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ちいさな日記帳  作者: カティオ


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春の六十日

   春の六十日


 朝から光が強く、野の草に残った雨粒がきらめいていた。

村の人々は道端の泥が乾きはじめたことに安堵の声を漏らした。

リジィは教会へ向かう途中、小石を数えながら歩いてみた。

十を超えるとやはり言葉がもつれ、兄に笑われたが、それでも声を止めなかった。


 今日の勉強は「大きな数」についての続きであった。

神父は「よんじゅう」「ごじゅう」と唱え、声を合わせさせた。

リジィには遠い響きに思えたが、数の世界が果てなく続くように感じ、胸がどきどきした。


 夜、母は保存していた豆を煮て、素朴な夕餉を整えた。

湯気の立つ椀を前に、リジィは今日学んだ「にじゅう」を繰り返し口にしながら豆を数え、兄に笑われて頬を赤らめた。


はるのろくじゅうにち はれ

じゅうをこえて にじゅうをまなんだ

もっとおおきなかずがあるときいて こころがおどった



   春の六十一日


 朝は曇り、昼前から晴れた。

畑では父が鍬をふるい、母は畦道にたまった水を掻き出していた。

リジィも泥のついた石を拾う手伝いをした。


 教会では「足し算の練習」が続いた。

神父は子どもたちに豆を渡し、「ふたつとさんでいくつ?」と問いかける。

リジィは指を折りながら答え、なんとか「ご」と声を出した。

神父に褒められると胸が熱くなり、思わず背筋を伸ばした。


 家に戻ると兄が小枝を並べ、「ふたつとさん」と口にした。リジィは今度は迷わず「ご」と答え、母が笑って見守った。


はるのろくじゅういちにち くもりのち はれ

ふたつとさんで ご

あたまのなかでかぞえるのは まだむずかしい



   春の六十二日


 強い日差しが降り注ぎ、畑の麦は青々として風に揺れた。

村の人々は「今年は実りがよい」と口にしながらも、天候の急変を恐れて空を仰いでいた。


 今日の勉強は「引き算」の続きだった。

神父は「さんからふたつをとると?」と問いかけ、リジィは指を折りながら答えを探した。

しばらく迷ったのち、ようやく「ひとつ」と口にできた。

その瞬間の達成感は胸いっぱいに広がった。


 家では母が染め布を干していた。

緑がかった草木染めの布が風に揺れ、リジィは思わず手を触れた。

その柔らかさと色合いを眺めながら、今日覚えた「ひとつ」という答えを小声で繰り返した。


はるのろくじゅうににち はれ

さんからふたつをとると ひとつ

わたしのゆびでわかるのが うれしい



   春の六十三日


 朝から曇天で、昼過ぎには小雨がぱらついた。

教会へ向かう道もぬかるみ、子どもたちは慎重に歩いた。


 神父は「数えること」と「時間」を結びつけて語った。

日が昇れば朝、頭の真上に光が来れば昼、そして日が落ちれば夜――リジィは初めて耳にするその説明を熱心に聞いた。

時間の流れを数で表せることに驚き、顔を輝かせた。


 夕暮れ、家の窓から見えた西の空は雲に赤みを帯び、母が「日は落ちていく」と告げた。

リジィは習ったばかりの言葉を胸の中で繰り返し、刻まれるように覚えていった。


はるのろくじゅうさんにち あめ

ひがのぼればあさで てんじょうにひかりがきたらひる

ひがおちればよる

ひのひかりでじかんがわかるのがふしぎ



   春の六十四日


 雲一つない青空が広がった。

畑では麦の穂が日に照らされ、村人たちが順に畦道を歩き見回った。


 今日の勉強は「十のまとまり」についてであった。

神父は小石を十個ずつまとめ、「これをひとつのまとまりとする」と教えた。

リジィは初めての考え方に戸惑いながらも、兄の助けで小石を数え直した。

十が重なることで二十、三十と広がっていくことに気づき、胸が高鳴った。


 夜、母は粗挽きの麦粉を湯で煮て、塩を少し加えた粥を出した。素朴で温かな味わいに、リジィは「ひとまとまり」と数を思い出しながら匙を運んだ。


はるのろくじゅうよっか はれ

じゅっこのまとまりをまなんだ

じゅうがふえるとおおきなかずになる



   春の六十五日


 風が強く、村の道には乾いた土が舞った。畑の麦も大きく揺れ、父が見回りに立った。


 教会では「書くこと」の復習が行われた。

神父は子どもたちに「朝」「昼」「夜」の字を示し、それぞれを板に写させた。

リジィはぎこちない手つきで木板に刻みつけ、書いた字を何度も見直した。

学んだ言葉が自分の手で形になる喜びに、瞳が輝いた。


 帰宅すると兄が同じ字を指で地面に描き、リジィも真似て描いた。

夕暮れ、空が赤く染まるころ、リジィは「よる」と土に書き、母に見せて笑顔を受け取った。


はるのろくじゅうごにち かぜ

あさひるよるのもじをかいた

わたしのてでかけるのがうれしい

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