女王とドラゴン2
ドラゴンの話、続きます。
田中君がSM女王様のボンテージファッションに疑問を持ったのは中二の初夏のことだった。
彼曰く、Mとして非現実的服装女子に攻められ喜ぶというのは邪道なり。何故ファンタジーに逃げたりや。漢なら現実的服装女子のは攻めを受けるべし。
対し男子円卓会議の参加者曰わく、ボンテージは既にファッションとして市民権を得たり。前提が偽ならば結論もまた偽りなりや如何。
これに答えて田中君曰わく、その指摘は当たらず。あれらは遊戯的模倣に過ぎぬ。去勢された雄牛にも劣る、と。
参加者大きく頷き同意を示す。
また円卓参加者問いて曰く、真のM漢とは如何なる服装女子に攻められるべきや。
田中応えて曰く、バスガイド也。
参加者大いに驚き、動揺すること限りなし。独り愚息白髪三千丈する者あり。
田中続けて曰く、真の漢とは縁を大事にする者なり。我持少年ハート。然るに中等高等初等幼稚制服女子責め、いまだ機は熟せず。縁なし。「確かに制服フェチはおっさんの領域だが…」
我一昨日電影を鑑賞す。バスガイド在り。縁あり。
然るにバスガイド責め、これ真の漢のM道なり。
「おいっ!」「それ単に田中の好みだろ!」「ゴミ捨て場にあったDVD、やっぱりエロいものだったのか……」「オレは○ミさんに遠慮がちに攻められたい」「ア○ナに放置プレイのほうが至上だろ、こん畜生!」「そういえば家にあったア○ナミのXLサイズ制服いったい誰のものなんだろ……お父さん怪我もしてないのに包帯巻くの好きなんだよね……」「やめろ!お前の親父で色々想像したぁー! オレの○波が、オレの綾○がぁあ!」
教室に設けられた円卓は崩壊し、つるし上げられる田中君。
机に頭を打ち続ける者、ひょんなことから発覚した派閥の抗争を始める者、突然紳士風に自分語りをする者など教室は阿鼻叫喚の坩堝となった。
その時ちいさくドアが開き、男女別の保険体育授業のため別教室に移っていた女子が一人、教室に戻ってきた。
黒板の前で立ち止まり、静まりかえる男子共を冷めた目で見る。
「……バカみたい」
(((((………!!)))))
図書委員で文芸部にも属しているその女子の一言が、
クラス男子全員に「何か」を目覚めさせた――――
誠志郎はドラゴンを前にしてそんな昔のことを思い出していた。
≪ふん……懐かしい顔がおるな。
ゴーレムの女王よ、久しぶりよのう……≫
いいえ。ドラゴンに会うのは初めてです。
一昨日まで自分が「女王」なんて呼ばれるなんて想像もしていなかったし。
ドラゴンの頭の上にパンティーをちょこんと載っている。
本当は被りたいのかな?と思ったら負けだと黒髪の少女は思った。
「ご、ご機嫌麗しゅう……ドラゴン、さん」
見よう見まねでスカートの両端をちょっと持ち上げて会釈する少女。
「やっつけるのではなかったのか?」
その後ろで腕組みをして無意味に偉そうなマリー王女。
誠志郎は振り向いてきっと睨み、ぱくぱくと口だけを動かす。
よ・け・い・な・こ・と・を・言・う・な。
「ほほう、なるほど」
じっと黒髪の少女の唇の動きを見ていた王女がなにやら得心したように頷いた。
「姫さま、セシル殿は何と?」
隣に立つエルザが王女にそっと顔を近づける。
「とても口では言えない卑猥な言葉を言っておる」
「まぁ」
「言ってねーよっ!」
少女は思わず叫けぶ。
それを聞いたドラゴンは大きな目を細める。
≪ふむ……。
ゴーレムの女王よ。今の魂の名は何という?≫
……はぁ?
「ソ、ソウルネームですか?」
≪そうとも言うかもしれんのう≫
誠志郎は固まった。
魂の名は?と聞かれてすぐに答える人間なんて居るか?
居るとしたらソイツはすごく痛い人間だ。質問する奴もすごく痛い人間だ。
だが質問をしたのはドラゴンだ。ここは異世界だ。ファンタジーだ。
二つ名なんて普通に持っている奴がごまんといるに違いない。
つまり。
……痛々しい名前でも案外アリなのかもしれない。
いやむしろ、痛々しければ痛々しいほどカースト的にこう、ぐぅーんと上に行くような感じなのかもしれない。
異世界だし、ファンタジーだし。
……えっーと。
「……き、恐夢の凶騎士(ルナティック・ナイト・オブ・ダーク・ナイトメア)」
キョウムノキョウキシ。略してキョンキョン。漢字の意味と英訳が微妙にズレているのはお約束だ。
スピンオフのゆる漫画「きょんきょん君」へて展開をも視野に入れたこの魂の名前。
いろいろとありそうだが、燃え上がって知名度を上げるというのもありかもしれない。くくっ、すべて計算どぉりっ。ふぁーはっはっ、とココロで高笑いをしてみる。
それになんて言うか……この名前を口にしたとき、魂が震えるというか、言い換えればすごく気持ちがいいというか、真の自分に逢ったような気がした。
やっべ、これ本当にオレの真の名かも。
≪……≫
ドラゴンはあんぐりと口を開けている。痛そうな牙が何本も見える。というか牙しか見えない。
や、やったか……?
