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聖サザランド王国

小説って難しいなぁ、と思って書いています。

「では、私の知っている範囲でございますがこの国と世界のことを説明したいと思います。葵殿は二度目になりますが、どうぞお許しを」


 王女の私室に大型の黒板をエルザは持ち込んできた。


「エルザさんて、ひょっとして頭良いの?」


「まぁー、この王宮に来るまでは大陸で一番の高級娼婦だったからのぉ。各国の貴族や王族と会話せねばならないから教養は高いのは間違いあるまい」


「高級娼婦?」


 江戸時代の花魁みたいなものか。上流身分専用の愛人と言ったほうが正しいかも。

 誠志郎は思わずエルザを見ていた。エルザはにっと誇るように笑った。


「今は引退した身ではございますが」


 人差し指をノンノンという風に降りながらエルザは訂正する。


「認めた者であれば異性・同性・異種族をすべて悦楽の大海へとつれていく、これ全て娼婦のお仕事でございます」


 さらっとカミングアウトような気がする。


 異性・同性は判るけど異種族って……?

 

 ちらりと誠志郎は葵の方をみた。そういえば彼女はエルフだった。

 

「わ、わたしはまだだぞ」


 エルフ少女はそう言って顔を赤らめた。


 

「この国、聖サザランド王国はファリアス大陸の南にある国です。図にするとこうですね」


 そう言ってエルザは黒板のLの時を上下にひっくり返したような形を書き出した。そして下に突き出た部分の下右端を四角く区切った。


「ここが聖サザランド。で、残りの部分のほとんどがウェストファリア帝国となります。上のほうに様々な小国……わたしの出身地もそこなのですが、それは後ほど。

 ファリアス大陸のさらに上に別大陸が陸続きであるのですが、今は説明を省略いたします。

 それでですね、このサザランドの右に大陸とまではいきませんが、大きな島があります。面積だけでいうとサザランドの五倍、ウェストファリアとほぼ同等……ウェストファリアのほうが多少大きいと思いますが……、まぁこの島を統一したブルファラント帝国があります」


 エルザはそう言って、聖サザランド王国から少し間をおいて四角い形を書いた。

 

 つまり、二つの大帝国に挟まれた小国という位置づけなのか。この国は。

 

「ご理解していただきなによりです。

 でですね、聖サザランド王国の特色としましては、人間とエルフが共存している希有な国ということになります。これはほかの地域では見られません。

 エルフ族の母国はここよりも遙かに東にあるのですが、聖サザランド王国がエルフ族系の国家としては極西の国となります」

 

 エルザの説明がだんだんと熱を帯びてきた。思わず誠志郎は身構えた。


 ああ、マニアか。


「この国が成立したのは今から約九百年前。人間族とエルフ族が夕焼け空下の海岸で大喧嘩した時に始まります」


 エルザは黒板に水平線とそこに半分沈んでる大きな太陽、そして砂浜を描き、そこにエジプト壁画のような人間とエルフを向かい合わせに描いた。


「なんじゃそりゃ」


「はっきりとは伝わっておりませんが、どうやら『古の部族』の部族長の娘を巡って争ったそうです」


「へー」


 まぁ、そんなものかもしれない、


「一人の可憐な少女を巡って争う人間族の女とエルフ族の男……、ロマンですわ」


「えっ」


「何か?」


「あ、いやどうぞ。お続けください」


 国造神話から自分が元いた世界とは根本的に違うらしい。

 いろいろアリなのか。


「まぁ、その娘はいつの間にかいなくなっていたんですけどね。その部族ごと」


「ケンカ損?」


「ところがですねー」


 エルザは口元目元ゆるませながら両頬に手をあてながら身体をくねくねさせた。


 このエロメイド、殴りたい。


「オホン、ちょっと子宮がキュンキュン疼いてしまいましたわ……」


「そういう報告は結構です」


 誠志郎のジト目をスルーし、ふぅと息を吐いて心を落ち着かせるエルザ。


「ご存知の通り、ケンカというのは肌と肌のぶつかり合いでございます。

 エルフも人間もなんかケンカをしているうちに互いにムラムラされたようで……」

 

