プロローグ
何番煎じの出がらしのような世界ですが、自分の好きなモノを詰め込みたいと思います。
ゴーレムの女王、少女は後にそ呼ばれるようになった。
多少つり目がちの大きな瞳、そして悪戯げな小さな唇と、形の良い顎。透き通るような白い肌とは対照的な闇のように黒く艶やかな腰まで伸ばされた髪。奇跡のような美貌を備えた小柄な少女が、巨大なゴーレムを幾体も従えてている。
その小悪魔的な笑みに視界および全身を虜にされてしまった人間達がこう思うのは自然なことだった。
――踏まれたい、と。
その姿は味方に勇気と希望と(一部に対して)精神的悦びを与え、敵方には恐怖と絶望と(一部に対して)物理的悦びを叩きつける。その圧倒的な威圧と剛力はまさに「女王」の名にふさわしいものであった。
少女に近しい人は知っている。
彼女は自動人形であり、そこに収まる魂は異世界からやってきたことを。
そしてその魂は元々少年のものであったことを――。
あと、その魂の指向はどちらかといえばM寄りである――。
「……どうしてこうなった」
海に隔てられた向こう岸には薄くもやがかかっていた。
そこには敵陣が広がっている。はためく青色の軍旗の間に、黒く巨大な像のようなものが五体並んでいる。ゴーレムだ。こんな遠くからも目立つので、足下の敵兵士からは見上げてもその全身像をつかめることはできまい。5階建てのビルぐらいの大きさだろうか。その巨大なゴーレムが自分たちに襲いかかろうとしている。
それを目の前にして腰まである長い髪の少女は、腕組みをして多少顔を青くしている。
まさに後悔の顔である。
「セイシロー、乙女のポリシーを護ることは悪いことじゃない……と思う」
「自分の貞操を守るのに男も女のあるまい。うむ、理解しておるぞ」
小柄の少女の両脇にはブロンドのボブカットで少したれた目に愛嬌あふれる腰に二本の太刀を下げた可憐なエルフと、白色輝く豪奢な西洋甲冑を身につけた少女とほぼ同背丈のブルネットロングをアップ気味にし、おでこをのぞかせているいわゆる「お嬢様」然している少女がいた。
身長差は エルフ > 黒髪の少女 > お嬢様 となっている。
つまりエルフにはちょっと身をかがんだ「……かわいそう子」とモノローグに出てきそうな優しい表情をむけられ、お嬢様には胸を張って視線を上に向けた「全てはわかっておる、うむ」とモノローグに出てきそうな偉そうな表情を向けられている。
黒髪の少女はそのどちらにもイラッとしていた。
眼下に海岸に突き出た白色の街が広がる、高台にある古い寺院前の広場に設けられた陣に三人はいた。対岸を望む三人の後ろでは兵士が走り回っている。そのさらに後ろには寺院に避難した人々が伺うように三人を眺めている。住民には耳の短い人間族と耳の長いエルフ族、そしてそのどちらとも判別しがたい人々が混ざっていた。
「……やべぇ、オレ泣きそう」
少女はつっと目頭を押さえた。
背後で慌ただしく動く兵士の緊張感、そしてその後ろの避難住民の祈り縋るような眼差し、その全てが少女にプレシャーをかける。
その少女の横顔をみた兵士は「憂いに満ちた表情をしつつも毅然と立つ少女」にひどく感動し、いっそう自分の任務に励むのを誓うのだった。実際は緊張のあまりその少女は動けないだけだった。
「セイシロー、私たちがいじってあげているんだから無視しないでよ」
「そうじゃ、ここは常識として『俺は、オトコだぁー!』と返してほしいものじゃ」
大緊張状態に陥っている少女に対して、その両側にいるエルフとお嬢様は平然としている。時折聞こえる「エルフの騎士様ぁー、頑張ってー!」という寺院の方から聞こえる子供の声にエルフの方は背丈より大きい太刀を片手で掲げて応えているくらいだ。「王女様ぁー、今日のパンツの色はー?」という寺院から聞こえる子供の声にお嬢様が「真っ白じゃぁー!」と応えれば、寺院の中がどっと沸いた。
「繰り返す!王女本日白パン!」「本日ホワイト!オーバー!」王女のパンツの色情報は通信魔法を通じて全部隊に拡散した。
黒髪の少女は顔を引きつらせながらふっと鼻で笑う、という器用なことをする。
その後ろでは兵士達がパンツ!白!、パンツ!白!とまるで何かの合い言葉のようにアチコチで声をあげている。
「オレはこの三ヶ月で変わったんだ。
いつまでもお約束のリアクションを期待されても失望させるだけだぜ。
……んふふふっ」
