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ちょっと大人な私達の日常  作者: にしやま そう
釜ノ瀬リターンズ
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釜ノ瀬リターンズ(Ⅱ) 決心





「優のあんぽんたーん!

 隆二君のおたんこなすー!」



私と美咲は隆二の店を出ると、秋の夜風に当たりながら繁華街を二人仲良く千鳥足で歩いていました。


大きなお月様の下、酔った美咲の叫び声が響きます。


ふわふわっとした頭に、少し冷たい風が気持よくて、なんとなーく滲んで揺れるネオンが綺麗で。

私と美咲は手を繋いだまま、ふらふらっと繁華街の中心にある石畳の公園に立ち寄ると、そのまま公園の中心にあるベンチに腰掛けました。


夜の風が火照った体に心地よくて、思わずベンチの背もたれに思いっきりもたれかかって空を見上げます。


頭の上の藤棚はもうすっかり葉も落ちて、ツルだけになった天井からは沢山の秋の星座が輝いていました。


伸びた首筋を撫でる風はすでに少し冷たくて、見上げたお空も澄んでいます。

もう一ヶ月もすれば紅葉が見頃になり、それが終わると長い長い冬がまたきます。



「うぅー・・」


隣では少しばかり飲み過ぎた美咲が、情けない声を出しています。


昼は保険の代行業、夜は宴会コンパにコンの二足のわらじを履く美咲。

普段はよき母をしてるのですが、週に何度かのコンパニオンのバイトが終わると、たまに私を飲みに誘います。

そんなに頻繁でもないんですよ。

月に1回か2回か。

それくらいです。



2年前までは、それが居酒屋だったり、イタリアンだったり。

結構色んなお店を美咲と二人で飲み歩いたものです。


だけど、2年前の夏。

隆二がこの街に戻ってきて、あのお店をオープンさせてからは、隆二の店で飲むのが定番となってしまいました。


「隆二くんが、繁華街でお店を出したそうよ。」


最初に教えてくれたのは大女将でした。

だけど、その頃の私にとっての隆二という存在は、

「学生の頃に苦い思いのある同級生。」

に近い物で、これと言ってお店まで会いに行く必要はないかな・・

なんて思っていました。


実際、大番頭のお葬式で、数年ぶりに見る隆二は、遠目から見てもばっちくなっていました。


「ああ。

 もう私の知らない人になっちゃったんだな。」


そんな印象が強かったのです。



正直に言ってしまうと、子供の頃から高校の途中くらいまで、私はあいつに淡い恋心を抱いていたのだと思います。


初恋?

うーん。

どうなんでしょう。


初恋と呼ぶところまで燃え上がらないままの関係だったと思います。












第三十話

釜の瀬リターンズ(Ⅱ)


決心









「ねえ!優!

 聞いて、聞いて!

 今度千秋の彼氏が、工業の男子何人か集めてくれるから

 優も一緒にカラオケ行こうよ。」



3時間目が終わった休み時間。

私は頬杖を付きながら、丘の下に見える私達の街を眺めていると、急に私の席に駆け寄ってきた美樹がそんな事を言いました。


夏の匂いのする風で、ブワリと教室のカーテンが舞い上がります。


「うーん・・

 ごめん・・」


「やっぱり、旅館のバイトが忙しいの!?」


「うーん・・

 それもあるんだけどねぇ・・」



高校2年の1学期もそろそろ終わりが見えてきて、最近なんだか皆が色づき初めています。

休み時間になると、あちらこちらの席で彼氏や好きな男の子の話題に花を咲かせる子達が異常に増えてきました。


1年生の時はそんな話をする子も、ここまでは多くなかったはずなのに、最近皆ちょっと異常です。


「えー。

 たまにはバイトさぼっちゃいなよぉ。

 高校2年の夏がすぐそこなんだよ!

 来年は受験だよ!

 彼氏作るなら今がチャンスなんだよ!


あ!そうか!

この間、一緒に帰ってた情報科の木村先輩だ!」


「え?誰それ!?

 あたし知んないよ、そんな人??」


「え?だって仲良く自転車押してたじゃない?

 皆で見てて凄く噂になったんだよ!」


え?