 エルザは人間とエルフの間にベッドとハートマークをピンク色で描いた。

 ちなみにハートマークとベッドの組み合わせは、日本ではラブホテルを意味する案内表示だ。


「気づいたら別の部分の肌と肌をぶつけていたそうです」


 ハートマークはピンク色だった。


「なんでだよ

 やったのかよ

 最低だな」


 呆れて何も言えないが、とりあえず突っ込んでおく。


 というかそのショックで族長の娘は消えたんじゃないのか。どういうNTRなのか判らないが。


「そうしてこの国はできちゃった、というわけです」


 できちゃった婚ではなくできちゃった国造。


「世の中には知らない方がよい話があるんですね」


 誠志郎は自分の黒髪をいじっている。


「国造神話なぞ、基本アダルトじゃろ?」


 マリー姫は誠志郎の隣に座ってエルザの話を聞いていた。


「子供の口でそういわれるとすごくイラッとするんだが」


「耳はすでに大人じゃ。『濡れる』と聞いて一刻は妄想がとまらんぐらいに」


 誠志郎の眉間のしわにマリ王女は口を尖らせて答えた。


「思春期か」


 耳年増、とはまさにこのことだろう。


「マリ王女様は十二歳でございます。

 性に興味あり、知識を海綿のように吸い込むのは当然のことかと」


「性のマリアナ海溝はしばらく言葉を忘れれば良いと思うな」


 こいつが元凶か、と思いながらエルザに誠志郎はジト目を向けた。


「くぱぁ」


「擬音も禁止」


「十六歳思春期ベテランの誠志郎も毎日妄想がカーニバルしてるの?」


 葵が会話にカットインした。


「え……、ばっばか。 そんなんじゃねーよ」


 みるみる黒髪の可憐な少女の顔が赤くなる。


「のう、エルザ」


「何でございましょうか?」


「鼻血がでとるぞ」


「はっ、油断しておりました。

 まさかこのようなカウンターがあろうかと」


「油断は禁物じゃ……自動人形とエルフの少女……みなぎるのぉ」


 マリー王女とエルザのにまにま笑顔の二重奏は止まらない。



 ◆◇◆◇◆



「これは、すごい……」


 目の前に広がる光景に誠志郎は思わず言葉を漏らす。

 眼下の緑が芽吹く田園地帯から城壁を越えて広がるがる白い壁が印象的な家々、そしてさらに向こうに広がる海。太陽は天蓋の真ん中を占め、雲一つない青空の下に広がる人の息づかいに圧倒される。

 古い映画にでてきた地中海の光景そのものだ。



 王宮のマリ王女の私室から所々小窓から光を取り入れた薄暗い石畳の廊下を通って見張り塔へと上がる。廊下の突き当たりに青白い光で照らし出されたエレベーターがあり、それを使えば王宮に四つある見張りだいのうち、南東の塔へと直接いくことができる。


 見張り塔に積めている二人の衛士は突然視察に訪れた第一王女に驚き、つづいて美しきエルフ少女に見惚れ、それに連なる可憐な黒髪の少女に吐息を漏らし、革靴を響かせ胸と尻を揺らすメイドに腰を砕けさせた。


「見張りご苦労。

 ………二人とも調子が悪いのか?」


 マリ王女は多少前屈みになっている二人の衛士に怪訝な表情を向けた。



「どちらかと言えば元気いっぱいでございます……」


「これしきで我々の忠誠の誓いが崩れるなど笑止千万……」


 身体を落ち着かせるようにすーはーすーはーと出産に挑む妊婦のように深く息を出し入れする。


「お、すげーじゃん!」


 煩悩と激闘をしている二人の傍らを、見張塔の外に広がる風景に気づいた誠志郎が駆け出す。


 短いスカートを靡かせて。


 当然、見えた。


 白いレーズがあしらわれたショーツと、そこからぷっくりとはみ出た尻肉。


 ……っ。


 …………エロい。



「我輩……撃沈」


「僕たち、頑張りましたよね?

 先輩、……先輩?

 ……ははっ、もう返事もないか…」


 二人の衛士は深々と一礼をしたまま動かなくなった。


 すーはすーはーすーはすーはー。


 不気味な呼吸音が見張塔内部に響く。


 そんな衛視の首元に冷たい金属が触れた。


「誠志郎をエロい目で見た罪……万死に値?」


 エルフは細剣を抜いていた。

 その切っ先を衛士の首に当てている。


「……」


 剣を当てられた衛士はぴくりともしない。


「?」

 

 その反応に葵は首をかしげる。


「アオイ殿!

