釜ノ瀬リターンズ(Ⅳ) 決着
「お父さん。
枝豆蒸し上がったよ~。」
「お!
すまんな優!」
「うん!
地物枝付き、きっちり2分30秒蒸し!
味は岩塩のみ!」
「お!
やっぱり蒸し枝豆は旨いからなあ。
煮ると、どうしても旨味がお湯に逃げる!」
「って、あれ?
お父さん、またそのビデオ見てたの?
いい加減テープ擦り切れちゃうよ?」
「1989年 鈴鹿。
伝説のドッグファイト。
お父さんの一番好きなレースさ!
これを見ながらの枝豆とビール。
最高だなぁ~。」
「その赤い日の丸みたいなバイクの「3」の人と、
水色の日の丸の「34」の人のドッグファイト?」
「そうそう!」
「お父さんはどっちの選手が好きだったの?」
「お父さんはやっぱり「34」の人だなあ。」
「お父さんのヒーローだったの?」
「ヒーロー?
ヒーローじゃないなあ・・。
ヒーローと言えばむしろ赤い方の「3」の人さ。
ハリウッドスターのようなイイ男で、
ミスのないコンピューターのような走り。
走れば必ず表彰台。
この年は3番つけてたけど、その後3年、ゼッケン1を着け続けた
無敵の世界チャンプさ。」
「す、すご・・
で、34の人は?」
「彼は『ヒーロー』なんて言う、凄く見上げるようなタイプの人ではなくて。
そうだな。
うちらの仲間、うちらの代表。
って感じかな?
ヒーローはヒーローでも
等身大ヒーローさ。
よく笑い、よく泣いて、情にもろくて、友情に厚い。
森の石松というか、少年漫画の主人公というか。
走ればめっぽう早いが、とにかく荒削り。
完走するより転倒リタイヤする方が多いんじゃないか?ってお祭り男でね。
世界中が近所の兄ちゃんを応援するみたいに、彼を応援したもんさ。」
「なんか、3番の人と真逆だね。」
「そうそう!
そうなの!
方や完璧王者と、それを追っかける劣等生。
二人は犬猿の仲でさ。
『俺はあいつを抜いてチャンピオンになるまで34番をつけ続ける!』
ってね。
ほら、ゼッケンって、前年度の成績なのよ。
2番とか3番だって十分凄い成績なのに、1番取るまで34番のままでいい!
ってね。」
「へぇ~
それで34の人、世界一になれたの?」
「ああ・・
なったよ。
結局3番の人を抜けないままね・・。」
「・・え?
抜いてないのにチャンピオンになったの??」
「あの年は、この二人の1位2位争いでね。
結局シーズン終盤までもつれ込んで、
どっちがチャンピオンになるか分からなかったんだ。
それくらいの接戦でね。
残り数戦というレースで、コンピューターのような完璧チャンプが
珍しく転倒してしまったのさ。」
「あちゃー・・」
「普段めったに転ばない人だったのにね。
打ちどころが悪くて、半身不随になっちゃったんだよ。
そしてレーサー生命が絶たれてしまったのさ。
そして皮肉な事に、3番の彼が再起不能になった瞬間に、
34番の世界チャンピオンが決定してしまったのさ。
結局追い続けた背中を抜けないままね・・。」
「それって・・」
「ああ。
彼は泣いたさ。
『あいつを失ってまで、俺はチャンピオンになんてなりたくなかったんだ・・
お願いだ、世界チャンプなんて返上するから、あいつの怪我を治してくれ・・』
ってね。」
「本当に少年漫画みたいだね・・
それ・・。」
「ああ。
バイクレースが一番面白かった時代さ。
それでまた、この34番の人のライディングフォームが独特でね・・」
※実話です。
ご興味のある方は
「89 鈴鹿 シュワンツ バトル」
で、動画検索してください。
釜ノ瀬リターンズ(Ⅳ)
決着
さっきまでの慌ただしいバトルが嘘のように、私達は秋の景色の中を流れるように走っていました。
前を行く釜ノ瀬さんは、直線なのにぴょこたんぴょこたんと、バイクに跨ったまま、立ったり座ったりを繰り返しています。
たぶん次の登りに向けて、気合を入れているのでしょう。
一つ目の峠を越えてみた感じ、下りをあのペースで頑張れば、高笑いが消えた状態の釜ノ瀬さんに大きく離される事は無さそうです。
となれば、登りで勝負をかけるべきだと私は思いました。
登りでなんとか抜いたら、SEEDのパワーで引き離す。
そしてその差を維持したまま下りをやり過ごす。
下りで抜くのは到底無理そうなので、やっぱりこの手しか無さそうです。
ただ、口で言うのは簡単ですが
「登りでなんとか抜く。」
の、「なんとか」が問題です。
どうやって?
