女王とドラゴン
メメント・モリ(笑)
まだ天に昇らない太陽の光が緑葉にきらりと反射し、葉と葉の隙間を通り抜け、光点をぽつりぽつり地に落としていた。
朝の心地よい涼しさは春期の終わりと夏の始まりを予感させていた。この時期の森特有の湿り気と静寂さが混じった空気の中を、樹々の中をたゆう様につけられた土むき出しの細い道を二台の乗り物が進んでいた。前を進むのはパイプの骨組みとタイヤでできたバギー、その後ろに続くのは馬のいない馬車のような形をした六輪の乗物――通称「モービル」。
先頭をゆくバギーにはシスターが乗り込み、その後ろの幌なしのモービルの運転台にはグスターク、その後ろの対面四人がけの後部座席には誠志郎、葵、エルザ、マリー王女が座っていた。
「この世界に車があったなんて」
滞在二日目の世界のテクノロジーに感激しながら、その小舟のようにゆらりゆらりと揺れる乗りごこちに珍しさを感じ、黒髪の少女はハンドルではなくレバーのようなモノで車を操作するグスタークの後ろ姿を見る。
「この『馬なし馬車』に使われておるゴーレム・エンジンは、我が国の特産物じゃからのう。
王宮の収入はほとんどコレの売り上げ関係に頼っておる」
ふんと胸をはる王女。ゆらりゆらりと揺れる車内でも絶妙なバランスを取っている。
「魂が宿る石の中でも、単純な運動――たとえば回転や上下運動に特化したモノをゴーレム・エンジンと呼んでいるの。
……最近だと入力に対するアウトプットを出すものもゴーレム・エンジンと呼んでいるけどね。
この地は昔から魂がモノに宿りやすい場所で……天然のゴーレムもよく出現してる。
セイシロー、アンダスタン?」
大きな太刀を携えながら「委員長モード」で解説するエルフ。
脳筋と委員長の間を全力で往復運動する姿にも前世でもう慣れた。
「天然のゴーレム?」
「港がある海側と違って、山側はほとんど人間の手が入っていないところが多くあるの。
で、そんな手つかずのところの地中から、時々ぼこっとゴーレムが現れるのよ」
誠志郎の脳内にタケノコのように地中からぼこっと現れる石の人形が浮かんだ。
「わたしの親父が王宮でコックをやっていた時なんて
あの海の向こうの島で戦争が激しかった頃なんで、ゴーレムがよく出たそうですよ。
魂が多くさまよっていたんでしょうね」
起用にレバーで各輪の駆動バランスを操作しながらグスタークが話に割り込んでくる。
「へ、へぇー……」
戦争で亡くなった死者の魂が……てか。
平然と話しているけど、それホラーじゃね?と誠志郎は思った。
「古くからの倫理規定で人の魂を持ったゴーレムは労働力として使えませんからね。
動きをとめて成仏をしてもらうしかないわけで。
親父のときはたしか向こうの島から坊さんを呼んできたんじゃなかったかなぁ。
これがまた料理がうまい坊さんだったそうで……」
「ブルファラント帝国の国教は大聖堂ではないのです
あの地方独特の……専門のノヴァさんに聞けばもっとわかるかもしれませんね。
おっぱいを鑑賞するついでに訊いてみますか?」
エルザがグスタークの補足をする。
いろいろオマケをつけて。
「ブルファランドはつい最近まで各地の領主たちによる内戦状態でして
数年前に入ってようやく王朝が統一されたのです。
対岸から見てもひどい争いだったそうで、海軍の仕事が海を漂う死者の引き上げがほとんど占めていたそうです。
海流の関係で川から海に流された遺骸がこちら側に流れ着くのですよ」
眉をしかめながらエルザが語る。
「避難してきたブルファランド民のボートが転覆したこともありました。
あそこの水路は潮の流れが複雑で……いつもうちのレストランに魚を卸してく漁師も救出に向かったのですが」
グスタークはそこで言葉を途切れさせた。
何かを思い出しているような間があった後、バランスを崩したモービルの調整を慌てて行う。
「かわいい妹のためにお兄ちゃんは頑張らないといけないのですよ」
唐突にグスタークはぽつりと呟く。
「そういえばグスタークには妹と姉がおったのう」
マリー王女は眉をぴくりと動かしながら応じる。
「ええ、姉が一人と妹が二人。
姉は親父の店をいずれ継ぐ予定で……
親父は衛士になれなくて王宮にコックとして入ったのですが
