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43話 荒れ、狂う

 筋骨隆々の体、全てを砕かん轟々しい四肢、黒く光る針山のような鬣、そして禍々しく魔力を帯びる角を振り回し荒々しく息を上げる魔獣。


 まだ少し霞みがかった、虚ろな瞳でこちらを見つめる。


 その重圧に足が竦みそうになるが左手で拳を作り思いっきり足を叩く。


 それで何とか足の震えを収めて覚悟をきめる。


 魔力は十分に体に巡っている。

 大丈夫だ。

 ………………やれる。


 東の方角から顔を覗かせてきた火輪の光に剣が反射する。


 それを合図のようにベヒーモスの強靭な四肢が動き出しこちらに一直線に弾け飛んでくる。


「ッ!!」


 躱すことはおろか受け流すことも不可能な圧倒的な力にいきなり押しつぶされそうになる。


 容赦なく刺し殺そうとしてくる刺々しい二本の角を何とか青く光る剣で防いでみせるが耳に嫌な音が届いてくる。


 痛々しく響く骨の軋む音だ。


「ぐっ……そっ……!!」


 たった今の打ち合いだけで右手まるまる一本持っていかれしまう。


「大丈夫かい!?」


 リュミールの心配する声が聞こえるがそれどころではない。


 少しでも気を抜けば全身潰されてしまう。


「今すぐ回復魔法を……」


 焦って精霊が魔力を廻すが魔獣は待ってくれるはずもなく俺を先程のパルメのように吹き飛ばす。


「……………ぁ!!」


 声にならない苦痛。

 ゆったりとした浮遊感があったかと思えばいきなり地面に叩きつけられ口から鮮血が零れる。


 今ので肋骨も持っていかれた。


 たった数秒の攻防で俺の体は戦闘不能までになっていた。


 全くもって情けない。

 適うはずなどないと初めから分かっていたはずなのにどうして自分はこうも馬鹿で滑稽な生き物なのだろうか。


「……リュミール、10%だ……」


「おい、それはまだ……」


 今にも途切れそうな意識の中、精霊に指示を出す。


 自分は天職を持たない半端者、何も出来ない穀潰し同然だ。最初から生き死にがかかっているのだ出し惜しみなんてしてられない。


 喝を入れて動かすのもやっとな体を叩き起す。


「……早くしろ」


「クソっ!どうなっても知らないからね!!」


 息をするのもやっと、口の中に入り込んだ砂の感触が不快だ。目の前にいる獣のように息も荒くなっていく。


 魔獣はまだこちらが生きていることを確認すると四肢から伸びた鋭い三本の爪を向けて再びこちらに飛びついてくる。


 距離にして約二十メートル。


 奴からすればこの距離はなんの意味をなさない。


「グルゥ!!」


 地面を抉りとり、四本の足で力強く地を蹴る。


「……言い忘れた。ついでに回復もしてくれ」


「注文が多いな!()()もするって言うのに勘弁してくれ!!」


 気にせず、精霊に無理難題を押し付ける。


 時間にして二秒足らず、一瞬で距離を詰めて魔獣ベヒーモスの凶悪な爪が俺の体全身を斬りつける。


「やればできるじゃないか。やっぱり凄いぜ相棒(リュミール)


 精霊石の中でゼーゼーと息を上げる彼女の姿が目に浮かぶ。


 この短時間で体がギリギリ動く程度の最低限の回復魔法をリュミールは俺にかけてくれた。


 動かすとまだ痛むが十分すぎるものだ。


 それと同時に俺の体からは黒い瘴気のようなものが際限なく溢れ出てくる。


 それはいつかの迷宮で見た黒いモノと同じだ。


「グ!?」


 ベヒーモスは先程まで受け止められなかった自分の攻撃が受け止められ驚いた声を上げる。


 俺の全身を斬りつけたと思われた爪は紙一重で剣に受け止められている。骨は折れていない。


「おい! さっきみたいに"晦冥"を発現させながら光魔法なんてもう無理だからな! 今は制御するだけで手一杯だ!!」


 リュミールは精霊石の中で怒鳴りをあげる。


「ごめん。でも本当に助かった、さすがはリュミールさんだ。制御の方も頼むよ」


「クソ、こんな時だけ煽てやがって! これが終わったら覚えてろよ!」


 リュミールはそれ以降喋るのを止める。


 晦冥とはリュミールの光魔力で押さえ込んでいる俺の中にある闇魔力を一部開放して力に変えることだ。


 これをすることによって俺は一時的に身体能力が向上したりスキル、闇魔力を使った魔法が使えるようになる。しかし一定の闇魔力の解放量を超えると俺は再び闇魔力に飲み込まれて二度と自我がもどることはなくなる。それに一定の解放量を超えていなくても体に害のある闇魔力を一部、光魔力の制御がない状態で体に宿しているので晦冥をしているだけで体に尊大な負担がかかる。あまり長くは使用できないものなのだ。


