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ちょっと大人な私達の日常  作者: にしやま そう
吉乃ちゃんとおばあちゃん先生
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吉乃ちゃんとおばあちゃん先生(Ⅱ) 引き継がれる想い

この寺町てらまちと呼ばれる旧市街の山の手が、街の中心として栄えたのはもう随分と昔の事なのだそうです。


私達の街の歴史は古く、この地は古くは江戸時代以前から、山の温泉場として賑わっていたのだそうです。

当時の街の中心がここらへん旧市街になります。

そして、私達の街の数少ない観光名所でもあるのです。


でも、この寺町巡りと言われる観光が賑わっていたのも、随分と昔の話しです。

近年、交通の便が良くなって、この山奥へのアクセスも良くなると、昼間は他所の観光地で遊んで、夕方からこの温泉街にやって来る。 

というお客様が増えてしまいました。


「がっつり一日この街でのんびりする。」


というお客様が減ってしまったのです。

まあ、日中の観光をしようにも、寺町では少々地味ですしね。

わりと近場に世界遺産に認定された村もありますし、仕方ない事のような気がします。


ただ、面白い現象も起きています。


それはここ数年、ここ寺町でめっきり観光のお客様の姿を見なくなったのに反比例して、外国人観光客の方の姿が多く目につくようになったのです。


やっぱり外国人の方にはこの寺町は、異国情緒に溢れてていいんでしょうね。


これには客離れが進んでいた観光関連のお店も大喜びでした。

実際、週末はお土産物屋さんでアルバイトしているともえちゃんなんかは


「優さん!

 バイトしてると、日本人より外国人の方が多いんですよ!

 まるで私が逆に外国に来てるんじゃないか?

 って不安になっちゃうんですよ!」


なんて面白い事を言っていました。


そう言えば、さっきだって、この石段を登り始める前に、寺町の入り口にある神社でお賽銭をあげて柏手を打っていたのは、数人の外国人のグループでした。


ちゃんと二礼二拍手一礼にれいにはくしゅいちれいしてたのが横目で見えて、あたし驚いちゃいました。

凄いですよね?

最近じゃ、ちゃんと出来る若い人が減ってきてるっていうのに。


先日の和食のお醤油の使い方の件もそうですし、最近ではお店の方から

「お寿司に直接お醤油をかけて食べて下さい。」

なんておすすめする所もあるんですって。

本来食文化を守る側のお店が、嘘教えてるんですよ?

ビックリです。



せっかく和食が無形の世界遺産に認定されたのに、

「世界で一番、日本人が和食を食べるのが汚い。」

とか

「日本人が、一番 『和』を知らない。」

なんて笑われちゃう日がいつか来そうで怖いです。



あら。

やだ。

なんだか私、大番頭みたいな事言ってます・・





大番頭・・


本当に英語が苦手な方でした。


普段はとっても怖い顔をしていて、身体だって柔道の有段者らしくガッチリしていたのに、外国からのお客様がフロントに現れると


「な、長沼君・・

 ちょっといいかな?」


とか


「び、尾折君・・

 ちょっとこっちお願い出来るかな?」


なんて言って、すぐに私達にお客様をなすり付けて、自分は荷物運びに専念していました。

そんなお茶目な一面もある方でした。


小学生の頃、初めて大番頭に会った時は

「なんて怖い顔のおじちゃんなんだろう・・」

と、震えていたものですが、実際は違いました。

いや、怖いには怖い顔なんですけどね、一度お客様の前に出るととにかく腰が低くて、怖いはずの顔だってくしゃくしゃにしてよく笑う方でした。



・・本当は、もっといっぱい教えてもらいたかったのにな。






吉乃ちゃんが東京の大学に進学してからというもの、それまでの温かくて、緩やかな日常が「幻だったのではないか?」 と、思えるくらい色んな事が起きました。


吉乃ちゃんが大学生になった年の梅雨の頃、大番頭は急に鼻血を出す事が増えました。

最初のうちはね、おばちゃんも多い職場ですし、


「あら? 倉田さんもまだまだ若いのね。」


「ははははは!