です。
手っ取り早くて確実なのは、登りの直線。
そこで一気に爆発的な加速を活かして抜くしか無さそうです。
とりあえず、
頑張れあたし!
頑張れSEED!
次の峠が正念場です。
ポツポツと、大きな民家が並ぶ集落の区間が過ぎると、真っ直ぐ伸びた農道は、そのまま緩やかな弧を描きながら山の木々の間に消えています。
釜ノ瀬さんが、再び加速を始めました。
私もグッと体を縮めて、背中を丸めると、ペンと一回空ぶかししてギアを落としました。
私はまた加速しながら前を走るテールランプを睨みました。
最初の緩いカーブ地帯をヒラリ、ヒラリとモタードは上って行きます。
私はそれを虎視眈々と追走します。
また景色が流れ出し、吹く風も体を叩きつけます。
この緩いカーブ地帯が終わると、少し長い直線があります。
そしてまた緩いカーブ地帯に入って、連続ヘアピンへと続くのです。
さすがにカーブが早いモタードをカーブで抜くのは無理でしょうから、実質次の少し長めの直線地帯が勝負どころとなるはずです。
私はゴクリと唾を飲み込みました。
一つ目の峠の時と比べると、このスピードにも慣れたのか?
はたまた引き離されなかった事で心に余裕が生まれたのか?
私ははやる気持ちのまま、どこか冷静に釜ノ瀬さんのテールランプを眺めていました。
釜ノ瀬さんは本当に流れるように緩いカーブを、早いスピードのまま流れるように走っています。
それが釜ノ瀬さんだからなのか、モタードだからなのか、なんとも独特な曲がり方です。
普段見慣れた、隆二や道洞君達のように、カーブの一番内側をえぐるようにしゃかりきに走るのではなくて、本当に小川を流れる木の葉みたいにサラサラとカーブを流れて行くのです。
視界の先に緩いカーブ地帯の終わりが見えて来ます。
左、右、と曲がれば運命の直線です。
私はまるで弓の弦をぎりぎりまで引くように、気合を貯めこみながら、緩いカーブを越えて行きます。
そして右カーブが終わると同時に、弓を放つどっかん加速でいっちゃいます!
カーブ明けの加速勝負ならSEEDの勝ちです。
そんな矢先、まだまだカーブ地帯の途中だと言うのに、釜ノ瀬さんのモタードが更なる加速を始めたのです。
まるで直線を爆走するようなスピードで、どんどんカーブで加速する釜ノ瀬さん。
私との差が開いていきます。
やられました!
カーブの出口に照準を絞っていた私は、完全に出遅れてしまいました。
釜ノ瀬さんの背中がみるみる小さくなって行きます。
私は慌てて、カーブが終ると同時に貯めに貯めた気合を一気に解き放って加速します。
今日一番の加速。
今日一番のスピードです。
甲高いSEEDの排気音が森の中に響き渡ります。
背中を丸める私の上を、物凄い勢いで空気が流れて行きます。
ステアリングダンパーは付いていますが、それでもハンドルにしがみつく手がビリビリと震えます。
私は今まで封印していたタコメーターの「7」より上を開放していました。
メーターの針はすでに8を越えています。
ジリジリと開いた距離が縮まって、釜ノ瀬さんの背中が近づきました。
でもダメです!!
