優の長い一日(Ⅲ)マコちゃん
空気が・・
とっても・・
重いです・・。
いや。
違うな。
とっても気が重いです・・。
うん。
これだ。
ガラス張りの西山荘のロビーからは、雪のまだ深いお庭が見えます。
チェックアウトが終わった時間帯のお宿はとても静かで、さっきから掃除の山村のおばちゃんの慌ただしくバケツを持って行き来する姿だけが目立ちます。
上村のおばちゃんを始めとする中居さん達も、お昼休みで家に帰ってしまいました。
ロビーのソファに座る私の正面には、スーツ姿で細身の中年の女性。
さっきから息き継ぐ間もなく、延々と一人で喋り続けてます。
淹れたコーヒーもすっかり冷めてしまいました。
おばさんの喋る勢いが凄すぎて、私はさっきから、苦笑いしながら相槌しか打ててません。
もちろん話しなんて、半分以上耳に入ってきません。
絶え間なく喋り続けるおばさんの肩越しに、雪のお庭が見えます。
雪雲の合間から顔を覗かせたお日様が、お庭を照らして雪の結晶がスパンコールみたいで綺麗です。
お庭の松やいちいの木に積もった雪も温かいロビーにいると、まるで真綿のように暖かそうに見えます。
まあ、2月ですし、実際は日中でも氷点下なのでしょうが。
事の始まりは朝の社長の一言でした。
「あ、優ちゃん。
今日ね、昔よくご家族で来館してくださってた井ノ上さんが、
『どうしても面接をしてもらいたい!』って凄い剣幕で電話してきたから、
ごめん、優ちゃん面接しといてくれる?」
そんな一言でした。
どうやら中居さんの面接のようです。
それを聞いて、さすがに私もたじろぎました。
だって、そりゃあ番頭ですからバイトの面接とかはした事ありますよ。
学生の。
でも、話しによると、今回は住み込み社員としての中居の面接だそうです。
そんなの、私が面接しちゃっていいのでしょうか?
さすがにマズイ気がとってもします。
「お袋が死んで、吉乃もまだまだ女将として不慣れだから、夏場に向けてもう一人居てくれたらいいなあ。 って、前々から考えてたんだよ。
でもボクは事務屋で、現場の事は今ひとつ理解してないし、吉乃もまだまだ面接するのは早いだろうし、ここは一つよろしくね。番頭さん。」
なんて感じで、体よく面接をなすりつけられてしまいました。
私の前に座る、この「井ノ上さん」というおばちゃんは、相変わらず物凄い勢いで喋り続けています。
すっかり冷えきったコーヒーカップの隣には、履歴書が広げられています。
いのうえ・・あさこさん。
ダメです。
この面接、絶対にダメです。
だって。
面接受けてるの、このおばちゃんじゃなくて、
さっきから一言も喋らずに、おばちゃんの隣で俯いてる娘さんの方なんですもの。
第十一話
優の長い一日(Ⅲ)マコちゃん
木漏れ日農免道路を走り切ると、道は私達の街の中心を流れる川の数キロ下流へ出ます。
街の中心に架かる赤い鉄橋の更に何本か下流の橋を渡り、私は対岸へと出ました。
この国道を川に沿って遡って行けば、私達の温泉街です。
腕時計を見ると、時間にはまだまだ余裕がありそうです。
ここからは車通りも多い国道ですし、さっきまでの農道のように気持ちよくスイスイというワケには行きません。
私達の温泉街が近づくにつれて、どこからともなく硫黄の香りがしてきます。
普段なら、まだまだこんな香りはして来ない場所のはずなのに、普段より強い香りがします。
ひょっとすると、噂に聞いたあれかもしれません。
「大手有名リゾートホテルチェーンが、いよいよこの街にも進出してくる。」
という噂です。
その噂は去年辺りからよく耳にするようになりました。
この街の温泉宿の社長さんや、番頭さん達は、それを聞いて最近はとても戦々恐々としています。
こんな街外れでも硫黄の香りがするのです。
ひょっとしたら、工事がいよいよ着工しはじめたのかも知れません。
硫黄の香りは、否が応でも仕事を連想させます。
これも、温泉旅館の番頭としての職業病なのでしょうか。
私は国道を走る緩やかな車の流れに合わせてVTZを走らせつつ、麻子ちゃんと初めて会った面接の日の事を思い出していました。
「宿に着いたら元気にお礼を言おう。」
それで一件落着していたつもりでしたが、やっぱりここ最近の麻子ちゃんの不可解な行動や、手足の痣や傷の事がお宿に近づくにつれて頭に浮かんでしまいます。
今年の二月。
お母さんに連れられた麻子ちゃんが、面接にやって来ました。
履歴書に目を通すと、この井ノ上麻子ちゃんの最終学歴は、神奈川の女子高が2年生で中退となっていました。
さっきから一方的にしゃべり続けるお母さん。
それはひょっとして、この「高校2年で中退」という部分に話しの流れを持って行かれたくなくて、口数で圧倒しようとしているのかも知れません。