 先輩はMです! そうすると余計に……」

 

 隣の衛士が上半身を直角に曲げたまま言う。


「え、えむ?」


 動揺した葵は思わずぴたぴたと剣先を首筋にあてていた。

 同時に見張塔内にぽつぽつと低い不明瞭な男の声が響き渡る。



「……どれ」


 マリ王女は先輩衛士の顔を横からのぞき込んだ。



 えへへへへへっへへへへっへへっへへへ♪




 この世ならざる愉悦の顔をそこにあった。

 オッサンの。


「僭越ながら姫様。

 この土下座して王宮勤めメイドを口説き落としたものの、

 そのメイドがエルザ様の虜になり本人は懊悩するどころか

 NTRの悦びに目覚めてしまった一線をこえたる変態先輩に関しては

 放置しておくのが適当かと存じます。

 放置プレイ……それが先輩のためになるんです。


 ちなみに私グスタークはいまだに生まれたから一度も彼女ができたことがありません」


 全ての恋人達に死を!と言わんばかりのどす黒いオーラを出しながら、上半身を折り曲げたままの衛士はそう言った。彼の名前はグスタークを言うらしい。


「う、うむ……

 そなたの人生に幸あらんことを……願うぞ」


 表情を王族らしい気品あるものに戻したマリー王女はそう言って、誠志郎のいる見張り窓のほうへ移動した。葵がそのあとに続く。


「少女は愛でて触らず、

 この掟を破るといろいろと面倒なことになります。

 よろしいですか?」


 上半身を折り曲げたままのグスタークに対し、エルザが厳しい声をかける。


「はっ」


 エルザは少し目を細めてから、ふぅとため息をついた。


「しかし、そのままではいろいろと不都合でしょう。

 ……ちょっとこちらに」


 エルザはグスタークの手を引いてエレベータの中に入っていき、そのままエレベータの扉を閉めた。



 ◆◇◆◇◆



「ご案内いたします。

 えー……セシル殿、向こうに見えているがサザランド海でございます。

 あの海の向こうにブルファランド島の対岸が見えるかと。

 王宮正城門から海の方に続く石畳の大きな道がありますが、それがこの国の首都サルジャイルのメインストリートとなる聖サージャ通りとなります。城壁内にも街がありますが、最大の商業地区は城外のあの通りに形成されています。

 ははっ、私の実家のレストランもあの通りにあるんですよ」


 グスタークという名の衛士は、誠志郎のほうにそう言って爽やかな笑顔を向けた。セイシローは後ろから葵に抱えられている。

 どうやら現地の人間には「セイシロウ」という名前は言いづらいらしく、エルザが気を利かして誠志郎を「セシルという名の王宮の客人」として紹介した。


 エルザと一緒にエレベータの中に入ったグスタークは、しばらくすると解脱したような穏やかな顔をしてエルザと共に出てきた。エルザは見張り台にある水差しから陶器製のコップに水を注ぐとしばらく口に含ませたから飲み込んだ。その顔には一仕事を終えたという満足げな表情があった。


「聖サージャ通りの向こうにはサザランド埠頭があるんですが、こちらはもっぱら人の乗り降りが中心で、魔道石や食料品やゴーレムなどの物品の積卸しは隣の大サルジャン埠頭になりますね。ここからは見えませんが、右手の方にあります。倉庫がいっぱい立っているだけで殺風景なところですが。ウェストファリア向けの物資はいったんここで水揚げされ、ウエストファリアの西海岸と東海岸むけに分けられて送られることになります。聖サザランド王国海軍も大サルジャン埠頭にあります。」


 グスタークは見張り台右にある丘を差した。あの丘の向こうに大サルジャン埠頭があるらしい。

 そして半分威嚇状態の葵に視線をちらりと向けると言葉を続ける。


「サザランド埠頭と大サルジャン埠頭の間に古サザランド港がありまして、エルフ族と漁民がそこを利用しています。あの丘にある古神殿は港を見下ろすように建っているんですよ。代々エルフ族が神官を勤めることになっています」


「アオイはあの神殿の守護騎士じゃ」


 ふふん、と自分のことでもないのに得意そうに話すマリー王女。


「あの古神殿はサザージアという女神をまつる神殿です。

 大陸神話体系には航海と商業と安産の神として記されています。元々はエルフ族の神だったのですが、大聖堂の体系に組み込まれてしまって今日にいたっています。エルフ族の中では死と豊穣を司る大地神の使徒の一人だったはずです」


「大聖堂?」


 訳のわからない単語の連続だったが、誠志郎はとりあえず一番疑問に思った単語を尋ねた。


「この世界全ての神は同じステージに立っている、よって神々を愛し神の世界を愛せよ。という教団……いうなれば各地域の神々の互助会みたいなものです」


 一気に俗っぽくなったな。


「魔法を神々の恩寵であるとして、魔法を正しく用いることこそ神への奉仕であり、義務であると考える人が中心になって作られた教団よ。ほら古代の神権政治とか知っているでしょ?シャーマンとか出てくるような。

