小説ジャック2
パチッ
トン
トン
あー
あー
コトン
すまんね。
また俺だ。
今日は少し良い事があってね。
喋りたい気分なんだ。
今回はちょいと長くなりそうだから、ウイスキーもボトルで持ってきた。
どうか俺の話しを聞いてくれると嬉しい。
『小説ジャック2』
え?
お前の話を語る前に、「ハマチが消える日」の話を聞かせろ?
なんだそれは。
ん?
優のヤツが前振りだけしといて、いつまでたっても話さない?
で、気になって仕方ないと?
ああ、あの話か。
この手の話は男の俺が語っても理屈っぽくなるだけで、あまり楽しめないと思うがいいかい?
そうか、じゃあ仕方ない。
今日はたんまり俺の昔話に付き合ってもらうかわりに、あんたらのリクエストを聞くとするよ。
あんたらハマチって知ってるか?
ああ、その通り。
名前の変わる出世魚の名前で、ブリの一つ前さ。
事の始まりはそう、2年くらい前かな。
俺がこの街に戻って来て店をオープンさせた頃の話だ。
俺は毎朝仕入れに走るんだが、その時市場とスーパーを回る。
日課的には、公設市場、スーパー3軒、あとは肉屋とパン屋だな。
これを大体、毎朝一時間半くらいかけて回ってるんだ。
そこで一目惚れした物だけ買ってきて、気が向くままの献立を立てるのさ。
ああ、風まかせな店だからね。
スーパーと市場は重複してもあまり意味がないって?
いや、そうでもない。
独自のルートを持ってるスーパーが多いんでな、市場にない面白い物もたまにある。
それで二年前にとあるスーパーに行った時、鮮魚コーナーにハマチが置いていない事に気が付いたのさ。
その前の月くらいまでは良く見たんだけどな、同じ売り場でハマチを。
気になって違う二軒のスーパーの鮮魚コーナーを見たんだが、やっぱりハマチは置いてなかった。
うちらの街からハマチが消えたのさ。
ひょっとしたら、これは北陸に近い中部地方のうちらの街だからかも知れないが、実はあんたらの街でも起きている事なんじゃないか?
ここ二年、うちらの街のスーパーにはハマチが店頭に並んだ事がないんだ。
その代わり高級志向なのか、とあるブランドブリが急に売り場で幅をきかせるようになってきた。
「がんどブリ」
というブランドブリでな。
気にして見てみると、他の三軒のスーパーでもある時期を境にこの「がんどブリ」コーナーが途端に増えたのさ。
なんかハマチのヤツが哀れでな。
「ブリは超高級魚で、なかなか口には入らないけれど
少し小ぶりのハマチならお財布にも優しくて食卓の見方。」
そうやって長年頑張って日本の食卓を守ってきたのに、ある日を境に高級志向の養殖ブランドブリにその座を奪われちまったんだぜ?
な?
可哀想だろ?
でも違ったんだ。
この急に勢力を強めた「がんどブリ」自体が実は「ハマチ」だったのさ。
そう。
ハマチはある日突然改名したんだ。
理由はまあ、少し考えれば大体見当が付く。
ようは「名前と品質のギャップ」だ。
あまりにも長年頑張って食卓を守り続けたハマチは、その頑張りが祟って「B級魚」という印象が強く着いちまったんだ。
諸説あるが、体長60cmを超えるとこの魚は「ブリ」と呼ばれ始める。
だから、体長59センチは世間一般的な認識では「ハマチ」だ。
可哀想だろ?
この1センチの差で高級魚とB級魚に別れるんだぜ?
だからB級魚に思われないように改名したのさ。
まあ、ハマチ程名の売れた魚が、ある日突然
「印象が悪いから」
と言って人知れず改名しちまってもいいのか?
国の基準とかないのか?
という疑問はあるものの、ハマチとしては大出世だ。
「がんどブリ」
名前に「ブリ」が付いたんだからな。
一気に高級感が増したんだ。
頑張りが認められたって感じだよな?
でも実は違ったのさ。
実はうちらを騙していたのは健気で頑張り屋の「ハマチ」の方だったんだ。
ああ、ハマチのヤツは日本中を巻き込んだ大嘘を見事に突き通したのさ。
意味がわからん?
ああ、そうだと思うぜ。
実はな
「ブリの一つ前がハマチ」
という全国的な共通認識。
それ自体が嘘っぱちだったのさ。
俺たちは見事にハマチに騙されてたのさ。
実はブリという出世魚は面白くてな。
最終的にはどの地域でも「ブリ」に到達するんだが、それまでの呼び名は実は地方地方でバラバラなのさ。
意外だろ?
実は東日本ではブリの出世段階に「ハマチ」という呼び名が無いんだ。
関東での本来のそのサイズのブリの呼び名は「イナダ」なんだ。
ちなみにブリの一つ前は「ワラサ」だな。
そう、関東ではブリの出世は
ワカシ-イナダーワラサーブリ
なのさ。
ほら?
ハマチが居ないだろ?
関東から上には、そもそもハマチって魚が存在していないんだ。
じゃあ、ハマチは何処から来た?
というと、西日本だ。
西日本ではブリの出世の段階で「ハマチ」と呼ぶ地域が割りとある。
だが、ここでもまた可笑しな問題が起こる。
というのはだな、確かに西日本ではブリの小さいのを「ハマチ」と呼ぶ地域は多いのだが、そのほとんどが、体長40cm未満の小さな魚を指して「ハマチ」と呼んでいるのさ。
これはブリの1つ手前どころのサイズではないんだ。
2つも3つも前のサイズなのさ。
じゃあ、俺達日本人の持つ共通認識
「食卓の見方、ブリの一つ手前のハマチ」
という大きな勘違いは何処からきたのか?
その正体は養殖ブリだ。
実は養殖のブリを指して「ハマチ」と呼ぶ事は多い。
だから
「天然物の超高級魚「ブリ」はなかなか口に入らないが
養殖物の「ハマチ」ならお財布にも優しくて食卓の味方。」
というのが本来の話だったんだ。
それがどこでこんがらがったのか、「ブリの一つ前がハマチ」と
日本中が勘違いしてしまったのさ。
だから近年60cm未満のブリを指して、急に「ハマチ」という言葉を使わなくなった。
ブリで有名な北陸の富山だと、ブリの手前は「がんどブリ」さ。
実は本来の呼び名に戻っただけだったんだ。
どうだい?
男の俺が話しても理屈っぽいだけで面白くないだろ?
こういうのは女のあいつが
ねえ!
ちょっと聞いてくださいよ!
最近ね、スーパーからハマチが消えたんですよ!
え?
本当ですよ。
もう、私びっくりしちゃって。
それでね、その代わりに
「がんどブリ」
とかいう、何やら気取った名前のブランドブリが売り場に並んでるじゃないですか?
なんかあたし、ハマチ君が可哀想で、可哀想で!
ね?
皆さんもそう思いません!?
って話すから面白いのさ。
なに?
ものまねが似てるだって?
そうかい?
まあ、あいつとも付き合いが長いからな。
ものまねくらいだったら、俺だって出来るさ。
まあ、普段はやらないけどな。
まあそんな感じで、ハマチの話しはここまでだ。
これからはちょっと長くなるが俺の思い出話でも聞いてやってくれ。




