Restart ~そして私達はまた走りだす~
第二十一話
Restrt
~そして私達はまた走りだす~
すっかりお盆も近くなりました。
そろそろ私の体力も限界に近づいています。
なのにね。
今日も私の部屋の下からは、トンテンカンと賑やかな音がするのです。
もうね。
ほんと。
もうちょっとゆっくり眠らせてください。
久しぶりの自分のベッドなんですから。
ヘルメットと、また今晩の宿直用のお泊りセットが入ったリュックサックを肩に掛けて私が玄関を出ると、またもや隆二一派の面々が新しいオモチャを囲んで賑やかに笑っています。
今回のオモチャは、なんだか小さくて、まるでバッタのような緑色のオートバイでした。
「どうしたの、それ。
ポケバイ?」
私がそう尋ねると
「失敬な!
これでもカワサキが産んだ名車なんだよ!
2ストで80ccあるから、早いんだぞ!」
と、看板屋の社長さんが笑っています。
どうやらポケバイではなくてカワサキのKSRⅡっていう、ちゃんとしたオートバイなんですって。
美容室のマスターが
「完成したら優ちゃん乗る?」
なんて言って笑っています。
またこの大きな子供達は・・
修理して乗るのが目的なんじゃなくて、本当に修理しながら宴会するのが目的みたいです。
私は簡単に
「考えとく~。」
と、返事をすると、VTZに跨がりました。
隆二が付け替えてくれた放熱フィン付きのレギュレーターは調子がいいです。
場所も配線を延長して風当たりの良い場所に移植してくれました。
これなら気持よく峠道を走っても、以前のようなバッテリーが干上がる硫黄の香りもしません。
定番となっているお宿着前のコンビニで、ペットボトルの冷たい緑茶を飲みながらVTZを愛でていると、病院帰りの道洞君と鉢合わせになりました。
「麻子ちゃんと上手くいってるみたいじゃない!」
そう言いながら私が肘で道洞君をつっつくと、意外にも道洞君は少し浮かない顔をしていました。
私は思わず心配になっちゃって
「どうしたの?
なんかあったの、麻子ちゃんと?」
と、尋ねました。
「あ。
おかげ様で、麻子ちゃんとは今んトコ仲良くやってるっす。
ただ、これから・・
というか、ちょっと気の重い事があるっすよ・・」
と、暗い顔をしています。
詳しく話しを聞いてみると、どうやら
「ひょっとしたらバリオスはもう直らないかも知れない。」
という話しを聞かされました。
「今まで、エンジンやキャブレターばかりに気をとられて見落としてたんっすけどね、たぶんあのバリオス、元々が事故車で、無茶な改造車を強引にノーマルに戻した物みたいっす。族車も多い車種っすからね。 一見ピカピカの限定カラーも、よく見ると塗りムラがあるっすよ。 あの車両、バリオスⅡなのに、バリオスⅠにしかない限定カラーだったんで可笑しいと思ったんす。本来なら限定カラーのエンブレムには跳ね馬なんて付いてないのに、跳ね馬ついてるし、エンジンだって、実は上から銀色を吹いて綺麗に見せてただけのオンボロっした。」
私はその話しを聞いて、初めて麻子ちゃんのバリオスに触った時の
「モウ
ボクヲ
ヤスラカニネムラセテクダサイ」
という言葉を思い出しました。
とうに寿命を終えているのに、無理やりに生き返させられてまた過酷に働かされる。
そんな一生を送ったバイクだったのでしょう。
それでも、道洞君の話しだと、
「エンジンがぶっ壊れた。」
という状態は、彼らメカニックからしてみたら
「怪我」
で、
「死んだ」
では無いのだそうです。
あくまでエンジンだって交換部品の一つです。
道洞君にしてみたら、さらにエンジンを開けて壊れたパーツを交換する。
なんてのもお手の物なのだそうです。
ただ、そんな奇跡を起こすメカニックの手でも、どうにもならない
「死」
というものがマシンには存在するのだそうです。
それがフレームなんだそうです。
車台番号が刻印されて、車体を支えるフレーム。
これが死んでしまうと、メカニックの手ではどうにもならないのだそうです。
そして、麻子ちゃんのバリオスも、どうやらフレームが死んでいたようなのでした。