「えっと、お話の途中でごめんなさい。
麻子ちゃん、高校2年で中退となっていますが、もし差し支えなかったら、
教えていただける範囲でいいので、理由、教えて下さいますか?。」
私は覚悟を決めて、お母さんがわざわざその話題に触れないように独りしゃべりを続けていただろう部分を、あえて尋ねてみる事にしました。
お母さんは、やはり、少し気まずそうな顔をして、これに関しては言葉少なく
「丁度その頃は病気を患っておりまして、自宅で療養をしておりました。」
とだけ教えてくれました。
自宅療養していたとはいえ、「その頃」と言う以上は、今は治ったと理解が出来ます。
(だったら復学したらいいのに・・。)
とも思ったのですが、たぶんそれは、ただのあげ足になっちゃうでしょうね。
どうやらお母さんの言い分だと、言葉通りの「ちょっと体調が悪かった。」という感じの「病気」とは違う感じがしたので、私はそれ以上は深く聞きませんでした。
肝心の麻子ちゃんは、宿に入ってからずっと下を向いて、一言も喋らないままです。
この麻子ちゃん。
18歳と履歴書には書いてありますが、実際見ると、もっと若いというか、幼く見えます。
大きな眼鏡に、二つに結んだ大きなお下げ髪。
服装も、18歳と言えば、もっとこう若い女の子らしくお洒落な格好でもいいはずですが、彼女の場合は、なんというか、独特といいますか・・
こういうの、ゴスロリって言うのでしょうか、何だか黒地に白いレースが沢山付いています。
ただ、テレビで見たことあるゴスロリは、女の子ももっとしっかりメイクをしてて、まるでフランスのお人形さんのようでしたが、この麻子ちゃんの場合は化粧ッ気がないために、まるで子供服のような印象すら受けて、益々幼く見えました。
おそらく、この面接はお断りする事になるでしょう。
私は体裁上「ちゃんと面接をしました。」という既成事実さえ残れば良いだろう。と、考えていました。 そいう気持ちもあって、これといって深い事は聞きませんでした。
お母さんは、さっきまでの重い話しから方向転換していのか、それまで背中に隠していたスケッチブックを取り出して、必死に麻子ちゃんが描いた絵を自慢しています。
確かに、可愛い色使いの絵が、そのスケッチブックいっぱいに描かれていましたが・・
絵は。
関係ないもんなぁ・・。
私はこれ以上面接を続けても時間の無駄遣いだと思い、
次の質問を最後にしようと思いました。
「しかし、どうして同じ温泉旅館で働くにしても、神奈川ではなくて、こんな他県の田舎町なんですか? 神奈川にも山ほど有名な温泉地があるじゃないですか? どうして? 麻子ちゃん?」
私はあえて、お母さんではなくて、麻子ちゃんに質問しました。
私はこのずっと黙りこくっている女の子の情熱が最後に見てみたかったのです。
だけど、やっぱり答えたのはお母さんでした。
「うちの麻子が、どうしても温泉で働きたいって言い出しまして・・
それも子供の頃に毎年家族で来たこのお宿がいいらしいんです。
どうやら、女将さんがとても上品で、人柄の良いおばあちゃんで好きになったみたいなんです。」
改めて、大女将は凄い方です。
亡くなってもなお、人の心に生き続けるのですから。
「ところで、女将さんは今どちらに?」
そうか、井ノ上さんは知らないんだ。
もう、あの上品で優しかった大女将がいない事を。
私は、手短に、四ヶ月前に女将が他界されたと伝えました。
お母さんも、大女将には随分良い思い出があったようで、とても驚いた顔をされて言葉を失ってしまいました。
さっきまで、あんなに賑やかに井ノ上さんの喋り声が響いていたお宿のロビーが、嘘のように静かです。
ファンヒーターのゴーゴーという音だけが響いています。
私は、そろそろ面接も潮時だな。
そんな事を思いました。
面接を切り上げようとした時に、何かモヤモヤとした物が私の心の中にある事に気が付きました。
その正体は、すぐに分かりました。
私は一言も、この麻子ちゃんの声を聞いていないのです。
それは、私の気の迷いだったのかも知れません。
さっきのが、最後の質問のつもりでした。
それもお母さんが答えてしまいました。
なのに私は、思わずうつむく麻子ちゃんの顔を覗きこんで尋ねていました。
「麻子ちゃんは、旅館が好きなんだ?」
「・・・・は、はい。」
麻子ちゃんは恥ずかしそうに、顔を赤くして俯いています。
まさか返事が返ってくるとは思っていなかったので、私は驚いてしまいました。
つい嬉しくなってしまって、質問を続けます。
「どんな所が好きなの?」
「あ、あの・・
皆一生懸命働いてて・・
バタバタ大変そうで・・。」
「お!分かってるじゃない!
