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ちょっと大人な私達の日常  作者: にしやま そう
三つ編みのお姫様と若き騎士の恋唄
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三つ編みのお姫様と若き騎士の恋唄(Ⅴ) ~小さな恋の歌~

   






今晩もまた、明かりの灯ったガレージからは麻子ちゃんの泣く声が聞こえています。


私は宿直室の窓辺に座り、悲しそうにガレージで揺れる影を、ただ見つめていました。








第二十話

三つ編みのお姫様と若き騎士の恋唄


~ 小さな恋の歌 ~






8月に入って、お宿の忙しさはますます殺人的になって来ました。


予約台帳の各お部屋の欄には、所々キャンセルを意味する「〆」の赤い文字の上に、さらに新しい予約がセロテープで貼られ、そしてそれにも「〆」が書かれて、また新しい予約が貼られる。

という、見るからに慌ただしい光景が広がっています。


キャンセルや、代理店の返室へんしつ処理されたお部屋に群がる電話は後を絶ちません。

ヘタすると、直接ご家族でお宿までみえて

「お部屋空いてませんか?」

なんてお客様も日常茶飯時になりました。


お部屋が空いてればいいんですけどね。

空いてないと厄介です。

「そのまま諦めてお帰り願う。」

というのも、最近では普通にある話しなのでしょうが、

ここは大番頭の教えをしっかりと守ります。


玄関先で申し訳ないのですが、お客様にはお待ちいただいて、好意にしていただいてるお宿に電話をします。 私の場合は、まずお父さんの「松庵しょうあん」です。

最近では釜ノ瀬さんのおかげで山麓亭さんろくていさんにも電話がしやすくなって有り難いです。

そして空室のあるお宿が見つかると、フロントにおいてある観光案内地図に印をつけてお渡しするのです。


これが大番頭の教えです。


袖が触れ合うような縁も大切にしなさい。

そして、他のお宿さんと敵対するのではなく、助け合いなさい。


それが大番頭の口癖の一つでした。


まあ、こんな感じで、連日お宿はオーバーフローしたまま運行していきます。

「その日、明確に何名様の宿泊がある。」

なんて、下手したら日付が変わるまで分かりません。


板場も、中居さん達も、番頭も、アルバイトも、掃除のおばちゃんも、連日連夜の大運動会です。


そんな中、麻子ちゃんも正式に中居になりました。

もう、上村のおばちゃんのアシスタントではありません。


アルバイトの学生を二人引き連れて、部隊のトップとして大きな三つ編みを揺らし、眼鏡を汗で斜めにしながらも果敢に客室を回っています。


麻子ちゃんは強くなりました。


あの事故が原因で、またお部屋から出れなくなるのでは。

と心配もしたのですが、休む事なく必死で動きまわっています。


でもそれは、必死に何かに没頭していないと、ついつい道洞君の事を思い出してしまって辛いからなのかも知れません。


実際、慌ただしい一日が終わり、「お疲れ様」の女子会の頃になると、麻子ちゃんは手短にお茶だけ飲むと会の途中だと言うのに上がってしまうのです。

そして着替えると夜も遅くから駐車場にあるガレージに向かい、深夜まで動かなくなったバリオスを触りながら泣いているのです。



これは、道洞君と、ファイヤーブレードの「想いの力」が産んだ奇跡なのだと思います。


ファイヤーブレードは、カウルも粉々に砕け散り、そこら中がガードレールにえぐむしられ、荷重に耐え切れなくなった前輪とフロントフォークやハンドルは曲がり、オイルをまき散らした見るも無残な痛々しい姿で路上に倒れたにもかかわらず、麻子ちゃんと、エンジンブローを起こしたバリオスは、本当に小さなかすり傷をしただけでした。


