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勇者になりたいお年頃な件について


 エマは今日も一人で回答者の席に座っていた。

 相方は書記長の予定だったが、今回も隣は空席のままであるため、会長クマを座らせている。

 だが、今回については仕方がない。書記が席を外していることについて、エマは納得していた。


 遡ること10分前。相談会場へと向かおうとしたところ、生徒会室の扉が勢いよく開かれ、一人の生徒が転がるようにして飛び込んできた。

 その生徒が言うことには、魔法生物部が管理していたとある生き物が、飼育許可の範囲内より逃げ出したとのことである。

 「どうしようどうしたらいいですか生徒会の皆様申し訳ございません助けてください」と真正面から頼まれ土下座されてしまい、さすがに無視するのは可哀想だと我々生徒会役員は手助けをすることにした。


 だが、ここで1つ問題があった。

 何を隠そう――エマは虫が苦手だった。

 視界に入った瞬間、もはや脳が虫だと認識するより早く絶叫するくらい苦手だった。


 だから、魔法生物部への助力をほかの役員に任せ、こうして一人で相談会の会場に向かうことになったのも納得の上ではある。

 ではある、が――目の前にいる男子生徒に、エマはどうしたものかと思った。


「勇者になりたいんだ」


 うーん、そうきたかあ。

 エマは遠い目をしながら「そうですか」と頷いた。

 ハキハキと明るく夢を語る王子の言葉を聞き流しながらエマは思考を巡らせる。


 勇者。勇者ねえ……。

 『正義』の象徴のような存在に憧れる気持ちは分からないでもない。エマ自身は勇者にかけられる期待の重さに耐えられそうもないので遠慮したいが、役目を果たせば常に人々の注目を集め、尊敬の目を向けられる承認欲求満たされまくりの存在であることは明白だ。


 とはいえ、勇者となるためには、絶対に欠かせないものがある。それは、敵となる者の存在だ。

 物語や昔話では、勇者の敵は魔王だとされることが多いが、果たしてこの王子は、何を敵だと考えているのだろうか。


「あの、殿下」

「――ん?なんだ」

「殿下は、何を倒すのでしょうか」

「それはもちろん、魔王だ!」


 王子の高らかな宣言は、教室内でエコーのように響いた。

 言ってやったぞ、と得意げな表情でこちらを見やる相手に、エマはどうしようと思った。


「……あの、殿下」

「うむ。私の言葉に感銘を受けたの――」

「魔王はいません」


 王子がピシリと固まった。

 沈黙が優に数十秒続いた後、ようやく現実世界に復帰した王子が、聞き間違いかなとでも言うような雰囲気で聞き返す。


「……え、なんて?」

「ですので、今の時代に魔王はいません」


 エマの発言にいやいや、と首を横に振ってから、


「だって、北部に魔王がいるって聞いたぞ」

「それは、魔王を名乗る人間です」


 目を瞬かせる王子が多少気の毒になるが、同情したところで事実は変わらない。むしろ、一応は――しまった一応とか言ってしまった――この国の王子なのだから、事実を事実として知っておいた方がよいのではないだろうか。


「遡ること10年前。御年85歳の女性が地元に観光名所を作りたいと一念発起し、自宅の敷地を魔界、自宅を魔王城、そして自らを魔王と称して開園したのが始まりですね」

「開園」

「はい。名を『わくわく!魔王の森』といいます」

「『わくわく!魔王の森』」


 たいへん平和的な響きの素敵な名前である。人々に恐怖を抱かせる要素など欠片もない、幼子からお年寄りまで気軽に遊びに行ける安心安全な場所にぴったりの名であった。


「魔王を倒すという私の夢は?」

「諦めるのが無難ですね」


「それはつまり、叶わないということか?」

「叶えない方が人間として正しいと思いますよ」


「でも、私はこれで英雄になるはずだったのだ。人々から絶大な人気を集める予定で、」

「成し遂げたところで、待っているのは悪評だけかと……」


 地元を盛り上げようとした善良な人物に加害行為を働いたなど、全国民から非難されること間違いなしの事案だ。人気上昇どころか、むしろ底辺を突き抜ける勢いで好感度が下落することだろう。