これはあの事故が原因ではなくて、元々だったみたいで、割れたフレームの上から雑な溶接で繋げた痕があったのだそうです。
そしてその雑な溶接ごと、フレームが割れていたのだそうです。
それを何とかしてくれる板金屋さんや、新しい車台番号が入った別のフレームを用意する。
という手段はあるにはあるのだそうですが、エンジンもダメ、キャブレターもダメ、フレームもダメなバリオスを元の状態に直すには、極端な話しもう1台バリオスが必要になってしまうそうです。
それじゃあ本当
「買ったほうが早い」
です。
「本当なら、ネットオークションのバイクを買うのは素人さんでは危ないっす。
こういうバイクが平気で転がってるっすから。
ネットオークションは、値段は安いっすけど、うちらみたいに触れる人間が、
ベース車両として割り切って買うくらいじゃないとダメっすね。
お店で買うみたいにノーメンテ、ノーリスクのバイクが欲しいなら、
素人さんは、多少割高に感じてもショップで買う方が、後々断然安いっす。」
なのだそうです。
そして、道洞君は、今晩その事を麻子ちゃんにどこまで、どう伝えるかで迷っているのだそうでした。
うーん。
なかなか難しい問題ですよね。
それって。
道洞君と別れてお宿に到着した私は、VTZをガレージに入れました。
隣にはエンジンの降ろされた麻子ちゃんのバリオスと、丸裸になったファイヤーブレードが寄り添うように並んでいました。
私はバリオスのタンクに手を置いてみたのですが、もうバリオスは何も語ってはくれませんでした。
まるで魂が抜けてしまったように、黙ってそこに立っていました。
私はふと、今朝の緑色のオートバイの事を思い出していました。
世間はお盆休みに入ったその日も、お宿はテンテコ舞いの大騒ぎでした。
明日も早くからご家族で乗鞍に登る。
というお客様がみえるので、私は宿直室です。
忙しい一日でしたが、ふと手が空くと、ついついお昼に会った道洞君の話しを思い出してしまいます。
せっかく道洞君という彼氏が出来て笑えるようになった麻子ちゃん。
そんな麻子ちゃんがバリオスの話し聞いたらどうなっちゃうんだろう?
そんな事を考えると、他人事じゃないように胸が重くなりました。
KSRⅡでしたっけ、あの緑色で小さいバッタのようなバイク。
その事も思い出しました。
看板屋の社長さんの話しでは、あれなら直っても乗り手はいない様子でした。
「そういう選択肢もあるのかなぁ・・」
と、思うには思うのですが、やっぱり何だかしっくり来ません。
でももしも、またあのガレージから麻子ちゃんの泣き声が聞こえてきたら、その時私は・・
そんな事を考えながら、忙しい一日を過ごしたのでした。
私は宿直室の電気をつけて窓際まで行くと、障子と窓を開けて、いつものように窓辺へ腰掛けました。
窓の下から明かりの灯ったガレージと、揺れる二つの影。
そして楽しそうな笑い声が聞こえて来ます。
どうやら私の考えすぎだったようです。
やっぱり「恋の力」は絶大です。
麻子ちゃんも、道洞君も笑っているじゃないですか。
でも、それは私の思い違いでした。
揺れながら笑い合っていた影がぴたりと止まって、しばらくの沈黙が続いたあとに、ガレージから麻子ちゃんの叫ぶように押し殺して泣く声が聞こえてきたのです。
その声を聞いて、私吹っ切れました。
今日一日、色々考えて悩んでいたのが嘘のように、パンと一本の道が見えました。
私はポケットの中で握りしめた手に力を込めました。
「大きなおせっかいだって、いいじゃない!
私は私の気の済むようにやる。」
それでいいんだ。
うん、KSRだって悪いバイクじゃないはずです。
私は宿直室のドアを後ろ手に閉めると、大きな深呼吸を一つしてガレージへ向かいました。
今まで、窓辺に座って、ただ遠くから見守る事しか出来なかった自分が情けなかったです。
そうです。
私は麻子ちゃんのお姉さんになるって誓ったんです。
だから、私は私なりに、麻子ちゃんのお姉ちゃんとしての役割を果たします。
おせっかい上等です!
