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ちょっと大人な私達の日常  作者: にしやま そう
釜ノ瀬リターンズ
31/46

釜ノ瀬リターンズ(Ⅲ) 昭和の2スト VS 最新モタード




秋晴れの日曜日。


今日は朝からお宿が騒然としています。



「優姉・・

 とうとう釜ノ瀬さんと勝負するのね・・

 頑張って、優姉!」


・・え?



「あ・・

 あの・・

 応援してます・・

 頑張ってください、番頭さん・・」


・・え?



「優ちゃん。

 事故には気をつけてくださいね。」


・・え??



「あら、優ちゃん。

 今日はお昼休みにレースなんだって?

 頑張っといでよ。」



・・えぇぇぇええ!?


なに。

それ・・

あたしまだ勝負するなんて決めてないよ!


ちゃ、ちゃんと自分の口でお断り入れますから!

ちゃんとキッチリやりますから!

勝負なんてしませんから!











釜ノ瀬リターンズ(Ⅲ)


昭和の2スト VS 最新モタード











AM11:00

(西山荘お客様駐車場)



あれ?

あれれ?


可笑しいなぁ?

あたしバイク乗ってる・・


しかもフル装備で・・


・・あれ?




「優さん!

 今日はオイルいいの入れといたっす!

 タイヤもハイグリップっすよ!

 あと、ステダン硬目に設定しといたんで、気を付けて下さいっす!」



あれ?

あれれ?


「優、いいか?

 前半は無理するな。

 前半はタイヤ温めながら、モタードに離されないようにだけしろ。

 勝負は後半だ、いいな?」



あれ?

あれれ?

なんで隆二までいんの??



「な~に、優?

 カマセさんいい男じゃん!

 羨ましったらありゃしない!」



あれ?

あれれれ?

美咲までいるよ・・


あれ?

あれれれ?



えらく沢山ギャラリーできてるし・・



・・・あれ?


釜ノ瀬さんも、凄く気合入って親指立てて奥歯光らせてるよ・・




・・・あれ?

・・あれぇぇぇええええええ?











事の始まりは今朝です。


釜ノ瀬さんへのお断りの言葉をイメージトレーニングして、ぶつくさぶつくさ呪文のように詠唱しながら出勤すると、お宿が騒然としていました。


吉乃ちゃんも、麻子ちゃんも、沼さんや上村さんまでも。

顔を合わす皆が、なぜだか私にエールを送ってくるのです。


挙句の果ては、玄関先の掃除をしていると、隆二に美咲に道洞君までやってきて、


「おう。

 NSR用のマグホイールとピレリ持ってきてやった。」


「いや。

 89直してる時に、おっちゃん達が調子に乗って買い揃えちゃったっすよ。

 優さんは安心して朝のお仕事頑張って下さいっす!

 うちらでチャッチャとツーリング仕様から、公道がんばる仕様に換装しとくっす!」


「私はレースクイーン係~。

 カマセさん見たいしぃ~。」


なんて言ってます・・


いや。

その。

あたし、まだ釜ノ瀬さんと勝負するなんて決めてませんし!

そうならないように、出勤中も沢山沢山お断りのセリフ考えましたし!



「いったい誰がそんなデマを!」



美咲が急にそっぽ向いて口笛吹き出しました。


あ、あんたね・・

犯人は・・




そんなやり取りをチェックアウト前のお宿の門の前で繰り広げていたら、坂の下にある山麓亭さんの玄関先に釜ノ瀬さんの姿が見えました。


手を降ってます。

そして案の定、こっちに歩いてきます。


私は大きく息を吸い込みました。

ギュっと決意を固めます。


私の優柔不断で招いた状況です。

もう、この場でキッパリお断りします。

勝負なんてさせません。


そもそも私、暴走行為は大嫌いです。

「スピード違反したいならサーキット行け!」

が信条です。

盛り上がる皆には申し訳ありませんが、ここで決着つけちゃいます。



釜ノ瀬さん、大きく手を振りながら私達の方に歩いてきます。


15メートル。


10メートル。


よし、5メートルまで来たら先手必勝。

こっちから切り出します!


8メートル

7メートル・・



「尾折番頭~

 先ほど長谷川女将から連絡いただきました~

 負けた方が、勝った方の言う事なんでも一つ聞くって勝負。

 今日は正々堂々、いい走りをしましょうね!」



あっちゃー・・

5メートルより前に向こうから話し始めちゃった・・

釜ノ瀬さん、めっちゃいい笑顔だよ・・



って

・・え?