そうだよ!
皆毎日、バタバタ朝から晩まで大運動会なんだよ~。
大変なんだよ~
どう? そんなに大変なのに、麻子ちゃんはやりたいの?」
私はちょっと脅してみました。
きっとこの子は尻込みする。
だけど、麻子ちゃんの答えは即答でした。
「あ・・あの。
頑張ります・・。」
それは本当に意外な答えでした。
私はてっきり、お母さんが高校中退した内向的な娘を、体よく県外の旅館に放り込もうと考えているのだと思っていたのです。
だけど、「頑張ります。」と答えた麻子ちゃんの瞳には、ちゃんと熱意があったのです。
この娘は、本当に自分の意志で住み込みで中居として働こうとしている。
私はそう感じました。
「大変だって知ってるのに、そんなに旅館がいいの?
どうして?」
「テ・・テレビで見て・・。」
そう答えると、最初はポツポツとした言葉でしたが、次第に麻子ちゃんの声に熱がこもり始めていき、いつの間にかずっと下を向いていたのに、今では私の目をしっかりと見つめて、自分が外に出れなくなっていた時にテレビで見た、ドラマだかアニメの話しを一所懸命語り始めたのです。
主人公の女の子が、ドタバタとした旅館の日常の中で、色んな人と出会い、恋をして、立派な女将へと成長していく。
というお話だったそうです。
学校にも行けず、友達とも遊べなかった麻子ちゃんには、その物語の中に、自分が味わう事が出来なかったキラキラした青春が詰まっていたように見えたのだそうです。
喋り出すと、さすがに親子です。
麻子ちゃんは止まりません。
でも、普段余程他人と話す事がないのでしょう。
とても不細工な話し方で、語る物語も何度も行ったり来たりしながら、それでも麻子ちゃんは熱く、熱く私に旅館の物語を聞かせてくれました。
私は目頭が熱くなるのを感じました。
話し方は不細工で下手くそだけど、嘘のない真っ直ぐな麻子ちゃんの感情が、私になだれ込んで来るのです。
失った青春を取り戻したいんだ。
やり直したいんだ。
そんな想いの矢が、私の心を撃ちぬいて行くのです。
こんなに人と話すのも苦手なのに、一生懸命私に伝えようとしている。
あたし。
決めました。
一存です。
独断と偏見です。
「麻子ちゃん!
現実は物語よりももっと、もっとドタバタだよ!