気味の悪い小笑いを漏らしながら、少女はその豊かな黒髪をかきあげ、ドレス風のデザインの服の胸もとの赤いリボンを揺らし、短めのスカートをふわりとなびかせた。少しつり目の小悪魔的なフェイスと、気味の悪い小笑いが全然合っていない。
お嬢様とエルフは冷ややかな表情で口を開く。
「そーいえばこの前、服飾担当のメイドが用意した少女趣味山盛りの服の前でそわそわしてたわね、
乙女だから仕方ないか」
「そーいえばこの前、鏡の前で上目遣いのポーズを取っていたのう、
ウザあざといが、乙女だから仕方あるまい」
「そーいえばこの前、王宮の騎士見習い達がセイシローのことカワイイとか言っていたのを、
こっそりニヤニヤ笑いながらきいていたわね。乙女だからしかたないか」
「そーいえば、焼き菓子と紅茶をギガあざとくかわいく食べる練習をしていたのう、
乙女だから仕方あるまい」
少女の両脇のエルフとお嬢様はジト目ではぁーと深くため息をついた。
「あんたオトコの癖に何やってるの?」
「おぬしを汚物を見るような目でみてよいか?」
黒髪の少女は両手で顔を隠してぷるぷると震える。
「ちょっと……魔が差しちゃって
……なんかもう
本当にスイマセンでしたぁ……」
少女が顔を真っ赤にしている様子をみて、エルフとお嬢様は互いに嬉しそうに笑う。
そして両側から少女をぎゅっと抱きしめた。
「うん、セイシローはオトコの子!」
「オトコの子のセイシロー大好き!」
ハグハグすることしばし、
「マリ王女様、そろそろその位で……でないと私のティッシュが持ちません」
彫りの深い顔つきでくっきりとした瞳を持つ背の高いメイドが、兵士たちの間から進み出る。
編み上げた赤髪にちょこんと乗っかるカチューシャからぴらりと一枚のティッシュを抜き取ると、それを真っ赤な血を吹き出す己の鼻に当てる。彼女の周りには真っ赤に染まったティッシュが散らばっていた。
「オトコも大好きですけど、女の子同士というもの『来る』がありますね……おふぅ、アイムカミング……」
ポルノスターのように全身をのけぞらせ鼻血をプシャーと出すメイド。どうやら逝ってしまったらしい。悦楽のネバーランドに。
「おおう、スマンの。エルザがドスケベなのを忘れておったわ」
「申しわかりません、マリ王女様。昨夜童貞を三人食ったというのにまだ身体がうずいております」
クスリと自嘲気味にわらう王女専属メイドのエルザ。
「ちなみに『食った』というのは口で食べたというわけではなくて、下の口で、その、アレをアレしたわけじゃな?」
「上の口でも抜かりなくバキュームしておりますわ、王女様」
「おお、さすがに抜かりはないのう」
お嬢様である「マリ王女」、この神聖エルハンド王国の第一王女である彼女は、自分の専属メイドの言葉に感心したようにうんうんとうなずいている。
兵士達が走りながら互いに顔を見合わせる。一人が顔を横に振り否定すると、その脇を片手でガッツポーズを作った兵士が走り抜ける。他の兵士達はパチパチと拍手を送った。
「……そんな情報はいりません」
黒髪の少女は呆れた口調でそう言う。
「いや、大事なことじゃ」
マリ王女はそうつぶやき、自分たちがいる高台の下に広がる街とその向こうの海岸沿いに展開する自軍を見下ろす。高台の上には大型の魔力砲が並べられている。他の高台にも同じように大型の魔力砲が並べられ魔術師たちが確認を行っているはずだ。兵士の間からオレンジ色の地に藍色で染め抜いた王国の紋章が描かれた軍旗が翻っている。
対岸の敵陣地には飛行機能のある大型ゴーレムが幾体もある。
こちらの側はそれに対抗する大型ゴーレムは一機もない。
高台の魔力砲だけではゴーレムの機動力に対応はできない。
空を飛ぶ大型ゴーレムがいないと言うことは、制空権がとれず地上は攻撃にさらされるということだ。この時点ですでに状況は不利、はっきり言えば詰んでいるといえる。
「相手はいつもの戦術を使うじゃろ。
大型ゴーレムで空を確保し、かつ地上の主要施設を破壊し、同時に対岸から大型ボートで兵を送り込み強襲をかける。潮の流れがあるから多少もたつきはするがそこら辺は無駄に多い兵の数でカバーする。間者によると昨日どこをどの部隊が取るかで最後までもめていたそうじゃ」
マリ王女は目を閉じて口元をくくっとゆがめる。
そして情けない表情をしている黒髪の少女に対して、年不相応な慈愛に満ちた笑顔をする。
「そんな顔をするではない。
あのときはすでに戦を避けられる状況ではなかった。運命じゃ。
わらわは幼い故にこの戦を止めることはできなかった。亡き父上でも無理だったかもしれん。