振り返ると、吉乃ちゃんがそっぽ向いて口笛吹いてました。









「いいかいお二人さん?

 一応公道を走るから、特に市街地では交通ルールと制限速度を守ってね。」


並んだ私と釜ノ瀬さんの前に立つ、美容室のマスターの健さんが私達にルールを説明します。



私は深いため息を一つついて、何かと色々諦めました・・

元々、最後はこの方法でなんとかしようと思うには思ってましたし・・

おそらくこうなるだろうと思ってもいましたし・・

後は野となれ山となれです・・



とりあえず、暴走行為が好きではない、普段あまりスピードを出さない私に合わせてルールは決めてもらいました。


ゴールは35キロ先の道の駅。

途中、山を二つ越えて行きます。

峠二本です。


市街地は安全運転。

スタートは交通量がほぼゼロで、まだ地図にも乗っていない、開通前の農道に入ってから。


先行は釜ノ瀬さん。

先に道の駅に到着した方が勝ちです。


ようは、釜ノ瀬さんが逃げ切れば、釜ノ瀬さんの勝ち。

私が釜ノ瀬さんを抜いてゴールできたら私の勝ちです。




「それじゃあ、お二人さん。

 準備はいい?」


その声に合わせて、私はコクリと大きく頷きました。

隣の釜ノ瀬さんは、親指を立てています。


私は今のうちにもう一回。

と、深くため息をつきました。

そして決心を固めました。




「じゃあ。

 よーい。


 ドン!」



美容室のマスターが上げていた両手が、振り下ろされました。


私の中で、教室の白いカーテンが風で舞い上がります。

もう後悔とかしません!

キッチリやります!





まず私達は、交通の流れに乗って市街地を進みます。

釜ノ瀬さんが先行で、私が後に続きます。

ここは普通に安全運転です。

傍から見たらだだのツーリングです。


なんでしたっけ。

隆二と道洞君でつけてくれた部品。


すてだん・・と、マグホイールと、ぴろりのタイヤ?


まっったく意味が分かりません。


でも、とりあえず、ホイールだけはなんとなく分かりました。

だって、いつもの白いホイールじゃなくて、朝の仕事が終わって駐車場に行くと、金色のホイールに変わってるんですもの。

これがマグホイールでしょう。

たぶん。

今のところ変えた意味は分かりません。


たぶん金色だとカッコいいから!

というのでは無いのでしょうが、違いが分かりません。


すてだん・・

すてだん・・

道洞君が、硬くしといたから気をつけろって言ってました。


という事は、たぶんこれです・・

ハンドルに付いてる棒。


だって、さっきからハンドルが重くて切れないんです。

交差点の右折左折でハンドル曲がらないから、めっちゃ焦りました・・


こんなん付けても、危ないじゃない。

バイク、真っ直ぐしか走りません・・



びろりのタイヤ?

