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死に損ないたちの岸辺  作者: ぜろ
第4章
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グランマと故郷(ふるさと)

 あたしの故郷は、山と海に挟まれたド田舎だった。そんな、何もない街の小さなアパートに、十六歳まで母と二人で住んでいた。

 そこから歩いてすぐの海岸沿いに、グランマのお店はあった。

 グランマは母方の祖母で、あたしにとってボスでもあり、師匠でもある。


 彼女はイタリア系アメリカ人だった。その血が半分流れていた母は、純日本人と比べて手足が長く、目鼻立ちもはっきりしていた。

 その容姿を生かし、若い頃に単身で上京し、雑誌やショーのモデルをやっていたらしい。

 そんな母の子であるあたしは、いわゆるクウォーターだ。

 今どき珍しくもないのだろうが、エキゾチックな容姿のあたしたち親子は、田舎町ではかなり目立った。

 その見た目に加えて、あたしの名前は上村神羅(かみむらかむら)という、ひときわ変わった響きだった。

 とにかく、学校や近所で、あたしのことを知らない人はいなかった。


 名付けたのは父だ。当時、母は旧姓の上村に戻るつもりなどなく、まさか我が子の名前がこんなふざけた響きになるとは、頭の片隅にもなかったらしい。

 目立つのが大嫌いな母は、よくそのことを嘆いていた。

 けれど、あたしは逆だった。自己紹介の手間が省けて楽だし、初対面の人にも顔と名前を一発で覚えてもらえる。

 そんな便利な容姿と名前を、あたしは子どもの頃から、そこそこ気に入っていた。


 グランマは、母国アメリカの伝統やファッションといったカルチャーを誇りに思っていた。

 宣教師だった両親に連れられ、一時的に日本へ滞在していた数年間に、地元の漁師だった祖父と出会ったという。


 その後二人は結婚し、しばらくは祖父の両親と同居していたそうだが、ほどなくして二人とも病気を患い、数年の間に相次いで亡くなったらしい。

 それから祖父との二人暮らしを九年ほど続けたあと、グランマが二十七歳の頃、自宅の一階部分を店舗に改装し、アメリカンヴィンテージショップをオープンした。

 当時は周囲から散々反対され、白い目で見られたというが、その店は彼女が生涯を終える直前まで、ずっと続いた。


 店では、故郷で買い付けた本格的なヴィンテージの古着やアクセサリーを扱っていた。

 その筋の人たちの間では、そこそこ名の知れた店だったらしく、たまに雑誌で紹介されることもあった。


 寂れた港町にぽつんと建つ、そのド派手な店は、あたしたち親子と同じように、とにかく目立っていた。


 そんな環境で育ったにもかかわらず、母は不思議なほど質素な人だった。

 グランマの家に飾られていた、母のモデル時代の写真を見ても、派手さはなく、素の美しさで勝負しているような印象が強かった。


 あたしがまだ小さい頃、父は地元でも有名な会社に勤めていた。本社は東京にあり、父が所属していたのは地方の支社だった。

 仕事の都合で東京への出張が多く、ほとんど家に帰ってくることはなかった。

 小学校に上がる前に、両親は正式に離婚した。

 そんな経緯もあって、あたしは父の顔も名前も、ほとんど覚えていない。


「それで、実家からすぐのグランマのうちで、店の手伝いをしてるのが、小さいころは幸せだった」


 あたしは話し続けながら、ガラスの器に入ったプリンを、スプーンで掬う。アルトが買ってきたのは二つだけだった。彼は甘いものが得意ではないらしい。


 瀬奈が口を挟んだ。


「だから神羅も、同じ洋服屋さんに?」


「うん。そう。母はあたしに、とにかく目立たず、大人しくしてろとしか言わなくて。学校行かなくても怒られなかったわけ。だから、しょっちゅう学校サボって、グランマのところにいた」


 当時の様子を思い出しながら、あたしは続ける。


「これが超パワフルなばあさんでさー、髪は真っ赤なわけ。革ジャン着て、いつもアメリカンロックがかかった自慢の店で、ひとりで服売ってた。街の悪い奴ら、全員あの店行ってたんじゃないの?ってくらい、柄の悪い客しか来ない店だった。地元のヤンキーに、レッドさんって呼ばれて慕われてた」


「わあ、神羅のおばあちゃんって感じだね」


 瀬奈はプリンを食べることも忘れ、スプーンを握りしめたまま、食い入るようにあたしの話を聞いていた。


「いつもガハハハって豪快に笑ってた。私が十五歳の時に死んじゃったんだけど、最期まで自分らしく生き抜いた人だったな」


「そんな人と一緒にいたから、今のあたしが出来上がったって感じなのかも」


「そんな強力な味方が、すぐそばにいたんだね」


 瀬奈はそう言って、穏やかに笑った。その目は優しかったが、どこか陰っても見えた。


「母親に首を絞められた時も、遠のく意識の中で、ばあちゃんの笑い声が頭に響いてさ。それで我に返って、母親ぶん殴って飛び出してきた」


「えっ……お母さんに首を?」


 瀬奈が、思わず声を上げる。


「神羅の過去は、なんていうか――強烈だね」


「あはは! 強烈なのは完全にばあちゃん譲りだ」


「でも、そうやって自分の力で生きていて、格好いいなあ……」


「あんたも、親ムカつくならやってやりゃいいじゃん? 私はあの時、母親を殴ることができたからこそ、今あの人のことどうとも思ってないし」


「恨んだりもしてないの?」


「別に。会いたいとも思わないけど、もし会っても、“あー元気ー?”くらいなノリかな」


「私は、殴りたいと思うほど、親に強い感情を抱いたことがないなあ。そこまで関わってないから」


「いいね、うるさく言われずに好きなことできて、ラッキーじゃん!」


「……そう思える日が、来るのかな」


 瀬奈はそう呟くと、目を伏せた。


 その様子を見てアルトが口を開く。


「瀬奈。神羅のメンタルが、メーター振り切ってるだけだからな」


「何さ、アルト。俺は常識人です、みたいなスタンス取っちゃってさ」


「みんな、お前みたいに強くは――」


「あ、でも花瓶で殴るのはおすすめしない! 動かなかったらマジで焦るから。やるなら、せいぜいグーパンにしときな」


「瀬奈、間に受けるなよ。よい子はこいつの話を聞くな」


「だから、殴らないってば」


 あたしとアルトの軽口に、瀬奈の表情がわずかに緩み、笑いが零れた。

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