麻子ちゃんは、毎晩のように泣きながら自力でバリオスを修理しようとしています。


もちろん、麻子ちゃんにそんな技術も、知識もありません。


私や吉乃ちゃんが、何度止めに入ってお部屋に連れ戻しても、また麻子ちゃんはこっそり部屋を抜けだしてガレージへと向かうのでした。


たぶんこれは、麻子ちゃんなりの「贖罪しょくざい」なのかも知れません。


私もあれから、家に戻って自分のベッドでは寝ていません。

毎晩この宿直室の窓辺に腰掛けて、ガレージで揺れる麻子ちゃんの影を見ています。


なんだか、こうやって少し離れたところから見守る事しか出来ない自分が、少し情けないです。



そしてさらに数日が過ぎた頃。

私がチェックイン前の玄関先の掃除をしていた時です。

隆二から一通のメールが届きました。


それは、

「いつまでも現実から目を背けて逃げてたってしょうがねぇ。

 今晩、皆で飲むから眼鏡ちゃん連れて飲みに来い。」

という内容でした。



その日の仕事は「圧巻あっかん」ただその一言に尽きました。

特に中居さん達がです。


仲居頭の上村さんと、佐藤さんのダブルエースに加わり、子育て専念で引退していた吉村さんもスポット参戦して千切っては投げ、千切っては投げの快進撃を見せたのです。


その姿はまるで、視界を埋め尽くす敵軍の群れに突き進む、一騎当千の勇者達のようにも見えました。



私が皆に相談したのは、チェックインが始まる少し前の事でした。


「そうかい。

 このままじゃあ、麻子ちゃんも潰れてしまうからねぇ。」


「じゃあ、やってしまいますか?

 上村さん?」


「そうだねぇ、佐藤さん。

 吉村さんも大丈夫かい?

 勘は鈍ってないかい?」


「まかせといてください!

 久しぶりに腕が鳴ります!」


私そっちのけで、まるで武将同士のような会話が成立すると、すでに連日連夜の大入りで、疲労も溜まっているはずのおばちゃん達は快進撃を始めたのです。


最初は隆二からのお誘いに乗り気では無かった麻子ちゃんでしたが、おばちゃん達の猛撃によって、仕事が残っていなければ断る口実に成る物もありませんでした。


大入りにもかかわらず、皆がいつもより随分と早く厨房の盛り付け台に集って「お疲れ様」の女子会をしていると、着替えを終えた吉乃ちゃんと麻子ちゃんが姿を現しました。


たぶん吉乃ちゃんのチョイスなのでしょう。

麻子ちゃんはトレードカラーの若草色のワンピースに、白い夏物のカーディガンを羽織っていました。 そしてやはりトレードマークの大きな二つの三つ編みも今日は解かれていて、編んでいた跡で大きくウエーブした長い髪がとても大人っぽく、そして綺麗に見えました。

ほんと、まるでお姫様みたいです。


板場の丁稚の二郎くんなんて、その麻子ちゃんの変貌ぶりに顔を真っ赤にしてモジモジしています。


だけど、やっぱり麻子ちゃんの顔は沈んでいます。

特に嫌がる様子もなく着替えて降りてきた事を考えると、たぶん、今日自分がなんで隆二の店に呼ばれたのか。 その意味は十分に理解しているのでしょう。

ただ、色んな思いが麻子ちゃんの中で巡って、沈んだ顔になってしまうのだと私は思いました。


「ほら。

 優ちゃんも皆を待たせてたら悪いですよ。

 後は僕がやっておきますから、早く着替えていらっしゃい。」


沼さんが微笑んでくれています。


私は慌てて更衣室のロッカーへと走りました。


ま。

そう言っても、私の場合は実家じゃないので、Tシャツとデニムしか無いんですけどね。





吉乃ちゃんの運転する私達を乗せたチョコレート色の軽自動車は、夜の繁華街を抜けて行きます。

街灯やネオンは、私の隣でうつむく麻子ちゃんの顔を照らしては消えて通り過ぎて行きます。

ほどなくして、隆二の店の契約駐車場に着いた私達は、そこに車を止めて夜の街を3人で手を繋いで、麻子ちゃんの歩調に合わせて、ゆっくり、ゆっくり歩きました。


隆二の店のある雑居ビルに到着して、二階にあるお店まで続く煉瓦の階段を登り始めると、上の階からは賑やかな笑い声と歌声が聞こえて来ました。


麻子ちゃんの足取りがまた少し重くなります。


食品偽装事件で失踪していた隆二は、大番頭が亡くなった事でこの街に帰って来ました。

そして引退してお店を辞める親戚の伯母さんからスナックを譲り受けて、この店を始めたのです。

蓄えの無かった隆二ですから、普段はジャズの流れるダイニングバーなのですが、基本的な店の造りはスナックだった頃のままです。

それでも最近は、常連さんやチームの皆のご好意もあって、カウンターだけは立派な一枚板になりましたが。


そんな隆二の店から、珍しくカラオケが聞こえてきます。

機材が残っているのは知っていましたが、いつもはシックでアダルトな雰囲気のお店です。

カラオケが鳴り響いてるなんて、始めて聞きました。


その賑やかさと、沈んだ麻子ちゃんの間には大きな気持ちの川が流れているようで、「R’s Bar」と書かれたドアの前で、麻子ちゃんの足は完全に止まってしまったのでした。