なんたらコルサとか言ってましたね。

たしか・・


横文字ばかりで呪文みたいです。


たぶん、いつも使ってるタイヤより良いタイヤなのでしょうが、今までタイヤなんて気にも止めた事がないから、これまた違いがよく分かりません。


市街地をしばらく走り、街外れを進むと、釜ノ瀬さんがウインカーを左に出しました。

その先の橋を渡って、牛舎裏の路地を入って行くと、いきなり広い道が現れるのです。


これが私達の間で「沼さんの秘密道路」と言われている農道です。


この農道は全長20km。

私達の街外れから、隣村まで続く深い森の中を抜けていく農道です。


『山深い隣村から、私達の街を通過しないでも野菜が都会に出荷出来るように。』


という名目で作られた、立派で綺麗な2車線道路です。

ただ、残り数キロというところで、工事が止まったままになっていて開通していません。

最後はほぼ袋小路になって終るのです。


ですから実用性は皆無。

地図にも乗ってません。

3往復くらいして、1台車を見るか見ないか。

そんな宝の持ち腐れというか、税金の無駄遣い道路です。


地元の私達もこんな道があるなんて、知りませんでした。

教えてくれたのは沼さん。

沼さんはとにかく色んな道を知ってるんです。

普段色々飛び回ってるからでしょうかね。


私も教えてもらったのは最近で、おかげ様でSEEDの練習や、麻子ちゃんのVTZの練習でよく走らせてもらってます。


コースはヘアピンの連続あり、緩やかなカーブあり、直線ありの峠道で、山を2つ越えていく感じになります。

登り-下り-登り-下りです。


一つ目の山を降りると、集落があって、何軒か民家が見えますが、そこを過ぎるとまた峠道が始まります。


本来なら暴走行為が好きではない私です。

だから今回のコースはこの農道にしてもらいました。

ここなら最低限、他の人の迷惑にだけはならなさそうですから。



橋を渡り、牛舎裏の細い路地を曲がると、目の前にいきなり広い道路が現れました。

最終的に袋小路になっている、秘密道路の終点です。

袋小路ではありますが、この車1台通れるか、通れないかの牛舎裏を通れば、入ることが出来るのです。


小さな踏切を渡り、先行する釜ノ瀬さんが秘密道路に入りました。

そして私も秘密道路に入ったのを確認すると、左手で「OK?」と輪っかを作って聞いてきます。

私はコクリと頷きました。



釜ノ瀬さんが作った左手の輪っかから、親指を立てました。


そして高笑いと共にモタードは加速していきました。


いよいよスタートです。



私もSEEDのギアを1つ落とすと、アクセルを開けます。

グンと体が後ろにズレます。


「イイテンキ!

 タノシイネ!」


SEEDが甲高い笑い声を上げました。



時折り深いカーブを含みながら、緩やかに続く登り坂をどんどんどんどん紅葉の始まり掛けた山に向かって私達は上って行きます。


釜ノ瀬さんのモタードは軽快にカーブをパスしながら、いいペースで峠道を上って行きます。

いつもであればこの時点で、

「お好きに走って行ってくださいな。」 

という私なのではあるのですが、今日は競争です。 

不本意ではありますが私も釜ノ瀬さんの後を、いいペースで進みます。


シードのタコメーターは「6」の数字あたりをキープしています。

エンジンの調子もすこぶる良好です。


やはりモタードはカーブが強いです。

後ろから追いかけていても、カーブで少し差が開きます。

とにかく侵入速度が反則です。


私がギアを変えたり、体重移動したりしてる間に、ほとんど走ってる時と同じスピードでカーブを曲がって行ってしまいます。


カーブの出口が見えてきて、私とSEEDはいつもより多めのアクセルで釜ノ瀬さんとの空いた距離を詰めます。

そしてまたカーブで少し離される。

そんな繰り返しをしながら坂道を上っていきます。


すでにこの時点で、いつもここを走る時よりも、10キロ程早いペースが出ています。

少しづつ周りの景色を見る余裕が無くなってきました。


とにかく睨みつけて追っかけるのは、前を行くモタードのテールランプと、釜ノ瀬さんの高笑いです。


釜ノ瀬さんが、また少しペースを上げました。

私もそれを追走します。




いつもなら河原の石の一つ一つが見えるせせらぎも、小枝の先で戯れるリス達が見えるこの森も、スピードを上げて行くにつれて、少しづつ色が溶けて混じり合って流れはじめました。


いつもは楽しそうに頬を撫でる風も、さすがにこのスピードだと大きな風切音になって千切れ飛んで行きます。


私は集中して、ひたすらモタードのテールランプを追います。


モタードが右に曲がれば、私も右に。

モタードが左に曲がれば、私も左に。


とにかく追走です!



さっきまで分からなかった、すてだんの効果。

これ、驚きの絶大です。


あ!

思い出しました!


すてだん。

ステアリングダンパーです!


あまりにハンドルが重くて、右折左折で困りましたが、これ凄いです。

こんなスピードで直線を走っているのに、ちっともハンドルがブレません!

ブルブル震えません!


まるでレールの上を走ってるみたいに、ピタっとバイクが真っ直ぐ進むのです。


おかげで集中してモタードのテールランプが追えます。


ちらりと釜ノ瀬さんが、サイドミラーを覗き込みました。

いつもならこのスピードで私は消えていなくなるはずですが、今日の私は違いますよ。

これくらいではまだネを上げませんよ。


ミラーからまた正面に視線を戻した釜ノ瀬さんが、さらに速度を上げて行きます。

私も少し背中を丸めてSEEDの風防に頭を隠すと、さらにアクセルを開けました。


景色はさらに溶けて行きます。


緩いカーブ、右、左、右。


流れるように加速しながら曲がって行くモタード。

私も負けずに右、左、右です!


なんだかカーブが近づいてくる。

というよりも、次から次へとカーブが飛んでくる感じです。


もう、いつものワルツのリズムじゃありません。


パンパンパン!

口でリズムを刻む度、重心を右へ左へと移動させます。


すでにいつもより全然早いスピードで峠を上っていますが、今のところモタードに食いついていけています。

ちょっと驚きです。


釜ノ瀬さんが先行してくれてるのも大きいです。

つられる様にして私も加速していきます。

それどころか、SEEDはまだまだ余力を残してるっぽい感じです。


恐らく同じ250cc同士です。

単純に登りの直線のパワー勝負だったら2ストのSEEDが勝つのかもしれません。

凄いですSEED!