 この世界で魔法使いがシャーマンのような役割を与えられているの」


 葵が誠志郎の耳にかじりつくように囁いてくる。

 こそばゆい。


「ここじゃ権威はないに等しいが、ウェストファリアでは庶民身分・貴族身分にならぶ僧職身分として権威を持っておる。神話体系の編纂は我国の国家事業じゃが、ウェストファリアの僧どもは隙あらば自分たちの神を少しでも偉くするよういろいろとちょっかいをかけてくるのじゃ」


 げんなりとした顔でマリー王女が見張り台の窓枠に頬杖をつく。


「最近も一人大聖堂のシスターが一人滞在中でしたね」


 エルザが思い出したように展望台から見て左側に広がる森を見た。


「あれはウェストファリアのくされ坊主とはちがうぞ。

 典型的な学僧じゃ。一度会ったが自分から志願してこの地にやってきたとか言っておったな。

 ウェストファリアから見ればこのような僻地など志願者なぞめったにおるまいに」


 グスタークは顎に手を当ててしばらく考え込む。


「彼女は魔法使いでしょうか?」


「違うな。おそらく身分の高い家の出身でもあるまい。

 奨学金欲しさに僧になった、という感じじゃったから」


「夢のない話だ……」


 黒髪の少女が呟く。

 それを後ろから抱きしめるように抱えるエルフの少女は肩に顔を埋めるように囁く。


「セイシローはわたしが養ってあげるから……」




「しかし、セシル殿はあまり大サルジャン埠頭の近くには行かぬ方がよろしいかと。」


 すこし鼻声のエルザの鼻にはすでに真っ赤に染まったティッシュが詰められている。

 それを聞いてグスタークは黒髪の少女から目をそらした。


「なぜです? ……あと、よく血が持ちますね」


 そんなにだらだら流して大丈夫なのだろうか、という至極もっともな疑問である。


「体力には自信がありますので。

 ……そうですね、サルジャン通りはこの国一番の繁華街でして

 酒はもちろんのこと娼館もたちならぶ酒池肉林の世界だ、と言えばご理解いただけるかと。

 娼婦男娼は人間だけでなくエルフもいますし、少数ながらゴーレムもいまして、

 様々な趣味の方に対応しておりますが、特にゴーレム好きの方に常軌を逸する方が多く……」


「ゴーレムに性欲をわく人っているんですか?」


 誠志郎の想像するゴーレムというのはゴツゴツとした岩が動いているようなものだ。


「ん……?

 ああ、セシルの世界のゴーレムだと想像付きにくいのかもしれんのう。

 この世界だと『無機物に命を吹き込まれたモノ』は全てゴーレムと呼んでおる。

 だから、セシル。おぬしもゴーレムじゃ」


 マリー王女はそう言って、誠志郎の額をちょいとつつく。


「私は個人的にセシル殿は『ゴーレム』などといいう下品な言葉より

 『自動少女人形』とお呼びしたく……」


 エルザの鼻息でティッシュが吹き飛ぶ。

 やばい、顔がマニアだ、と誠志郎は思う。

 あと、自動少女人形は言いにくい、とも。


「ええっ! セシル殿は自動少女人形だったのでありますか?」


 大分その発音になれているらしく、グスタークがなめらかな発声で驚いた。

 あれ?こいつもマニアか?と思い誠志郎の顔が引きつる。


「うむ、近々発表するが、

 ここにいるセシル殿はこの国を護るために目覚めたゴーレムじゃ。

 黒髪の美しきゴーレム少女……、と言えば後はわかるな?」


 いい加減なれてきたが、マリー王女は自分のことのように胸を張って自慢げに話す。


「お、おおぅ!

 古代神殿のアオイ様に続き、ゴーレムの女王まで目覚めるとは……

 これは!これは、兵達の士気があがること間違いないです!」


 両手を握りしめ興奮した口調で話すグスターク。


「もちろんこのことは公式に発表するまで秘密じゃ。

 ……だが、人間ぽろっと秘密を漏らすことはよくあることじゃ……分ったのう?」


 王女が悪徳代官のような悪い顔をしている。


「あー、まいったなー

 ぐーぜん、ひみつをしってしまったぞー

 ぼくはどーすればいいんだー

 そうだー、とりあえずともだちにそーだんしてみよー」


 グスタークはそう言ってそわそわしながらエレベータを見ている。

 