自転車・・

自転車・・

男の先輩と自転車おして・・



「あ!

 自転車パンクして困ってたら、押してくれた親切な人だ!

 自分家が自転車屋だからほっとけないとか言ってた人だ!」


「えー。

 そんだけなのぉ?

 面白くないなあ・・」




「美樹、美樹。

 あんたは違う中学から来たから知らないかも知れないけど、

 優にはちゃんといるから。

 倉田くんが。

 ね!優!」


そうやって美樹と私の間に割り込んできたのは、すでに工業の3年生と付き合っていた千秋でした。 どうやら次回のカラオケ会も、この千秋の提案みたいです。



「ちょちょちょちょちょ・・

 何いってんのよ!

 べ、別に倉田君はそういうんじゃないし!。」


思わず顔が真っ赤になって焦ってしまいます。


「え?そうなの?

もう彼氏いたの??」


「うん。

 中学の卒業式ん時にコクられてたよ、優。

 イケメン優等生の倉田から。

 丸高行っちゃったんだけどね、バイトで一緒らしいよぉ・・

 今でも。」


「だ、だから優はバイト休まないのね!」


「そそ。

 そいういう事。」



って、あんたら!

何勝手に話を捏造して盛り上がってるのよ。

まったく・・




あの残雪が光る卒業式の日。

一緒に校門を出て坂道を降りていたグループの中に千秋はいました。

そしてばっちり見られてしまったのです。


その・・

私が倉田君に告白されたところ・・を・・



結局あの時私は、あまりにも突然な出来事でテンパッてしまい、告白に対する返事はできませんでした。

しばらくの間、真っ赤になって俯く私の言葉を待っていた倉田君でしたが、あまりにも私が無口に困っているので


「へ、返事は今すぐじゃなくてもいいから・・

 俺、待ってるから。

 ちゃんと尾折の返事待ってるから・・

 俺、尾折じゃないとダメだから・・」


そう言って、まだ肌寒い中、カッターシャツ1枚で駆けて行ってしまいました。


「知ってる~優?

 あの時の倉田、カッターシャツだったじゃん?

 あれ、学生服のボタン、一つも残って無かったからなんだよ~」


「え?そんなにイケメンの彼氏なの?

 優の彼氏!?」


「私の好みじゃないけどね~

 かなりの人気で、第二どころか、ボタン全部もぎ取られてたよ、

 後輩の子らに。」


と、千秋は悪戯っ子のようにウインクしています。

まったく私で遊んでるんでしょ、千秋。



でも、そうだったんだ。

あんなに寒い中、学生服を手に持ってたのはそんな理由があったんだ・・。

でも、寒いんだから、ボタン無くたって羽織れば良かったのに。





結局あの時の返事は、高校2年になった今でも出来ていません。

今は、なんとなくそんな事しなくてもいいのかな?

なんて思っています。


告白された時はさすがに驚きました。

だって、私達中学卒業したばかりですよ。

春から違う学校行っちゃうんですよ?

そりゃ、早い子達はもういろいろ済ませてはいたけれど、私にはまだそんなの早いし・・。


そう思って返事が出来ないままでしたけど、なんて事はありません。

お互い違う高校に行っても、バイトではいつも顔を合わせたんです。

そりゃあ、最初は意識しちゃって前みたいに話せなかったんですけどね。


あ。

あれだ。


1年位前に、あの。

その・・


私がパンツ広げてるトコを倉田君にみられちゃったんです・・


あ。

いや。


私のパンツじゃないですよ!

なんか、こう。

紫やら黒やらでレースがいっぱいついた、アダルトで、えっちぃパンツです。


空から降ってきたんです。

本当です。


あれからかな?

また気軽に前みたいに話せるようになりました。

あまり思い出したくない思いでなんですけどね・・



それからはまた仲良く話せています。

子供の頃の関係に戻れたようで、少し胸をなでおろしています。


もちろん私も倉田君の事、少しは意識するようになりましたよ。

ちゃんと。


そりゃあ、告白されたんですから。


でも、なんというか今の私達って凄くいいんです。

気兼ねなく冗談言えて、笑い合えて。

でも、ちゃんとそばにいてくれて。


そんなに慌てて大人の階段登らなくたって、倉田くんはいつでも近くにいてくれるし、告白の時の言葉通り、ちゃんと私の事好きでいてくれて、待っててくれてるような気がするのです。


そ、そりゃぁ私も年頃の女の子です。

キ、キスとかにはちゃんと興味はありますよ・・


でも、その先の事考えるとやっぱり少し怖いです。

裸見られたりとか、その、触られたりとか・・?