どうやら私にはコックの才能は皆無だったようで……不思議なもんですね」
衛士グスタークは前方のバギーが停止するのを見て、モービルの方も停止させた。まだ森は抜けていない。
見ると、バギーからシスターが降りて道ばたにたたずむ老エルフと話をしているようだった。
あっ、と言って葵が車体から立ち上がる。
「ゲムルおじさん!」
シスターと話していた老エルフは葵の姿をみると、おおうという感じで手を上げた。
「なんじゃゲムル殿か」
マリー王女はモービルを降りた葵の後ろ姿を追っている。
「森の守護人です。
ああして森を一日中まわり天然ゴーレムの発生を監視しているのですよ」
エルザが誠志郎に説明をする。
「へー、なんかファンタジーぽい」
「夜になると大サルジャン通りでよく酔いつぶれて転がっています」
「……ダメじいさんか」
誠志郎の耳に「ファンタジー」音を立ててが崩れていく音が聞こえたような気がした。
◆◇◆◇◆
「おっほぉー、守護騎士殿か。
はぁーて、最後に逢ったのは二百年ぶり前かのぅ」
「最近封印から目覚めちゃってねー」
「ははぁ、一月ほど前の古神殿の騒ぎは、アオイ殿じゃったのか」
顔をほころばせながら立ち上がる老エルフ。
「シスターさん、何を聞いていたの?」
「えっ、今日はドラゴンの昼寝場所を……」
シスターは地図を広げていた。
「あー、それがのぉー、
ドラゴン殿は昨日あたりから落ち着きがないようでのう。
いつもみたいに一日中同じ場所で眠っていることはないようでなぁー
一度高台に上がって周囲を見渡した方が良いかもしれないんじゃ」
老エルフはそう言って森の奥へと伸びる道を示した。
「落ち着きが無いとはなんじゃ? ゲムル殿」
葵に続いてエルザ、マリー王女、誠志郎がバギーのところまで歩いてきた。
「これは王女閣下。ご機嫌麗しゅう。
ドラゴン殿は昨日から一日中空を飛び回っているようで、いつもの供物置場にも姿を表しておらぬ。
守人仲間じゃ、ゴーレムの大量発生する前兆かもしれんと噂しとる。
わしとしも一度ドラゴン殿と話をしたいところなんじゃが……」
そう言って空を見上げる老エルフ。
「魂の濃度が低いから大量発生はないと思いますが」
シスターはそう言って胸元から大きな宝石のついてペンダントを取り出した。
おっぱいが揺れた。
「っ!……、そ、そうか」
エルフの視線はシスター服の胸部に釘付けだ。
「この宝石はまだ緑色だから魂の濃度は通常と考えられます。
これが赤色から紫になると危険領域に入っちゃうんですけど」
「うむぅ……最近はそんな便利なモノがあるのか。
じゃがな、濃度はたしかにゴーレム発生に影響が与えるが、
その魂を受け入れる土地の性質変化も頭にいれなくちゃいかん」
まじめな顔をして語る老エルフの視線は、シスターの胸元に釘付けじゃ。
「はい、存じております」
ふぅむと老エルフは感心した顔をしてシスターを見た。
「ほほぉ、若いのに感心じゃの。
どうじゃ、今晩あたりこの森の小屋で魂についてしっぽりと語らんか?」
「ご遠慮します♪」
老いても盛んなご老人のナンパを一蹴するシスター。
あからさまに上半身をがっくりと落とす老エルフ。
そのゲムル氏のそばに近寄るエルザ。
「なんじゃ、エルザか」
老エルフの表情は失望したままだ。
「ゲムル殿、これを」
そっと一枚のチラシを渡すエルザ。
「んー……おお、あの建物に新しい店が入ったのか?」
チラシに書かれている住所をみてゲムル声を上げる。
「……オプション:シスター服あり、巨乳、マサラ」
意味ありげな単語を老エルフの耳元で囁くエルザ。
老エルフの双眸が大きく開かれる。
「!……なんと、マサラ嬢がこの街に帰ってきたのか。
ううむ、これは予約が戦争になるぞ」
真剣な面持ちでピンク色のチラシを見る老エルフ。
森の中でのその立ち姿は思慮深き木こりが主人公の一枚の宗教画のように見える。
脳内に幾世紀も貯められた予約必勝法と夜の好敵手達の動きを勘定に入れ、己の行動指針を注意深く検討するその姿は、ある意味の賢人の姿だった。
「感謝するぞ、エルザ」
老エルフは扇情的絵柄が入ったチラシを服の中に仕舞う。
「いえいえ、
大サルジャン通りもゲムル殿のような治療士を必要としておりますから」
