目覚め
右も左もわからないまま投稿しています。
目覚めれば見知らぬ天井、というのは寝相の良い人だけの特権だ。
仰向けに眠り、仰向けに目覚めるというのはほとんどの元気爆発の男子高校生にとっては至難の業であって、大体が自らが身をゆだねた地――それがマットレスであったり畳であったりするわけだが――を俯角で見下ろすというのが常ではないか。
そういう話を友人の田中君にしたところ、お前は間違っている、普通は彼女の寝顔だろう?とキメ顔で言われたので舌打ちと共にドーテー臭ぇと返したら、ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわとコンビニのパック詰めウーロン茶を片手に大声で返されたことがある。その周りには昼食中の生徒達がいて、教室内が一瞬だけ静まったが、別に何も起こることなく元のざわめきに戻ってしまった。しかし、あろうことか中学の卒業文集に「心に残った出来事」としてそのことを書いたクラスメイトがいて、なぜか田中君とそのクラスメイトが一緒に担任に説教されてしまい、誰もが忘却の彼方に追いやってしまっていたことが「田中君童貞告白事件」として皆に記憶されてしまったのである。中学三年間の中でそのことを一番の思い出と認識したクラスメイトの人生に幸あれ。
それはさておき、今日の目覚めはいつもとは様子がちがった。
目覚めれば真っ暗だったのだ。あとなんか息苦しい。
「ながっ……」
なんだ、と言いたかったのだが口がうまく開かない。というかこれはベットか?布団じゃないよな? オレの周りに敷き詰められている布は妙にすべすべしていて、ところどころ盛り上がっていた。
目覚め始めはまだ意識がぼんやりとしていて目の前の現実がなかなか理解できていないが、すごく今の状態がヤバいってことだけは徐々に理解できるようになった。
あーこれ、金縛りだわ。初めて体験するわー。
なんかこう、ふんっふんって身体に力を入れても全然動かない感じ、間違いなく金縛りだわー。
頭の中でやれやれと肩をすくめていたら心が落ち着くかもと無意識で期待していたのかもしれないが、人間の身体はそれほど単純なものではなく逆に心臓がばくばく鳴っているような感じがした。混乱している。ぼんやりしている自分と、錯乱している自分が平行に存在している。
というかね、ここどこなのよ。自分の十六年間味わってきた寝室じゃないのは確かなんだけど、じゃここどこなのよ。見知らぬ天井って言ったて天井見えねーよ。真っ暗だよ。というかなんか天井近いし。自分の息が直後にキックバックされていく感じがしてむせそう。
現実に追いつかない自分の代わりに妙なキャラを頭の中に描いて気持ちを代弁させている。ここで作者の気持ちを考えようと問題がだされたら、とりあえず教室から逃げるしかあるまい。センセー守口君が脱走しましたー。
……やばい、幼なじみの学級委員長まで脳内劇場に出てきた。
(どこじゃ、どこにおる?)
なんか部屋の向こう側から子供の声が聞こえる。
どたばたと走り回る音も。でも足音の反響音からすると部屋の向こう側はものすごく広いようだ。いや本当にここどこなのよ。
(大英博物館もびっくりな広さよね……ちょっと待っていまダウリングするから)
あれ?この声ちょっと聞き慣れてる。誰だっけー?
……あ、夢の中でオレを女の子走りで追いかけていた委員長だ。
(管理魔法のタグは最近の物しか付いておらぬでな、昔は全てを管理するモノがあったそうじゃが……、今はエルフの探知魔法だけがたよりじゃ)
(必要な時に必要なモノが使えない……なんか人生っぽい)
(エルザが、初体験あるあるイベントとか言っておったが)
下ネタかよ。
それはモノじゃなくてアレですよね、アレ。
というかエルフ?なんでエルフ?
エルフってアレ?森の住人で人とあまり交わらなくて胸が小さいあのエルフ?耳長いの?
(……その時はどうすれば?)
(なんか主人公の彼女への思いを再確認する独白を読んだ後に再びイベントが起きるらしいぞ)
(やはり最後はラヴ……)
続くのかよ。
多分それゲームの話じゃないかな?「イベント」とか「読む」と言っているし。
現実と空想をごっちゃにすると崖の上で独白させられて、モノトーンカラーの車に乗車してもうお眠りなさいされるぞ。
(早く見つけてあげないとセイシローが寂しくて死んじゃうかもしれない)
ウサギかよ。
というかネタが古いな。
このエルフ絶対オレの知り合いだよね。セイシローなんて言っているし。でもオレ、エルフに知り合いなんていないし。
というかなんでエルフの声が委員長なの?
