旅支度2
なんでどうしてこうなった!!??
今私をパニックに陥れているのは、『りょくいぶ』の攻略キャラ、レン・カタルギ。
切れ長の目に神出鬼没に主人公に囁く、そんなキャラ。
神出鬼没故に前半の学園パートでのエンカウント率が低く、攻略難易度はそこそこ高め。
そのはずなのに、私は彼のことを『レン』と呼ぶことを許可されてしまった。
そんな捉えどころが難しいレンは、いつもはツンツンしてて、たまに甘くなる。
私は今、そのたまに甘くなるに当たってしまったらしい。
「ん!これ、美味いな」
手に持った紙袋から、揚げ煎を取り出してレンは口に放り込む。
「ほら、ファルノちゃんも」
そう言って、レンが手に持ったが揚げ煎餅を私の口元に持ってくる。
これはいわゆる『あ~ん』って食べさせるやつですよね。
中々口を開けない私に、レンがほらと急かしてくる。
「んっ、美味しいです」
レンは私に揚げ煎を食べさせて満足したようにニンマリと笑う。
少し塩っけの強い揚げ煎を私は頑張って咀嚼する。
そうしないと恥ずかしくて喉に詰まりそうです。
市場にやってきた私達。
レンは市場で売られているものに興味津々で、コレはなんだ、アレが食べてみたいと私の横で大はしゃぎだ。
そこで仕方なく私はいくつかレンに市場の屋台のものを買ってあげた。
肉の串焼きを一口食べるかと言われた時には丁重にお断りした。
だけど、紙袋にいっぱい入ってる小さな揚げ煎餅は拒否できずに、先程からいくつか私にレンが食べさせてくれた。
私達を見る市場の人達の見る目が生温かいので、違うんですと心の中で謎の言い訳をしている。
「あ、ここです」
果物がいっぱい並ぶその横には、果物を乾燥させた品物が並ぶ。
学園の寮に入るまで、私は両親によく旅に連れていってもらった。
その経験から学んだ一つに、いつもポケットに食べ物を、だ。
堅焼きのクッキーやドライフルーツをポケットに入れておき、万が一遭難した時のために備える。
それに、やっぱり疲れた時には甘いものだ。
保存が効いて持ち運べ、ビタミンも摂れるのだからドライフルーツは旅のお供に最適だ。
「へー、見たことないフルーツがいっぱいある」
「ここは王都でも特に品揃えが良いお店なんです」
彼が住む地域にはあまり流通してない南方のモノを珍しそうにレンが見る。
「兄ちゃん、味見してみるかい?」
私達をニコニコと見ていた店主のおじさんがマンゴーのような黄色いドライフルーツをレンに一つ渡す。
「ほら、彼女も」
「かのっ……ありがとうございます」
どうも店主に恋人同士に思われているらしい。
こういった商売人の常套句だから聞き流せばいいのに、思わず反応してしまった。
「ん、甘いな!なんだ、このフルーツ……」
「とても甘いですね」
口の中に乾燥されて濃縮した甘みが広がる。
「これはマーゴっていうフルーツさ。ほら、これさ」
山盛りのドライフルーツの横にある青果からマーゴという赤い果実を取って店主が見せてくれる。
「初めて見るな、美味そう」
「そうだろ!一個どうだい?」
と、店主は得意顔だ。
王都でも品質がいいフルーツを仕入れるので、貴族の家にも卸しているから、店主は自信持ってフルーツを薦めてくれる。
「今日は日持ちのするものが欲しくて…そこのナッツとアレ、コレもお願いします」
「まいど~」
数種類のドライフルーツとナッツを選んで購入し、店主がそれを袋詰めしてくれる。
「いっぱい買ってくれたから、コレおまけしとくわ」
そう言って店主が追加で袋に入れてくれたのは、先程のマーゴだ。
「熟しすぎてるから、すぐに食べさせてやんな」
バチンと店主のおじさんにウィンクされてしまった。
「ありがとうございます」
店主には恋人同士に思われているけど、わざわざその誤解を解くのも躊躇われ、苦笑しながら商品の入った紙袋を受け取る。
「持つよ?」
レンが私の持つ紙袋を受け取ろうとする。
「大丈夫ですわ。護衛な方の手を塞ぐわけにはいきません」
私がそう伝えて袋わ渡すのを拒否するが、レンは何故か驚いたような表情を見せる。
当たり前のことを言ったはずなのに、そんな意外にだったのか。
いくら攻略対象者とデートのように市場を歩いていても、自分とレンの立場は忘れていない。
「や…ファルノちゃんがそれでいいなら…」
もしかしてレンは、片手くらい塞がっていても護衛の仕事は余裕だったのかもしれない。
それなら私の気遣いは失礼かもしれないが、やっぱり護衛としてそばにいる人に荷物を持たすことは考えられなかった。
侍女は侍女、護衛は護衛の仕事がある。
そこはきちんと弁えておかなければならない。
「次はどこに行くんだい?」
私から紙袋を受け取るのを諦めたレンが、ちょっと拗ねたように尋ねる。
「次は香辛料を買いに」
もう市場で目を引くものがないのかそれともお腹いっぱいなのか、先程のように露店に寄ることなく私の隣を歩く。
