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ちょっと大人な私達の日常  作者: にしやま そう
三つ編みのお姫様と若き騎士の恋唄
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三つ編みのお姫様と若き騎士の恋唄(Ⅳ) ~赤い花、白い花~



もうすぐ7月も終わりですね。


空はますます青く、高くなってますね。

まるで綿菓子のような、もくもくとした積乱雲が遠くのお山の上に見えますね。


海の日も過ぎて、私達の街の子供達も元気に走り回っていますね。

そうです。

夏休みがやってきましたね。


目覚まし代わりのラジオ体操の音、蝉の声。

爽やかで清々しい季節到来ですね。




え?

ちっとも爽やかでも、清々しそうでもない?


なんだ、その棒読みは?


だって私、今困ってるんですもの。

お願いですから助けてくださいよ・・

あたし、どうしたらいいと思います?



1)急に風邪をひく

2)あきらめる

3)誰かを巻き込む









第十九話

三つ編みのお姫様と若き騎士の恋唄


~ 赤い花、白い花 ~










「では、フロントの〆が終わった11時頃にバイクでお邪魔しますね!」


可憐な和服姿の悪の魔王の策略にはまった私。

そう言ってにこやかに立ち去る、山麓亭の支配人の釜ノ瀬さん。


「にひひひひ。」


微笑む悪の魔王。


完全にしてやられました・・


もう。




西山荘の駐車場。

腕時計を見ます。

午前10時50分。


待ち合わせまで、あと10分。

変な緊張で胃がきりきりと痛みます。


まったくとんでもない事になってしまいました。


「あ・・

 あの・・

 私なんかがご一緒して、お邪魔じゃありませんか・・?」


そう言ったのは、前回の転倒の反省から、白いメッシュのライダーズジャケットに身を包んだ麻子ちゃんです。

一見無骨なプロテクター入りのジャケットですが、首には麻子ちゃんに良く似合う若草色のバンダナが巻かれています。

白いジャケットとも良く合って、とても女の子っぽいです。


その隣でてへへと笑っているのは、今回の首謀者、吉乃ちゃん。

はい。

きっちり責任取ってもらいますからね。


さらにその隣。

相変わらずカチコチなのは、言わずも知れた道洞君です。



はい。

選びましたよ。

自力で。


3番:誰かを巻き込む。



本当はもっと大々的に誘って、大掛かりなツーリングにしてしまおう!

とも思ったのですが、さすがに小一時間ではこの人数が関の山でした。


でも。

まあ。

とりあえずは心強いです。



今日の目的地は、前回沼さんに連れていってもらった、脱サラ医師のお蕎麦屋さんです。


まだこの街に来て間もない釜ノ瀬さんは、土地勘がありませんからツーリングのコースも、目的地も「私の行きたい所で」という事で決まりました。


というか、あのお蕎麦。

イメージが強烈だっただけあって、また食べたくなっちゃったんです。

あと、驚く皆の顔と。

そう思うと、気の重いこのツーリングも、少し楽しめそうです。



さてさて、あと5分程で11時。

という頃になって、坂の下から一台のバイクのマフラー音が近づいてきました。


おそらく釜ノ瀬さんです。


さあ、いよいよです。


まあ、いきなりのお誘いで戸惑ってはしまいましたが、釜ノ瀬さん自体は清潔感もありますし、悪い人ではありません。

なんたって、私が一瞬でも水上さんと見間違うくらいですから。


水上さんと違って、少し体育会系な感じの釜ノ瀬さん。

元、東京の旅行代理店のエリートさんは、どんなオートバイに乗っているのでしょう。

きっと、知的なオートバイなはずです。


イメージでは。

そう!

BMW!


想像すると、ちょっと楽しみです。



そしてエンジン音と共に颯爽と登場した・・


・・誰?

・・これ。





白い半帽のヘルメットには無数のステッカー。

その下にはキャプをかぶっています。


派手なミラーのサングラス。

もぐもぐ動く口には恐らくチューインガム。


まるでヘビメタのような、銀の鋲打ちの黒い革ジャンの背中には派手なドクロの刺繍が・・

ブーツも、グローブも鋲打ち・・


「YO!

 皆さん、おまたせしました!」



あんた。

誰?




一見誰だか分かりませんでしたが、聞こえてきた声は間違いなく釜ノ瀬さんのものでした。

チューインガムをくちゃくちゃしながら笑ってます。

そして、無駄な事この上ない空ぶかし。

いちいちアクセルひねりながら喋ってます・・


地球にもご近所にも優しくありません・・


釜ノ瀬さんて、こんな人でしたっけ?



