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国境とドラゴン

投稿したかと思ったら投稿していなかった。

 夜になる。

 四人は見張り台からまた王宮のマリー王女の私室へと戻っていた。


「男子トイレ……男子トイレでよかったのに……」


 その中で黒髪の少女は落ち込んでいた。用意された椅子に精魂果てたように座り込んでいる。そのまま真っ白になって燃え尽きそうだ。


 見張り台から一望する青空の下の美しい街と海の風景にすっかり魅了された誠志郎は、その勢いのまま王女の私室に戻った後も、出された菓子とお茶をむさぼるように飲み食いしてしまったのだ。三人はそれを小動物を愛づるように眺めていた。


 その結果。


「尿意には負けたけど、喧嘩には勝ったんだからいいじゃない」


 隣に座るエルフの葵はそう言って誠志郎の小さな肩にポンと手をおく。

 意味不明である。


「まさか天井に張り付くとは……」

 エルザはティーセットの後片付けをしながら思い出す。三人から逃げ回って王宮廊下の高い天井にまで飛び移る黒髪の少女の姿を。


「女性用のトイレがいくら嫌だとしても……あの身体能力はさすがと言うべきか、呆れると言うべきか迷うのう」

 二人の対面にあたるソファに座り、エルザと同じく、見上げるほど高い天井に張り付き猫のように威嚇するゴーレムの女王の姿にため息を一つ。


「おかげで豪奢な下着を拝見させて頂くことができましたが……」


 天井に張り付いたドレスを着た黒髪の少女を回収したのは、同じく天井にまで駆け上がった古代神殿守護騎士のエルフである。葵は少女を抱えてそのまま降りてきて、女性用トイレまで連行したのだ。