たぶん私、まだ女として準備が出来てないんだと思います。


彼氏とか、彼女とか、そんなんじゃなくても、倉田くんは近くにいてくれます。

ちゃんと待っててくれてます。

私の準備が出来るまで。


だから今は別に告白の返事とかしなくても良いように思います。

このまま自然に時間が過ぎて、ゆっくりと私達は私達のペースで恋人同士になっていけばいいんだと思います。


美樹と千秋が私をネタに、ぴーちくぱーちく楽しそうに、ある事ない事捏造して笑っています。

私はそんな事を考えながら、教室の窓の外に見える私達の街を眺めていました。

相変わらず夏の風が吹いていて、教室の白いカーテンが大きく舞っていました。


ふいに誰かが私の肩を叩きました。


振り返るとそこには、少し気の重そうな顔をした美咲が立ってました。








「あ、あのね、優?

 後でどうしても聞いてもらいたい話があるんだけど・・」















「ごめんねぇ・・

 優ぅ・・・」


藤棚の隙間から大きな秋のお月様を見ていたら、私の横からそんな美咲の声がしました。


「何謝ってるのよ。

 酔った時はお互い様でしょ?

 ちょっと酔い冷まししたら、乗るからね?

 タクシー。」


私も少しお酒が回っていて、ちゃんとそう言ったつもりなのに、気がついたらヘラヘラと笑いながら話してました。

ほんと、これじゃあ当分お嫁には行けそうないです。

はい。


「ごめんねぇ・・

 優ぅ・・」


「なによ、この酔っ払い!

 くどいよ!」


私がそう笑って言うのに、やっぱり美咲は申し訳無さそうな顔をして、

私と同じようにまん丸いお月様を眺めています。



「あの時さー。

 実は私から無理やり隆二君にキスしたんだよねぇ・・」


「抱きついたのも私からでさあ・・」


「嘘ついてまで隆二君と付き合いたかったんだぁ・・

 バカだよねぇ私・・

 ごめんねぇ・・

 優ぅ・・」



そう言って美咲は、もう花も葉もなくなってしまった藤棚を見上げて、一粒涙を零しました。



やっぱりそうだったのです。

てっきり私は、美咲が隆二に会いたくて毎回あいつの店で飲んでるのだとばかり思っていました。 でも、今日感じた違和感の正体はこれだったのです。


美咲はあの頃自分が、無理やり私と隆二の間に割り込んだのを悔やんで、何とか私と隆二の間を取り持とうとしていたに違いありません。


美咲の口から出た、酔った勢いでの10数年越しの告白と謝罪の言葉に、私は少しだけ戸惑ったけれど、隣に座る美咲の手を握ったままコツンと軽く頭をよせました。


「ばか。

 この泣き上戸。」


そう言って、私はまたヘラヘラと笑いました。


違うんです。

美咲は知らないんです。

私とあいつは、一回付き合ったんです。

確かにそれは、ほとんど地球の裏側で、文通という方法くらいしか連絡の取れない付き合いだったかも知れませんが、やっぱりちゃんと交際したのです。


でも、あの時はもう遅すぎました。

お互いがお互いに、もう自分の道を進み初めてて長続きしませんでした。


ヨーロッパと文通するって、大変なんですよ。

手紙を書いてエアメールで送ると、10日くらい後に相手が読むのです。

そして10日かけてお返事が戻ってくるのです。

「元気ですか?」

「うん、僕は元気だよ。」

そんな簡単な言葉のやり取りに2~3週間かかっちゃうんです。


当時付き合っていた私達は、何度かそんなエアメールでのやり取りをして、そして自然消滅しました。


納得した上での自然消滅です。


だって、あの頃の私達にはその距離も、時間も越える事なんて出来なかったんですもの。


もう同じ学校に通う仲間でも。

同じバイト先で一緒になる間柄でもなく、

お互いがお互いの道を進み始めてたんですもの。


だからもう納得いってるんです、お互いに。

美咲のせいなんかじゃなくて、ちゃんと向き合った結果ダメになったんです。

私達。


「あのね、美咲?