 まだまだ若い男には負けはせんよ!」


のような、ちょっと下ネタとも思える冗談のネタになっていたのですが、気が付くと大番頭が私達に隠れるようにして、鼻の奥深くに隠すようにティッシュを詰めている姿が目立つようになりました。

その頃になって、私達はようやく心配を始めたのです。


「バカモン!

 ワシは元気だ!

 病院など行くか!」


と言う大番頭を、私と沼さんでなだめるようにして病院まで連れて行くと、そのまま入院する事になってしまったのです。


・・ん?

そう言えば、あの時の内科の先生・・

あ。

やっぱりお蕎麦屋の先生だ・・。



大番頭が入院されて、私の仕事は一気に増えました。

それまで、どれだけ私が大番頭に甘えていて、どれだけ大番頭に守られていたのか痛感しました。


代理店からの予約の管理。

毎日の部屋割りとシフトの管理。

緊急時の対応に、ボイラー管理。

お客様の送迎に、荷物持ち。

売店の商品管理に、レジの売上管理。

無論、お風呂掃除に、毎日の夕食のサポート。


確かにそれまでも、大番頭がお休みの日なんかにはやっていた仕事ではあったのですが、こうも長くお宿を空ける事が無かった大番頭です。

連日の大番頭仕事で、私は目が回るばかりの忙しさでした。


もちろん沼さんも、合間を見て私を手伝って下さいましたが、その頃は夏を控えた営業のピークでもあったので、やはり仕事の大半を私が被る事になったのです。


大女将も、そんな私を心配して


「優ちゃん、大丈夫?

 若いからって、あまり無理しないでね・・」


と、よく優しい声を掛けてくださったものです。

私はもちろん、目一杯の空元気で笑いました。





最初は大番頭も

「血圧が高い上に、疲労が溜まっとるらしい。

ちょっとの間だけ留守を頼む。」


と、おっしゃっていたので、私はすぐ戻られる物だと思って、それを希望にとにかく頑張りました。

この頃は、ほとんど宿直室が自分の部屋みたいになってましたね。

かろうじて家に帰れた日だって、玄関先で靴を脱ぎながら寝てて、驚いたお母さんに起こされた。

なんて日もありました。


私の性分なんでしょうね。

「逃げ出す。」

なんてこれっぽっちも頭にありませんでした。

私が一番若いですし、なんとか私が走り回って、大番頭が戻るまでの間お宿を守ろう。

って必死になってました。



そんな時、有難かったのは吉乃ちゃんです。


思いのほか入院が長くなって戻って来れない大番頭に代わって、少し早めに夏休みを取ってくれた吉乃ちゃんが東京から戻って来てくれたのです。


あの時の吉乃ちゃんは、本当に天使に見えました。


吉乃ちゃんは主に、フロント周りと伝票整理を中心に私をいっぱい手伝ってくれました。


「優姉!

 困った時はお互い様なんだからね!」


なんて言って、スーツ姿でフロントに立ってくれたのです。

ほんと、スーツを着た天使でした。



あ。

そう言えばこの頃、珍しく・・というか、初めて吉乃ちゃんから恋愛の相談を受けました。

あたしもう、ビックリで。


どうやら東京の大学に進学してしばらくして、生まれて初めての告白を受けたのだそうです。

どんな人かと尋ねてみると、

「同じサークルの1つ上の先輩」

なのだそうです。

どうやら仲の良いグループの一人ではあるらしいのですが、直接話した事はあまりない人なんだそうです。


ただ、それまで「長谷川吉乃を守る会」なんていう秘密結社の暗躍によって、誰からも告白をされた事のない吉乃ちゃんは、生まれて初めての告白にかなり動揺してしまったそうです。

そして、困ってちゃんとお返事も出来ないまま、早めの夏休みでこの街に戻ってきてしまった事を悩んでいたのです。


吉乃ちゃんのその気持、よく分かります。

いきなりの告白って、困りますよね?