 この三文芝居に誠志郎は呆気にとられていた。

 後、何かに重大なことに巻き込まれつつあることを感じ取っていた。


 この世界で唯一の友人である葵のほうを見ると、両手を併せて謝罪のポーズを取っていた。


「葵……」


「とりあえずゴメン」


「何か知っているのか?」


「多分後からマリーとエルザから説明あると思う」


 葵は謝罪のポーズを崩さない。


「いや、それよりも。

 お前知っているんだろう?」


 葵の目が泳ぎ始める。


「んー……、

 どうもわたし一人だとどうしようも無いことが起きちゃって……

 とりあえず、セイシローを喚んでみた」


「喚ぶって、異世界から?」


「うん」


 その時誠志郎は思い出す。

 高校一年生秋の学園祭の日、まだ開始前の晴れ渡る秋空の下で

 誠志郎はグランドに立っていた。

 そこは臨時の駐車場として解放されており、自転車でやってくるはずの妹とそこで落ち合う約束をしていたのだ。

 その時、解放されていないはずの校舎屋上からの視線を感じて誠志郎は校舎を見上げた。

 屋上の金網に顔を近づけるように学級委員長である佐久間葵が立っていて――。

 

 ――その後の記憶が無い。


「……喚ぶなら田中にしろよ。

 あいつ、とりあえず何らかのオチはつけるぞ」


 記憶に新しい「高校プール授業開始記念 女子パーツ写真神経衰弱カード販売事件。(男子パーツもアリ)」では担任教師・クラス裏サイトを巻き込みクラス中で「なかったこと」にしてしまったあの手腕、ただ者ではない。


「この前のはサイト管理者の田中君が男子用サイトと女子用サイトを間違えて逆に設定しちゃったからでしょ?」


 このカードを巡っては性欲あふれる男子はもちろんのこと、本来は外れカードである「男子パーツ」が、女子の間で妙な人気となりその交換を巡ってクラス内秘密サイトが荒れてしまったのだ。一種の密室状態で行われる攻防はネットはおろかリアルのクラス内にも波及し、カードを巡って教室内でやりとりされる手紙の数は通常の三倍。人間環境はクラス内カーストなど吹き飛ばす勢いで破壊され昨日の友今日の敵、あの匿名ハンドルの本名を教えろと脅迫をうけるサイト管理者兼カード配布者の田中君。クラス担任教師はとりあえず田中君を呼び出し、クラスの険悪な雰囲気の原因を教えろと問い詰める。涙目になる田中君。様々なプレッシャーを受けた田中君はある夜、ログインデータとそこから呼び出される掲示板の設定を男子用と女子用で逆にしてしまったのだ。

 その結果、男子は女子サイトの、女子は男子サイトの欲望ダダ漏れ内容を目にしてしまい、それぞれが己の身を振り返り、布団に頭をつっこんで足をばたばたすることになってしまったのだ。

 次の日の教室は険悪な空気から一転、テンション0%の抜け殻状態であり、担任教師は再び田中君を招集。田中君は涙ながらに状況を説明。担任も泣きそうになる。嗚呼、貰い泣き。

 その日のHRに担任が大きな鞄とラジカセをもちこみ「無かったことにしましょう」と宣言。

「大人の世界ではよくあること。今日あなたたちは大人の階段を一歩上ることになります」とラジカセのスイッチを入れる。流れるのは大人の階段を上るあの曲。「さぁ歌いましょう」とクラス全員がハイトーンボイスで歌いながら、回される鞄にパラリパラリとつぎつぎと納められるカード達。

 あの鞄の行方は誰も知らない。


「あいつは運命の因果律を悪い方にねじ切る才能があるからな……」


「うん、それにセイシローなら、

 いつもわたしを必ず助けてくれるから」


「あ……まぁー、

 ……約束だからな」


「うん」


 そう言って二人は笑い合った。



「甘酸っぱいのー」


 そんな二人を呆れたような目で見る王女。

 彼女も誠志郎を状況に巻き込んだ一人なのだが。


「べ、べつにそんなんじゃねーよ」


 顔を赤らめながら抗議する黒髪の自動少女人形。


「……少しは前の世界のことかは気にならんのか?」


「え?」


「よい、独り言じゃ

 ……何か聞きたいこととかはあるか?

 アオイが言っていたことについては後から説明するが……」


 誠志郎は見張り台から見える風景を一瞥して、あっと何かに気づいた。


「どうした?」


「そういえば、ここから見える左側の風景について何も教えてもらってないんですが……」


 黒髪の少女は左手に広がる森とその向こうの山脈を指さす。


「ああ、サザランド山脈のことか。

 あそこにはウェストファリアとの国境線があり、


 ――ドラゴンがおる」




ラブホテルのピクトグラムの存在を知ったとき……ちょっと興奮しましてね、ふふっ。

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