 トレイを下げたカップなどを乗せて、エルザは部屋から出て行く。


「ふふ……ふふふふふふふ」


 怪しい含み笑みを残して。



 ◆◇◆◇◆



「知っての通り、我が聖サザランド王国の北にサザランド山脈があり、そこを国境にしてウェストファリア帝国と面しておる」


 マリー王女はソファに座り腕組みをしながら語り出した。


「ああ、そうだな」


 対する黒髪の少女も同じくソファに座りそう言って頷いた。

 先ほどまでの落ち込みは「無かったこと」にしたいらしい。

 それよりも誠志郎は自分が何かに巻き込まれつつあることが非常に気になっていた。


「サザランド山脈の近くに高地があるのだが、そこに一匹のドラゴンが住んでおる。

 まぁ、なかなか面白い奴じゃが」


「人や街を襲うわけではない、と」


 誠志郎の頭の中に浮かんだ「街を襲う大怪獣」的なイメージに大きくバッテンがつけられた。


「……少なくともこの千年はそのような記録はないのう。

 難破した船を助けたり、山での遭難者を助けたり、女性エルフやシスターの入浴を覗いたり、とまぁそのようなものじゃ」


「人には迷惑をかけていますね」


「この前ピクニックで高地を訪れた際など、新しいシスターの修道服について二刻ほど話し込んでしまいましたわ……」


 マリー王女の後ろに控えるエルザがそう付け加える。


「言葉が通じる?」


「まぁ、この国ができる前から高地に居るらしいからのう。

 人間の言語ならばほとんど分るのではないじゃろうか。

 難破者とかで言葉の通じない者が来たときはとりあえずドラゴン殿に頼むことにしておる」


「通訳までするのかよ」


「見物じゃぞ。

 こう海にざざーと着水して優雅に旋回して、難破者が手当を受ける港に入ってくる姿は」


「飛行艇かよ」


「大体最初に通訳される言葉は『助けてくれ。ドラゴンに殺される!』だそうです」


「だろうな。

 ……んーっ? つまりこの国にいるドラゴンはドラゴンの中でも例外的な存在、

 つまりドラゴンは凶猛なのが普通ということか?」


「そうじゃな。

 この近くじゃとウェストファリアにいるくらいじゃが、

 あそこのドラゴンは聖域を侵すと間違いなく殺されるな」


「……そちらのほうがファンタジーぽくて安心するわ」


「まぁ、ウェストファリアでのドラゴン恐怖症が侵攻の良い歯止めになっていたのかもしれん」


「あの国は昔はイケイケだったらしいですね。

 私が居た頃などはそのような動きはまったくありませんでしたけど」


 エルザはそう言って右手を頬に当てて思案顔だ。


「すでに五〇年前の西海岸側の併合戦争を最後にそのその主義は捨てておる。

 確実になったのは二〇年前の王族暗殺事件じゃろ。

 あれで東側領土の貴族が発言力をつけてきた。というか西側領土の貴族が落ちぶれただけじゃが」


 そこでマリー王女ははぁーととても深いため息をついた。


「……いま、そこのウェストファリア帝国との国境線で問題が起きててな」



 その言葉に黒髪の少女の頬がひくっと動いた。

 ちらっとそちらを見たマリー王女の視線が「まきこまれつつある面倒なこと」を示唆している。

 ちらっと隣のエルフの方を見ようと黒髪をふわりと揺らすと、葵は両手をあわせてゴメンナサイのポーズを取っている。



「国境紛争ですか?」


 誠志郎は意を決したようにそう言うと、マリー王女はうむと頷いた。



「表面的には紛争は起きていないことになっておる。

 しかし、国境の緊張は高まりつつあるな。

 一月前から軍事用の大型ゴーレムが国境線上に見えるように並べられておるわ」


 くっくっ、とマリー王女の唇が老練な政治家のようにくっとつり上がる。


「おかげで街は、一時恐慌状態に陥り、

 ギルド代表らが王宮に詰めかけ、

 叔父上も相当やつれたようじゃ」


「ウェストファリア王宮に国民はあまり良い印象を持っておりません。

 周辺諸国を強力な軍事力で次々と併合――たとえその方針を二〇年前に当時の国王の命と共に捨てたとしても

 ……そう簡単に納得できるものではありません」


 エルザはそう言って目を閉じて顔を左右に振った。


「国民にとっては、『ついに来たか』という感じじゃな。

 物価管理が大変でな、ギルド勅令が何本もでたわ」


 腕組みをしたマリー王女はまるで他人事のように言う。


「姫様は動揺する国民を鎮めるために古神殿の祈りの間に入られ、

 封印の中で眠りにつかれていた守護騎士のアオイ様を助けを願ったのです。

 古神殿からマリー王女とアオイ様が一緒に出てこられた時は

 神殿をとりかこむ国民の歓声は、まるで地響きのようでした」


 エルザがまじめな顔でそう付け加える。

 王族としてのつとめは果たしているようだ。


「で、あたしが目を覚ましたわけ訳だけど……

 ちょっとこういうの苦手で」


 金髪ボブカットのエルフはそう言って苦笑いをする。



「困ったから誠志郎を喚んじゃった」


「いや、その理屈はおかしい」


 右手の平で突っ込みを入れる黒髪の少女。



「こちらとしては国民の安心をなんとしても確保したいのじゃ。

 ゴーレムの女王は千体のゴーレム兵を率いる、という伝説がある。

 王家としてはその伝説を利用したい」


「……?」


 何かが誠志郎の心に引っかかる。


「まて。 姫様がほしいのは千体のゴーレム兵ではないのか?」


「お主、出せるのか?」


「いや、急に言われても……」


 そもそも自分のこの身体自体が訳がわからないものだし、と誠志郎は付け加えた。


「であろう?

 王家としても千体のゴーレム兵は眉唾の伝説であることを知っておる。

 戦は最後の手段じゃ。起こらなければそれでよし。


 それに、ウェストファリアの様子がどうも気になる。

 一月も明らかな挑発行動を取っているのに何の声明もない。これはこれで異常じゃ。


 セシル殿の正式なお披露目は一週間後に行う。

 それまでにゴーレムの女王復活の噂をばらまく。


 港にはウエストファイリア船籍の船も多数おる。

 その情報はじきにウェストファリアにも伝わるであろう」


 そう言うマリー王女の顔は非常に悪い顔をしていた。

 時たまこの王女がまだ成人も向かえていない子供だということを忘れそうになる。


「噂をばらまく、ってどうやって?」


 当然の誠志郎の疑問に、マリー王女は眉をしかめる。


「ん、……ん-、ま、まぁ

 がんばれ」


「えっ」


「……ま、まぁ

 派手なことをすれば良いのじゃ。派手なことを!」


「えっ」


「全裸で町中を走り回るとかいかがでしょうか?」


「いや、エルザよ。

 変態ではウェストファリアへの驚異とはならないじゃろ」


「サルジャン通りの店で千人斬りに挑戦するとか?」


「夜の帝王になってどうする」



 エルザとマリー王女の掛け合いを見ながら、黒髪の少女は腹部を押さえた。


「しかし、この身体……

 人形のくせにトイレに行きたくなるわ……胃も痛くなるわで、

 よくできてるな……」


「改めてそう考えると、なんか特別仕様って感じよね」


 エルフは誠志郎の腹部を優しくなでる。


「人を車みたいに……」


「まぁ、セイシローの身体はあのゴーレムの女王のものなんだから

 いろいろチートな能力が隠されてると思うよ」


「びっくり箱じゃあるまいし……

 ん? 葵はこの身体のこと知ってるのか?」


 葵の腹部をなでる手がぴたりと止まる。


「知ってるよ-、

 ゴーレムの女王の身体の警護も守護騎士の使命だから」


「その割には

 この身体を王宮の宝物庫に放置されていたじゃないか」

 

 王宮宝物庫の奥深くの棺桶のようなところに仕舞われていたことを、誠志郎は思い出す。

 黒髪の少女は今日の朝こちらの世界で目覚めたばかりなのだ。


「わたしが眠っている二百年の間に古神殿の神官も他の守護騎士も居なくなっていたのは

 ちょっと自分もびっくりしたよ。

 ゴーレムの女王のことは、きっと神官さんが王宮の人に頼んだんだと思うけど」


「……二百年?」


 葵は自動人形の腹部に自分の頬をすり寄せるようにした。

 まるで母の膝枕で眠る子供のように。


「んー……

 わたしさ、元々こちら側の住人だったんだよ。

 姫様がわたしを封印から目覚めさせた、って言ったでしょ?

 

 夢を、見てたんだ。

 封印の中で眠り続ける間、魂がセイシローの世界に行っちゃたみたい。


 日本にある道場の末娘として生まれて、

 セイシローと幼なじみで、一緒の幼稚園に入って、一緒の小学校に入って、一緒の中学に通って、高校も一緒で……

 ずっとそんな生活が続くかな、と思うような

 とても幸せな夢を見てたんだ……。


 でも、それは夢じゃなかった」


 葵は自分の衣服についている布袋から、ビニール樹脂のカバーがつけられた生徒手帳を取り出す。

 その中には確かに制服姿の「佐久間 葵」の上半身の写真が貼り付けられていた。


「目覚めたとき、わたしの傍らにそれがあった。

 わたしは確かに生きていたんだよ。セイシローと同じ世界で。

 手帳しか証拠はないけど、わたしはあの幸せな世界で生きていたんだよ」


 誠志郎の膝元で葵は遠い目をした。




バニーガール回帰の波が来ている。

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