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シスターとドラゴン

人形は眠る。

 人形の身体でも眠ることができた。

 きゃはっ。ふーしーぎー。


 ――ふぅぅぅしぃぃぃぎぃぃぃ……。



 王宮の客間、葵の隣の部屋が誠志郎に割り当て足られた部屋だった。

 内装は王女の私室に比べると豪奢さが幾分劣るが、室内のベット・机・棚・クローゼットなどの家具はどれも細かい細工がしてあり、高価な物であるのに違いは無かった。


 もっともそんなものをじっくりと素人鑑定するような余裕はなかった。

 

 心が眠りを要求していた。

 黒髪の少女は部屋に到着するとベットに倒れ込むようにして眠った。



 11人の坊主頭の筋肉だるまがミントンをしている夢をみた。




 で、朝。

 誠志郎は何かが急ブレーキをかけるような音と、何かが大きな音を立てて衝突する音と、部屋の外で人が駆け巡る音で目を覚ました。


「……」


 誠志郎は無意識のうちに時計を探していた。

 いつもの定位置に時計がないことに気づき、そして自分が異世界にいることを識る。

 寝起きのため息と共に。


「朝である!」


 ドアが開いた。

 そこにマリー王女とメイドのエルザのセットがいた。

 朝なのに日中の太陽のようにまぶしい笑顔をしているマリー王女。

 言い換えれば、存在が目覚まし時計よりもやかましい。


「……」


 黒髪の少女は二人のほうに顔だけ向けて顔をしかめた。

 この非言語コミュニケーションを翻訳すると、うぜぇ、となる。


「さっそくお客じゃ。

 身だしなみを整えねばならぬ。

 アオイ殿はすでに王宮中庭にて剣の素振りをおこなっておるぞ」


 葵は道場の末娘である。

 小さい頃から無駄に健康的な兄たちの朝練につきあってきたためか、

 前の世界でも朝は非常に早起きだった。


「ほれ、しっかりせぬか。

 風が吹けば飛ぶような小国とはいえ、一国の王女が直々に起こしにきてやったのだぞ。

 感謝するが良い」


 まぁ、たしかに。

 このようなファンタジー世界の身分制度を考えたとき平民と王女の身分差は想像以上のものがあるのだろう。問題は朝に弱い誠志郎にとって、その想像力にまで血が回っていないということである。


「……」


 前の世界では朝に弱い誠志郎を起こす役割は妹と葵の役割だった。

 今この世界には妹はいない。となると、その役割は必然的に。


 この部屋に向かって駆けてくる足音がした。

 その足音を聞いただけで誠志郎の身体はびくっとなる。


「姫様どいて!」


 そういって飛び込んできたのはエルフの騎士。

 ベットの傍らに付くと慣れた手つきでうつぶせ状態の黒髪少女を仰向けにし、襟元をつかんで上半身を起き上がらせると、自らの体重を利用してそのまま巴投げへと持ち込んだ。


 誠志郎の視界の天地がひっくり返り、視界が天井を捕らえた瞬間、身体は無意識のうちに「受け」の姿勢になっている。床をはたく音が響いた。


「軽っ、セイシロー軽いっ!」


 ドレス姿の少女にジュード―の技をきめたエルフは天井に顔を向けたまま目を見開いて言った。

 巴投げは前の世界で無駄に広い自室をもった誠志郎を起こすときに多用された技である。


「そりゃお互い前と身体が違うし……。

 いや待て、他に何か言うことはないのか?」


 朝の挨拶が「軽っ」てなんなんだ。


 ちなみに高校に入った頃から葵は眼鏡をかけて典型的な「委員長」スタイルにイメージチェンジしたのだが、小学校と中学校では典型的な「脳筋」少女であった。それからいろいろあって「委員長」スタイルに変わったのだが、別高校にはいった中学時代の友人が葵をみて最初に言う言葉は「佐久間(笑)」「葵(笑)」であった。田中君は三ヶ月ほど同性別名の別人だと思い込んでいた。


「おはよー……ございます?」


「なんで疑問系なんだよ」


 誠志郎はそう文句はいったが内心すこし懐かしい気分になっていた。

 ひさしぶりに見た葵の「脳筋」的側面に嬉しくなったのだ。


「セシル様、スカートが……めくれています」


 エルザが床に倒れたままの黒神少女のドレスのスカートを直した。


「エルザさん、いまちょっと中覗いたよねっ!」


「しわ一つ付いてないところを見ると、このドレスに自己修復機能がついているようですね。

 姫様、これも古代のテクノロジーなのでしょうか?」


「ドレスの材質が今では採れないものでできておるのかもしれん。

 まぁ客に昨日と同じ服を着させるというのは、王族として納得ができん。

 エルザ、セシルに入浴させるついでい新しい衣服を用意させるのじゃ」


「御意」


「え、ちょ、ちょーと

 風呂?オレ、風呂に入るの? 裸で?」


「一応入浴着を用意するが、身体を洗うときは全部脱がねばどうしようもあるまい」


「……」


「アオイ殿の話を聞く限り、どうやらお主の魂は元々男のものだったようじゃが

 ――――慣れろ。

 

 それに大事な部分に関しては昨日トイレでさんざん見たであろう?