明かりの漏れるガレージまでやって来ると、やはり泣き声が外まで聞こえてきます。
麻子ちゃんの泣き声だけではありません。
自分の不甲斐なさに涙する道洞君の泣き声も聞こえてきます。
麻子ちゃんにとって、バリオスは、ただのバイクではありません。
部屋に閉じこもっていた麻子ちゃんに生えた翼でした。
そして、私や、隆二、そして巴ちゃんや皆の輪に加わるためのチケットでもあったはずです。
だから麻子ちゃんの涙には「オートバイが壊れてしまった。」以上の意味が含まれているのです。 彼氏である道洞君もその意味は痛い程分かっていました。 だからメカニックなのに修理も出来ず「バイクの死」を伝えるのにあれ程ためらっていたのです。
今聞こえる道洞君の涙声にはそんな意味がこもっていました。
うん。
だからあたし、決心しました。
うん。
これでいいんです。
私は大きく夜空を見上げると、深呼吸を一つしました。
「よ。
お二人さん。
よく頑張ったね。」
私は覚悟を決めてガレージに踏入りました。
麻子ちゃんも道洞君も、急な私の登場に驚いているようでした。
私は小さな深呼吸を一つして、話し続けました。
「バリオスね、実はずっと静かに眠りたがってたの、あたし知ってたんだ。
最後の瞬間も「やっと眠れる」って言ってた。
麻子ちゃんの所にやってきた時には、身も心もボロボロで、走れてるのすら
不思議だったのにね。
きっとバリオスも嬉しかったんだよ。
最後に麻子ちゃんに出会えて。
だからあれから何ヶ月も頑張ったし、きっと最後に麻子ちゃんを守ってくれたのも、ファイヤーブレードだけじゃなくて、バリオスの感謝の気持ちもあったんだと思うんだ。」
私の言葉を聞いて、麻子ちゃんは一段と大きな声で泣き崩れました。
言ってる私も辛くって、目頭が熱くなってきちゃったのですが、ここで私まで泣いてしまったらいけないと、今回ばかりは必死で溢れる涙を我慢しました。
「だからね。
もう、眠らせてあげよ。」
私は気合を振り絞って、そう微笑みました。
麻子ちゃんは泣いたまま、首を何度も何度も横に振っています。
本当に大切だったんだね。
バリオスが。
「その代わり・・
と言ってはなんだけど。
はい!
麻子ちゃん、これあげる!」
そう言って私は、握りしめていた手をポケットから抜き出して、ひょいと麻子ちゃんに向かって放るように開きました。
キラキラっと蛍光灯の明かりを受けて光ながら宙を舞うVTZの鍵は、まるで2年前に隆二が私に向かって放り投げてくれた時の事を思い出させました。
放物線を描いたVTZの鍵は、キャッチに失敗した麻子ちゃんの胸でバウンドしました。
麻子ちゃんは、急に何が振ってきたか理解出来ていないようです。
必死に胸の上でバウンドした鍵を抱きつくようにして、慌てて受け止めていました。
そして胸の谷間からVTZの鍵をつまみ上げて見つめると、あまりの驚きに言葉を失ってしまいました。
バリオスの隣にいるVTZも、私の気持ちが分かったんでしょうね。
蛍光灯を反射させて、なんだか優しく微笑んでいるようです。
「ごめんね、麻子ちゃん。
バリオスと比べたら、もちょっと古臭いけど、
まだまだ元気に走ってくれるから、この子。
これからは麻子ちゃんのオートバイだよ。」
目をまん丸にしながら驚いた顔をしています。
「でも・・
わたし・・
そんな・・」
麻子ちゃんは首を目一杯横に振りながら困った顔しています。
「麻子ちゃん?
妹はお姉ちゃんのお下がりで我慢する。
ってのが、世間のルールなんだよ!
それにね、実は私、次のバイクが決まってるんだよね。
緑色でバッタみたいに可愛いバイクなんだ。
今度は私がカワサキだよ。」
と、思い切り笑ってやりました。
もちろん嘘です。
決まってなんていません。
これから看板屋の社長に頭を下げるのです。
麻子ちゃんはまだ黙って首を横に振ってます。
でも、沈黙を破るのは、やっぱり道洞君の仕事でした。
痛々しくも松葉杖に依りかかりながら立ち上がると
「優さん!
優さんのお気持ち、ありがたく頂戴いたします!」
そう言って深々と頭を下げてくれたのです。
私は二人の間を歩いて進み、バリオスの横に立つと、そっとタンクに手を置きました。
バリオスはもうモヌケの殻で、何も言ってはくれませんでした。
「あ!
麻子ちゃん!
