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死に損ないたちの岸辺  作者: ぜろ
第4章
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臨界、そして爆発

 昼間に柄にもなく生い立ちを語ったせいか、その夜のあたしは、夢と(うつつ)の狭間で過去の光景を見ていた。


 視界の端が、じわじわと暗く染まっていく。

 首にかかる圧が増し、喉の奥で息が止まる。


 ああ、グランマ。あたしもそっちに行っちゃうのかな――


 そう思った瞬間だった。


『神羅! 強く生きろよ!』


 腹の底に響くような、あの笑い声が、頭の奥で弾けた。

 グランマの口癖。


 体が、勝手に動いた。


 瞳孔を開き、喉を鳴らして空気を奪い返す。食いしばった歯の隙間から涎が漏れ、涙も鼻水も、いっぺんに溢れ出した。


 多分、あの時のあたしは、人間というより、生き延びようとするただの動物だった。

 獣のような顔で歯を食いしばり、フーフーと必死に呼吸をしていた。


 腕を伸ばした先に、さっき揉み合った拍子に倒れた花瓶があった。

 それを掴み、一心不乱に振り回すと、母の頭に当たった。


 ふっと、世界が軽くなる。


 母の手は首から離れ、床に倒れる音がした。あたしはしばらくゲホゲホと咳き込んでいたが、ふと母に目をやると、動いていない。


「やべ……死んだ?」


 心臓に耳を当てると、しぶとく動いているようで、とりあえず安堵した。


 自分の部屋へ駆け込み、クローゼットからボストンバッグをひったくる。まず最初に、仏壇に飾られていたグランマの遺影と位牌を放り込んだ。最低限生活に必要なものをかき集め、次々とバッグに詰めていく。海外旅行に行けてしまいそうなくらい大きなキャリーバッグには、グランマのショップから譲り受けた服を、詰められるだけ詰め込んだ。


 グランマが、こっそりあたしだけに残してくれたお金を、ありがたく使う時が来た。


 彼女が分厚い辞書を細工し、ページの真ん中をくり抜いて隠してくれていた札束を確認する。


 グランマが死ぬ数日前、誰もいなくなった病室で、あたしに渡してくれたものだ。


 渡された時、そのやりとりがまるでドラマで見るような、悪い人との汚い取引現場みたいで、彼女はもうすぐ死ぬというのに、たまらなくおかしくなって、二人で笑った。


 辞書をぎゅっと抱きしめ、服でパンパンになったキャリーケースに押し込んだ。


――行こう。


 あたしは立ち上がった。


 その時、母がうめき声をあげ、もがくように体を起こした。長い髪が顔にかかり、恐ろしいお化けのようだった。


 あたしは、そんな母に向かって大声で言った。


「死んでたまるか、バーカ!」


 玄関このドアを勢いよく開け、走り出した。


 まだ目がチカチカしていた。けれど、それすらも、何もなくて大嫌いだったこの田舎道を、輝いて見せる演出のように思えた。


 草の匂いが夜気に溶ける道を、あたしは息を切らして駆け抜ける。山と海に閉じ込められたこの世界から抜け出そうと、ただ前へ走り続けるあたしは、ちっぽけで、それでも自由だった。


 母親に殺されかけた直後なのに、胸が躍っていた。


 あたしは今から、あたしの人生を始めるんだ!

 そう叫びたい気持ちだった。


 あの夜のことは、一生忘れないと思う。


 あたしの物語が動き出した、記念日だからだ。

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