私には分かります。

恋愛に疎い私でも、こればっかりは痛いくらいに経験しましたもん。


でも、私には出来ませんでしたが、やっぱり返事だけは早めにしっかりしておいたほうが良いと思うのです。 私はあの一件で随分後悔しました、色々と。

なので、この吉乃ちゃんの相談に対して


「やっぱり、あまり知らない人とはいきなり付き合うのは無理だよ。

 でも、これもご縁だしね。

 『お付き合い』は無理だけど、まずは『お友達の一人』として、

 これからいっぱい話してみればいいんじゃないかな?」


と、真剣に答えたわりには、割とありきたりなアドバイスをしたのでした。


だけど、そんな程度のアドバイスだったのでしたが、吉乃ちゃんはとっても喜んでくれました。 そして


「うん!ありがとう優姉!

 夏休み終わったら、ちゃんとそう言うね!

 やっぱり優姉に相談してよかったよ!」


なんて言ってくれたのです。



そう言えば、このアドバイスに対しての「吉乃からのお礼!」として、午前中だけ吉乃ちゃんが慣れない番頭業を交代してくれた事がありました。


大番頭が入院されてから、もうすぐ2ヶ月。

8月ももうすぐお盆の繁忙期がやってくる。

という時期でした。


その時、私は初めて大番頭のお見舞いに行きました。


お見舞いって言っても、恥ずかしい話しほとんど手ぶらで、しかも旅館のハッピ姿でだったのですが。


いや、午前中代わってくれると言っても、やっぱり吉乃ちゃんが心配じゃないですか?

だから、普通にハッピを着てフロントに出たら、凄い剣幕で吉乃ちゃんに怒られちゃって、そのまま追い出されてしまったのです。


それで急に時間が出来ちゃったので、大番頭のお見舞いに行く事にしたんです。



病室は個室で、隆二のお母さんが付き添いでいらしてました。

壁にはお宿の青いハッピがハンガーに掛けて飾ってありました。

たぶん、願掛けのお守りなんでしょうね。

こんな病室にまでハッピを飾るとか、いかにも大番頭らしいです。



大番頭は、多少やつれた感じではありましたが、ハッピ姿の私を見ると


「忙しい最中だというのに、留守にしてしまってすまん。」


と、少し申し訳なさそうにしながらも、とても喜んでくれました。



私は、今までどれだけ大番頭に守られていたのかを痛感した事。

最初の半月ばかり、とにかく大変で大変で死にそうだった事。

それでも皆が助けてくれて、なんとかなった事。

今は吉乃ちゃんが夏休みで戻って来てて、随分仕事が楽になった事。

そしてその吉乃ちゃんの計らいで、ようやくお見舞いに来れた事なんかを、

気がついたら延々一人で喋ってしまいました。



そんな私に、隆二のお母さんは


「優ちゃん、そんなにいっぺんに沢山喋ったら、喉が乾いたんじゃない?」


と、笑って、旬の桃を剥いてくれました。

その桃が水々しくって美味しくて、私は感動してしまいました。

そして、ふとある事に気が付いて、


「やだ、あたし!

 お見舞い持ってきてないのに、逆にお見舞いのフルーツご馳走になっちゃった!」


と口に出してしまったのです。


皆が笑いました。

大番頭も本当に楽しそうに笑ってくれました。




「ところで尾折・・

 お前、そのハッピ、なんとかならんのか?」




突然大番頭がそんな事を私に言いました。

慌てて私が着ているハッピに目をやると、まあ、これが恥ずかしいいのなんのって・・


ここ2ヶ月の激務で、そこら中引っ掛けて破れているわ、汚れているわ。

汚れがあまり目立たない青色のハッピだからまだ良かったですが、これが白いだったら、とんでもないヨゴレハッピです・・



「母さん。

 そこの壁に掛けてあるハッピを取ってくれないか。」



大番頭がそう言いました。

そして隆二のお母さんが、壁に掛けてあったお守り代わりのお宿のハッピを手に取ると、大番頭に手渡しました。




「ほら、尾折。

 早くその汚いハッピを脱ぎなさい。」


「いや、その。

 さすがにそれは申し訳ないですよ。

 だって、快気の願掛けなんでしょ?

 そのハッピ?

