臨界、そして爆発
昼間に柄にもなく生い立ちを語ったせいか、その夜のあたしは、夢と現の狭間で過去の光景を見ていた。
視界の端が、じわじわと暗く染まっていく。
首にかかる圧が増し、喉の奥で息が止まる。
ああ、グランマ。あたしもそっちに行っちゃうのかな――
そう思った瞬間だった。
『神羅! 強く生きろよ!』
腹の底に響くような、あの笑い声が、頭の奥で弾けた。
グランマの口癖。
体が、勝手に動いた。
瞳孔を開き、喉を鳴らして空気を奪い返す。食いしばった歯の隙間から涎が漏れ、涙も鼻水も、いっぺんに溢れ出した。
多分、あの時のあたしは、人間というより、生き延びようとするただの動物だった。
獣のような顔で歯を食いしばり、フーフーと必死に呼吸をしていた。
腕を伸ばした先に、さっき揉み合った拍子に倒れた花瓶があった。
それを掴み、一心不乱に振り回すと、母の頭に当たった。
ふっと、世界が軽くなる。
母の手は首から離れ、床に倒れる音がした。あたしはしばらくゲホゲホと咳き込んでいたが、ふと母に目をやると、動いていない。
「やべ……死んだ?」
心臓に耳を当てると、しぶとく動いているようで、とりあえず安堵した。
自分の部屋へ駆け込み、クローゼットからボストンバッグをひったくる。まず最初に、仏壇に飾られていたグランマの遺影と位牌を放り込んだ。最低限生活に必要なものをかき集め、次々とバッグに詰めていく。海外旅行に行けてしまいそうなくらい大きなキャリーバッグには、グランマのショップから譲り受けた服を、詰められるだけ詰め込んだ。
グランマが、こっそりあたしだけに残してくれたお金を、ありがたく使う時が来た。
彼女が分厚い辞書を細工し、ページの真ん中をくり抜いて隠してくれていた札束を確認する。
グランマが死ぬ数日前、誰もいなくなった病室で、あたしに渡してくれたものだ。
渡された時、そのやりとりがまるでドラマで見るような、悪い人との汚い取引現場みたいで、彼女はもうすぐ死ぬというのに、たまらなくおかしくなって、二人で笑った。
辞書をぎゅっと抱きしめ、服でパンパンになったキャリーケースに押し込んだ。
――行こう。
あたしは立ち上がった。
その時、母がうめき声をあげ、もがくように体を起こした。長い髪が顔にかかり、恐ろしいお化けのようだった。
あたしは、そんな母に向かって大声で言った。
「死んでたまるか、バーカ!」
玄関このドアを勢いよく開け、走り出した。
まだ目がチカチカしていた。けれど、それすらも、何もなくて大嫌いだったこの田舎道を、輝いて見せる演出のように思えた。
草の匂いが夜気に溶ける道を、あたしは息を切らして駆け抜ける。山と海に閉じ込められたこの世界から抜け出そうと、ただ前へ走り続けるあたしは、ちっぽけで、それでも自由だった。
母親に殺されかけた直後なのに、胸が躍っていた。
あたしは今から、あたしの人生を始めるんだ!
そう叫びたい気持ちだった。
あの夜のことは、一生忘れないと思う。
あたしの物語が動き出した、記念日だからだ。




