旅支度
今日はたしかに休みをもぎ取ったはず。
それなのに朝から青の宮に呼ばれていた。
まだ執務前ということで、普段は滅多に入ることはない私用のフロアに呼び出された。
「ファルノ、君は今から街で買い物するよな?」
まだ公務前の寛いだ格好をしているアイザック。
横でカインが済まなそうにしている。
そして何故かいるレン。
とても希少なものを見ているのはわかる。
しかし、今からめんどくさいことを頼まれるのだろうことは今までのパターンから学習している。
「必要なものがございましたら、リストにしていただけると助かります」
「いや……それが………」
アイザックの目が泳ぐ。
サクサクと話を終わらせたい私は、ヘタレなアイザックではなく有能な補佐官のカインの方を見る。
「殿下は、先日から2度ほどディオナ嬢との約束を果たせなかったことを気にしていらっしゃいます。いつ戻るともわからないので、せめて出立前にディオナ嬢にお詫びの品を贈りたいとのことです」
なるほど。
ディオナとのダンスや昼食はアイザック側からの打診だ。
それなのに緊急事態とはいえせっかく取り付けた約束は果たすことが出来ずに有耶無耶になってしまった。
ここで一つ誠意でも見せておかないといけないというところだろう。
そして、例のごとくアイザックに選ばせたら『婚約者に贈る品』を選定してしまうと。
私はデキる侍女です。
皆まで言われなくとも、事情はきちんと理解しました。
「ディオナ様は今学園に入学されました。やはり学園で使えるものを贈るのがよろしいかと思います」
「なるほど!」
この王子大丈夫かな。
クラッグあたりは卒なく当たり障りのない品物を薦めてくれそうなのに。
しかしここにクラッグがいないということは、優秀な侍従長に相談していないのか。
「学園では女生徒を中心に、リボンで自分を表現することが流行っております。例えば、髪に使用したリボンと同じものをカバンにも付けて楽しんだり、仲良しの友人同士同じリボンをする、といった方法でリボンを使います」
制服だから、好きにできるのは髪留めくらいなものだ。
それもあまり豪華にはできないので、リボンにみんな力を注ぐ。
「髪やカバンのワンポイント、本をまとめたりとリボンは学園生活で重宝します。学園の生徒向けのリボンのセットも売っております」
貴族であればリボンに家紋を施して自分の持ち物を主張する。
「街でもリボンは市販しておりますが、ここは王宮の衣装部が取り扱うリボンを持ってきてもらい、殿下自ら選んではどうでしょうか」
私一人でアイザックが贈る品物を選ぶなんて荷が重い。
王宮に納入されるリボンは品質がいいものはずだから、わざわざ街でリボンを購入する必要はない。
「アイザックが刺繍の図柄を選んで、リボンに入れたら喜ばれるんじゃない?」
良案を出してくれたのはレンだ。
「それが一番いいか」
「そうすれば、出来上がり次第ディオナ嬢に届けてもらうよう手配しておけばいい」
未だアイザックはメイナに未練があると思っていたけれど、多忙で時間のない中でもディオナのために贈り物をしようとするなんていい傾向だ。
このまま順調に関係が進んで婚約まで至ればいいのだけど、まずは二人がゆっくり話す機会を作らなければいけないけどいつになることやら。
「それでは私はそろそろ…」
もう要は済んだろうと退室を願い出る。
「ちょっと待て。通行許可証を渡すから」
そうだった。
後宮の人間の出入りは許可制だった。
「それと護衛をつけるから、戻ってくるまで共にいて欲しい」
さらに青の宮の馬車を使えという破格の対応。
そこまで厳重警戒するような事態なのか、ただ急な長旅なので私に配慮してくれてるだけなのか。
恐らく前者なのだろうから、私も街に買い物に行くなら気をつけなければならないのだろう。
「なあ、それ、オレついてっていい?」
急な無邪気な発言の主はレンだ。
「さすがに王宮にいるのも飽きたし、護衛許可付きの外出なら、そこのファルノちゃんに付いてってもいいだろ?」
レンはアイザックとカインを見る。