「駄目じゃないか」

「駄目ですね」


 エマは神妙な顔をして頷いた。

 内心では、なにこの馬鹿みたいな会話……と思っていたけれど、そんな思いなど表には微塵も出すことなく頷いた。


 頭を抱えていた王子が、やがてゆっくりと顔を上げると、縋り付くようにエマを見た。


「それなら私は、どうすればいい?」


 知らないけど、とエマは答えたかった。だが、エマは相談役。相談者の悩みを問答無用で突き放すことはできない。


「……殿下は、なぜ人気を博したいのでしょうか」

「その方が気持ちいいからだ!」


 なんだそのアホみたいな理由。


 エマは自分の心が白けるのが分かった。

 だが、そんなエマに気づくことなく、王子はつらつらと語ってくれる。


「幼少の頃から、みな兄上を賞賛するばかりで、私を見る者などほとんどいなかった。中には私の方が玉座に相応しいと正当な考えを持つ者もいたが、その者らとは付き合うなという母上の諫言に渋々従ってきたわけだ」


 そりゃあ、魔王の不存在も知らずに勇者になろうとした人間に王は務まらないだろう。エマに見せた部分が王子の一側面なことは違いないし、それだけで王子全体を計れるわけではないけれど、自分の夢に対する姿勢さえも満足に整えることのできない者に王は向いていない。


 エマは決して、まったく、第一王子である会長を擁護するつもりなんてないが、この王子が国を治めるなどという事態になるのは、一部の貴族による政治腐敗を招くのと同意義のようなもの。王妃と同様、この王子が王になるのは絶対に阻止しなければならないと心に決める。


「私は別に、王になりたいわけではない。それは兄上に譲ってもいい。だが、兄上ばかりが注目を集める今の状況はおかしいと思うのだ」


 なるほど、要するに構ってちゃんか。

 そう結論づけ、エマは思考を巡らせる。この目の前の王子が会長よりも優れていそうなものは何かないか。

 ……どうしよう全然思いつかない。あの無駄に天才的な能力を持つ会長を倒すにはどうしたらよいのか。……あ、だめだめ。倒すとか言っちゃった。日頃のストレスで、つい。


「そうだ!なあ、魔族はいるよな?」

「魔族ですか?……ええ、魔族であればいますよ」


 魔王がいなくなった今でも、魔族は存在している。魔族の勢力圏と隣接する場所においては、現在進行形で勢力圏争いが続いている状況だ。


「魔族を倒すのはどうだろうか!」


 エマは考えた。

 正直、魔族を倒すのは簡単なことではない。人族よりもよほど少ない数しか生存していないというのに、多少後退した程度で、いまだ勢力圏を維持しているのがその証拠だ。

 果たしてこの楽観的な……間違えた。前向きな王子の能力で足りるのか。いやでも、彼にも側近がいるはずだ。それも、王族につけられる程度に優秀な……あーでも本当に優秀な側近なら魔王がいないことくらい教えるか?


 けれど、目の前の王子から期待を込めた瞳を向けられて、「無理じゃないですか?」と言える勇気を、一介の貴族であるエマは持ち合わせていない。だから、そこのところは他に押し付けることにする。


「……とりあえず、ノスフェル家を訪ねるのはいかがでしょうか」

「ノスフェル家?」

「魔族狩りとして名を馳せている一族です。領民も戦闘能力に秀でており、国内外問わず有名な家ですよ」

「ふ、ふぅん?まあ知ってたけど?」

「そうですよね」


 多分知らなかったんだろうな、と思いながらもにっこりと笑って頷く。ノスフェル家は侯爵家なので、知らないのは大分まずいが、そこらへんの教育は王城のみなさんに頑張っていただきたい。


「それで、ノスフェル家に行ってどうするんだ」

「この国で最も魔族を倒してきた家門ですから、殿下が魔族を倒す上での助言を与えられるかと」

「……なるほどな。うむ、悪くない。助言ついでに共闘でもすれば、私の優秀さを示す機会にもなるだろう」


 満足そうな表情を浮かべる王子には悪いけれど、きっと王子の望みどおりにはならないだろう。ノスフェル家に優秀だと認められるには、一般社会にいう優秀程度の能力では足りない。


 なにしろ、……遡ること半年前。ノスフェル領出身の友人の招きを受けて訪れた地で、エマはノスフェル家の人外さを思い知った。

 魔族と対峙する際は、複数名での行動と完全な武装、回復薬などの万全な準備が必要だというのが常識だ。そうして準備を万端に整えてなお、敗北する可能性が高いのが魔族という存在である。

 それなのに、ノスフェル家の人間は、その両方を備えずとも魔族を討ち取ってくるのだ。

 自分と同じだと思っていた友人もまた、旬だしたけのこ狩りに行ってくるねと気楽に笑って出て行って、魔族を狩って帰ってきた。私も言いながら意味が分からないけれど、事実なのだから本当に意味不明なのだ。