完全に今の私の方が圧倒的に早いスピードが出ていますが、このままでは直線が終るまでに抜ききれません!
このスピードで次の緩いカーブ地帯に突入したら、確実に私では曲がり切れません・・
手を伸ばせば、もう触れそうなくらいな所に釜ノ瀬さんがいるのに・・
私は泣く泣くアクセルを握る右手の力を緩めると、ブレーキをかけました。
叫ぶようなSEEDの排気音と、メーターの針がどんどん落ちて行きました。
完全にしてやられました・・
釜ノ瀬さんの作戦勝ちです・・
そりゃあ、天真爛漫で脳天気に見える釜ノ瀬さんですが、頭の良いエリートです。
私がこの直線で仕掛けてくるのなんて、きっとお見通しだったに違いありません・・
先手を打たれてしまいました。
唯一の抜きどころのこの直線で、私は釜ノ瀬さんのフェイントもどきの先行逃げ切りを許してしまったのです。
釜ノ瀬さんは見えるか、見えないかの小さなガッツポーズを作りながらカーブに入って行きます。
きっと勝利を確信したんでしょうね・・
なんだか悔しいです。
「負けた方が、勝った方の言う事何でも1つ聞く・・かあ・・」
思わずそんな独り言が口から漏れてしまいます。
「勝負はまだ終わったわけじゃない!」
そうやって自分を叱咤するのですが、なんだかその行為すら虚しく感じてしまいます。
大きなため息が出てしまいました。
そんな時、目の前のテールランプがグラリと揺れました。
どうやら釜ノ瀬さん、小さなガッツポーズのままカーブに入っちゃったから、慌ててハンドル握ったみたいです。
ちょっとだけザマアミロです。
ふわりと膨らんだ釜ノ瀬さんのモタードは、そのままカーブを越えて行きます。
一瞬ビックリしたけれど、何て事はありません。
結局いつもと同じ流れるようなラインでカーブを曲がって行きました。
・・ん?
何か違和感のような物が頭を過ります。
その違和感の正体は分かりませんが、なんだかこれって勝負の鍵のような気がします。
ええ。
勝負はまだまだこれからなのかも知れません!
私は切れかけた集中力に、もう一度ムチを入れます。
うん。
ひょっとしたら行けるかもしれない。
そんな気がしてなりません。
私はもう一度背中を丸めると、SEEDのアクセルを強く握りました。
ペーン!
またSEEDが甲高い声で笑いました。
私は何となく気が付いた勝利の鍵の正体を知るために、今まで以上に真剣にモタードのテールランプを睨みました。
でも、今度はテールランプだけではありません。
釜ノ瀬さんの右足、左足の動きにも注目します。
一度勝利を確信した様子だった釜ノ瀬さんでしたが、背後でSEEDが甲高いエンジン音になったのに気付いたようです。 また加速を始めました。
スルスルとスピードを乗せながら、モタードは緩いカーブ地帯を流れるように抜けて行きます。
まるでそこにカーブなんてないように、車体の軽さと、重心の高さ、そしてタイヤのグリップ力で、ほとんどギアも落とさないままカーブを駆け抜けて行きます。
うん。
そうだ。
やっぱりそうだ。
私達は、並んだまま緩いカーブ地帯を抜けて、短い直線に入りました。
これが終わるとヘアピン地帯へと突入です。
私が感じた違和感の正体が正しいなら、次の右ヘアピンで、何かしらの答えが見えるはずです!