バリオスが笑ってる!
「これで安心して眠れます。」
だって!」
私はこの夜2回目の嘘をつきました。
麻子ちゃんは両手で握りしめたVTZの鍵を抱きしめて泣いていました。
さてさて、ガラにもなくカッコつけたのはいいんですけどね。
困ったのは翌日なんですよ。
はい。
仕事が終わっても、あたし、足を失って宿直じゃないのにお家に帰れません。
とほほ。
です。
とほほ。
でも、そんな私の苦労を知ってるかのように、仕事終わりに吉乃ちゃんが自分の軽自動車の鍵を私の前でゆらゆら揺らしながら
「優姉。
昨日はお疲れ様」
と、微笑んでくれたのです。
あたしね。
抱きついちゃいました。
この時ばかりはね、悔しいなんて考えないで、吉乃ちゃんの豊満な胸に顔をうずめて泣いちゃいました。
うらやましいでしょ。
でも、皆さんはダメですよ。
吉乃ちゃんは私のですから。
助手席に私を乗せた吉乃ちゃんのチョコレート色の軽自動車は、今日もまた夜の繁華街を抜けて行きます。
そして大きな赤い鉄橋を渡ると、そのまま真っ直ぐ進みます。
次第に「酒・コンビニ」と書いてある酒屋のおやじさんの店の角が見えました。
「コンビニ」なんて嘘っぱちです。
夜8時にはしまっちゃいます。
商品だって、コンビニっぽくしてたのは改装して間もない間だけ。
それでも笑ってるんだから、ひょっとしたらおやじさん大物なのかも知れません。
まあ。
頭にタンコブ作りながら笑ってたんですけどね。
さて、すでに明かりの消えた「酒」の看板のある角を左折した吉乃ちゃんは、田んぼと畑の中を真っ直ぐ伸びる農道を、私の家に向かて走ります。
等間隔に並んだ電信柱の街灯がポツポツと暗い夜道を照らしていました。
はて?
何やら前方の様子がおかしいです。
いつもは真っ暗な私の家の辺りが、煌々と明るいのです。
モクモクと立ち上る煙のような物が、その明かりに照らされて白く光っています。
「ひょっとして火事っ!?」
なんて縁起もない事を想像してしまい、私は運転席の吉乃ちゃんの顔を覗き込みました。
吉乃ちゃんは、いつもと同じでにこにこと微笑んでます。
私が慌てて助手席の窓を開けると、家に近づくにつれて賑やかなどんちゃん騒ぎの音が聞こえてきました・・。
ああ。
これか・・
おそらく昨日修理していた緑色のバッタのようなオートバイが完成したのでしょう。
いつもの事です。
そのままの大宴会なんです。
驚いて損しちゃいました。
でも、これはこれで都合がいいです。
皆が賑やかに酔っ払っているので、完成したてで宴会の主賓であるオートバイもねだり易いというものです。
農道から曲がって家の生け垣を過ぎると、案の定、そこはすでに夏祭りの会場と化していました。 モクモクと立ち上っていた煙はバーベーキューの物でした。
今回はえらく盛大な宴会です。
ほんとに男の人達は・・
ゆうに20人近くを越えるおじさん達が、ビールを片手にワイワイとバーベーキューを楽しんでいます。
ホームセンターで売っているアウトドアセット?