25年も前のバイクなのに、加速では反則モタードに勝ってますよ!!



・・でも。

なんとなくそれではダメだと思いました。


なぜなら釜ノ瀬さんが得意としてるのはカーブ。

しかも、登りより下りが得意なのです。


こんな序盤で勝負をかけて、一度直線で抜いたとしても良いこと無さそうです。

その先の下りのカーブ地帯で抜かれたら元も子もないですし、何より、「抜いた」、「抜かれた」で、どんどん意地になってペースが上がって行くのも怖いです。


「序盤はとにかく釜ノ瀬さんに離されない事。」


私は、たったそれだけを目標にして、連なる登りのカーブ地帯へと入って行きました。



簡単なハンドルとブレーキ操作だけで、釜ノ瀬さんのモタードは深いカーブに入って行きます。

ほんと、悔しいですけど流れるように曲がって行きます。


私も負けじとペンペーン!とダブルでアクセルを吹かすと、2つ落としたギアでカーブを旋回して行きます。

カーブを加速しながら立ち上がります。

目一杯背中を丸めてアクセルを開けます!

そしてギアを一つ上げたら、もう次のヘアピンが飛んできました。


今度は右!

アクセルはペン!

一回空ぶかし!

そして上げてたギアをまた落として、アクセルを開けます。


なんだか今日は凄く軽快にカーブが回れます。


曲がるんじゃなくて

回るです。


カーブで凄く車体が軽いです。

フットワークが軽快なんです。


これがマグホイールとかいうののちからなんでしょうか?


あと、タイヤ。

これ凄いです。

ぴろりのなんたらコルサ。

名前はなんだか食あたりしそうな変な名前ですが、凄いです!


オートバイを寝かしても、全然不安感ありません。

真っ直ぐ走ってるときはそんなに違いが気になりませんでしたが、深いカーブの時の性能は段違いです。

なんだか、ねっとり路面に張り付いて、斜めにしたバイクの上で踊っても倒れる気がしません、これ。




流れるようにトップスピードを維持したままヘアピンを抜けていくモタードを、爆発的な加速で立ち上がるSEEDが追走します。


ゆらり、ゆらりと舞って落ちた秋の枯れ葉が、ヘルメットに当ってパチンと弾けます。


ふわふわと軽そうに陽に照らされてキラキラ光っていた小さな羽虫が、ペチペチペチとヘルメットや体を叩きます。


もう私には前を走るテールランプしか見えていません。



2台並んで猛走する私達は、どんどんどんどん加速しながら峠道を上って行きます。

いつの間にか釜ノ瀬さんの高笑いが消えています。


上に向かって伸びていた道路が、ふと終わり、今まで見つめていた視線の先には秋の空と羊雲が広がります。

「なんとか峠 頂上 ◯☓メートル」という看板が視界の横を物凄いスピードで流れて行きます。


峠の辻です。

頂上です。


私は大きく止めていた息を吐きました。

ついでにもう1回深呼吸をします。

指先にまでピキピキと、酸素が行き届く感覚がします。


ここからは下り。

辛抱どころの始まりです。


登りは食らいついて来れました。

だけど、釜ノ瀬さんが得意なのは下り。


「ここでどれだけ離されないか。」


ここが運命の分かれ道になっちゃいそうです!

辛抱と度胸の時間のスタートです!


峠の頂上を越えると、右、左と続く緩いカーブの下り道が見えてきました。

ここを越えると、次はヘアピン地帯です。


私はグっと息を飲み込むと、頂上で息継ぎした心にもう一度ムチを入れます。

しっかり右手に力をいれて、アクセルを開けていきます。


すでに釜ノ瀬さんのモタードは緩いカーブを曲がり始めていました。



もの凄いスピードで下りのカーブが飛んできます。


右!

左!


緩いはずのカーブが、まるで弾丸みたいに飛んできます。


登りならこの程度のカーブなんて事ないのに、下りだと同じカーブが段違いに怖いです。

そう思った瞬間に、キュっとお尻の穴が縮こまる思いがしました。

だけど、怖がっちゃだめ。

とにかく今は前を行くモタード追走です!


ぎゅっと吸った息を止めて、ただひたすら走る事に集中です。


集中。

集中。

集中。


右!

左!

右!


タン!

タン!

タン!


怖いけど、ここは我慢でモタード目掛けて突っ走ります。


ぼんやりと紅葉の始まった木漏れ日のアーチの2車線道路が、少し前でグルっと回りこんで、視界の先に折れた道路が目に入ります。


つづら折りのヘアピン下りです!