私はそれを信じて、ギアを一つ落として短い直線を猛ダッシュしました。
釜ノ瀬さんも、負けじとダッシュします。
さすがにこの短い直線では抜くことは無理です。
だけど、問題は次のヘアピンなのです。
あと少しで釜ノ瀬さんの後輪と、私の前輪が当ってしまいそうな距離のまま、私達は右ヘアピンへと入って行きました。
私はギアを二つ落として、お尻を半分シートからズラすと、SEEDのアクセルを開けました。
今まではここでカーブの一番深い場所を睨むようにして曲がっていましたが、今回は少し違います。
見つめるのは釜ノ瀬さんの挙動のみです!
私程減速しない釜ノ瀬さんは、瞬時にオートバイ2台分くらい先に進んでいます。
そしてそのままヘアピンを曲がっていくのですが・・
やっぱりです!
今まで流れるように見えていた釜ノ瀬さんのカーブの運転!
本当に流れています!
遠心力に逆らわない乗り方で、カーブの途中からすでにアウト側に流れています!
これです!
私がさっき感じた違和感!
慣れ親しんだ、皆とは全然取るラインが違うのは分かっていたのですが、
釜ノ瀬さん、カーブで大きく膨れてるんです!
完全にカーブの深い所で、内側にバイク2台分以上の隙間が出来ています!
そこ、通れます!
余裕で通り抜けれます!
ただし、カーブの減速で差を広げられなかったら・・の話しですが・・
どうしても減速してしまう私と、しない釜ノ瀬さんでは、瞬時に差が開いてしまいます。
その差を埋めるには・・
やっぱりあれか・・
私は息を大きく吸い込んで覚悟を決めました。
一つ目のヘアピンの出口が見え始めた辺りで、私はSEEDのアクセルを思い切り開けました。
ズンと体がズレながらカーブを立ち上がって行きます。
「よし!
あたし、やります!!」
私は大きく叫んで気合を入れると、背中を丸めてペタンと胸までSEEDのタンクにくっつけました!
吉乃ちゃんや、麻子ちゃんでは、ここまで綺麗に胸がタンクに付かないでしょう!
私!
勝利!
体格の勝利です!
SEEDが爆発的な加速で次のヘアピンまでの短い直線を加速します。
一つ目のヘアピンで少し空いた距離も、一気に詰まります。
ぐんぐんぐんぐん次の左のヘアピンが近づいてきます。
でもまだ我慢で加速です!
もうそこまでヘアピンが飛んできました!
(そうそう優!
この34の人はライディングフォームも独特でね。
皆がヘアピンに向かって背中を丸めて突っ込んで行く中、
一人だけ、まるで帆船が帆を広げるように、体を起こして
カーブに突っ込んで行くんだよ。)
私は丸めていた背を、ぐっと起こしました!
突如、とんでもない風が体に当たります!
それでも私めげません!
まるで自分の体がヨットの帆になったみたいに、全身で風受けます!
それと同時に、クラッチ2回の、空ぶかし2回ペンペン!
それに合わせてシフトダウン2回、トントンです!
(そして、異様に長い足をくの字に折って、
膝をわざとらしいくらいに真横に突き出すのさ)
前輪ブレーキダブルクリック!カチカチッ!
そして左の膝をわざとらしいくらいに真横に突き出して!
(そしてそのままカーブに張り付くみたいにして34の人は曲がって行くのさ)
ペタン!
バイクを倒すと一気にアクセル開けまくりです!
大袈裟って言われてもいいんです!
実は密かに練習してたんです!
お父さんが大好きだった34番の人の曲がり方!
ぺ――ン!!!
SEEDも笑ってます!
アクセルを握る右腕で、そのままタンクをホールド!
ガッチリいきます!
アゴは肩の上に乗せて、カーブの先を睨みます!
ほら!
やっぱり!
釜ノ瀬さんもう膨らんでるじゃない!
しっかり内側に隙間空いてますよ!
しかもあたし頑張った!
全然カーブで離されてない!!
チリチリっと、何かが膝の当たりを擦っているけど、気にしない!
ハンドルブルブル震えるけれど、気にしない!