「……いろいろと酷いですね」
エルザが王女に伝えているか独り言なのかよくわからない声を漏らした。
「ドラゴンよ、こやつは昔からバカなのじゃ」
舞台役者のような非常に良く通る声でマリー王女が宣言する。
誠志郎を指さす指先、手、腕のラインが非常に美しい。
≪うむ……、理解した。
マリーも大変よのう……≫
ぱくん、とドラゴンの口が閉じた。
「おい待て
それじゃまるでオレがバカなことを言ったみたいじゃないか。
一生懸命考えたんだぞ」
「大丈夫、『ソウルネーム』と聞いて
『真名』を答えたくなく気持ち、わたし判るから。
ドイツ語が入っていたらもっとポイント高かったかなー?」
ニコニコと笑ってぽんぽんと自動少女人形の肩を叩くエルフ。
「すいませんでした」
誠志郎はドレス姿でドラゴンの前で土下座をしていた。
「ねぇ、ちょっと。
わたしひょっとして『バカの基準点』として使われてる?
学校のテスト、ソウイチローよりわたしの方が良いんだけど」
その後ろに立つ葵は不機嫌だ。
「……ありがとう葵。
『常識のカナリヤ』の二つ名を持つ者よ」
黒髪の少女は額を地に擦りつけながら、やけに穏やかな声でエルフに感謝の言葉を贈った。
「そんな二つ名持ってないよーっ」
葵は頬を膨らませている。
地に伏せる少女の姿をなで回すように見ていたドラゴンだが、何かを思案するようにしばらく視線をを宙に向けた後、ふんっ、とドラゴンは鼻息をもらした。
土下座をしている黒髪の少女の髪がかすかに揺れた。
≪……、
パンティーを見せてくれたら許さんでもないぞ≫
ドラゴンが威厳を保ったやけに渋い声でそう言う。
同時に黒髪の少女の右手はばんっと地を叩いた。
≪うがぁっ!≫
突然、誠志郎の土下座先にある地面が爆発するかのような勢いで盛り上がり、そのままドラゴンの顎にアッパーカットを食らわせた。
ドラゴンはひっくり返り、ずずぅんとその身を地に横たえた。
その巨躯が地に崩れ落ちる光景に他の者が目を見張る。
「やっつけちゃった……」
涙目から回復し、バギーのそばまで避難していたノヴァはその光景にハンマーをぽろりと落とした。
「えっ……?」
誠志郎は土下座からむっくりと上半身を起こすとまじまじと自分の右手を見た。
「これが……オレの力?」
エルフはその姿をみて、いいね!と親指をたてた。
◇◆◇◆◇
1)まずは形式的な挨拶から始めます。
「お初にお目にかかります。
守口誠志郎と申します。
今後ともよろしくお願いします」
無駄に姿勢のよい正座姿で深々と頭を下げる黒髪の少女。
見目麗しいフランス人形のような少女が正座をしていることに妙な違和感を感じる。
その両隣には葵とマリー王女が同じく正座をしている。
ノヴァとエルザは三人の後ろに控えていた。
グスタークはモービルを点検している。できるだけ関わりたくないらしい。おいこら衛士。
≪うむ≫
ドラゴンは少し距離をとって頭を地にほぼ付けたまま小さく会釈した。
相変わらず紫色の紐パンが頭に乗っている。
最初からこうすれば良かったのだ、と誠志郎は思った。
対話には対話の作法というものがあるのだ。
2)共通の話題から話を広げましょう。
≪ゴーレムの女王に宿る今代の魂の名前、
守口誠志郎と申すのか……今回も異世界人とな。
まぁ、パンティーが好きそうな名前じゃ……≫
「パンツもさることながら
ブラジャーも大好きでございます」
≪ほほう。
異世界にはよいブラジャーがあるというのか?≫
3)ちょっと自分の秘密をうちあけることで親近感を出すのがポイントです。
「実はブラジャーは豪奢なブラジャーも良いかと思いますが、
シンプルなデザイン、我が世界では『スポーツブラ』と呼ばれていますが
実はわたしはコレが大好きなのです……」
美少女がにまにまと笑いながらちょっと目をそらして口にする言葉には妙な破壊力がある。
「うわー……ちょっと引くのじゃ」
「セイシロー、そんなに好きなら今度着てみる?」
≪なんと、そういうものが在るのか。
ううむ、一度見てみたいものじゃ≫
4)おもむろに商談を始めます。
「スポーツブラに関しての形状・デザイン・材質全てが素晴らしいのは当然でございますが、下着の魅力が発揮されるのはやはり人に着用されたときかと存じます。
特にスポーツブラはシンプルなデザインとクーパー帯を保護するために乳房全体をしっかりと固定することを特徴としています。これは何を意味するとお思いでしょうか?