大丈夫!?」
「は、はいっ!」
麻子ちゃんは立ち上がり、元気いっぱい微笑みました。
私が思い出していたのは、そんな、まだ私が「麻子ちゃん」と呼んでいた頃の話しです。
麻子ちゃんと言うアダ名を付けたのは、コンビを組んでいる中居頭の上村さんです。
何度も何度も注意してるうちに、「あさこちゃん、あさこちゃん」というのが長くて面倒になったようです。
本人も、なんだか響きが可愛くてこのアダ名、喜んでるみたいです。
私はVTZのウインカーを左に点滅させました。
お宿までの最後のコンビニ。
バイク通勤の時の私の日課です。
思い出しました。
初心に戻りました。
私が麻子ちゃんをこの世界に引っ張りこんだんだ。
だから、ちゃんと私が面倒みないとダメなんです。
私はコンビニで緑茶のペットボトルを買うと、VTZを眺めながらそんな事を考えていました。
今日お宿に着いたら、ちゃんと麻子ちゃんとお話しよう。
ずっと気になっていた事。
最近の麻子ちゃんの不可解な行動について。
深夜の繁華街を出歩いてるワケも。
体に残る、痣や傷のワケも。
全部残らず麻子ちゃんと話そう。
私はそう誓うと、飲みかけのお茶をリュックサックに片付けて、再びVTZに跨がりました。
私はキーを回すと、スタートボタンを押します。
あれ。
ボタンを押してもキュルキュルとモーターが空回りするだけで、エンジンがかかりません。
何度も何度もスタートボタンを押すうちに、今度はモーターも空回りすらしなくなって、カタカタカタと力のない音がします。
そしてその後、VTZはうんともすんとも言わなくなってしまいました。
私は慌てて、またがったまま、右へ左へ車体を動かします。
ちゃぽん
ちゃぽん
それに合わせてタンクの中のガソリンが揺れます。
どうやらガソリンは入ってるみたいです。
なのに、なんでエンジンがかからないの、VTZ?
麻子ちゃんから貰ったグローブを外して、タンクに触ります。
「ボクモウダメエ・・」
そんな声がします。
あたし半分涙目です。
VTZ壊しちゃったよお。
「優、おまえ。
何バイクの上で尻振って遊んでるんだ?」
私が涙目のまま振り返ると、そこにはオンボロのカブにのった、ばっちい金髪に無精髭、安全第一のヘルメットが見えました。
「隆二ぃ~
VTZ壊れちゃったよおおお」
我ながら情けない声。
たぶん顔も情けないはずです。
だって、半べそですもん。
隆二は、カブにまたがったまま、何やらクンクンと匂いを嗅いでるようです。
そのままカブを降りると、匂いを嗅ぎながら近づいてきます。
そして、VTZに跨がる私のすぐ横まで来ると、急にしゃがんで私の足の付根あたりの匂いを嗅いでます・・
あ、あんた。
どこの匂い嗅いでんのよ・・
「ああ、ここだ。
臭いな。」
背中に悪寒が走ります。
ゾゾゾゾっと物凄い勢いです。
私はグローブを着けている方の右手を強く握って、思い切り安全第一と書かれたヘルメットをぶん殴りました。
しゃがんでた不届き者が景気良く吹っ飛びます。
ありがとう、麻子ちゃん。
あなたがくれた、拳にカーボンのプロテクターが付いたこのグローブ。
物凄い殺傷力です。
心からありがとう。
「いっってーっ!
バカ!
いきなり何すんだよっ!」
頭を抑えながら不届き者が起き上がります。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとあんた!
だ、だ、誰が臭いですって!
どこの匂い嗅いでんのよ!
この変態!」
「ど、どこって・・?
・・バッテリー・・だけど?」
不届き者がキョトンとしています。
私もキョトンとしています。
え。
バッテリー?
なにそれ。
「ちょっとバイク降りてみな。」
そう言いながら隆二は頭をコキコキと右へ左へやりながらやってきて、もう一度しゃがみ込みます。
そして、さっきまで私の右の太ももがあったあたりのバイクのカバーのネジを、10円玉で器用にクルクル回して外しました。
「ああ。
やっぱりだ。
運転してて、強烈な硫黄の匂いしなかったか?
これ、バッテリーが沸騰して干上がってるぞ。」
ええ。
しましたよ。
硫黄の香り。
でも、あれってリゾートホテルの工事じゃなかったの?