 今、保っていられるのは10%が限界だ。それ以上はまた闇魔力に飲み込まれてしまう。


「ア……!!」


 金槌で激しく打ち付けられたような激痛が頭の中で響く。


 我武者羅に剣振ってベヒーモスを吹き飛ばす。


 頭を抑えて痛みに耐える。


 ……やっぱり10%でも体に相当の負担だ、ぶっつけ本番でやるようなものじゃなかったか。


 でも、さっきまで力負けをしていたベヒーモスを吹っ飛ばすことが出来た。


「グワゥ!!」


 吹っ飛ばされたベヒーモスは難なく着地をして間髪入れずに再びこちらに攻撃を仕掛けてくる。


「少しは休ませてくれ!」


 頭に激痛が走る中、飛びつきを躱してベヒーモスを見定める。


「ヴグオォォォォォォォ!!!」


 ベヒーモスは二度も自分の攻撃を防がれたのが気に入らないのか地面に着地すると地団駄を踏んで周りの木々を吹き飛ばす咆哮を放つ。


「まずいぞ、魔法だ!!」


 リュミールの切羽詰まる声が聞こえて魔獣の方を見ると二本の角に尋常ではない量の魔力が収束するのが分かる。


「ついに本気ってわけか?」


 随分と舐められたもんだ。まあお互い様だが。


 リュミールの忠告が聞こえてきたと思えば再びベヒーモスは咆哮を上げて空から鋭くうねる太い柱のような雷を無数に落としてきた。


 ズドン。ズドン。と激しく落ちてくる稲妻を走って躱していく。


「量が多いな!」


 しかしだんだんとそれも間に合わなくなっていきジリ貧になっていく。


 どうにかしてベヒーモスに近づきたいが雷が邪魔をして近づけない。


 せめて30%まで力を出せれば何も気にすることなく接近できるのだが……。


 そんなことを考えてリュミールに提案をしてみる。 


「なあ、もうちょ───「馬鹿言うな!!! これ以上解放するのは危険だって分かっているだろう!? 本当に戻ってこれなくなるぞ!!」


 言葉を遮られリュミールに叱咤される。


「まだ全部言ってないだろ……」


「言わなくてもわかる!! 前のことを覚えてないのか君は!?」


 以前、光魔力を体に慣らす特訓と並行してどこまで晦冥を解放できるのか試していた時、限界を超えて死にかけたことがある。その時のことをリュミールは言っているのだろう。


「あの時は運良く助かったが次に助かる確証はないんだ!!」


 依然としてベヒーモスの雷は鳴り止まず、躱すのがそろそろ本当に難しくなってくる。


「……このまま行けばどのみち死ぬ。いのちだいじ、はもう辞めだ。やることは最初から決まってるんだよリュミール」


「……………クソっ。五秒だけだ、それまでならまだ助かる余地があるかもしれない」


 精霊は諦めたように静かに呟く。


「十分だ!!」


 大声を出して自分を鼓舞する。


 瞬間、先ほどより大量に体から黒い瘴気が溢れ出る。


 同時に意識が一気に掠め取られる感覚が襲う。


 ………耐えろ!!


 頭痛も先ほどより酷くなり、手足の感覚が無くなっていく。


「!!!!!」


 無数の稲妻が俺の体目掛けて落ちてくるがそんなの関係なく思いっきり地面を蹴り、神話級の魔獣へと接近していく。


「ヴグオォォォォォォォォォォ!!!」


 本能でこのまま近づかれるのはまずいと察知したのかさらに稲妻は激しくなっていく。


 その間二秒。


 気がつけば太陽は完全に顔を出して俺たちを照らしあげていた。


 燦々と煌めく臙脂色の陽が、中段右越しに構えた俺の青白い剣を輝かせる。


 晦冥により強化された身体能力により瞬く間に魔獣の目の前に近づく。


 その間四秒。


 魔獣に攻撃する前に最後の仕上げとして剣にも黒い瘴気を乗せて、揺るがないものにする。


「ウオォォォォォォォォォォ!!!」


 喉が擦り切れんばかりの声を上げて魔獣目掛けて渾身の一閃を御見舞する。


「ヴグアァァァァァア!!」


 ベヒーモスは最後に俺を巻き込むように自分に向けて巨大な雷の柱を落とすがそれも今の俺には意味をなさず簡単に体を真っ二つに斬られ苦悶が響き渡る。


 その間丁度五秒。


 そして人間と魔獣は全ての力を吐き出して地面に倒れ伏す。


 片方は辛うじて息があるがもう一つは息が完全に絶えていた。



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