右足は少し頼りないけど、そこもグっと我慢で私行きます!
「頑張れあたし!
頑張れ女の子!!
ねばれ!ぽろりのなんたらコルサ!!!」
私は気合で叫びながら、釜ノ瀬さんとヘアピンの間に出来た隙間にSEEDの頭を入れて行きます。
まだまだ我慢!
まだ我慢!
じんわりじんわりアクセルもっと開けて!
ヘアピンカーブの一番深い所!
釜ノ瀬さんの姿がジリジリ近づいて、とうとう真横に並びます!
でもまだ気は抜きません!
頑張れあたし!
頑張れSEED!
こっからは独断!
爆発加速!
並んでた釜ノ瀬さんの姿がゆっくり視界から消えて行きます!
それでもまだまだ加速です!
ヘアピン明けの直線疾走します!
そしてすぐ飛んでくる切り返しの右ヘアピン!
今度は右膝張り出して!
ペタンでドカン!
ぐるぅーーーーーーっとカーブを駆け抜けます!!
まだ気は抜きません!
ミラーも見ません!
ミラー見たらすぐ後ろにぺったり・・
なんて行ったらテンションガタ落ちです!
だから見ません!
このまま駆け抜けます!!
緩やかなカーブ地帯もこのままゴーゴー!
また来たヘアピン!
「私は34!
私は34!
ホンダに乗ってるけど34!!!」
そう呟きながら、ペタリと張り付く様にカーブを抜けて行きます。
明けていきなり逆カーブ!
切り返しでちょっと前輪浮いたけど気にしない!
ぐっと反対側に押し付けて加速!!
いつの間にか峠も辻を越えて今度は下り!
さすがにこのままのペースで下りは絶対に事故るので、ここからは先頭キープのペースで駆け抜けます!
お空の34番さん!
力を貸してくれてありがとう!
ありがとう34番さん!
まだ生きてみえるけど、とりあえずお空に向かってありがとう!
ここからは自力で頑張ります!
少しだけヒヤっとするカーブもあったけれど、とりあえずは1つ目の峠の下りと同じペースで下って行きます。
このペースなら釜ノ瀬さんに抜かれる事はなさそうです。
でもまだ気は抜ききりません!
ミラーも見ないで前方に集中です!
道の傾斜とカーブの角度がどんどん緩くなってきて、道はいつの間にか平坦になっていました。
道の脇を流れる小川も、少し大きな川に合流して、道は森から牧歌的に開けた景色に変わりました。
私はようやく止めていた息を大きく吐くと、ずっと我慢していたミラーを覗きました。
もうそこには、釜ノ瀬さんの姿なんてどこにもなくて、どんなに目を凝らしてもモタードのライトの光すら見えませんでした。
道の駅まで向かう国道に出た私は、そのままゆっくりと走ります。
だけどまだ、ミラーにはヘッドライトの明かりも見えません。
「ひょっとして事故ってしまったのでは・・?」
という考えが頭を過ります。
それと同時に、頭に上っていた血が引いていく感覚を覚えました。
「事故ってたらどうしよう・・
私、バカな事やっちゃった・・」
途端に後悔が芽生えます。
やっぱりこういうのは良くないよ・・
どうか釜ノ瀬さん無事でいてください。
無事でいて下さい。
そう祈りながら道の駅に到着すると、すでに国道で真っ直ぐ先回りしていた皆が出迎えてくれました。
「お!優ちゃんのぶっちぎりだね!
おめでとう!!」
「優さん、おめでとうっす!」
「優姉!心配したよ!
でも、おめでとう!」
「ちぇっ、勝っちゃった。
面白くないの~」
皆が笑って出迎えてくれるのに、私の気持ちは全然楽しくありません。
それよりも釜ノ瀬さんが心配で心配で・・。
「釜ノ瀬さんからは何か連絡ありましたか!?
こんなにも差が開くはずないんです!