違います。
ドラム缶です、ドラム缶。
ドラム缶を縦に割ったやつが、二つ並んで、その上でお肉焼けてます。
横に割ったドラム缶もありましたよ。
焚き火の上に乗って、お風呂みたいです。
でも、浸かっているのは一升瓶です。
一升瓶ごとお燗をつけてるんです、このおじさんども・・
そんな宴会の輪の中には巴ちゃんご夫妻の姿や、「昔はブイブイ言わせた」が口癖の山本のお爺ちゃんの姿なんかも見えました。
もちろん隆二の姿も見えます。
っていうか、あんた店は、どうしたのよ。
でも、道洞君の姿はありません。
お酒は怪我によくないですからね、仕方ないかもです。
輪の中心にはBBQのコンロと、そして完成したばかりでピカピカと光る、ちっこくて緑色のオートバイが飾ってありました。
ごめんなさい、皆さん。
あたし、いまからそれねだるんです・・
吉乃ちゃんは初めて見るその光景に目を輝かせています。
私は覚悟を決めて吉乃ちゃんにこう告げます。
「吉乃ちゃん。
今晩泊まってく?」
吉乃ちゃん、バンザイしてました。
皆さんはダメですよ。
吉乃ちゃんにこんな事を言っては。
私だからいいんです。
私だから。
私達が車から降りて皆の輪に近づくと、スペシャルゲストの吉乃ちゃんの存在に気付いてドっと歓声が湧きました。
喜んだ美容室のマスターが、お肉が山のように乗せられた紙皿と、缶ビールを吉乃ちゃんに手渡しています。
吉乃ちゃん、お肉よりもビールを見て目を輝かせています。
私達が加わって、ますます宴会は盛大に盛り上がります。
そんな輪の一番外にいた山本のお爺ちゃんが、吉乃ちゃんの顔を見て、なんだか驚いています。
「お嬢ちゃんはひょっとして、西山荘のお孫さんかい?」
そんな事を尋ねてきました。
もうすでに缶ビールを半分くらい飲んで、少し頬を赤らめていた吉乃ちゃんは
「はい、お爺ちゃん。
長谷川吉乃です。」
と微笑みました。
お爺ちゃんは、「そうかそうか。」と感慨深く頷くと
「大変じゃのう、あんたらも。
聞いとるよ。
丘の上の新しいホテル。」
そう言いました。
はい。
たぶんこれからこの街は戦争になります。
食うか食われるかの熾烈な戦いになると思います。
だけど、私達西山荘で働く皆の絆は固いです。
山の魔王の沼さんもいてくれます。
三英傑の中居さん達もいてくれます。
麻子ちゃんや吉乃ちゃんだって頑張ってます。
そして私だって。
不器用で、学だって無いけど私の持ち味全開でがんばります!
私はそう思うと、そのままをお爺ちゃんに伝えて胸をトンと一つ叩きました。
山本のお爺ちゃんは、そんな私を見て楽しそうです。
「そうか。
それなら心配いらんの。
でも、もしもじゃ。
もしも、そのあんたら皆でどうにもならん時があったら、
西山荘のお嬢ちゃん。
その時は清音さんの形見の箱を開けてみるがええ。」
そう意味深そうな言葉を残して、黄門様のような高笑いをしながらバーベキューの輪の中へ歩いて行ってしまいました。
「形見?」
「箱?」
何の話しか分からない私と吉乃ちゃんは、顔を見合わせて不思議そうに首を傾げました。
さてさて、私の手の中にも山盛りのお肉と、缶ビールはありましたが、まだまだ口をつける訳には行きません。
今日の私には、まずやらないといけない一番の大仕事が残っているのですから。
そうです。
この宴会の主賓であるバイクを奪い去る。
それです。
私は盛り上がる皆を見て、大きく息を吸い込みました。
はい。
覚悟だって決まってます。
「あのーッ!
縁もタケナワな所、大変恐縮なのですがッ!!」
皆が一斉に私に注目します。
ここで尻込みなんて出来ません。
言っちゃいます。
あたし、言っちゃいますからね。
「そのバイク!
私に下さいッ!!」
まるで空気が凍ってしまったようです。
あれだけ賑やかだった宴会が、水を打ったように静まり返って、皆が私を見つめています。
私はねだったそばから後悔を覚えてしまいました。
「健さ~ん。
優がこのバイク欲しいって言ってるけど、どうします~?」
えらく芝居がかった口調で隆二がそう叫びました。
「えー。
やだよー。」
そしてそれ以上に芝居がかった口調で美容室のマスターも答えます。
って、あなた!
昨日私に「いる?」って聞いただじゃないの!?
あたし、それめっちゃ期待してたのに、なんで今さらそんな意地悪言うのよ・・
「優ちゃ~ん。
昨日気前よく、お宿の新人さんにVTZあげちゃったんだって~?」
またしても芝居がかった声がします。
今度は看板屋の社長です。
はい。
あげちゃいましたよ。
気前よく。
って、なんであなたが知ってるんです、そんな事!
「優ちゃんにはハンターカブがあるじゃなーい!」
次のセリフは建具屋の田中さんです。
そのセリフに続いて
「そーだ!」
「そーだ!」
の大合唱です。
なんですか、このミュージカル?
村の夏祭りの出し物か何かですか?
「ダメダメ!
それダメ!