 実は私ちゃんと美咲に・・」


と、言い出したのですが、酔った美咲は私の話しなんて聞いてなくて、

まるでうわ言みたいに


「ごめんねぇ・・」

「ごめんねぇ・・」


と、繰り返していました。

その言葉はいつの間にか寝息に変わってました。





カップルの楽しそうな笑い声が夜の公園にこだまします。


楽しく二人でお酒飲んでたんでしょうね。

幸せそうで何よりです。


そうです。

人間は沢山いるのです。

そしてその沢山の人間が、皆どこかの時代で恋に悩むのです。


この楽しそうな声で笑い合うカップルのように、

うまく行く組もあれば、ダメになる組もある。

それだけの事です。

皆が平等に悩んでいるのですから、私の悩みなんて物もちっぽけなものです。


「優?

 あんたはどんな恋愛がしたいって言うのよ?」


さっきの美咲の言葉。

やっぱり少し胸に刺さりました。


ビジョンとしては、ちゃんとありますよ。

例えば、道洞君と麻子ちゃんみたいな。


二人で仲良く年を取っていけたらいいな。

そんな相手が隣にいてくれたらいいな。

って。


ただ、それがどんな人?

と言われると困ってしまうだけです。


たぶん、もう28歳ではありますが、そのうち現れてくれる事を祈っています。


「もうこの人じゃなきゃダメ!」


って思う人が、現れてくれる事を。

それまであまり、無駄な出会いと別れを繰り返したくないだけなんだと思います。


美咲の気持ちは嬉しいけれど、たぶん隆二とはダメです。

ごめんね。

私はもう少しだけ強く、眠る美咲の頭に頬をつけました。



賑やかそうに喋るカップルの声が近づきます。

女性の声は2つです。


え?

二つ??


慌てて声のする方を見ると、両手にスナックのお姉さんを抱えた隆二が楽しそうに歩いてました。



おい。

こら。

私達の感動を返せ。

このやろう。














「ごめんねぇ・・」


と、寝言を繰り返す美咲をタクシーでアパートまで送ると、私は残り1キロ程の家までの道のりを歩いて帰りました。


田んぼや畑の中を真っ直ぐ伸びる農道には、等間隔の電柱に光る街灯。

見上げれば、秋の星座と大きなお月様。

そして沢山の虫の声。


少し肌寒く感じる秋の夜風も、酔った体には心地いいです。



高校時代。

私は返事をうやむやにして、大きな後悔をしました。


放課後の教室で、美咲から伝えられた


「隆二くんと付き合う事になった。」


というあの言葉。

返事を伸ばして安心しきってた自分のバカさに気付きました。


そうです。

やっぱりうやむやはいけません。


きっちりした方が後々絶対にいいのです。


私はポケットの中で、SEEDの鍵を握りしめました。


釜ノ瀬さんの事。

ちゃんとうやむやにしないで断ろう。


そもそも私の優柔不断な態度がダメだったんだ。


次誘われたら、ちゃんと断ろう。


でも、釜ノ瀬さんの事です。

笑い飛ばされてしまうかもしれません。


そうなったら、あれです。

バイクでブチ抜きます。

力ずくです。


隆二の手は借りません。

自分でやります。

私が颯爽と釜ノ瀬さんをバイクでブチぬいて、

コテンパンに伸びた鼻を折ります。


もう、私を誘えないくらいに。

うん。

そうです。

それが一番です。



私はポケットの中からSEEDの鍵を取り出して、お月様に照らします。


「ネ!

 ハシロ!

 ハシロ!」


悪戯っ子は楽しそうです。




でも、25年前のシードと私に、最新の反則バイクのモタードが抜けるのでしょうか・・




なんて事を考えながら歩いていたら、思わず自分の家を通り越してしばらく進んでいた私がいました。






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