にこりと笑ったエルザに老エルフは肩をすくめて応えた。
◆◇◆◇◆
「森を抜けます」
レバーを握るグスタークが顔を後ろにむけて告げる。
老エルフと分かれた後、バギーとモービルは再び森の中の道を走り出してた。
最初に雲一つ無い青空が見た。
蒼色の天蓋の下には緑の平原が広がっていた。
風が吹き、平原がゆるりと揺れる。
道は深緑の地平線の向こうまで続いていた。
バギーとモービルは停止する。
ここがあの老エルフが言っていた見晴らしの良い高台らしい。
「暖かいな」
黒髪の少女は大気の暖かさを素直に口にした。
ここは日当たりが良く、温度が高い。
「うーん、どこにもドラゴンはいないねー」
葵は幌のない車上で立ち上がり、端に設けられた手すりに捕まって立ち上がった。
「判るのか?」
「エルフだから」
ああ、そう。と黒髪の少女は頷いた。
そして長い耳をぴくぴくと動かす幼なじみの横顔を見た。
オレこの世界のこと、ここに住んでいる人達のこと、何も知らないだよなぁ……。
在異世界二日目じゃどうしようもないけれど。
「エサでも撒きましょうか」
エルザが車上から草原に降りて顎に手を当てながら呟く。
「エサ?」
「そう、エサです」
エルザは中腰になって、スカートの中に両手を入れて何やらゴソゴソとしている。
「あ、パンツ脱がないでください」
モービルから降りながら、極めて平坦な声で誠志郎がエルザを制する。
「セシル様がお脱がれになるのですか?」
片足を上げたまま動作を停止するエルザ。
「脱ぎません」
「なら」
紺色のメイド服スカートの下から、下着を脱ぐ動作を再開するエルザ。
「パンツは脱がないでください」
エルザの動作が再停止する。
「セシル様がお脱がれになるのですか?」
「脱ぎません」
「……まさか、アオイ様が?」
「はぁっ!?」
飛び火した。
モービル車上で葵が勢いよく立ち上がる。
「……脱ぎません。多分」
黒髪の少女は顔を左右に振った。
モービルの上で身の丈以上の太刀をブンブンと葵が振りましていた。
片手で。
「脱がないからっ!」
「……だ、そうです。」
エルザと誠志郎が確認し合うようい大きく頷き合う。
「では」
「パンツ脱がないでください」
「この前はブラジャーでしたので」
「『ドラゴン』と『エサ』と『パンツ』でなんとなく予想はしていますが
その予想を現実化させたくないです」
大体ギャルのパンティいというものはドラゴンにあげるモノではなく、もらうモノだろうに、と誠志郎は思う。
「パンツお嫌いですか?」
「いいえ、女性用のモノなら大好きです」
黒髪の少女の表情は嘘偽りのない誠実なモノだった。
「ブラジャーお嫌いですか?」
「いいえ、女性用のモノなら大好きです」
「……?
男性用のブラジャーがあるのですか?」
「……。
あいつら無茶しやがって……」
誠志郎は青空を見上げ、遠い目をした。
パイオニアたちの背中の幻が空に浮かぶ。
その背中はうっすらと透けて、その魂の衣が浮かんでいた。
「……
では、わたくしのパンツと
ノヴァ殿のブラジャーはどちらが好きですか?」
「はぁっ!?」
今まで我関せずと小さなハンマーでバギーのフレーム状態を調べていた修道服のシスターが立ち上がり振り返る。ぶわりとシスター服が勢いよく翻り、胸部がぷるんと揺れた。
「ブラです」
風が吹く。
黒髪の少女の長い髪が、たゆらかに揺れた。
「……」
「……」
自動少女人形とメイドはお互いに頷きあった。
「女として悔しいですが、確かに私もノヴァ殿のブラジャーは魅力的……」
「エルザさん、これは運命だったのですよ……、
おっぱいが……メガネおっぱいが、そうしろと我々に囁いているんです。
友達になろう、エルザさん」
誠志郎が手を伸ばし、
エルザが再び大きく哀愁じみた笑顔で頷き、そっと手を伸ばした。
握り合おうとする互いの手が近づいていく……。
「おかしいです……ふたりとも」
低い低いトーンの声。
二人の手が重なることを防ぐべく、ノヴァが両手でがっちりと二人の両手首をつかでいた。
小さなハンマーはバギーのそばに捨てられていた。
「これはノヴァ殿。
大変申し訳ないのですが、体温つきブラジャーを急ぎ提供いただけないでしょうか?」