「随分と慣れているんだな?」
一応貴族令嬢だから、こういった庶民的な市場を行くのがおかしいのかもしれない。
「小さい頃から両親によく連れて来てもらってたの」
王都の市場だけではなく、両親は旅先でよく市場や商店街に立ち寄っていた。
「自ら貴族なのに買い出しか…」
「うちはいわゆる貴族とは違って、裕福な平民とそんなに変わりないわ」
「へーー?」
なんだろう、レンの納得してないような返事は。
上位貴族ではない、王宮勤めの家庭はこんなモノなのだが。
しかし、さっきからレンの距離が近い。
こんな風に真横で寄り添って男性と歩くなんてこと身内以外では初めてかもしれない。
前の時も、プライベートは推し声優の作品のコンプリート、関連イベントの参戦ととにかく忙しくまともな恋愛もお付き合いもしていない。
それでも推しがいればよかった。
社会人になってからは、生活は推し活中心だった。
それはそれで充実した日々で良かったけど、こんな風に異性とブラブラ街歩きもしておけば良かったと思う。
「どうした?」
レンが私がチラチラ見てるのが気になったらしい。
「この角を曲がったところのお店に行きます」
「次はどんな店なんだ?」
「香辛料やハーブを扱っているお店です。珍しい調味料なんかも扱っているの」
野営なんかだとどうしても単調な調理になるから、スパイスは必需品だ。
現地調達した肉の臭みを消すためにも香辛料を用意しておく必要がある。
「ここよ」
香辛料やハーブを扱うお店の中に入ると、ツーンと独特の臭いが香る。
レンは慣れないせいか嫌そうに顔を顰めた。
「この割合で混合スパイスをお願いします」
数種類のスパイスの分量を書いた紙を店員に渡す。
この店では、頼んだら薬みたいにスパイスを調合してくれる。
「少し時間がかかるけど、大丈夫かしら?」
キツイ臭いは人によってはしんどいだろう。
私は、このスパイスの香りを嗅いでいたらカレーが食べたくなる。
カレー風味のスパイスも頼んだから、使うのが楽しみだ。
「あとは、この豆醬をお願い」
調合している店員とは別の店員に頼む。
この豆醬は、豆を発酵させた調味料であっちでは豆鼓と呼ばれているものだ。
こっちの世界では醤油はない。
だから醤油に似ている豆醬で私は醤油味の代用をしていた。
それに、この豆醬を野菜スープに入れたら手軽に味付けできて美味しくできあがるのだ。
今回アイザック達に付いて旅に出ることになるけど、侍女は私だから炊事は私が担当することになるだろう。
だからこそ、きちんと使い慣れたものを準備しておかなければならないのだ。
「お待たせしました」
お金を払い終えて商品を受け取る。
さっきの荷物と合わせてそこまで量はないけど、腕に抱えるくらいの量だ。
「この後は?」
お店を出て、もと来た道に戻ろうとする。
「これで買い物はおしまいです。もう王宮に戻ります」
「わかった」
レンから先程の楽しそうな表情が消え、目つき鋭く周囲を伺っている。
「どうなさいました?」
「ちょっとこっち来て」
レンに手を引かれ、細い路地へと入る。
「レン様?」
レンが辺りをキョロキョロと見渡す。
「ちょっと、ごめんな」
そう私に囁くと、レンが呪文詠唱を始める。
私は邪魔しないように、レンに腕を取られたまま、その場に立っておくしかない。
何が起きるのかと息を詰めてレンの様子をうかがう。
レンの手が私の背中に周り、グッと力を込めらて抱き寄せられる。
足元が光り、魔法陣が出現する。
「きゃっ!?」
その直後に感じる浮遊感。
「もう大丈夫だよ?」
レンが私の耳元に囁いてくる。
私はしがみついていたレンの胸元から慌てて離れる。
「こ、ここは……」
景色が一変していた。
薄暗い路地にいたはずなのに、開けた道の端っこ。
どうやら、レンの魔法によって転移していたらしい。
目の前には人々が行き交い、馬車が複数並んでいる。
「説明は後で。とりあえず今は馬車に行くよ」
私はレンに引っ張られながら、乗ってきた馬車へと向かう。
「王宮まで戻る」
馬車の横にいた御者に告げ、私はレンにエスコートされながら馬車の中へと戻った。
馬車の中に入っても、レンは外の様子を気にしているようだ。
「何かございましたか?」
「多分、付けられてた。襲われたらめんどくさいから、転移して戻ったんだ。驚かせてごめんね」
レンは済まなそうに謝罪してくれる。
「いえ。お守りくださり、ありがとうございました」
まさか本当に危ない状況だったなんて。
一介の侍女である私が狙われるとか、よほどのことだ。
「あとは、アイザックのところに戻ってから考えよう」
青の宮の厳重な警備には、やっぱり理由があったらしい。
もしかしたら、私を糸口としてアイザックやメイナに何か仕掛けようと企んでいる人間がいるのだろうか。
そこまで考えて、私は恐怖に身震いした。
私は再び