(ここら辺はごちゃごちゃしておるのー。時停止魔法で劣化やホコリはないものの、適当に詰め込んだ感がぬぐえぬ……)
二人の声がだんだんと近づいてくる。
(セイシロー、どこー)
――ああ……
その懇願するような声を聞いたとき、自分の意識が別なステージへ移動した。
絡みつくような微睡みが消えていく。
スイッチが入った。
いや、再起動のスイッチを入れたのだ。誰でもない自分が。
すでに自分は運命の道を走り出していたのだ。
自分が何者であり、何をするべきなのか。
先の見えないレールのようなものが見えた気がした。
再起動の初期起動シーケンスが終了し、
――「ココロ」が換装された。
生まれての赤ん坊はとりあえず泣く。
わたしはここにいます。わたしはここにいます。わたしはここにいます、と。
では自分の産声はなんなのだろうか?
「うわ、ちょ、ちょちょ!
葵? 葵か? 動けない! マジで動けない!
助けてくれー!」
……なんとも情けないものだった。
できれば高笑いぐらいはしたかったが、まぁいい。
やっと声が出た。
高い声だ。
自分の記憶にヒットしない自分の声が。
まるで女の子の声のような……
(ここ? この箱?)
コンコンと天井から響く音。
ごそごそという音も一緒にしているから、どうやら葵はオレがいる『箱』の上に乗っているらしい。というかオレは『箱』の中にいるのか……。
「そ、そうれす……」
自分の声に戸惑っているオレの返答は妙な口調になっていた。
(この古い箱……というか棺桶におるのか?)
棺桶?
(ちょっと待って、今蓋を開けてあげるから)
葵がそう言って、力を入れる声がした後、ガララとゆっくりと天井が移動していき、冷たい水銀灯のような光が目に差し込んだ。
その隙間からオレをのぞき込む金髪ボブカットのエルフと、頭にちょこんと小さなティアラを乗せたブルネットを両側から編み込んだ女の子が見えた。
「人形……?」
「いやこれは『ゴーレムの女王』じゃ。長らく行方不明になっておったものが、こんなところにあるとは……」
二人は目を大きく見開いてオレを見ている。
「葵ぃー! どうなってるのコレ。なんかオレの声じゃないしぃー。それになんてお前金髪のカツラなんてかぶってエルフの格好しているの?」
オレの知っている幼なじみで学級委員長の葵――佐久間葵は黒髪で、ボブで、眼鏡で……少なくとも金髪ボブのエルフではない。
でも、このエルフは葵だ、間違いない。
「セイシローはわたしが判るの?」
エルフは大きく目を開く。
「当たり前だろう、いつも顔合わせていたじゃんかよー」
少々下がった目と笑みが似合う小さな唇をもつこんな愛嬌のある顔、見間違うわけがない。
驚きで目が見開かれていたエルフの表情が徐々に緩み笑みが浮かんでくる。そして緩んだ顔を近づけてくる。
「うん、うん! そうあたし、佐久間葵。昔からずっと隣の家に住んでいる佐久間葵。守口誠志郎の幼なじみの佐久間葵。妹ちゃんと一緒にお医者さんごっこやってセイシローを素っ裸にした佐久間葵」
にかかかっと笑ったその金髪エルフは残酷なことを言う。
「なんでオレのトラウマを言うの……」
子供心にアレはきつい。
「大丈夫。お父さんに聞いたら『ガキはそんなもんだ』、って薄笑いを浮かべて応えてくれたから」
「何聞いたの!」
薄笑いってなんなの。
「えー、オッッホン」
わざとらしく咳き込むティアラでドレスの女の子。そしてちょいちょいと顔を指さす。
「えー、……誰?」
オレの返答にブルネットの女の子の眉がぴくりと動く。機嫌が悪くなったらしい。
「……、
初対面でそれはなかろう」
そしてふんっと鼻息をはくと上半身をのけぞらしその微妙に凹凸のある胸を強調する。
うむ、将来が楽しみである。
「わらわは神聖サザランド王国の第一王女マリーじゃ。今はこのエルフ騎士のアオイ殿の主人を努めておる」
「おうじょ?」
そう言われればティアラとかピンクのドレスとかツンデレっぽい声とか、なんかすごく「王女様」しているように見える。
「そうじゃ、わらわは王女で、アオイ殿は正真正銘のエルフ族じゃ」
ふんっ、マリー王女はさらに胸をはる。あ、ちょっとティアラがずれた。
「混乱するのは判るけど、まずはここが『異世界』だということから理解して。お願い、セイシロー」
胸を張っている王女のとなりで、エルフ姿の葵がパンと手を合わせてお願いのポーズをとっている。
お願いされて、はいそーですかなんて答えられるわけがない。わけが分からなすぎるからだ。
「異世界ってあの異世界か?」
横になったままオレは問う。
「そう」
「魔法があって、エルフがいて、剣士がいて、魔王がいて、
たまにチート主人公が出てくるあの異世界?」
「そう、美形王様がいて美形貴族がいて悪役令嬢がいて愉快な神様がいる、あの異世界」
上半身をおこしてううむとうなる。
髪がばさりと前に降りてくる。口に入る。
どうやらすごく髪は伸びてしまったらしい。
「……異世界ってなんでいつもファンタジーなんだろう?」
「それ以上は……
神のタブーに触れることになるわ。
セイシローは神のベットの下をのぞき込みたいの?」
例えがよくわからん。
神のベットの下の宝物をハンティングすることになるのか?