 それに大番頭のハッピなんて申し訳なくて袖通せないですよ。」




と、私が恐縮がると




「いいんだ。

 これでいいんだ。

 お前だからいいんだ。」




そう言って、ベッドから身体を起こすと、ご自分で私にハッピを着せてくれたのです。


大番頭のハッピは少し大きくて、ハッピの中で身体が泳いでしまいそうでした。

胸の内ポケットには「倉田」という白い刺繍がしてありました。




「尾折。

 お宿は任せたぞ。」




大番頭が笑っています。


私はてっきり、この夏のお盆週間、自分は戻れないけどその間「お宿は任せたぞ。」と、おっしゃったのだと思い、思いっきりの笑顔とガッツポーズで




「まかしといてください!!」




と、返事をしたのです。










そしてその一週間後。

その年の8月14日。


お宿が一年でも一番忙しい日に、復帰の夢も叶わず大番頭は帰らぬ人となりました。














第三十五話

『吉乃ちゃんとおばあちゃん先生 (Ⅱ)』


引き継がれる想い













最後まで皆を心配して、自分の病気については『高血圧だ』と言い張っておられましたが、実は悪性の腫瘍がリンパを伝って頭にまで転移した、末期の癌だったのだそうです。


その訃報を聞いて、私は目の前が真っ暗になりました。

足にも力が入らず、まるで腰が抜けてしまったように倒れそうになりましたが


「尾折、宿を任せたぞ。」


私にかけられた大番頭の最後の言葉と、笑いながら私を見る、真っ直ぐな目が思い出されて、ギュッと唇を噛み締めて倒れそうになる身体を支えました。


実はお恥ずかしながら、その頃の記憶があまりハッキリと残っていません。


「大変だったなあ。」

「辛かったなあ。」


という思いは覚えているのですが、細かくどういう風に過ごしていたか?

という部分がぼやけてて思い出せないのです。


吉乃ちゃんや、上村のおばちゃんの話しを聞くと、


「死にそうな顔で、毎日苦しそうに働いていた。」


とか


「痛々しすぎて、声もかけてあげられなかった。」


なんて言うんですけどね・・

ほんと、あんまり覚えてないんです。


はっきりと覚えているのは・・

そうですね。

あの時の事はよく覚えています。


土砂降りの夕立の中、家へと続く農道をずぶ濡れになりながらヘッドライトの無いVTZを押す隆二の姿です。

そして私達はVTZを修理して、私は走りだしました。


それからの事ははっきりと覚えてますよ。


お宿は火が消えたみたいになっていました。

あんなに笑うのが好きだった大女将も、すっかり笑わなくなってしまいました。

もちろん大女将だけではなく、上村のおばちゃんも、板場の松さんだって、本当に辛そうな顔をしていたのです。


だから私は笑いました。

皆の分も笑って、走り回って、働きました。


「脳天気」って言われたっていいです。


「恩知らず」って怒られたっていいです。


「感情が欠落してるんじゃない?」ってバカにされたって構わないと思いました。


とにかく私は、大番頭から授かったハッピの襟をギュっと握りしめて、誰よりも笑い、誰よりも走り、誰よりも冗談を言いながら毎日を過ごしました。






そして冬が来て、また春が来たのです。







私が今歩いている石段は、この街でも一番古い霊園の石段です。

私達の街が見下ろせる小高い山が、まるっと霊園になっているのです。


でも、不思議な事に、山の反対側。

つまりは街が見えない方にはお墓がありません。

全てのお墓が斜面に沿って並んでいて、私達の街を見下ろせるようになっているのです。

たぶん、ずっと昔から、自分がいなくなってもこの街を見守っていきたい。

という人々の願いが込められているんでしょうね。



ちらりと横目に、大番頭が眠る倉田家のお墓が見えました。


「大番頭。

 今日は先に大女将に会いに行きますね。

 あ。

 ちゃんと安心してくださいよ。

 大番頭の分も買ってきましたから!」


私はそう呟くと、右手にぶら下げたコンビニの袋を少し持ち上げて、お墓から見えやすいようにかざしました。


「あ、それと大番頭?

 最近うちのお父さん寂しそうですよ。

 お月さん見ながら一人で晩酌してますよ。

 たまには一緒に飲んであげてくださいね。」




私はそう付け加えて、また石段を進みました。






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