俯いて固まってしまった麻子ちゃんを挟んで立つ私と吉乃ちゃんも、顔を見合わせて

『どうしようか・・?』

という顔をしています。


店の中からは相変わらずカラオケの歌声が聞こえてきます。



これは、子供の頃に流行った「宮川の女」・・でしょうか。

ご当地演歌です。


だけどあまりに音程が外れていて、すぐには何の曲だか分かりませんでした。

とんでもなく音程も外れていますし、歌うというよりは「叫ぶ」みたいなその演歌は、まるで応援歌のようでした。

そして何より可笑しいのは










いちいち歌詞の終わりに


「~っす!」


という語尾がくっついているのです。







私達、ドアの前で思わず吹き出して笑っちゃいました。


そして三人で顔を見合わせて

「うん!」

と大きく頷くと、皆で一斉にそのドアを開けたのです。










道洞君とファイヤーブレードの純粋な「想いの力」は、本当に数々の奇跡を産みました。


麻子ちゃんとバリオスが軽傷だったのもそうですし、あんな猛スピードからの前後輪ロックされた状態で、アスファルトの上をスケートのように滑って麻子ちゃんとガードレールの僅かな隙間に滑りこむなんて運転、100回やったって、普通なら100回失敗します。

それを理由も理屈も飛び越えて、いきなり結果的にそれを成し遂げたなんて、ほんともう「想いの力が産んだ奇跡」としか言いようがありません。


道洞君の怪我だってそうです。

アスファルトに叩きつけられた時の全身打撲と、ガードレールを滑りながらえぐられた足。

派手に流血はしましたが、裂傷と足の骨にヒビが入った以外は、

最悪の怪我には至りませんでした。


事故後のファイヤーブレードを見たヨツバモータースの社長は


「これが最近のカウルとタンクが一体化したデザインのバイクだったら、ミチオ(道洞君)の左足は千切れて飛んでいたかも知れないな。」


と、言っていました。


型の古いCBR900RRのサイドカウルはタンクと一体型ではなくて、タンクから5cm程浮いた位置に覆いかぶさるような昔のデザインでした。

そのたった5cmの隙間が道洞君の足を守ったのです。


その変わり、全身の鎧は粉々に砕け散り、フロントフォークもタイヤも曲がり、オイルを撒き散らせて倒れたファイヤーブレード。

きっと彼が道洞君を守ってくれたのでしょう。


本当に見上げた騎士君です。




お店の中は・・地獄絵図のようでした。



上半身を半分以上脱がされて、誰の物とも分からない、でも何となく見覚えのあるネクタイを頭に結んだ道洞君が、お店の一番奥にあるボックス席の上で松葉杖片手に握りこぶしで熱唱していました。


それを見て大笑いではやし立てる酔っ払い集団の中に、腹を抱えて笑い転げるともえちゃんの姿が見えます。

めっちゃ足をバタバタさせて笑っています。


チラリと見えたうちのお父さんの首元にネクタイがありません。

あ。

それ。

あたしが結婚記念日にプレゼントしたやつじゃない。



隆二一派の面々の口笛や拍手を受けて、道洞君はますますノリノリです。

瞳を閉じて応援歌のような演歌を熱唱しています。


もうすでに、原曲が何だったか? なんて分かったもんじゃありません。



カウンターの中の隆二は、無口に黙々とおつまみを作っています。

私達が入って来たのに最初に気付いたのは、そんな無口な隆二でした。

カウンターの中から目だけ合わせると、小さく

「よお。」

とだけ挨拶してきました。


真新しい一枚板のカウンターには誰の姿もありませんでしたが、ところ狭しと飲みかけのお酒やおつまみが並んでいます。

ついさっきまでは、皆がおとなしく飲んでいたんでしょうね。



ふと、急に道洞君の熱唱が止まりました。

そして少し遅れて、口笛や拍手も止まり、お店の中には「宮川の女」の伴奏だけが流れていました。


ボックス席の上で、半裸の道洞君が私達を見つめて固まっていました。


ふいに繋がれていた私の手が、ぎゅっと強く握られました。

隣に立つ麻子ちゃんは、顔を真っ赤にしながらも真剣な目をしています。


「麻子ちゃん、ちゃんとお礼言えそう?」


私が小声で尋ねると、麻子ちゃんは小さく頷きました。



ボックス席から降りた道洞君は、松葉杖をつきながら私達の立っている入り口までやって来ました。


さらに強く私の手が握られました。


「あ・・

 あの・・

 その・・

 わ、わたし・・」



そう言いかけて止まってしまった麻子ちゃんの前で、道洞君はニコっと笑いました。

そして少しだけバツの悪そうな顔をして


「麻子ちゃん!