乗っているのは・・

ハーレーダビットソン・・


ん?

でも、なんか音が軽いです・・


うちのお父さん乗ってるから、ハーレーの音は子供の頃から聞いてます。


ぼろん!

ぼろろん!


と、内蔵に響く音がするはずのそのアメリカンバイクからは、妙に軽い音がしています。

よく見ると、シルエットはハーレーにそっくりなのに、全体的に造りがちゃっちゃいいです・・。

タンクには見慣れたハーレーのロゴがありません・・


これ・・

ひょっとして・・


私はその先を考え始めて、慌ててやめました。


だって、釜ノ瀬さん、めちゃくちゃ気合い入れてアメリカンライダーになりきってるんですもの・・

ここ、突っ込んだら駄目なところです。

絶対に。


『それって、国産の400ccですよね? ヤマハですか?』


なんて口が裂けても言えない雰囲気です・・





「あ!

 初めましてっす!

 男の人がいてくれて、ちょーラッキーっす!

 綺麗なドラッグスターっすね!

 400っすか!?」


あ!

ばか!

道洞君!

そこ触れちゃだめ!


「あ、あはは

 これ実はハーレーじゃないんです!

 はははははは」



って、釜ノ瀬さんも!

そこスルーでしょ?

スルー?

何、バツの悪そうな困った顔で暴露してるんですか!?

そんな顔するなら、暴露しないでください!




さて、いささか気まずい空気も流れていますが、とりあえず全員集合です。

私達は、雑談に花を咲かせつつも走る隊列の順番を決めました。


今回の先頭は道洞君のファイヤーブレード、CBR900RRです。

2番目は、麻子ちゃんの限定カラーのバリオス。

3番目が、私と吉乃ちゃんのVTZ250です。

最後尾を希望したのは釜ノ瀬さん。

「まだ道が微妙なんで、後ろからついて行きますね。」

という事になりました。


私は、

「道も国道一本道だし、そんなにややこしい場所じゃないから、折角なら先頭走ってみません? 気持ちいいですよ?」

と、提案したのですが、


「しんがりを守るのは男の役目ですから。」


と、親指を立てながら、渋い事を言ってみえます。


だけどまあ、結果的にはこの隊列が実は正しかったと、後に思い知る事になるのですが・・


と言うのも、古い街道に入るまでの市街地は問題無かったのですが、いざ森の中の街道を走りだすと、すぐに釜ノ瀬さんがミラーから消えてしまうのです。


え?

どんだけスピード出したの?

ですって?