「ドラゴンを呼び出すのに必要な……あ痛たたた」
ノヴァから奥歯をかみしめるガリッという音が聞こえた。
手首を握る手に力がはいってくる。
「グスターク、なんとかせい……」
そんな三人の様子を見ていたモービル車上の座席にふんぞり返っているマリー王女が、運転席で操作レバーを持ったままグスタークに声をかける。
「いくら姫様の願いと言えども、こういうのはちょっと……」
その時、空気がぴんっと小さく弾けた。
「!」
葵がその異変に気づくと、モービルより大地に降り立ち、太刀の先端を右に下げつつその長い耳をぴくりと動かした。目に緊張が走る。
「来たか」
やれやれとマリー王女もゆっくりと地面に降りた。
地に足がつくと同時にそのそばにエルザが佇む。ノヴァの拘束をするりと抜けてきたようだ。
「え」
「あ、あれ?」
残されるノヴァと黒髪の少女。
「テレポートして来るよー」
葵は誠志郎に注意を促す。
「なにが……って、ええ?」
空気が弾ける回数がどんどんどんどん増えてくる。
その度に身体の表面が電気が走ったようにぴりぴりと震える。
誠志郎のまえに巨大が陰――高校の体育館がすっぽりと収まってしまいそうな大きさの――が広がってくる。
やがて、その陰から四肢と長い尾、そして大きな翼が形作られてくる。
「ドラゴンか……っ!」
黒髪の少女はいま自分たちの目の前にテレポートしてくるのが聖サザランド王国内に唯一のドラゴンであるということが理解できた。ただ、その巨大さにせっかく作り上げた理解が吹き飛びそうだ。
≪……四つじゃ。四つ必要じゃ≫
≪まずはエルザのブラジャーとパンティー≫
≪そしてシスターのパンティー、さらにブラジャァアァァァァァー≫
≪……ハァアァァァァン≫
はぁあぁぁぁぁん?
黒髪の少女の頭に大きなはてなマークが浮かんだ。
まるで何が搾り取られてしまったようなその声に、せっかくの緊張感が抜けていってしまいそうだった。
そのとき、
ドンッ!、と目の前に巨大なドラゴンの凶悪な光を宿らせる両眼が現れた。
そして赤くぴらぴらと伸びる先が両尾に分かれ粘着質の液体にまみれた長い舌。
一本で人を砕けるほど大きさの牙が口喉の奥まで無数に続いている。
岩のようなその皮膚に覆われた頭部に、その後ろに見える天を覆うほどの巨大な翼はゆっくりと凪ぐように揺れていた。
全身に火花がスパークしている。
それが全てだった。
あまりにも巨大すぎて誠志郎からは全て見ることはできなかった。
もしも上空に目があるならば、広大な草原をおおう巨大なドラゴンの体躯に絶対的な力と確実な死の予感に身を震わせたにちがいない。
「二つで十分じゃろうに……」
そんな脅威をまるで意に介することなく、マリー王女は腰に両手をあててヤレヤレという表情をしている。シスターは間近で見たその迫力に足ががくがくと震えているが、涙目で王女の方を睨んでいた。どうやらその二つを提供するのは自分だと直感的に悟ったに違いない。
黒髪の少女は表情をこわばらせながら立ち尽くしてた。
目の前のドラゴンが放つ存在の圧倒的暴威と、自分の脳内に直接響くように聞こえた内容の圧倒的にアレな感じが、互いにリング上で力比べを始めたのだ。最初両者の力は互角に見えたがリング周囲の観客がコールを始めるとその均衡が崩れ始める。パイッ!パイッ!パイッ!ォォオオーパイッ! パイッ!パイッ!パイッ!……。耐える恐怖サイド、波状的攻撃を繰り返すアレなサイド。戦いは長期戦になるやと思われた。
運命の刻は不意にやってきた。
エルザが上に伸ばした手の先あるのは紫色の光沢のある布。
たかが布。されど布。体温は未だそこに健在。名は紐パン。
彼女は脱いでしまったのだ。
空へ放たれるパンティー。
さらに伸びたドラゴンの長い舌に保護されるパンティー。
乱入だ。パンティーの乱入だ。これには恐怖サイドは耐えられない。
リングに沈んだ恐怖感と、鳴り止まぬパンティーコール。
判断は下された。
ドラゴンは「ダメな人」フォルダに分類された――。
誠志郎はこわばった顔のまま声を漏らした。
「カンベンして……」
モノキニの画像が見つかりました。
どうでも良い話ですが、五〇年ほど前のブラジャーのデザインって典雅さがあっていいですよね。