女性が立つ・歩く・曲がるとき、乳房はぷるると揺れ動きます。
ところがスポーツブラを着用したとき、乳房は固定され動くことないとお思いかもしれません。
しかし、かすかに揺れるのです!
清楚な女子学生服からちらりと見える胸元が限りなきエロティズムを感じさせると同様に
乳房が己を縛り付ける枷を破りぷるりと身を震わす瞬間、至高の瞬間が訪れるのです。
デザインがシンプルであるがゆえに、かすかな揺れがひときわ生えるのです。
ここに現物がないのが非常に残念なのですが
スポブラの素晴らしさをぜひドラゴン様に分っていただきたい!」
熱く己のスポーツブラ愛を語る黒髪の少女。
≪むぅ……、
よくわからんが熱意だけは伝わったぞ。
今代のゴーレムの女王よ≫
ドラゴンも多少引き気味だ。
※セールスを行うときは相手の言葉もよく聞くことが大事です。
≪良い話をきかしてくれた。
して、何が望みじゃ?≫
「え?」
想定外の返しに誠志郎はドラゴンを見て、それから両隣の二人を見た。
マリー王女と葵は、どうしたの?と首を傾ける。
「え?」
5)会話に詰まったときは焦らずにムードを変えるために場を和ませましょう。
「セイシロー、ひょっとして何も考えてなかった?
ドラゴンさんとどうするか?って」
「まぁ、目的のない会話というのも楽しいものじゃが
一応コレは人間とドラゴンとの交渉じゃからな。
ドラゴンを倒した後、なんで改めて話をするのか不思議に思っておったのじゃが……。
そなたのスポーツブラへの愛だけは伝わった。しばらく近くに寄るでないぞ」
「セシル様、わたしが以前ドラゴン様とシスター服について熱く語り合ったのは
シスターの入浴情報と引き替えに国境付近の情報を得るためですよ」
「あなたのせいですかっ!」
フリーズ状態の誠志郎の後ろで葵、マリー王女、エルザ、ノヴァがあれこれ言い始める。
ちなみに誠志郎をここに連れてきたのはこの四人である。
この場がそういう場ってことを、もっと早く言ってくれよ……
黒髪の少女は、とりあえず顔を傾けてあははっとドラゴンに愛想笑いをした。
可憐な笑顔にドラゴンはふんっと鼻息を鳴らした。
6)残念ながら商談がうまく行かなかった場合は迅速に撤退します。
「……では、お後がよろしいようで」
オチも付けずに正座のまま深々と頭を下げた後、軽い足取りでその場を逃れようとする誠志郎。
≪まぁー、待て≫
そんな少女をドラゴンが呼び止める。
えへへへっと愛想笑いをしながら振り向く黒髪の少女。
≪望みがないのならば
わしから一つプレゼントをやろう。
……座れ≫
「はい」
ぺたんと先ほどを同じ場所に座る誠志郎。
無意識のうちにいわゆる「女の子座り」になっているのに気づいていないようだ。
葵とマリー王女がその姿を両側からしげしげと見ている。
≪わしは何人ものゴーレムの女王を見てきた。
前に見たのは三百年ほど前かのぉ。
誰も彼もまず尋ねるのは、自分は何者か?ということじゃ≫
おもむろにドラゴンは話し出す。
その双眼はここではないはるか遠くを見ていた。
口元がにまにましているようにも見えた。
≪別世界から呼び出されたかと思ったら
得体の知れない躯に入っているのじゃ。
誰かに教えて欲しいと思うのは当然のことよ≫
膝元のスカートを直しながらじっとドラゴンを見上げる美しき自動少女人形。
≪知りたいか?
汝自身のことを≫
ドラゴンの問いに、少女はこくこくと頷いた。
「うん……ゴーレムの女王のこと、この身体のこと、
教えて欲しい」
≪あー、
スポーツブラについてはいつか現物をたのむぞ≫
ふっふぅー、とドラゴンは上機嫌で鼻息を漏らした。
スポーツブラの動画って、なかなか無いんですよねぇ……。