むしろ千年も大国に囲まれたこの国が存在できたことが奇跡なのじゃ。
この戦で確実に死者、もしくは一生苦しむことになるけがを負う兵士は必ず出る。
全員がその覚悟でここに臨んでおる。
死ぬ前にせめて……という男の兵士がいても当然じゃろ」
自分をあざ笑うかの表情でマリ王女はさみしく笑う。自分は多くの兵士の血を背負う覚悟はすでにできている、とその横顔は告げている。
セイシローたちは自分たちが向かい合っている状況を再認識して、表情がぐっと硬くなる。心を堅く強くしないと粉々に砕け散りそうだ。
エルザは何かを進言するように右手をすっと挙げた。
「あ、ちなみに昨日は女兵士も四人ほど……」
「その情報はすごく聞きたいです。詳細に詳しく事細やかに」
黒髪の少女――魂の名は守口誠志郎という――は長い髪を翻しメイドにつめよった。
少女の魂は高校一年の童貞なのだから仕方がないのである。しょうがないのである。
《ワシも聞きたいぞぉぉぉぉ》
突然大地を振るわす声と大きな影が四人に落ちた。誠志郎は思わず頭を抱えた。
兵士達は空に向かって手を振っている。数少ない空の守り神がやってきたのだ。
対岸の他にも各地に配置されている敵方のゴーレムの数に比べ一体とは話にもならない戦力だが、無いよりもましなのだ。
◆◇◆
四人がいる高台から一キロほど離れた山の上にも動きがあった。
身を隠すのに十分な岩の影から四人の姿を双眼鏡で追う、全身黒ずくめで腰に大きな太刀を一本下げている金髪無精ひげの男がいる。
「楽しそうなことで……」
男がそう無意識に言葉を発すると、双眼鏡の中のエルフがすっと腰の二本の太刀に手をかけてこちらを見ている。ギロリと音がしそうだ。
「おいおい、気づくか普通……」
男はさして驚くことなく、軽い身のこなしで岩の上に自分の全身をさらけ出した。
「はーい、人畜無害なオレだよ、オレ」
手をぶんぶん振りながら、双眼鏡に目をかざす。その瞬間、男の手元から小さく魔力が手元の機器に流れる。この双眼鏡は個人の魔力を付加してやることで性能がさらに高くなる代物だ。
双眼鏡の中のエルフは呆れたような表情で太刀から手を離していた。敵意を感じなかったようだ。
「……」
男は双眼鏡から目を離し、しばらく考えていた後、
「やはり純血のエルフって胸が小さいんだな……」
とぽつりと呟くのと同時に男の足下の大岩の一部が砕ける。男は一瞬で理解する。これはエルフ族が使う風魔法の一種『無形矢』だ。当たり所が悪ければ確実に死んでる。
「聞こえてるのかよ……、
えっ? ああ、ちょっとバットコミュニケーションを」
男が身を潜めていた岩陰よりもさらに奥には同じように全身黒ずくめの人物が二人たっていた。男の返答を聞くと、首をかしげていた一人がぷいと回れ右をして岩とは反対側に歩いて行く。もう一人も慌ててその後をついて行く。
「あ、ちょっちょっと待て、お願い」
男も小走りでその後についていく。
◆◇◆
「どうしたの葵?」:
山の方を急に指さして何かの風魔法をつかったエルフに黒髪の少女――誠志郎は声をかけた。
「向こうの山から良くない風が吹いてきたわ」
エルフはしばらく険しい目で山の方をみていたが、何かを確認した後に呆れたようにため息をついた。
「風?」
「ひどく胸を締め付ける……とても悪い風」
「敵か?」
「そうではないわ、エルフにとって精神的害をなす――というか
前の世界のゴキブリみたいなものが山の中腹にいたの」
「ゴキブリか、オレも苦手だな」
葵と呼ばれたエルフは黒髪の少女の両手をがっしりとつかんだ。
そしてちょっと視線を落としながら呟く。
「わたしたち、ずっと友達よね」
「……お、おう。幼なじみだからな」
エルフはふふっと笑ってボブのブロンドの髪を揺らした。
その美しく愛らしい表情に黒髪の少女の頬がぽっと赤色に染まる。
その様子を兵士達は足踏みをしながら一瞥し、互いに親指をぐっと立てて頷き合う。
……本陣に百合咲く!繰り返す!本陣に百合咲く!
◆◇◆
黒髪の少女こと守口誠志郎は体中の空気をはき出すように深くため息をつくと、対岸の敵陣を見て両拳を握りしめる。
――ええい。こうなったらやるしかない。
自陣上空に舞うアレが誠志郎に影を落とした。
そして影がさり、再び太陽の下に小柄な少女の姿が現る。
「護るぞ、この地を。
オレ達が――」
少女がそうつぶやくと、その足下から無数の声にならない呻きが大気を振るわせた。
戦が始まる。