もしかしたら事故でも・・・」
私がそんな顔で心配していると、美容室のマスターが声をかけてくれました。
「たぶん大丈夫だと思うよ。
念のために隆二くんが二人の後ろ追って走ってたからね。
何かあったのなら、もうとっくに連絡が入ってるさ。」
その言葉を聞いて、私は少し胸を撫で下ろしました。
それから5分程して、道の駅に向かってくるモタードのヘッドライトの明かりが見えました。その後ろには隆二のCB750Fも見えます。
よかった・・
釜ノ瀬さんは無事だったようです・・
うん。
やっぱり走りたいならサーキット!
こんなの後味も悪いし、危ないし!
景色だってちっとも楽しめないじゃない!
そうやって心の中で呟いたのは、きっと自分への戒めです。
道の駅に到着した釜ノ瀬さんは、やっぱり少しヘコんでいました。
はははははという高笑いはするのですが、やっぱり声にも顔にも覇気がありません。
「やっぱり乗りなれないモタードは、お尻が痛くなってダメですね・・」
そんな事を言いながら、力なく笑っています。
私は少し気の毒なような気もしましたけど、やっぱり言うならこのタイミングだと思いました。
「もうこうやって走るのはやめにしましょう、釜ノ瀬さん・・
こんなのちっとも楽しくないです・・
ごめんなさい・・」
「それが尾折さんの勝者のお願いなのでしょうか・・?」
釜ノ瀬さんが暗い顔でそう聞いて来ました。
うーん。
そうなような、ちょっと違うような気もします。
やっぱり釜ノ瀬さんにはこういうファジーな言い方ではダメでしょう。
キッパリ言い切るのがいいのだと思います。
「いいえ。
これは勝者のお願いではないです・・
私からのお願いは、」
「私を夕食に連れて行くこと!
いい?
わかった?カマセっち!」
・・え?
・・えぇぇぇええええ?
突然吹いて湧いた美咲が、釜ノ瀬さんの右腕にぶら下がっています・・
おい。
皆の笑い声が道の駅に広がりました。
あの勝負から一週間が過ぎました。
西山荘の駐車場は、ちょっとしたバイクの展覧会です。
日曜日という事もあり、秋雨の合間を見つけて我慢出来なくなった隆二一派のおじさま達が、お昼休みに集まってきたのです。
私のSEED
VTZ250
ファイヤーブレード
隆二のCB750F
酒屋のオヤジさんのSR400に
真っ赤なBMW
あ、ちっこいバッタのようなバイクもいます。
あとは巴ちゃん夫妻のZX-9RにNinja250
それにハーレーも3台いますよ!
うちのお父さんも頑張って、ハーレー出してきました!
吉乃ちゃんも、今日はどのバイクの後ろに乗せてもらおうか、目をキラキラさせています。
結局あれから釜ノ瀬さんは大人しくしています。
まったくお誘いは無くなってしまいました。
まあ、全く無いと無いで、少し寂しいものなんですけどね。
美咲とは知りません!
でも、なんだか高級料理を奢ってもらったみたいですよ。
そう考えていると、坂道を上ってくる四気筒エンジンの音がします。
あれ?
まだ誰かいましたっけ?
私がそう思っていると、1台の黒いネイキッドが駐車場に入って来ました。
タンクにはヤマハの文字が、、
サイドカバーにはXJRと書いてあります・・
乗ってるのは・・
はい。
釜ノ瀬さんです・・
「ははははは!!!!
やっぱりあんなに早く走ってばかりではダメですよね!!
早いばかりは楽しくないです!!
やはりバイクはツーリング!!
今度はお尻の痛くならないバイクにしましたよ!
さあ!尾折番頭!
走りに行きましょう!!」
私は思わず頭が痛くなりました・・
釜ノ瀬さん。
この人はどこまで行っても、釜ノ瀬さんなのでしょうね。
秋晴れの空に、高笑いがこだましていました。




