮で仕事をしているが、どうしても宮から出てする仕事もある。
そうなれば警備が手薄になるだろう。
「陛下とも相談したのだが、明日にはここを立とうと思う。ファルノは準備は大丈夫か?」
「今日部屋に戻ればすぐに終わります」
後は今日市場で買った物を詰めるだけだ。
「それならば、明日からよろしく頼む」
「わかりました」




