44話 魔導具・世渡り
ありがとう。
感謝の言葉がどこかから聞こえてくる。
……?別に何かお礼を言われることをした覚えはないのだが。
「ありがとう」
もう一度同じ言葉が繰り返され聞き返す。
「なぜ、礼を言う?」
「お前は我を自由にしてくれた。だからお礼を言うのは当たり前だ」
重々しく響く声がそう答える。
視界が開けるとそこには先程まで戦っていた魔獣が佇んでいた。しかし少し様子が違う。
「……お前は?」
「我が名は神獣ベヒーモス、神に仕えてたものだ。本当に助かった、天職を持たぬ無垢なる少年よ」
さっきと違うことは禍々しく暗い身体ではなく、白い雪を思わせる優しい色をした身体だ。
「……それがお前の本当の姿なのか?」
疑問が尽きない。
「そうだ、我は魔王と名乗る者に汚らわしい魔物の姿に変えられてしまったのだ。さらには意思までも奪われて今回このようなことになってしまった……。本当に感謝する。」
心地よく響く声はもう一度礼を言う。
「いやまあ、こっちもこっちであんたを倒す理由があったし、お互い様だろ」
殺したのに感謝を言われるのは不思議な感覚だ。
「で、自由になった神獣様はこれからどうなるんだ?」
「なに、神という主を失った我はもう消えてなくなるだけだ」
少し寂しそうに感じられる声色。
「そうか……」
少しの間静寂が続く。
「もし、迷惑でなかったら我にお礼をさせてもらえないだろうか?」
神獣が突然、そんな提案をしてくる。
「お礼?」
言葉の意味がわからず首を傾げる。
「そうだ。お主に我の加護をやろう」
加護……というのはあれか?有名どころでいえば勇者とか剣聖が天職の他に神から授かることのできる不思議な力。
「えっと……そうだな、貰えるならもらっておこうかな……?」
「うむ、ありがとう。何から何まですまんな」
「……?いや、別に構わないよ」
いまいち話が噛み合っていないような気がするがまあいいだろう。
「少しはお主の役に立てそうで何よりだ」
神獣は笑ったような気がした。
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目を開けると俺の目に雲ひとつない青く澄んだ空が映り込んできた。
「レイル!?」
最近よく彼女の驚いた声を聞くことが増えたような気がする。
声のした方へ目をやると俺と契約をした精霊が目頭に涙を溜めながらこちらを心配そうに見ていた。
「レイル殿!!」
その横にはとても美人なお姉さんが同じようにこちらに声をかけてくれる。
よかった。あれだけ激しく戦ったのだ巻き込まれていないか心配だった。それに傷の方も大丈夫そうだ。
「助かった……か……」
体を起こそうとするが指先ひとつ体は動こうとしない。
あれ?どうして……。
「あれだけ馬鹿な無茶をしたんだ、一日は安静にしてないといけないよ」
俺が不思議そうな顔をしていると横のリュミールが言う。
「ごめん……」
「ああ全くだ!!自分で「死にそうになったら逃げる」とか言っておいて、いざ戦ってみれば自分から死にに行く始末。言ってることが無茶苦茶だぞ君は……」
どれほど泣いていたのか彼女の目は真っ赤に腫れている。
「無茶苦茶なのはお互い様だろ?」
「まったく……怪我人は静かにしたまえ!」
優しく笑みを浮かべて立ち上がる。
「さて、レイルも起きたことだし帰ろうか」
「ああ、ベヒーモスがいなくなったとはいえまだ何があるかわからないしな。リュミール、君も疲れたろう?精霊石の中で休みたたまえ、私がレイル殿を運んでいこう」
リュミールとパルメは俺が目を覚ましたので帰る算段を立てる。
「すまないね、実はもう眠くて限界だったんだ。お言葉に甘えさせてもらうよ」
リュミールはそう言って静かに精霊石の中に戻っていく。
「それじゃあ、出発するぞ」
パルメは華奢な体で軽々と俺をおぶって歩き始める。
「すみません、パルメさんも怪我をしているのに」
「気にするな。レイル殿は今回の功労者だ、それに比べれば私の怪我なんて大したことない。それにレイル殿は私に気にせずまだ寝ていた方がいい、目を覚ましたとは言えかなり体力を消耗しているようだしな」
こちらを抱え直してパルメは気遣ってくれる。
「……それじゃあ俺もお言葉に甘えます」
「ああ」
パルメの背中に体を預けて、目を閉じると直ぐに意識はなくなっていった。