あれは僕んだもん!!」
一人だけ芝居口調じゃなくて、真剣に焦っているのはうちのお父さん。
そんな時です、急に視界が眩しくなりました。
私は目が開けてられなくて、思わず手で目を覆います。
私達を照らしたのは、うちの玄関を入ってくる一台の軽トラックのヘッドライトでした。
軽トラックはうちの玄関先で切換して、バックでこちらに進んできました。
荷台には何かが乗っているようでしたが、銀色のシートが被せてあって、それが何だかは分かりませんでした。
「静粛に!」
突然上がった隆二の大声で、皆がまた声を潜めました。
私も訳が分からなくて、目をぱちくりさせていると、隆二は言葉を続けました。
「優!
残念ながらお前にKSRはやれん!
あきらめろ!
その代わり、こいつがお前の新しいバイクだ。」
そう言って、何やらキラリと光る物を私に向かって放り投げました。
そう、2年前のあの時のように。
そして昨日、私が麻子ちゃんにした時のようにです。
私はその光りながら放物線を描いて飛んでくる物をキャッチして、ゆっくり手を開くと、そこには「HONDA」と刻印された1本の鍵がありました。
突然軽トラの両ドアが開きました。
降りてきたのは道洞君と、麻子ちゃんでした。
「優さん。
それもらってやって下さいっす。
そうじゃないと、麻子ちゃんも安心してVTZ乗れねえっすから。」
道洞君の声に合わせて、麻子ちゃんが大きく頷いています。
突然
「ひゃっほー!」
という歓声が湧き上がって、隆二一派の何人かが軽トラの荷台のカバーを外しました。
それはまるで除幕式のようにも見えました。
そこにあったのは、輝く漆黒のボディに赤と銀のカラーリングが施された、一台のレーシングバイクでした。
「MC18。
89式 NSR250R SEED。
お前の新しい相棒だよ。」
少し真面目な顔をしながらそう言った隆二は、言い終わると照れくさそうに微笑みました。
私はあまりにも急な出来事に驚いて、きょろきょろとあたりを見回してしまいました。
何回か首を振った後に、ようやく事態が飲み込めました。
私、ハメられたんです。
この村の夏祭りの出し物のような、わざとらしい演技のミュージカルも、
それどころか、たぶん今晩のお祭り騒ぎのバーベーキューすら、皆が私の驚いた顔を見るための大掛かりなどっきりだったんです。
「ムリムリ!
あたしこんな凄いバイクもらえない!」
私は叫びながら思い切り手を振りました。
「いやいや、そもそもこのハチキューは、
そろそろ優ちゃんにVTZは物足りなくなるだろうって、皆で相談して
修理してたんだよ。」
その声の主は酒屋のおやじさんの物でした。
「そうそう!
本当は優ちゃんの誕生日に、うちらかのプレゼントとして渡そうと思ってたんだけどね、予想外にセンターシールが抜けてたから、修理に時間がかかっちゃったんだよ。」
美容室のマスターの声でした。
「おうよ!
おかげで時間に余裕が出来たから、塗装は頑張ったぜ!
まるでカタログから飛び出した新車みたいだろ!」
腕を組んだ看板屋の社長が、自慢げな顔をしています。
「でも・・」
やっぱり私は申し訳なさすぎて、素直に首を縦にふれないでいると、山本のお爺ちゃんが私の元に歩いてきました。
「わしらがこうやって楽しく集まれるのも、
お嬢ちゃん。
あんたがこの輪の中心にいてくれるからなんじゃよ。
これは皆の日頃の感謝の気持ちじゃ。
もらってやってくれまいか。」
そう言って笑ってくれました。
「でも・・」
と、それでも素直に首を縦に振れない私に引導を渡したのはお父さんでした。
何やら白い紙をペラペラやりながら踊っています。
「もう返せないよ~。
だってお前の名前で登録終わらせちゃったもん。
自賠責も、任意も加入済みだよ~。」
ですって・・
まったく。
もう。
ここまで来たらもう断れません。
私も覚悟を決めて夜空に向かって叫びました。
「みんなーーーーーー!!
ありがとーーーーーーー!!!!」
その私の声に合わせて、皆がドっと沸きます。
どんちゃん騒ぎのリスタートです。
皆が手にしたビールで乾杯を始めました。
軽トラにはラダーが掛けられ、NSRが降ろされて来ました。
隆二は私の手から鍵を奪い取ると、NSRに差し込んでキックバーを踏抜きました。
たった1回のキックで、NSRは白煙とともに甲高い叫びを上げました。
「はい!優姉!
