春の三十一日
春の三十一日
朝、村は淡い靄に包まれていた。
父は畑の土を手に取り湿り気を確かめ、母は畝を見回していた。
二人は言葉少なに、朝の仕事をこなしていく。
教会では「朝」「昼」「夜」という言葉を学んだ。
神父は「人の暮らしを支える大事な言葉だ」と語り、子どもたちは静かに頷いた。
年上の子どもたちは、文字を並べて読み書きの練習をしている。
その背中はどこか頼もしく、リジィの目には少し大人びて見えた。
昼に帰ると、母と兄が畑の端で雑草を抜いていた。
リジィも手を伸ばしたが、芽と草を間違えそうになり、母に止められる。
「リジィは端を抜くといいわ」と優しく諭され、小さな手で土を掴んでは少しずつ草を抜いた。
鼻の奥に土の匂いが広がり、むせながらも手を止めなかった。
夕方、森から戻った父と共に夕食をとり、一日は静かに終わった。
はるのさんじゅういちにち はれ
あさ ひる よるを ならった
はたけのはしで ざっそうを ぬいた
春の三十二日
陽射しは一層強まり、村の広場は明るく賑わっていた。
物干しには布が並び、子どもたちの笑い声が遠くに響いている。
教会では数を学んだ。
石を並べて「いち、に、さん」と声をそろえる。
石が増えるにつれて指が足りなくなり、リジィは眉をひそめた。
隣の兄はすらすらと数え上げ、リジィは少し悔しさを覚えた。
昼すぎ、森から帰った父が抱えてきたのは、香りの強い草の束だった。
母はそれを食用と薬用に分けていく。
家の中は強い匂いに包まれ、リジィはくしゃみをした。
母は「これは体を元気にする匂いよ」と穏やかに笑った。
はるのさんじゅうににち はれ
いち に さんを ならった
においのつよい くさを かいだ
春の三十三日
朝から鳥の声が高く響きわたり、空気は春の色を濃くしていた。
この日、教会では「川」という字を学んだ。
外に広がる川を思い浮かべながら筆を走らせたが、線は大きく揺れてしまう。
神父は「水の流れのようで良い」と微笑み、リジィは胸を温かくした。
昼すぎ、畑では間引きの手伝いが行われていた。
母は「これは残して、これは抜いて」と一つひとつ教える。
リジィにはどれも同じに見えたが、母の手に合わせて芽を抜いてかごに入れた。
夕暮れ、兄と川辺で遊んでいると、教会で習った「川」という字が自然と思い浮かんだ。
言葉と景色が重なり、リジィの世界が少し広がったように感じられた。
はるのさんじゅうさんにち はれ
かわを かいた
ちいさなめを ぬいた
春の三十四日
教会では、言葉をつなげて文を作る練習が始まった。
黒板に「わたしは はたけに いきます」と書かれると、リジィはくすぐったい気持ちになった。
まるで自分の毎日を文字にされたようだったからだ。
午後、父と兄は森へ、母とリジィは畑を見回った。
土の上には小さな虫が這い、母は「これも畑を元気にする仲間よ」と教えた。
リジィが指でつつくと、虫はすぐに土に潜ってしまった。
夕方、父と兄が森から戻ると、苦味のある葉を抱えていた。
母が煎じると湯気とともに強い香りが立ちのぼる。
兄は「苦いから嫌だ」と顔をしかめたが、父は「これで体が軽くなる」と言った。
リジィはまだ口にしていないが、いずれ自分も飲むことになるのだろうと思った。
はるのさんじゅうよっか くもり
わたしは はたけに いきますを よんだ
むしを つついた
春の三十五日
空は灰色の雲に覆われ、村人たちは家の中でそれぞれの仕事をしていた。
道はぬかるみ、子どもたちは靴を汚さぬよう慎重に歩いている。
教会では「あめ」という字を学んだ。
窓を打つ雨音と重ねながら声に出して読むと、文字が心に沁み込むように感じられた。
午後、畑仕事は休みとなり、母は家で糸を紡ぎ、父は道具を修繕していた。
リジィと兄は窓から外を眺め、大粒の雨が地を叩く様子をじっと見つめていた。
土の匂いが風にのって家へと流れ込み、村全体が静かな落ち着きに包まれていた。
夕食のスープには、昨日間引いた小さな芽が浮かんでいた。
「弱い芽も役に立つのよ」と母が言った言葉を思い出し、リジィは温かなスープをすすった。
はるのさんじゅうごにち あめ
あめを かいた
あたたかいすーぷを のんだ