二人は顔を見合わせて、アイコンタクトをした後仕方ないとため息をついた。
「ファルノ、申し訳ないがレンのこと頼む。護衛の代わりだと思ってくれ」
そうアイザックに言われたら断れるわけもなく、私はレンと外出することになった。
「いやぁ、エイシル伯爵から色々聞いてたからファルノちゃんは初めての気がしないや」
馬車の中で二人、とても気安くレンが話しかけてくれる。
ちょっとチャラい掴みどころこない青年なイメージだったけど、レンってこんな感じだっただろうか。
しかし、父は私の何をレンに喋ったのか。
今度会ったら聞いて確認しないと。
レン・カタルギ(CV峰 祥吾)、聖石の里の青年でこの『りょくいぶ』の世界の導き手だ。
『りょくいぶ』無印のストーリーでは神出鬼没で、主人公にヒントを与えて成長を促す役割だった。
そんな彼が私の目の前にいる。
何か理由があるように思えてならない。
「これから向かうのは私の実家なんですが、誰もいないかもしれないのでおもてなしはできません」
兄はもう出勤しているだろう。
「ん〜、大丈夫。ずっと王宮に缶詰めだったから、気分転換したかっただけ。後で街にも行くんだろ?オレ、王都であんまり買い物しないから楽しみ〜」
ちょっと足りないものを買いに行くつもりだったのだけれども、レンのことを案内しなければいけない感じらしい。
「家に着きました」
後宮近くの門から出て少し行った官舎街の一画に我が家はあります。
小さいですが、庭付き一軒家です。
馬車はしばらく待機してもらって、私は家の中に入る。
「おかえり、ファル」
「え、お兄様!?仕事は?」
「ファルが荷物を取りに帰って来るって連絡もらって待ってた」
とりあえず座ろうと、応接室に案内される。
「私はシェルノ・エイシル。ファルノ、そちらは?」
私の隣にちゃっかり座ったレン。
マナーでいえば、私の恋人とか親しい人の座る場所です。
「オレはレン・カタルギ。簡単に言えばアイザック殿下の客人かな」
レンの簡潔な自己紹介を聞いて、シェルノは納得してくれる。
「では、妹が同行する旅にあなたも参加されるんですね?」
「そうだよ」
「妹のこと、よろしくお願いいたします」
シェルノがレンに頭を下げる。
「ほんと、君達親子は律儀だなぁ…」
「噂は父から伺ってます」
レンと兄のやり取り。
私の中で父はそんなにおしゃべりのイメージはないのだけれど、父と会ってないはずの兄は父とこまめに連絡取ってるし、父とレンは親交が深いことが想像できて、驚きだ。
「ファルノ、聞いているとは思うが、現地では行き先である程度の物資は用意してある。だから必要最低限の旅支度だけしてこいとお父様からの伝言だ」
父も兄も先見を持って仕事ができるらしい。
だいたい、兄はどうして極秘とされてるこの旅のことやレンのことを把握しているんだ。
ただの後宮財務官じゃないのか。
「それと、旅に必要そうなものはお前の部屋に用意してあるから確認するといい。私がカタルギ殿の相手をしておくから、準備しておいで」
色々兄に疑問を聞いてみたいが、今ではない。
私は兄の言葉に甘えてレンを任せて自室へと向かう。
部屋には平民と混じってもわからない平服やズボン、旅用の厚底のブーツが揃えてあった。
旅に持っていける用に化粧品や応急手当てのセットも並べられている。
「お嬢様、何か不足なものがございましたら、すぐにご用意いたします」
家にいる侍女の言葉に私は首を横に振る。
「これで大丈夫よ。旅行カバンに詰めてくれる?」
最近旅行になんか出かけてないし、平服もあまり持っていなかったのに、全て私のサイズ、私の好みで揃えられている。
収納の魔法がかかってかなり大容量だけど大きさはコンパクトな旅行カバンに、侍女が荷物を詰めていく。
これとは別に非常食や保存できる甘味も調達しておこう。
私は旅行カバンを受け取って、レンと共に再び馬車に乗り込んだ。
「気を付けて行ってこいよ」
優しい兄の見送りに、私は大変な旅が待っているのだとようやく実感が湧いた。