そんな、むちゃくちゃなんて飛ばしてませんよ。

だって、まだまだバイクに不慣れな麻子ちゃんだっていますし、私だって吉乃ちゃんとの二人乗りです。

ちゃんと制限速度ぴったりで走ってましたよ。

そこらへん分かってくれてる先頭の道洞君が、スピード調整しながら走ってくれてましたもん。


でもね。

消えちゃうんです。

釜ノ瀬さん・・



緩やかに登る長い直線を過ぎて、カーブと呼ぶにはこれまた緩いカーブを2つ程進むと、3番手を走る私のミラーからも、完全に釜ノ瀬さんは消えてしまいました。

ヘッドライトの明かりすら見えません。


私達はそれに気がついて、カーブの先の直線の路肩にバイクを停めました。


しばらく待っていると、カーブを出てくるヘッドライトの明かりが見えます。

釜ノ瀬さん、緩いカーブを両足地面に着けながら、おっかなびっくり曲がってます・・


やっとやっとで私達に追い付いた釜ノ瀬さんは、とんでもなく驚いた顔をしています。


「み、皆さんは、いつもこんなスピードで峠を攻めてみえるんですか!?」


いや。

あの。

驚きたいのはこっちです。




先頭で停まっている道洞君を見ると、手のひらを広げて

『5?』

『4?』

と、小首を傾げています。


今の釜ノ瀬さんの走りをみる限りだと、時速60キロペースで走るのは難しそうです。

私も手を広げて道洞くんに合図します。


『5・・』


いや違うな。

一本指を折ります。


『40キロで行こう。』


そう合図しました。




さてさて、麻子ちゃんですら鼻歌まじりで走れる時速60キロ走行に着いて来れないとなると、いささか大変です。


確かにアメリカンタイプのオートバイはカーブで曲がりません。


前に隆二が言っていましたが、これはそもそも「アメリカンタイプ」というオートバイが日本のようなカーブの多い場所を走るように設計されていないからです。

基本的にアメリカの、どこまでも真っ直ぐな道路を走る乗り物なので、「曲がる」という考えはそもそも無いっぽいです。


極端に低い重心と、極端に重い車重。

そしてハンドルから遠く前に突き出た前輪と、長いホイルベース。

これはあくまでも直進を長距離走るのに適した設計です。


そしてさらに、エンジンが400ccと小ぶりなのに、車体の大きさと重さはしっかりアメリカンなドラッグスター。

恐らく加速もパワーも今ひとつなはずです。


それと釜ノ瀬さん。

本当に普段から乗ってみえる方なんでしょうか。

少し不安になります。


いくら峠の苦手な400ccアメリカンと言っても、あまりに遅い気がしますし、

何より乗り方が・・


アメリカンは絶対的に遅い。

という訳ではありません。

これはもう乗り手次第です。


隆二一派の建具屋の田中さん。

うちの街でも有名な古参のハーレー乗りのおじさんです。

あの人はとんでもないです。


私なんかは置いてかれちゃうような、隆二や道洞君の峠走行に、カーブの苦手な古いカスタムハーレーで、ステップから火花を散らしながら付いて行ってしまいます。


まあ、あの世代のハーレー乗りの方々が多少異常なだけなのですが。



とにかく釜ノ瀬さん。

最初の口ぶりから、随分乗れる方だと思っていたのですが、これはどうやらかなり用心しないと、怖い事になっちゃいそうです。


無事にこのツーリングが終えれればいいのですが。



そんなこんなで、結局普通に走れば20分程度の道のりを、私達は小一時間かけてお蕎麦屋さんに到着したのです。


道洞君はバイクを下りるなり、折りたたみ携帯をカチリと開けて、しきりに謝っています。

どうやら工場の社長さんみたいです。


皆は先日の私と同様に、お蕎麦屋さんの外見に唖然としています。


しめしめです。

まずは一つ目してやったりです。


そんな中、釜ノ瀬さんはすっかり落ち込んでいる様子です。


こんな時、どうしたもんですかねぇ。

「大丈夫ですか?」

と、声をかけるのも失礼ですし、かと言って話しかけないのも悪い気がします。


難しいですね。



お店に入って、一同が席についても、釜ノ瀬さんはヘコんだままでした。

でも、意外というか、当然というか、この人が切り込んで来ちゃいました。


「釜ノ瀬さん!

 東京でも乗られてたんっすか!」


はい。

道洞君です。

よりによって、いきなりソコ聞きます!?

釜ノ瀬さん、顔が真っ青になっちゃったよ?




「え・・

 ええ・・

 まあ・・」


ほら、言わんこっちゃない。

ますます落ち込んで、暗い顔になっちゃいました。

恋愛の対象とか、二人でお食事とかは別として、また一人新しいバイク仲間が増えるかも?って、少し期待してたのに、この様子だと次はもうなさそうです。

お隣さんのお宿の支配人さんですし、あまり遺恨は残したく無かったのですが、これはもう仕方なさそうです。


なんて、私が心配してるのに、空気を読まない道洞君はまだまだ話しをやめません。

よほど男性の仲間が増えたが嬉しいんでしょうね・・




「いいっすよね!

 東京でドラッグスター!

 ちょーカッコいいっす!

 ああいうバイクで夜の街とか、夕焼けの湾岸沿いとか走ってみてーっすよ!

 まったく!」


道洞君、何やら一人で感動して盛り上がってます。

凄いです道洞君。

ここまで空気読まないと、逆に尊敬してしまいます。


だけど、意外な事に


「そう!

 そうなんですよ!

 真っ暗な湾岸沿いとか、仕事で疲れて走るビルの谷間!

 ドラッグスターで走ってると、本当に爽快なんですよ!

 逆に、こういう道はほとんど走った事がなくって!」


「ああ、無理ないっすよ!

 適材適所っすから、バイクも!

 それにアレっす!

 優さんの後ろ走ってると、ついつい釣られちゃいますしね!」


「え?

 あたし!?

 あたし何か変な走りしてた!?」


意外にも釜ノ瀬さんの顔色が明るくなり始めて、ほっとした矢先に、突然私の話しになって、慌ててしまいます。


「いや、違うっす!

 優さんどうのこうのじゃなくて、バイクっす!

 アメリカンと、優さんのネイキッドでは、カーブの入り方から曲がり方、

 全然違うはずなのに、前の人につられちゃうじゃないですか、流れで走ると!

 ネイキッドと同じ速度やコースでカーブに入ったら、そりゃ怖いっすよ!」


「なるほど!それでか!」


釜ノ瀬さんの顔が一段と明るくなりました。

まったく何と言いますか。

色々言葉を探したり空気を読んでた私がばかみたいです。


こういう時は、道洞君みたいな人が強いんですね。

ほんと、感心しちゃいます。



「釜ノ瀬支配人?