そうして、しっかりと体が動かせるようになったのは2日後のことだった。
あれからパルメは休むことなく俺を里まで運んでくれてリュミールの家の部屋まで連れてってくれた。パルメも決して軽くはない傷を負っていたはずなのにすごい精神力だ。
俺はリュミールとその弟妹達が一緒に騒ぐ声で再び目を覚まし、体が動く程度に回復したことを確認した。
動けることが分かれば長いをするのも申し訳ないので直ぐに里を出ることを決めた。リュミールの母、ルミナは「もう少しいればいい」とありがたいことを言ってくれたが断った。
今俺は最後の挨拶をするために里の長、バーバラの屋敷に足を運んでいた。
屋敷にはパルメがおり、パルメにバーバラのいる部屋まで案内される。
「もう行くのかい?」
「ええ、あまり時間もありませんし、長々とお邪魔するのも申し訳ないので」
バーバラの問いに答え、用意された椅子に腰を落とす。
「何を言うかお主はこの里の英雄なのじゃぞ、好きなだけいてくれて構わない」
「そうだ!急ぐことなくゆっくりと傷を癒した方がいいだろう!!」
バーバラに乗っかるようにしてパルメもそんな有難いことを言ってくれる。
「ありがとうございます、お気持ちだけ受け取らせていただきます」
二人の言葉に申し訳なくなりながら頭を下げる。
「ふむ、そうか、もう決めたのじゃな……。ならばせめて魔導具のある祠まで道案内を含めて見送らせてくれ、私はもう老いた身のゆえ行けぬが、パルメよお主に頼めぬだろうか?」
「もちろんです長!責任をもってレイル殿を祠まで送り届けましょう!!」
なんだか、最後の最後まで道案内をして貰って申し訳ない。リュミールがしっかりと道を覚えていればこんな手間をかけさせなくて済んだというのに……。
「それじゃあ、挨拶も終わったし行こうかレイル」
すると里のほうで色々と別れの挨拶や用を足してきたリュミールが部屋の中に入ってくる。
「リュミールの方ももういいのか?」
「ああ問題ない」
「それじゃあ行くか」
「本当にありがとう、またいつでも来てくれ」
最後にバーバラに頭を下げて部屋を後にする。
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「レイル殿、お気をつけて」
パルメは寂しそうに祠の前で止まる。
「ここまでありがとうございました。里の皆さんにもよろしく言っといてください」
頭を下げてパルメに本当に最後の挨拶をする。
「おいリュミール!レイル殿を頼んだぞ!!お前は適当なところがあるからどうにも心配で……。私がお前の代わりについて行きたいくらいに心配だ!!」
「あーもー、うるさいうるさい。レイル、さっさと行こう。長居するとパルメのやつがいつまでも何か言ってきそうだ……」
パルメの小言に耳を塞いで聞こえないふりをする。
確かに長居すると気持ちが揺らいでしまう。
「それじゃあ行きます」
祠の方に向き直り、中に入っていく。
中は天然の洞窟のようになっており、ぽたぽたとどこかから水の滴る音が聞こえる。
少し歩くと目の前に大きな白い扉のような門のようなものが出てきてそこで祠の中は行き止まりを告げる。
「これが魔導具、世渡りだ」
隣を歩いていたリュミールが扉の前に立つ。
「これが魔導具……」
俺の想像ではもっとこじんまりとした道具っぽい物のかと思っていたが予想は外れてしまった。
目の前に聳える扉は高さにして12mという巨人が使うのではないかと思うほどに大きな物だ。細かく作り込まれた綺麗な装飾が散りばめられ扉の尊厳さが際立つ。
これを使えば魔界領に一瞬で行くことが出来る……アニスを助けることが出来るかもしれない。
そう思うだけで決意が漲ってくる。
「さあ行こうか、地獄へ」
ニヤリと口角を上げて精霊は魔導具に魔力を送り始める。
すると、魔導具、世渡りが輝き始めギギギと重たい音を立てながら開き始める。
「常世全てに通づる精霊の門よ、我が光に共鳴し、地獄の門へと至らん!!」
扉の中からとめどなく溢れ出てくる光によって扉がどこに繋がっているのかは分からない。
しかし、迷う理由などどこにも無く、全てはこの先に待っているだけだ。
扉に向かい足を踏み出す。
もう少しだ……アニス。
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