混乱
「魔物か!?」
「ここは王都だぞ、そんなワケあるか!!」
貴賓室フロアでも先程の咆哮が何かわからず、パニック状態になっている。
これは後からわかる話だが、あの咆哮は私達王国にいた人間の脳内に直接響いてらしい。
国中に響き渡ったのだから、隣国でも聞こえていて良さそうなのに、隣国の人間は誰一人として耳にしていなかったことがわかった。
私はアレが何か知っている。
けれど、今この状態で何か言っても誰もまともに聞いてくれないだろう。
それどころか私が魔物をけしかけたと思われるかもしれない。
私は混乱した廊下の中に出て、上司であるクレッグの姿を探した。
「ファルノ!あなたは大丈夫そうですね」
クレッグが私がパニックになってないとわかると明らかにホッとした。
「舞踏会は中止です。気をやってしまった侍女達を落ち着けて下さい」
「わかりました」
あまりの怖さに泣き叫ぶ侍女、恐怖のあまり失神している者がいる。
歩けそうな者は開いている部屋に入ってもらい、飲み物を与える。
「気絶している方は隣の部屋へ。怪我はしていないか確認して、大丈夫そうなら寝かせて下さい」
一人、過呼吸を起こしている侍女がいる。
「しっかりして、ここは安全よ!ほら、息を吸って、ゆっくり吐いて…もう一度…」
彼女の背中をさすってあげて、呼吸が整うのを待つ。
「しばらくじっとして呼吸を整えて」
そうやって対処しているうちに、ここの混乱も落ち着いてきた。
兵士がバタバタと廊下を通り過ぎていく。
開け放たれたドアの向こうを王族が通り過ぎていく。
「ファルノ!アイザック様が広間で指揮を取っています。あなたも加勢しに行きなさい」
広間の様子を見て戻って来たクレッグが、私に指示する。
広間へと行くと、先程のようにパニックになった女性が多い。
「皆様、大丈夫ですよ!」
そう声をかけているのはディオナだ。
「ディオナ様!大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だ。いつも領地で魔物と相対しているからな」
侍女達もパニックになって使えない中、ディオナは泣く令嬢を宥めている。
「他の女性達を頼めるか?」
「もちろんです」
広間を見渡すと、アイザックとカインが指揮を取って混乱を収めているのかわ見える。
「アイザック様、カイン様、何かお手伝いできることはありますか?」
「ファルノか、いいところに来た」
私が声をかけるとアイザックは困り顔をする。
「リリアーネ嬢のことを頼む」
アイザックの近くにうずくまるリリアーネとその付き添いの侍女がいた。
「リリアーネ嬢、この者に案内させますので、少し部屋で休憩なさって下さい」
カインが声をかけるが、リリアーネは首を横に振る。
「アイザック様と一緒なら行きますわ!アイザック様も一緒に参りましょう!!」
兵士や侍女、侍従達に指示を飛ばしているアイザックに、リリアーネが目を潤ませて懇願する。
「この調子で動いてくれないんだ」
カインが疲れた溜息をつく。
「そこの侍女と一緒に彼女を部屋まで連れて行ってくれ」
アイザックに縋ろうとするリリアーネを侍女が制している。
「お嬢様、邪魔になってしまいますから」
「うるさいわねっ!」
この広間にいた大半の人々は出入り口から外にでてしまっているが、この広間の収集がつくのはまだ先だろう。
「カールトン侯爵令嬢、あちらに部屋をご用意いたしますので、どうか…」
私がリリアーネに声をかけるが、キッと睨まれてしまう。
「付き添いの方、このままでは殿下の邪魔になってしまいます。お出口に向かうか、部屋で休息なさるか、どちらかをお願いいたします」
リリアーネは聞き耳を持っていないので、仕方なく彼女の侍女に聞く。
「お嬢様、このまま馬車まで参りましょう!」
そういつて侍女がリリアーネを立たそうとする。
侍女の手を振り払おうとするリリアーネに、侍女が手を焼いているようなので、私も加勢してリリアーネを立たせる。
「お前、無礼であるぞ!」
リリアーネが私に文句を言ってくるが、そんなのは無視だ。
「アイザック様ぁぁ!!」
なおもリリアーネがアイザックに手を伸ばすが、アイザックはリリアーネに背を向けて歩いて行ってしまう。
「リリアーネ嬢、殿下は今から会議にございます。これ以上お引き留めはおやめ下さい」
私達の方に戻ってきたがカインに告げる。
「なんで私を優先してくださらないの……私、怖かったのに……」
去っていくアイザックを見て、リリアーネがグスグスと泣き出す。
「後は任せても大丈夫ですか、侍女殿」
カインの声かけに、侍女は頷いてリリアーネを出口へと連れ出した。
「はー、勘弁してくれ」
疲れたとカインが襟元を崩す。
「お疲れ様にございます」
広間はだいぶ落ち着いた様子だ。
どうせ今帰っても混雑するだけと割り切ってパーティーの残滓を楽しんでいる。
「ディオナ嬢は大丈夫ですか?」
広間にやってきたディオナを見つけて私は駆け寄る。
ディオナのそばにはかしこまったネイサンがいて、ディオナの母親をエスコートしている。
「私の領地では、よく魔物が襲来してきます。ですから、怖くはないのですが……」
群衆が一度にパニックになる渦中にいたので、その対応に疲れたのだろう。
「慣れておられるとはいえ、お疲れでしょう?」
カインもやってきて、二人に声をかける。
「アイザック様がディオナ嬢が混乱を収めようと手助けしてくださったことを感謝しておりました」
「私はできることをしたまでです」
先程のリリアーネを見ていると、ディオナは当たり前はパニックにならずに堂々と緊急対応できていた。
まだ15歳なのに落ち着いていたのは、育ってきた環境ゆえらしい。
「レイモンド辺境伯夫人、ご夫君は軍部へと行かれたようですので、今晩は部屋を用意いたしますのでお泊り下さい」
夫人がネイサンの方を見る。
「領地に急ぎ帰るより、しばらく軍部に詰め情報を収集するとのこと。館の手勢も動かすかもしれませんので、こちらでお世話になった方がよろしいかと」
ネイサンの説明に、夫人がうなずく。
「では、お世話になります」
カインが私の方を見る。
「ファルノ、今晩レイモンド辺境伯夫人方に付いて差し上げなさい」
「かしこまりました」
カインとはその場で別れ、私はディオナ、レイモンド辺境伯夫人、夫人に護衛として付いていたネイサンを連れて貴賓室の方へ向かう。
迎賓館には宿泊施設があり、今晩帰宅できない人々に解放されている。
「クレッグ様、レイモンド辺境伯夫人と御令嬢、それと護衛の方三名がお泊りになられます」
誰が何を担当しているかわからないので、とりあえず一番言いやすいクレッグに部屋を用意してもらうようにお願いする。
「聞いております。部屋へは案内可能です。ファルノ、頼みますよ」
クレッグのダメ押しにより、私はしばらく休み無しになりました。
「では、こちらに」
迎賓館担当の侍女に案内され、私達は宿泊するフロアへと向かった。