 間違っても下品なナルシスになるではないぞ」


 黒髪の少女は葵からエルザに引き渡されると、囚人のように背中を丸めて部屋の外につれられていく。

 ドナドナが聞こえてきそうだ。


「客人を待たせておるからのー、早めにな」


 マリー王女は口に手を当てて部屋の外に少し大きめの声で言うと、

 大丈夫でございます、隅から隅、穴から穴、全て洗い清めてさしあげますわ、おーほっほっほ、と返ってきた。



 葵はちょっとだけ不安になった。



 ◆◇◆◇◆


「ああ……エルザお姉様」


 新しいドレスと薄い化粧を施され、石けんの香りを漂わせながら腰までの黒髪を結われた少女の瞳は百合な園にすまう乙女のものになっていた。

 窓に身体を向けて両手を組み合わせ視線は斜め上方、という物思いにふけるお嬢様ポーズも様になっている。

 肌が少しだけ高揚し全体的に艶っぽい雰囲気を漂わせていた。


「……」

「……」


 これにはマリー王女も葵も苦笑い。


「何をしたのじゃ? エルザよ」


「指の運動をしたまででございます

 自動人形相手でしたので……少々、手加減は難しかったのでございますが」


 しれっとした表情のままエルザは応える。


「あーん、セイシローが乙女になっちゃたよー」


 葵は両手で頭をかかえる。


「アオイ殿が手伝ってやったほうが良かったのかもしれんな……」


 葵の隣と通り過ぎる時にそうぼそっと王女が呟くとエルフの顔が長い耳まで真っ赤になる。


「客人を待たせておるというのに、

 あーもぅ仕方がなのぉー」


 そうして王女は自分よりほんのちょっとだけ背の高い黒髪の少女の前に立つ。

 誠志郎はそれに気づくと不思議そうに視線をマリー王女に合わせた。王女はにこり笑った。



「せいっ!」



 右足が振り上げられる。

 誠志郎の股間に向かって。



 ばずんっ、スカート越しながらも良い音がした。


「ほわぁぁぁぁ…っ!」


 床に転げまわる誠志郎。


「ふん、いくら外見が麗しき乙女であろうとも、所詮魂は男よ。

 たとえアレがなくとも心のアレは消せぬ。

 人は手を失おうと脳は幻の手を感じるという。

 つまり、アレを失おうと脳は幻のアレを感じ、

 アレを滅する攻撃の本能的恐怖が逆に魂の男分を引き釣り出すのじゃ」


 アレをアレしてアレになる謎理論をしたり顔で語るマリー王女。



「……普通に痛かったんだよっ。

 靴先とがってる、一点、力集中っ!」


 もだえている誠志郎の文法は崩れ始めていた。

 翻訳すると「ちょっとM心が刺激されました。大変ありがとうございます」となるのかもしれない。意訳って難しいよね。



「おぅ、そうか」


 マリー王女は自分の履いている靴先、細かい装飾が施されたパンプスのような靴を確かめた。

 確かに多少とがっているかもしれない。


「まぁ……おかげでいろいろと目が覚めた。

 感謝したくはないがとりあえずありがとうと言っておく」


「ツンデレか」


「違う」


 自分で乱れた服装を直しながら立ち上がる黒髪の少女。



 ぱんぱんと手をたたく音。


「さ、みなさん。

 無駄にする時間はございません。

 お客様を客間にまたしておりますからお早く」


 すました顔のエルザに三人は、元々お前のせいじゃねーか、という視線を向けた。

 が、鉄壁の上品スマイルにはじき返された。



 ◆◇◆◇◆


「遅いです!」


 王宮の客間のソファにはシスターが座っていた。

 朝日を浴びてその眼鏡のフレームがきらりと光った。


「わらわも一応は王族じゃからな。

 それなりの準備というものがあるのじゃ」


 客間にやってきたマリー王女はそう言ってふんっと鼻を鳴らし、やれやれといった表情でソファに座る。。

 エルザ、葵、誠志郎はシスターの対面のソファに座った王女の後ろに控えている。


「ノヴァ・オウラン、前に話した最近やってきた大聖堂のシスターです」


 エルザが視線を向けながら誠志郎の耳元で囁く。


「ああ……よくわかった」


 誠志郎はエルザの視線の先を追った。そこにはシスター服の胸部にあるドリームマウンテンが二つあった。シスター服が重力に逆らっている。


「メガネおっぱい?」

「イエス、メガネおっぱい」


 誠志郎とエルザの意識が固く握手をした。


 エルザもシスターに負けないモノを所持しているが、それだけでは足りないのだろう。

 おっぱいだから仕方が無い。


「私、抗議に来ました!」


 バンとソファーに挟まれたテーブルに両手をつくシスター。


「何をじゃ?

