悪ー漆ー
「……………!!?」
絶句。
最早何から何まで驚愕の事実を伝えられ、これ以上は何を言われても驚かないだろうと高を括った直後の反応。
驚きのあまりに声が出ない。
そんな印象をサヤさんから読み取れた。
「理由は幾つかあります」
声を出さずに固まってしまったサヤさんからの返答を待たずにこちらから話しかける。
「まず一つはサヤさんの“アクヨセ”の力が増大していることにあります。本来、僕が“アクヨセ”を殺せばその時点で“アクヨセ”は消えます。一言に殺すと言っても僕が殺すのは“アクヨセ”の部分だけでその人自身には傷を付けることも出来ませんのでそこの辺りは安心してください」
「は、はい…」
何やら気まずい表情で返事をするが、話は聞いていてくれるようなのでこのまま続ける。
「通常僕が“悪”を殺した場合はその殺された人はどうなるか知っていますか?」
「え?消えて無くなるんじゃ…」
「それは“アクビト”を殺した場合です。その前の状態、言うなれば“アクビト”になる一歩手前の人達のことです」
しばし、考え込む様子を見せる。
「えっと…その人の“悪”の部分だけを殺すんだから…善人になる?」
「プフッ、違います」
「今笑いましたよね?」
しまった。あまりに子どものような回答に思わず笑ってしまった。
「すいません。悪気は無いので」
「………それで、どうなるんです?」
「廃人になる」
サヤさんの目が僅かに見開く。
「な、何でですか?その人の“悪”の部分を殺しただけでどうして…?」
「そうですねぇ…」
納得がいかない、といった態度でつっかかられる。が、これは予想していたことだ。
「例えばサヤさん、何か生きがいにしてるものってありますか?」
「へ?」
突然の質問に何やら女子らしからぬ返事をするサヤさん。
「最近ハマっているもの、趣味…何でもいいですよ?」
「しゅ、趣味ですか?えぇっと…」
少し考え込んでいる。
その間にサヤさんのカップに新たにお茶を注ぎ込む。
「どうです?ありましたか?」
「か、可愛いものを愛でる、ことですかね?」
あー、そういえばさっきコノエさんのことメチャクチャ可愛がってましたねー。
気のせいかコノエさんが少し距離をとった気がしますけど気のせいでしょう。
だってソファに座ったままなのだから。
「そう、ではもしも突然サヤさんの目の前からその可愛いものたちがなくなったらどう思いますか?」
「自殺します」
「どんだけショックなんですか?」
そういうところに思い切りをつけるところどうもカナデさんに似てるんだよなぁ。
案外昔はサヤさんもあんな感じだったのかもしれない。
「まぁつまりはそういうことなんです」
「どういうことなんですか?」
「サヤさんが可愛いものを愛でることを生きがいとするように、“悪”を宿す人達もそれは生きがいなんですよ」
「そう…なんですか?」
「えぇ。そしてある日突然その生きがいとする“悪”が殺される、消えると?」
「……生きがいを失って無気力になり廃人になる…?」
「ご名答」
パチパチパチ、と拍手をする。
「そしてこれは“アクヨセ”も同様…いえ、少し違いますがそれに近い状態になります」
「ぐ、具体的にはどうなるんですか…?」
「まず先ほども言った通り『“アクヨセ”の力は能力というより体質に近い』ということは覚えていますか?」
「え、えぇ…」
「これはつまりそれほどまでに“アクヨセ”の力が能力者の奥深くまで密接に関わっている、ということなんですよ。それ故に“アクヨセ”の部分を殺された時の反動も大きい訳です」
「……………」
「その反動は能力や個体差によりますが軽ければ記憶障害、最悪精神崩壊の植物状態でしょう」
一瞬、サヤさんの肩が震えたように見えた。
無理もないか。
「加えてサヤさん、あなたの中に潜む“アクヨセ”は最初会った時も充分なほど強力でした。もし通常通りなら植物状態とまではいかないでも少なからずとも精神に深刻なダメージを受けているはずなんです」
すでにダメージを負ってるみたいですけど、と余計なことはすんでのところで言い留められた。
「ですがあなたが受けた反動は記憶の喪失だけ。しかもそれも僅か二日間のみ。これはあり得ない、異例なことなんですよ」
「……………」
サヤさんは黙っていた。おそらく自分の中で腑に落ちる部分でもあったのだろう。
「次に二つ目」
と、僕が言って、その声に反応して顔を上げたサヤさんに。
針を刺した。
そして右手を指を鳴らす形にし──。
「…アクバリ『散』」
パチンッ、と鳴らした後。
ブシャアッ!!と何かが弾ける音が部屋に響く。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああおああああああああ!!?!?!!!」
直後サヤさんの絶叫。
あまりの出来事にソファから落ちてしまった。
「な、な、な、な、な、な、何するんですかいきなりィイイイイイイイイ!!!??ビッッッックリしたじゃないですかァアアアアアアアア!!!」
いいシャウトをリビングに響かせる。
「ハハッ、すみません。驚かせてしまいましたね」
そう言って手を差し伸べる。
「『ハハッ』じゃないですよ。もう…」
少々驚かせすぎたようで目には涙が浮かんでいる。…明らかにやり過ぎた。
「ご、ごめんなさい。本当に悪気は無かったんですよ…。気分はどうです?」
「最悪ですよ…」
「いやそういうことではなくてですね」
「?」
「今僕はサヤさんに対して“アクヨセ”の部分を殺そうと試みたんです。それで、何か身体に変化はありますか?」
「い、いえ…」
「そう…ですか。………やはり」
僕は溜息を吐きながらソファへと座り直す。
「あ、あの…」
「これが二つ目の理由です」
唐突に、分からないと言いたげな顔をサヤさんはする。
「どういう訳か、サヤさんの“アクヨセ”に僕の攻撃が効いていないんですよ…。いやこの場合は無視されてる、と言った方が適切なのかな…」
「どういうことですか?」
「もし僕の攻撃が効いていないならそもそも僕の針がサヤさんの中の“アクヨセ”に反応しないんですよ。僕の攻撃は相手の“悪”に反応を起こして発動するものなので」
「は、はぁ…」
「しかし先ほどのようにサヤさんには僕の針には反応している、つまり僕の攻撃が届いている…はずなのですがどういう訳か今の状態から察するにサヤさんの中の“アクヨセ”は消えていないし、サヤさん自身も何の障害も受けていない」
「え、えっと…つまり…?」
「僕ではサヤさんを殺せない、ということです」
長々と喋っていたからか少し喉が乾いてしまった。
自分のカップのお茶を飲む。うん、冷めてはいるがこれはこれで美味しい。
ちなみにコノエさんは完全に夢の世界だ。
カチャリ、とカップをテーブルの上に置いて一息。
「そして三つ目、なのですが…」
「はい」
サヤさんは真面目に聞いている。まるで医者に病気について聞いている患者のようだ。
「これは、その…あくまで仮定の範囲なのですが…」
「?」
僕がハッキリしない言い方に少し疑問を持っているのかサヤさんは首を少し傾げる。
「まず、そもそもサヤさんは“アクヨセ”ではない、のかもしれません」
「え?」
本日何度目かのサヤさんの「え?」が聞こえた。
時刻は現在午前六時を過ぎた辺りだ。