釜ノ瀬さんのモタードが、いつもより長くしっかりテールランプを光らせます。

そしてそのままカーブを曲がって行きます。


私もペペン!とギアを2つ落としますが、ここは同時にフルブレーキングです。

登りの時のように、軽く前輪に重心を戻すだけのブレーキングでは間に合いません。

がっつり前降臨踏み込みます。

前傾姿勢な上に、がっつりブレーキ。

私の体がズルリと前にズレます。

ちょっとヒヤっとしたけど、やっぱり我慢。


そして、じんわりアクセルと開けて、下りのヘアピンを回って行きます。


遠心力で体が外にもっていかれそうです。


私がカーブの内側に向かって倒していた重心を戻しかけた時には釜ノ瀬さんのモタードは、すでに次のヘアピンを曲がり始めていました。


やだ。

少し差が開いてしまいました。


私は短い直線で慌てて加速します。

前にズレてた体が、加速で今度は後ろにズレます。


そして、すぐに飛んできた2つ目のヘアピンでフルブレーキングです。


つづら折りの左ヘアピンはほとんど方向転換です。

さっきまでと全く逆の方向に向かって切り返します。

いつもならもっと怖いのでしょうが、今日はタイヤが粘りに粘ってくれています。

私はクイっと方向を変えると、一気にアクセルを開けました。


景色がほとんど縦になったまま流れて行きます。

アクセルを開けると同時に、さらに体が後ろにズレます。


ペーン!


もう!

私いっぱいっぱいなのに、この子まだ笑ってる!


ほんとに楽しそう。

やっぱり君は競技車両だよ!

だからお願い。

実力不足の私を、もう少しの間助けてあげてね!


ペーン!


SEEDが楽しそうに笑いました。



気のせいか、今回のカーブの出口では離されていた車間距離が詰まったような気がします。

少し安心しました。

私グッジョブです!


理屈はわかりませんが、とりあえず自分を褒めときます。


ペーン!


はいはい。

もちろんあなたもです!




2台のバイクは下りのヘアピン地帯を抜けて、山間の稲刈りが終わった田んぼの中を駆け抜けて行きます。


たぶん、隆二や道洞君、美容室のマスターや、古参のハーレー乗りの建具屋さんからしてみたら、笑われちゃうようなスピードなのかもしれません。

そでも私はしっかり前を見て、シードと一緒に下りの直線を駆け抜けて行きます。




緩い下り坂は、そのうち平坦になり、ちらほら景色の中に民家が現れ始めました。


ここではさすがに減速です。

釜ノ瀬さんも減速をして、集落の中を伸びる直線を進んで行きます。

ちょっとした休憩区間です。


とりあえず、1つめの峠道終了です。

私としては上出来です。

最悪の事態は脱しました。


「一つ目の峠を降りきってみたら、すでに釜ノ瀬さんの姿はどこにもない・・」


という事態にはならなかったです。

ちゃんと2台並んでいます。


私はヘルメットの中で大きく息を吸い込んで、そして吐き出しました。


ずっと丸めていた背中も伸ばして、グっと背伸びをします。


色が溶けて、交じり合って流れていた景色が元に戻りました。


稲刈りが終わった田んぼが見えます。

赤とんぼも飛んでいるのが見えます。

遠くで風に揺られている白い海みたいなのは、ススキ野原でしょうか。


さっきまで私を叩きつけるように吹いていた秋の風も、緩やかに頬をなでています。


パチパチと衝撃を与えていた、小さな小さな羽虫達も、秋の日差しに照らされて、まるでスパンコールみたいにキラキラ羽を光らせています。


私の目の前に、秋の自然溢れる幻想的な風景が広がっていました。




やっぱり私はこれくらいの早さが大好きです。


確かに早いのも官能的なのは分かります。

実際今の今まで早いスピードにドキドキワクワクしていた自分がいるのは認めます。

でも、やっぱり景色が楽しめる早さがいいです。

タンクを触ると、シードも笑ってくれています。



君は走れればなんだって楽しいくせに!



とりあえず、これで目標地点まで、約半分来た事になります。

この集落を抜けると、道はまたゆるい坂道になり、そのまままた山に向かっての峠道となります。

それを越えると、あとはのんびりとした広い国道に出て、そのまま行けばゴールの道の駅です。


勝負どころは次の峠です。


私は息を飲みました。



のどかで牧歌的な秋の田舎の景色の中、二台のバイクが並んで走って行きました。











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