乗らないと皆納得しないよ?」
と、微笑みながら自分の軽自動車から出してきた私のヘルメットを、吉乃ちゃんが手渡してきました。
確かにそうですね。
これは乗らないと収まりが付きそうにもありません。
ビール飲んでなくてよかったです。ほんと。
私がおっかなびっくりNSRをまたぐと、タンクに当てた手からは
「ネ!
ハシロ!
ハシロ!!」
という悪戯っ子のようなNSRの笑い声が聞こえました。
私はどぎまぎしながら、ハンドルに手を伸ばします。
これ。
とんでもない前傾姿勢です・・
本当に私で乗れるんですか、こんなの・・
私は恐る恐るギアをニュートラルから1速に入れると、ゆっくりとクラッチを繋ぎました。
エンストしました。
皆から歓声が上がります。
「何これ!?
全然パワーないよ!?
繋いだらエンストしちゃった!?」
私がそう叫ぶと、また後ろで大きな笑い声が沸き起こりました。
「2ストは下のギアに力がねーんだよ。
とりあえず、いつもより多めにアクセル回して発進しな。
あとは1速のまま5000回転まで持ってけばそれでいいさ。」
隆二はそう言って、もう一回NSRをキックしました。
私は言われた通りに、いつもより大袈裟なくらいにアクセルを回しました。
NSRのエンジン音が、甲高く変化して行きます。
そして怖かったですが、ゆっくりとアクセルを繋ぎました。
スルスルと静かにNSRは前進を始めます。
始めましたが、やっぱり力がありません。
私は慌ててもう少しだけアクセルをふかしました。
そしてそのままトロトロと前進して、お庭を超えて表の農道に出ました。
後ろからは歓声が聞こえます。
「このまま5000まで回せばいいのねーー!?」
私が叫ぶと、皆が
「ゴー!
ゴー!!」
と囃し立てています。
私はエンストしそうに進む、力のないNSRのアクセルをゆっくりと開けて行きました。
目の前にあるのは、真っ暗な田んぼや畑の中を伸びる暗い農道。
等間隔に光る電信柱の街灯が、まるで滑走路のようです。
NSRはゆっくりと加速を始めます。
でもまだまだトロトロ運転です。
本当にこの子はレーシングバイクなのでしょうか。
少し不安になる加速です。
私は心配しながらタコメーターを覗き込みました。
3000回転。
隆二が言っていた5000にはまだ遠いです。
4000回転。
なんだか、NSRのエンジン音が変わってきたような気がします。
そして4500回転を越えたあたりで、NSRは吠えました。
その叫び声は本当に「吠える」でした。
そして私の意識と体が後ろにズレました。
私を乗せたNSRは、まるで瞬間移動のような加速で前に走り出したのです。
これが前傾姿勢じゃなければ、間違いなく振り落とされていました。
急に目覚めたように物凄い加速で疾走しはじめたNSRは夜の闇を切り裂きます。
私はギアを2速に入れました。
また体と意識がグンと後ろにズレます。
そして3速。
上限知らずの加速を見せて、夜の滑走路をすっ飛ぶNSR。
いったいどこまで加速していくのでしょう。
甲高い。
あまりにも甲高いエンジン音は、久しぶりに噛みしめるアスファルトの感触を喜んでいるみたいです。
「タノシイ!
マタハシレテタノシイ!!」
NSRが笑っています。
経験したことのないような未知の速度をスピードメーターは指していましたが、私は不思議と怖くはありませんでした。
私は喜ぶNSRが嬉しくて、また一つギアを上げてアクセルと開けました。
満天の星空が私達を見下ろして笑っています。
お月様の影だって、なんだか笑顔にみえちゃいます。
そうか、君はSEEDって言うんだね!
これからよろしく、SEED!
そう。
私達はいつだって迷う。
いつだって道を間違う。
だけど私達は進んでいく。
何度だって走りだす。
いつまでも
どこまでも。
私達の冒険はまだ始まったばかりなのだから!!
え?
終わりませんよ。
主人公が中盤で機体を乗り換えるの、当たり前じゃないですか?
◯ンライズのお約束ですよ?
それにあたし、お喋りですから!
「ちょっと大人な私達の日常」
麻子ちゃん編 (完)