確かににそんなことをしたらすっげー起こりそうだな神様。
そういうトレジャーは整理して机の上に置いておくべきなのだ。
「わけがわからないよ。
……でも異世界ってことは認めよう。」
そうしないと話が進みそうもないし。
葵は濃い緑色の目を見開いた。
「ほっほぉー
それってあたしが正真正銘のエルフだってこと認めたのよね?」
そして葵はにまにまと悪戯をするように笑い出す。
こう笑うとすごくエルフっぽいと思う。
「ぴくぴく動く長い耳を見ていたらとても本物にしか見えない……」
黄金の色をした髪、長い耳、整った容姿、小さい胸。
エルフそのものである。
「そう。実はあたしエルフだったのよね」
あごに手を当ててうむうむと自慢そうに言う葵。
「ごめんそう言われると、『お前何言ってるの?』無意識につっこみたくなる」
多分オレはいまジト目をしている。
「気づいたのは中学二年の頃かなー」
「無視するなよ」
「パソコンでネトゲやってると無意識にエルフを自分のキャラクターに選んでいる『私』がいてねー」
「無意識の力ってやつか……」
「お風呂に入っているときに
『実はあたしはエルフである』って確信しちゃってね」
腕組みをしたまま目を閉じている葵は昔を思い出しているようだ。
「論理が太平洋をわたってるぞ」
多分今のおれの気持ちと江戸時代に初めて黒船をみた人はリンクしていると思う。
ちなみにペルーは太平洋を渡って日本に来たわけではない。
「無線は偉大よね」
「電波ってことだよ」
ちなみにマルコーニ―が無線通信実験を行ったのは大西洋である。
「……胸が小さいから、自分がエルフだって判ったのよ、ばか。
無神経よねー」
エルフはちょっと顔を赤らめて恥ずかしそうに言う。
「なんでオレの悪いことになるの」
やばい、ちょっと納得してしまった。
――まぁ、いいや。
とりあえずこのエルフとなった葵を信じよう。
今のところ彼女しか頼る人はいないし。
オレが諦念のため息をふぅっとはき出すと、
エルフはにっこりと笑って、手を差し出した。
「まぁ、いろいろあるけど。
異世界へようこそ。そしてこれからもよろしくね。セイシロー」
つられるように、ゆっくりとあげた自分の手を見て誠志郎は驚いた。
自分の手が妙に細く小さく白いことにも気づいてしまったからだ。
……ああ、もう自分は自分ではないのか。
そして自分が着ているのが黒と白の豪奢フリルが付いたドレスを着ていることが判ると、もういちどため息をついた。もう驚くことになれてしまった。
周りを見てみた。光り輝く光の球が葵の上に浮かんでいる。これは魔法なのだろうか?
ゆっくりと視線を巡らす。そこは薄暗いただただ広い倉庫のような場所だった。見上げるほど背の高い棚が数え切れないほどの列を作り、その棚の中に木の箱に入ったモノ、なにかの像のようなもの、なにかの壺のようなもの、時おり鈍く光るもの、ふわふわと揺れるモノが収納されていた。さらに棚の外には、大小さまざな形の箱がところ狭しと置かれていた。視線を手元に落として気づいた。自分は光沢のある布の中にいたことを。まるで大きな人形ケース……。
ぞくりと身が震えたような気がした。
なんだろう?この現実は現実で事実として受け入れていて、過去も過去として事実として受け入れているけれども、どちらもふわふわと綿菓子のように溶けていっているような身動きのとれない不安。
こんな不安をずっとこれから先背負わなくてはならないのだろうか。
バサリと背後に何かが落ちた。
「……?」
振り返って見ると、それは誠志郎が通っていた高校の生徒手帳だった。
「ん? これはそなたの大事なモノか?」
マリー王女は棺桶の中に手を突っ込むと、その手帳を拾い誠志郎にわたした。
「大事なものなら無くさぬ方がよいぞ」
誠志郎は黙って受け取った。
王女の表情は影に隠れて見えなかった。
◆◇◆◇◆
「な、なんじゃぉーこりゃあ!」
右手をわなわなさせて東欧系の美少女顔を大きく歪ませて姿見の鏡の前で崩れ落ちてみる。白いフリルに包まれた丈の短い黒いドレスで崩れ落ちたので、どうもいまいち迫力がない。こんな格好で名シーンを演じるのは御法度なのだ。
「いま、こちらに視線をちらっと向けてギャラリーを確認しながら言ったでしょ。
