春の二十日
春の二十日
冬を越した麦の畑は、雪解け水を吸って小さな緑が列をなしはじめていた。
けれども凍った地面に押し上げられた根は、浮いてしまっている。
そこで村の男たちが横並びになり、足でゆっくりと畑を踏み固めていく。
土に重みを戻すことで、麦は再びしっかりと地をつかみ、春の陽に伸びてゆけるのだ。
その様子をリジィも真似して、小さな靴で「ふん、ふん」と畑の端を踏んでみせた。
男たちは笑いながら「いい踏み手だ」と褒め、リジィは得意そうに胸を張った。
春の風に乗って、土と芽吹きの匂いが村を包みこむ。
畑の奥では、薬草を干すための縄や竿が準備されていた。
これからの季節、薬草は村の大事な財と食を支える。
村は静かに忙しく、確かな営みを取り戻していた。
はる にじゅうにち はれ
みんなで あしで ふんだ むぎ つよくなるって いわれた
春の二十一日
村の女たちは川辺や森のふちに分け入り、顔を出したばかりの草を摘んでゆく。
食べられる草と、薬になる草とを見極めての作業である。
まだ柔らかな春草は、日差しの下で乾かすと独特の香りを放ち、竿や縄に吊るされて次々と保存されていく。
リジィも小さな籠を持たされ、母の後ろをついていった。
「にがいからだめ」と教わった草を摘もうとして止められ、口を尖らせる。
それでも摘んだ草を広げると、小さな手でも役に立った気がして満足げであった。
はる にじゅういちにち はれ
かご もった でも にがいくさ とっちゃだめって いわれた
春の二十二日
昼過ぎには、集めた草を広場に持ち寄り、仕分けが行われた。
薬草は村の宝であるから、乾燥の度合いや混じりけの有無を確かめながら、丁寧に扱われる。
まだ三歳のリジィには草の違いはわからないが、干した草から漂う強い香りに顔をしかめつつ、真似をして葉をひっくり返す。
その姿に大人たちは笑い声をあげた。
畑では踏み固められた麦が、日ごとに緑を濃くしていた。
春の陽に映えるその色は、村人たちに安堵を与える。
はる にじゅうににち はれ
みんなで くさ ひっくりかえした におい くさい
春の二十三日
朝から少し冷たい風が吹き、空気は湿り気を帯びていた。
村の男たちは畑を見回り、浮いた根がないか確かめて再び足で軽く踏みつけた。
作物の成長を守るための小さな手間を惜しまない。
一方で、女たちは摘んできた草を束ね、乾かしたものを家の梁に掛けていく。
保存が効くように風通しを計りながら、次の季節に備えていく。
リジィは乾いた草の中から小さな花を見つけては「これ かわいい」と言って集め、母の腰袋に入れようとして怒られた。
それでも小さな花を胸に抱えて満足げであった。
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春の二十四日
雨が降った。
しとしとと続く雨は畑の麦を潤し、芽は一段と色濃くなった。
村人たちは畑の様子を気にしながらも、屋内での作業に専念した。
干していた草を取り込み、再び竿に掛け直して風を通す。
湿り気のせいで腐らぬようにと気を配る。
リジィは外に出られないのを退屈がり、窓辺に座って雨粒が落ちるのを眺めていた。
その目の先には、雨に洗われて光る麦畑があった。
はる にじゅうよっか あめ
そと でれない あめ いっぱい ぽたぽた
春の二十五日
雨は上がり、空気は澄んで柔らかな陽光が村を照らした。
麦は一層力強く立ち、昨日よりも背が伸びたように見える。
畑を眺める大人たちの顔は、安堵と期待に満ちていた。
森では再び草を摘む声が響く。
雨上がりの草は瑞々しく、薬にも食にもなる。
リジィは水たまりを跳ねながら母についてゆき、泥だらけの足を見せびらかした。
大人たちは笑い、村は春の営みに包まれていた。
はる にじゅうごにち はれ
どろ ぴちゃぴちゃ たのしい あし どろんこ