 一応言っておくが、朝一番にバギーで乗り付けて、約束もなしにわらわに面会を求めるなど

 そのおっぱいを二もみ程度では済まされない行為じゃぞ」


 三もみならば許されるのだろうか?と王女のセクハラ発言に疑問を思う誠志郎であった。


「はぐらかさないでくださいっ!」


 ぱんぱんと今度は二回テーブルがたたかれた。


「ぬぅ……いったい何じゃ。

 神話体系へのウェストファリア系神々の記述の件ならばもう決着はついておるじゃろうが。

 ウェストファリア内貴族の見栄の張り合いには関わる気は無いぞ、我国は」


 苦虫をかみつぶしたような表情の王女はテーブルに肩肘をつき、その上に綺麗なラインの顎をのせる。かなり行儀が悪い。


「ドラゴンですっ!」


 ぱんと今回はいちどテーブルを叩いた。

 さっきはちょっと痛かったらしい。


「ドラゴン?」


「……覗かれたんです」


 シスターは顔を真っ赤にしてそのままうつむいた。



 ああ……、とその場に居た四人は察した。



「そ……それは災難じゃったのう。

 たしかあそこの丘の支部には入浴設備がなく、外で湯を沸かすしかないからのう」


 誠志郎は朝空のしたにぽつんと置かれたドラム缶風呂を思い浮かべた。


「そもそも我国には毎日入浴するという習慣はありませんからね

 シャワーを浴びればそれで良いというか」


 誠志郎はちらりと葵の方をみた。


「わ、わたしは毎日入ってるよ!」


 顔をぶんぶんと横に振って応える葵。



「しかしドラゴン殿はいつもははるか上空を飛んでいるのだから

 そんなに気にすることはないのではないか?相手だって見えて無かったのかもしれんし」


「ぐるぐる回っていたんですよ低空で……その……お風呂の周りを」


 完全にロックオンされていた。


 ドラム缶風呂のまわりとぐるぐると回るドラゴン。

 ドラム缶の中にはおっぱいが二つ。おっぱい引力と理性力が微妙な均衡を保っている。

 まるで惑星と衛星ようなモデル図を誠志郎は思い浮かべた。



「あのスケベドラゴンめ……」


 マリー王女からドラゴンへの敬称が消えた。


「三六〇度おっぱいとは、羨ま……ゆるせませんね」


 エルザはそう言って隣の黒髪の少女の方を向いた。

 その表情には同意を求めるような誠実な眼差しが二つ。


 誤魔化そうとしていますよね?

 エルザさん今の言い間違いを誤魔化そうとしていますよね?

 鼻の穴が大きくなっていますよ。鼻息が荒いですよ。

 総合的見地よりあなた興奮していますよ。


 とハの字になった眉でそう返答する誠志郎。



「で、なぜに王宮まで来たのじゃ?

 ドラゴンと話をつけたいのならば直接行けばよかろう。

 いまも高原でのんびりしておるだろうし。

 あやつ、ウェストファリアとの違って人語を解するぞ」


 マリー王女は「面倒くさい」を表情に目一杯表しながらそう返す。



「……やっつけて欲しいんです」



 うつむいたシスターが重いトーンでぽつりと呟く。


「はぁ?」


 マリー王女は思わず手から顎を浮かす。



「こちらにゴーレムの女王なる方がいらっしゃると聞きました。

 伝説が本当なら、ドラゴンと互角に戦えるはず。

 命を取れとはいいません……ただ、ぶちのめして欲しいのです」



 シスターはうつむいたままだ。

 想像以上の速度で噂が広がっているようだ。

 昨日の今日で、思ったよりグスタークは有能なようだ。


「いや、お主、シスターじゃろ?