 それならどうでしょう、帰りは気持ちよく先頭をお走りになられてみては?

 前を気にせず、ご自分のペースで走れますよ。」



「おお!

それはいい!

では、お言葉に甘えて帰りは先頭を走りますね!

 ははははははは。」



吉乃ちゃんの提案で、釜ノ瀬さん、機嫌が直るどころか上機嫌です。



そうこうしてるうちに、私達の前に5人前の不細工なざる蕎麦が運ばれてきました。

みんな目をまん丸にしながら、ザルの上のお蕎麦を見ています。


ふふふです。

余興は終わりですよ。

皆の驚く顔を堪能させてもらいますね。


私はちょっと悪い顔をしました。



一同が困った顔で、お蕎麦と私の顔を行ったり来たりしながら眺めてます。

釜ノ瀬さんだけが豪快に笑っています。


そして皆が恐る恐るお蕎麦を箸ですくいあげると、そばゆつに付けて口へ運びました。


道洞君は豪快にズルズルと。

私は爽快にズズっと。

吉乃ちゃんと麻子ちゃんは、お上品にスルスルと。


釜ノ瀬さんは・・


あ。

いきなりお蕎麦をドボンとおつゆに放り込んでしまいました。


あ。

その上から薬味全部入れちゃった。


あ。

しかも、おつゆの中でグルグルかき回しちゃってる・・


あ。

お団子のように丸まったお蕎麦をお口に放り込んで

「旨い!旨い!はははははは!」

って、食べちゃってる。



思わずその破天荒さに吹き出してしまいます。

フワっと心も軽くなりました。



あたしより頭がよくて、エリートで、経済にも詳しい釜ノ瀬さん。

でも、完璧じゃないんだ。

苦手な事、いっぱいあるじゃない!

私と一緒じゃない!


そうだよね。

うん。

そうだよ。

人間、得意な事もあれば、苦手な事もあるんだよ!