「ノスフェル家を訪ねる前には、陛下や王妃殿下にお話を通された方がよいですよ」

「なぜだ?」

「筋を通してこそ、英雄の振る舞いというものでしょう?」

「ふむ、なるほどな!」


 本音を言えば、万が一王子が負傷でもして、エマが勧めた結果だと責をとる羽目になりたくないだけである。


「では、さっそく動こう!私の名声を国中に轟かせてやるんだ!!」

「楽しみにしています、殿下」

「任せろっ」


 素敵な笑顔で王子が教室を出ていく。開けっ放しにされた扉をしっかりと閉め、エマはふう、と息をついた。


 なんかだんだん相談者の身分が上がってないだろうか。誰でも相談可能と謳っているのは確かだし、相談者を選り好みする気はないけれど、自分よりも身分の高い者と会話するのは気苦労が大きい。

 しかも、相談内容がどれもエマの想定を飛び越えてくる。もっと普通の、いっそこの際隣の席の女の子をダンスパーティーに誘いたいみたいな、普段であれば知らないわと鼻で笑うような内容でもいいから、そういう相談はないものか。


 いや待て。そもそもなぜ私が次も相談を受ける前提で考えているんだ、と自らの思考に戦慄していると、コンコンコン、と扉をノックされた。


 まさか次の相談者とか言わないよね、と心の内側で悲鳴をあげたところで、「エマ?」と呼びかけられる。

 あ、この声は!とパタパタ扉に近づき鍵を開ける。するとここには予想どおり、友人のリリーがいた。


「相談会は終わった?」

「うん。終わった」


 誰に何と言われても終わったことにする。


「そっか。魔法生物部の件も収束したから安心して」

「え、リリーが手伝ったの?」


 生徒会役員でもないのになぜ、と首を傾げると、


「たまたま現場に通りがかったから。虫はわたしも得意ではないし、もし講義中とかに突如出会ったら校舎を消し炭にしてしまうかもしれないでしょう?それなら、今のうちに一網打尽にした方が効率がよいもの」


 にこにこと優しげな微笑みには馴染まない非情さが言葉の端々に垣間見えたが、エマは気づかなかったことにした。

 代わりに手を合わせると、


「そうだ。もしかしたら、ノスフェル領に客人が来るかもしれないんだけど、伝えておいた方がいいかな?」

「お客様が?珍しいね。ちなみに誰?」

「そこはまだ秘密というか、伝えられないかな。そういう話を聞いただけ、だから」

「そうなんだ。……うん、分かった。私から兄様を通じて伝えておくね」

「ありがとう。ご嫡男に直接伝えてもらってもいいよ」

「あはは、絶対に嫌」


 朗らかに笑いながらリリーが拒否する。注意して見ると目が非常に真剣で、断固として受け入れないという意思がはっきりと伝わってきた。


 リリーはノスフェル領出身で、ノスフェル侯爵家の分家筋にあたる子爵家の娘だ。主家のご嫡男、つまり次期ノスフェル家当主とは年齢が近いこともあって、リリーのお兄さんと共に幼馴染みのような関係らしい。

 聞けば本人は否定するが、つながりが深いことは以前訪れた時の様子から容易に察しがつく。


 ノスフェル領では、領主一族を含め領民のほとんど全員が実地訓練というか、魔族との戦闘経験が豊富なためか、10代後半に入る頃には既に一般的な基準と乖離した魔法技量と知識を有していることから、学園に入学しようとする者は少ない。

 学園では、魔法学以外の講義もあるため、その分野の知識を得たい者のみが――ノスフェル領民には皆無といってよいほどいないらしいが――入学するらしい。つまり、リリーは珍しい部類に含まれ、周囲に反対されないようにと入学前まで徹底して隠していたそうだ。


「ところで、私に何か用があった?」


 話を脱線させてしまったことを軽く謝罪してから、エマは首を傾げる。


「ううん。もし相談会が終わっていたら一緒に街に出かけるのはどうかなと思っただけ」

「わあ、いいね。行こう。急いで生徒会室から荷物を取ってくるね」

「分かった。じゃあ、この教室の前で待っておくね」


 一緒に教室を出て鍵をかけ、エマはパタパタと早足で生徒会室へと向かった。

 


 第3回相談会の記録。

 相談者:勇者になりたいお年頃な王子


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