 大聖堂にはドラゴンをあがめる一派もおるはず。

 ドラゴンを誅するなど神へ反逆に等しいのではないか?」


 珍しくマリー王女が動揺している。



「……神を恨まない人間などこの世に存在するのでしょうか?」



 地の底から這い寄るようなそのシスターの声に、マリーはおもわずひっと息をのんだ。



 ぱん、ぱん、とムードを断ち切るように手を叩くエルザ。


「良いではございませんか。

 セシル殿の実力を知らしめる絶好の機会と考えれば。

 ……まぁ、思ったよりも早くやってきた感はありますが」


 重苦しい雰囲気をまったく意に介さないエルザの声に、マリー王女はふぅと息を吐く。


「う、ううむ。 ……そうか?」


 マリー王女は顔を後ろに向けて誠志郎のほうを見る。


「いやいやいや、ちょっとみんな落ち着こうよ」


 黒髪の少女は顔を横にふるふる振って今できつつある「流れ」を拒否しようとした。



「落ち着いてなんかいられませんっ!」


 ばん、と再び机を叩くシスター。


「本当に、もぉ! 絶対に! 許せないんだから!」


 言葉を吐き出すたびに揺れるシスターの胸。


 これは手がつけられないとオロオロする誠志郎は隣の葵の方を見た。



「一度手合わせしてみたかったのよねー、ドラゴン」


 どこから取り出したか分らない自分の身長よりも大きな太刀の具合を確認している葵。

 黒髪の少女は頭をかかえた。そういえばこいつは中学まで「最強こそ我の真名」「強敵と書いて友と読む」を地で行くような奴だった……。


「葵、そういうの高校に入って止めたんじゃなかったのか?」

「もう高校生じゃないからいいじゃない。わたし進学希望だったし、もうエルフだし」


 エルフって学歴だったのか?

 葵の言っている意味を理解しようとして誠志郎は頭を傾けた。それは時間の無駄だった


「大丈夫。

 セイシローの勝負がつくまで手を出さないから。

 そういうの大嫌いでしょ? セイシロー」


 すごく良い笑顔のブロンドのエルフ。

 それに応じる自動人形の顔色はすごく悪かった。



「あなたが……ゴーレムの女王、さん?」



 シスターがソファから立ち上がり黒髪の少女の方を向く。



「違います」


「こやつは冗談が好きでな」


「シスターを前に失礼ですよ、セシル」



 誠志郎の必死のカウンターはマリー王女とエルザによって滅殺された。


 おおう、という感じでソファから離れ誠志郎に詰め寄るシスター。



「初めてお目にかかります。

 大聖堂サザランド支部庶務見習い兼支部長代理のノヴァ・オウランと申します。

 あなたがゴーレムの女王様……」


「いや、ちょっと待……」


「わが大聖堂にはゴーレムの女王をあがめる一派もございます。

 言うならば、あなた様は『神』。

 ドラゴンと戦うのも『神々の戦い』となり、

 大聖堂の教義として何も問題はありません。

 どうぞ、どうぞ迷える子羊をお助けください」


 矛盾は止揚された。

 両手を組み潤んだ瞳で懇願するシスター。

 対する誠志郎はその勢いと変化するおっぱいに押され気味だ。


「最近の羊は神をけしかけるまでになったのか」

「牧童にも生活がありますから。無碍にはできないでしょう」

「しかし、他の者の羊のことなどどうでも良いではないか」

「姫様は羊を見分けることができますか?」

「無理じゃな」

「神も似たようなものなのです。

 神は神であるが故に人の見分けがつかないのです。

 だからとりあえず平等にあつかうのでしょう」

「うむ、確かに人間というのは面倒くさいからのぉー」

「納得していただき恐縮です」



「おいこら」


 シスターに詰め寄られている誠志郎を無視してくだらない会話を続けるエルザとマリー王女。

 それに黒髪の少女は般若の形相を向けた。


「なんじゃ?」

「ド・ラ・ゴ・ン」

「戦えば良かろうに」

「ド!ラ!ゴ!ン!」

「あー……、目覚めたばかりだから調整が必要とかそういう感じか」

「ドラゴン」

「しかしのう……一度ドラゴンを見物にしに行っても良かろうに。

 準備なしで手合わせするのはおすすめできぬぞ」

「……ドラゴン」

「観念せい、どちらにしろこの国で生きていく以上避けては通れぬ相手じゃ。

 顔をみせるぐらいはしておいたほうが良いぞ」


 誠志郎とマリー王女は不思議なコミュニケーションを繰り広げた。


(なんで急に語彙が少なくなったのかな?)

(アオイ様、おそらく他国の人がいるので「逃げたい」「止めたい」等の

 ゴーレムの女王の威厳を失うようなことを言うのを避けているのかと)

(あー、昨日姫様が言っていた「ゴーレムの女王の伝説を利用する」っていうあれかぁー。)

(なんだかんだ言ってイメージを崩さぬよう頑張っておられる様子)

(さすがセイシロー、律儀)


 葵とエルザが耳打ちをしあった。



 こうして朝からドラゴンに会うことが決定した。


「モノキニ」というトップレス以前のバストが露わになった女性用水着が存在するのだが、ネットを探しても画像が見つからない。

※今のファッション用語「モノキニ」が指す水着とは異なります。

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