一人勝手に引け目感じて落ち込んで。

まったく私、何やってたんだろ。


私はすっかりお蕎麦を食べ終わった釜ノ瀬さんに


「これ、濃厚で美味しいんですよ!」


と、そば湯を注いで微笑みました。



私の胸の根っこの方で、つっかえていた何かが溶けて行ったような気がしました。









帰り道は、行きと違って順調そのものです。


お腹も心も満たされたライダー達は、各々の愛車にまたがって、蝉の声が響く緑の渓谷を気持ちよさそうに風になって駆け抜けて行きます。



道洞君のアドバイスと、吉乃ちゃんの提案が良かったのか、先頭を走る釜ノ瀬さんにさっきまでのような辿々(たどたど)しさはありませんでした。

本当に伸びやかに、楽しそうにバイクを運転しています。


直線でしっかり加速して、カーブではしっかり減速して曲がる。

セオリー通りのアメリカンの乗り方です。


直線でしっかり加速する釜ノ瀬さんと、二番手の麻子ちゃんの間に距離が開きます。

一見隊列が間延びするようにも見えますが、これいいです。

凄いです。


釜ノ瀬さんのアメリカンが、カーブの入り口でしっかり減速している間に、ネイキッドの麻子ちゃんが流れるようにカーブに入ります。

開いていた間隔が元に戻って、皆で気持よく等間隔に並んでカーブを回っています。


麻子ちゃんも本当に上手になりました。


「いつもより沢山アクセルを開けて曲がる。」


という曲がり方は、やっぱり麻子ちゃんにはまだ怖いようですが、その代わり


「カーブでは一速余分にギアを落として回る。」


という対処方法を身につけました。

いつもと同じギアよりも一つ下のギアを選ぶ事で、意識してアクセルを開けなくても自然に回転数が上がって安定するのです。


これが出来るようになってから、麻子ちゃんの運転は化けました。



高校時代の数年間、お部屋に閉じこもって膝を抱えてた麻子ちゃん。

その動かない毎日から一転して、今は時速六〇キロで風の中を泳いでいます。


麻子ちゃんは楽しいんです。

嬉しいんです。


走り出した自分が。

ちょっどづつ強くなっていく自分が。


喜びが色になり、香りになり、風になって、麻子ちゃんの回りの空気を彩っています。


全身から、オートバイから、麻子ちゃんの嬉しい気持ちが溢れ出して止まりません。

その姿はまるで、白いドレスに身をまとい、お花畑の中でクルクルと踊る三つ編みのお姫様のようです。




広くて真っ直ぐ伸びる国道の両脇に、高々と茂った高原のトウモロコシ畑が見えます。


思い思いのスタイルで

思い思いの音色を奏でて皆が風になっていきます。


うん。

私、オートバイが大好きです。


自分とマシンの限界に挑戦。

なんて乗り方もありますが、私はあまり好きじゃありません。

女の子ですし。


オートバイはこういうのがいいです。

まるで皆が楽しそうに踊ってるみたいです。



釜ノ瀬さんが加速します。

麻子ちゃんも頑張って加速します。


次第にトウモロコシの姿が消えて、道はまた下りのコーナーが続く森へと入って行きます。

夏の日差しと木々の緑が作り出すマーブル模様は、まるで鮮やかなモザイク画のようです。

時間が緩やかに流れています。


木々の合間からは、小さく私達の街が眼下に姿を現しました。


カーブが見えてきました。

大きく曲がるヘアピンです。


釜ノ瀬さんがしっかりと減速をします。

それに合わせて、麻子ちゃんの左足が、コンコンと二回動きます。


ほんと、見違えるように綺麗なシフトダウン。










ぽん









それは本当に、本当に軽い音でした。

まるでゴムまりが、楽しげにバウンドするような。

そんな軽い音。






そして花が咲きました。





まるでマジシャンのステッキから、パっと可憐な花々が咲き乱れるように

大きな白い花が咲きました。





マフラーから白い大きな煙の花を咲かせた麻子ちゃんのバリウスが、スローモーションの世界で、コントロールを失ったままガードレールに向かっていました。



ゆっくり。

本当にゆっくり。



ガードレールの向こうに見える眼下の街だけが、

夏の日差しを受けて鮮やかに輝いていました。






風が。

風が吹いています。



「コレデ

ボクハ

ヤスラカニネムレマス・・」



風に乗って声が聞こえたような気がしました。



私は手を伸ばしました。


届くはずのない手を。




凍ったような時間の中。

私はスローモーションでガードレールへ迫る麻子ちゃんを、見つめる事しか出来ませんでした。


叫びました。

何度も叫びました。


だめ。

いかないで。

連れていかないで。


麻子ちゃん。

麻子ちゃん。

麻子ちゃん。


麻子ちゃんに良く似合う若草色のバンダナだけが、灰色の世界の中で鮮やかに揺れていました。



涙が浮いてきます。


お願いだから。

麻子ちゃんまで連れていかないで。



その時です!

何かが私の横で大きな白い翼を広げたのです。








「まだです!

  僕が絶対にやらせませんッ!!」







耳をつんざくような大きくて甲高いエンジン音は、

まるでそう叫んでいるようでした。


それは道洞君のファイヤーブレードでした。


凍りついた時間の中、

まるでただ一人だけ時間の鎖を引きちぎったように、

前輪を浮かせながら加速する道洞君の白いファイヤーブレードが、信じられない速度で私を追い抜いたのです。


大きく広げた翼のように感じたのは、切り裂いた空気と時間の壁。


少しだけ見えたヘルメットの中の瞳には迷いがなく、

ただ燃えるように一点を見つめていました。


『麻子ちゃんは僕が守ります!』


その姿は、恐れを知らない勇敢な若き騎士のようでした。



ありえない速度で加速して、私を追い越した道洞君のファイヤーブレードは、そのまま麻子ちゃんのすぐ後ろまで迫るとフルブレーキングをかけました。

猛スピードからのフルブレーキングで、ロックした前後輪は道路の上を滑って行きます。


アスファルトに焦げる匂いと、黒く引き裂いたような爪あとを残し、道洞君は残りほんの少ししかないガードレールと麻子ちゃんの隙間へと滑り込んで行ったのです。



金属を削る悲鳴のようなヒステリックな音と、無数の激しい火花が巻き起こります。



麻子ちゃんを受け止めたままガードレールを滑走するファイヤーブレード。

粉々に割れたカウルの破片が飛び散って、私のヘルメットを叩きます。


そしてガードレールとバイクに挟まれた道洞君の足から飛び散る

血飛沫の小さな赤い花も。


それでも道洞君は麻子ちゃんを受け止め続けます。


その背中には、やっぱり迷いも後悔もありませんでした。

ただ、「守る」という強い信念だけがありました。




ぐにゃりとファイヤーブレードのフロントが沈みます。


そして道洞君はゆっくりと宙を舞い、アスファルトの上に落ちました。



その日一番最後に咲いた花は、動かないまま大の字に寝そべる道洞君の下にゆっくりと広がるように咲いた、赤い花でした。



うるさいくらいの蝉の声が、静まり返ったヘアピンカーブにこだましていました。









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