……結構余裕あるじゃない」
誠志郎の横で腕組みをしながら呆れたように言う葵。エルフらしい草木で染めた素朴な薄茶色の短いワンピースを腰でロープで絞って着ている。長い耳がぴくりと動いた。
「ないない、余裕なんてナイヨー。ホントダヨー」
すくっと立ち上がり右手をひらひらさせて葵の言葉を否定してみた。
「ちっ」
エルフに舌打ちされた。ファンタジーなのに知り合いがコスプレをしているような嫌なリアルがそこにあった。実際幼なじみだけど。
「いきなり女の子になったのだからもっと戸惑ってもよいのじゃぞ。『これがボク?』とか、『ああん恥ずかしいよぉ』とか、『まずはオナニーかな』とか」
王女は手ずからお茶の用意をしてくれている。ティアラを頭に乗せたままティーカップに香ばしい香りのするお茶をポットから注ぐ様子は気品と親しみを感じさせてくれる。
ロリーな声で一部不適切な言葉が聞こえた気がするが気にしたら負けだと思う。
「いやぁー、目覚めたときから嫌な予感がしちゃって、鏡をみてああやっぱりなって感じですよ」
王女が小さなテーブルの上の湯気の立った香ばしい香りがするカップをこちらによこすと、ソファに座った誠志郎は小さく礼を言ってそのカップをつまんだ。異世界といえども身分ある王女に対してかなりなれなれしい態度だ。
「そーゆーものかのぅ」
ここは王宮内の王女の私室である。私室といってもさすがは王家。部屋の中でバスケットボールが余裕でできそうなくらいの大きさだ。調度品も豪奢のモノが何かの博物館のように並べられている。
誠志郎が目覚めた王宮宝物庫の出口では赤毛の迫力あるラテン系美女のメイドが待機していた
。彼女に案内されてこの王女の私室までやってきたのだ。彼女は現在部屋のドアの傍らで置物のように身動きせず立っている。
彼女は宝物庫から入ってきたときより一人多い三人が出てきたときも別に驚くこともせず、それをさも当然のように受け入れていた。曰く「姫様が異世界からもう一人連れてくる、とおっしゃったのっで」とのこと。
「ほら、スカートが乱れている」
「う、うん……ありがと」
葵はそう言ってソファに腰掛けている誠志郎のスカートの裾を直した。どうやら先ほど鏡の前で崩れ落ちた時によれてしまったらしい。
ぐはぁ!
ドアのところで何かが破裂した音がした。見るとメイドが顔を伏せてぷるぷると震えている。そして片手で鼻と口を押さえながら左手で頭に乗っているカチューシャの中からティッシュを一枚取り出した。
タマリマセンワァ、タマリマセンワァと小さな声でつぶやきながら鼻と口元を大きなティッシュできゅっきゅと拭っていく。
「もうしわけありません、お姫様とご友人の姿があまりもに可憐で可憐で可憐でぇへへへへへ……」
そこでメイドはまたカチューシャから特性ティッシュを取り出すと吹き出した鼻血をきゅっきゅと拭っていった。
「ああ、やっぱり思い切って王宮に戻ってきてよかった……」
やれやれという表情のままマリー王女は、メイドを手招きした。
「紹介しよう。王女付きのメイド、エルザじゃ。」
エルザは誠志郎に向かってしずしずと一礼をする。先ほどのブラッドな光景がなかったなら気品のあるメイドと誤解していただろう。否、さっきまでは気品の高い美人のメイドだと誤解していた。
「改めまして、エルザと申します」
「ちなみに非処女じゃ」
「昨晩も一本おいしゅういただきました」
流れるように堕ちていく下品ゾーンに黒髪の少女は表情をこわばらせて踏みとどまった。
優雅にほほえむその姿に今はのは幻聴かと疑った。
いやそれ、非処女というよりエロメイドじゃね?とか一本ってなんだよ、生々しいバベルの塔かよぉとか、よく見たらメイド服の上からでもわかる出る所はばぃーんでて閉まるところはキュッと閉まるエロいボディしているなぁとかいろいろ思ったが、すべて心の玉手箱にしまっておこうと誠志郎は誓った。声に出したら蟻地獄のごとく吸い込まれそうだったから。
「今夜もがっつり行きます」
ぐっと握り拳に力を入れるメイド。
「いやぁ、エルザがいると王宮が賑やかでよいのう」
王女はそんなメイドをみてにこにこと笑っている。
誠志郎は理解した。
……この人たち、変なんだ。
「ユニバーサル変態」って夢がある言葉ですよね。