 今回はちょー怖い思いさせちゃって、ホント申し訳なかったっす!」


そう語り出したのです。


「麻子ちゃんのバリオス、エンジンの調子が悪いって知ってたのに。

 自分、メカニック失格っす!

 この怪我も自業自得っす!」


麻子ちゃんは私の手を握りしめたまま、俯いてしまいました。

眼鏡の奥の大きな瞳には涙の粒が生まれていました。


「今更かも知れないっすけど、自分にバリオス見させて欲しいっす!」


その言葉と同時に、麻子ちゃんの足元の床に大粒のマーブル模様が広がっていきました。


「あ・・。

 麻子ちゃん、泣かないで下さいっす・・

 悪いのは本当、自分っすから・・

 今回も麻子ちゃんに怖い思いはさせるわ、皆さんに迷惑かけるわ、 

仕事には大穴開けるわで、

 自分ホント、メカニックどころか、人間としてもダメダメっすわ・・」


「ホント、ダメでダメで情けないっすわ・・」


そいう言って、道洞君の瞳からも大粒の涙が溢れ落ちました。


隣の麻子ちゃんを見ると、ギュっと唇を噛み締めて震えています。

そして涙で濡れた瞳のまま、キョロキョロと何かを物色しているみたいに見えます。


あ。

止まりました。


止まった麻子ちゃんの視線の先にあったのは、一枚板のカウンターの上にある飲みかけの焼酎のロックでした。


あ。

これは・・


ふと、強く握られていた私の手が軽くなりました。

それと同時に、麻子ちゃんはカウンターの上から焼酎のロックを手に取ると、そのまま一気に飲み干してしまいました。


そして大きな深呼吸をすると、麻子ちゃんの叫びが店中に響き渡りました。




「こらーッ!!

 道洞ミチオーーッ!!

 いちいちダメダメ言うんじゃないッ!!」



あまりの大声に店中が凍りつきました。

道洞君も、たじろいで飛び退いた姿勢のまま大きな目をして凍ってます。



「あんまり自分の事、ダメダメ言わないでください・・

 道洞さんはちっともダメなんかじゃないです。

 私の白馬の騎士なんです・・」


大きな叫び声の後に麻子ちゃんの口から出た言葉は、そんな優しくて温かい言葉でした。


「命を助けてくれてありがとう、道洞さん・・

 道洞さんも生きててよかったです・・

 死んじゃってたら、もう会えませんでした・・

 ありがとう、道洞さん。

 

 大好きです。」



顔を上げて微笑む麻子ちゃんの大きな瞳に浮かぶ大粒の涙。

照明をキラキラと反射させて、本当に大きな宝石のようです。




そしてやはり今回も、


バタン


という大きな音と共に、床も大きく揺れました。



でも、今回倒れたのは道洞君です。


そしてもう一回、大きな音と共に床が揺れます。


今度は麻子ちゃんです。


鎮まりかえった店内には、宮川の・・

いえ、小さな恋の歌が流れていました。


そして静まり返っていた店内は一気に沸騰し、

いつの間にか

「道洞君退院おめでとう会」は

「道洞君、生まれて初めて彼女が出来ておめでとう会」

へと変貌していました。


その大宴会と笑い声は夜中まで続きました。












私は宿直室に入ると窓を開けて、窓辺へ腰掛けました。


今日もほんとに忙しかったです。

お宿はバタバタでした。



見上げると満天の星空に夏の大三角形が一際眩しく輝いています。

今日は天の川もはっきり見えます。


もう窓の下からは涙声は聞こえません。


そこにあるのは、カチャカチャというバリオスと、その隣に寄り添うように並んだファイヤーブレードを修理する音と、明かりに照らされて伸びる二つの影。

そして幸せそうな笑い声でした。



吉乃ちゃん曰く


「あの二人は今だに手すら繋いでないのよ!」


らしいですが、まあ、麻子ちゃんと道洞君です。

たぶん今晩も明かりの灯ったガレージの中、工具を手渡す時に指先がちょっと触れるだけでも真っ赤になって黙りこんじゃうんでしょうね。


なんだかうらやましです。


素直に誰かに「好きだ」と言える時期に、素直にその想いが伝えられる。

そしてそれを素直に受け止めてもらえる。


私にもそういう時期はありました。

でも、少しづつ大人になるにつれて、色んなしがらみが増えてしまい、

私はその掴んだ手を離してしまいました。


でも、今始まった小さな恋の歌。

いつまでもこの二人が、繋いだ手を離しませんように。

私はそっと天の川にお祈りをしました。


ベガ(おりひめ)とアルタイル(ひこぼし)が笑っていました。








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