私は隆二の隣にしゃがみ込んで、隆二が指差すバッテリーを覗き込みました。
確かに、私が見たことがあるバッテリーは白くて四角いプラスチックの箱みたいな物でしたが、今私の目の前にあるのは、何ヶ所か茶色く変色しています。 それどころか、所々焦げたように黒くなってる所もありました。
「お前、ラッキーだよ。
これ、ヘタしたら発火してたぞ。」
隆二が苦笑いしてます。
「発火」という言葉を聞いて、私も寒気が走ります。
「バッテリーが・・
壊れたの?」
「いいや、たぶん十中八九、壊れたのはレギュレーターだ。
弱いで有名なんだよ。VTZのレギュレーター。
バイク自体は構造もシンプル。 エンジンも超頑丈で、「壊れないバイク」で有名なのに、
このレギュレーターだけが、設計ミスなんじゃないか?ってくらいに弱いんだ。」
レギュレーター・・。
そう言えば、出掛けに道洞君も同じ事を言っていたような気がします。
隆二曰く、このレギュレーターという装置は電気のフィルターのような物なのだそうです。
オートバイには直流の12Vという電気が走っているそうです。
でも、エンジンが走っている時に発電するのは、交流の大電圧なんだそうです。
そのエンジンで生まれた交流の大電圧がそのまま流れるとバイクは壊れていまうので、このレギュレーターという装置がフィルターの役割をして、交流を直流に。 大電圧を12Vに直してくれるんだそうです。
そして、その電気を蓄えるのがバッテリーなんだそうです。
電池と変圧アダプター付きの充電器みたいな物なんですね。
このレギュレーターという装置。
聞いただけでも、物凄い大仕事をしているだけあって、すごく熱くなるんだそうです。
だから普通のバイクだと、放熱用のギザギザした板がいっぱい付いて、しかも風当たりの良い場所に付いてる物なんですって。
でも、このVTZの場合は、何故か放熱板も無いデザインで、事もあろうか、一番熱くなるエンジンのすぐ上に付いてるんだそうです。
「これ、そのレギュレーターとか言うのとバッテリーを交換したら、VTZまた走るの?」
私が心配になって、涙目でそう尋ねると
「それで済めばいいんだが・・」
隆二があまりのも不安そうに言うものだから、私はますます不安になってしまいました。
「このレギュレーターが壊れると、2種類のうちどっちかの症状が出るんだ。
エンジンで生まれた電気が、壊れたレギュレーターから先に行かないか。
はたまた、レギュレーターをぶち抜いて、大電圧がバイク中を駆け巡るか。
だ。」
「前者は軽傷だ。
レギュレーターを壊れてない物に交換して、蓄電できずに空になったバッテリーを充電すれば、修理完了だ。
後者だと重症だ。
整流されていない大電圧の交流電気がバイク中を駆け巡って、機械部品という機械部品を壊して回る。 最悪の場合、バッテリーは電圧に耐え切れずに沸騰し、発火する。 あげく、配線すらも電気に耐えれずに発火する。
まあ、人間に雷が落ちたような状態だわな。
で、残念だけど、このVTZの場合は、この後者だ。」
思わず大量の涙が私の目から溢れだしました。
VTZを壊しちゃった。
VTZを壊しちゃった。
あんなに頑張って直して、ずっと私の事支えてくれたVTZを壊しちゃった。
そう思ったら、涙が止まらなくなってしまいました。
「あたしが・・
あたしが調子にのって、いっぱいアクセル回したからVTZ壊れちゃったの・・?」
私は気持ちよく木漏れ日街道を走った事を後悔していました。
いつものように、おとなしく通勤道を走っていればVTZは壊れなかったかも知れない。
そう思うと、VTZに申し訳なくて、申し訳なくて、次から次へと涙が出ました。
「ばーか。
これは、レギュレーターの欠陥だって言ってんだろ。
誰が乗っても壊れてたよ。
それにあれだ。
俺が知ってる限り、お前がこの街で一番上手いVTZ乗りだ。
それについては自信持て。
お前のせいじゃねーよ。」
珍しい、本当に珍しく隆二が私にかけてくれる、その優しい言葉で私は救われたような気がしました。
「なお・・るの?」
「まあ、どのレベルで電流が流れちまったか、またテスターだな。」
隆二は笑っています。
「電気部品オールだめ。
バッテリーだめで、レギュレーターだめ。
さらに配線もだめ。
ってなると、正直修理代で、中古のバイク買えるな。」
せっかく止まった涙が、また溢れそうになりました。
なのに隆二のバカはまだ笑っています。
「まあ、全部ショップで修理したら。
って話しだがな。
昔、腐る程走ってたバイクだし、ネットに中古部品もゴロゴロ転がってる。
自分でパーツかき集めたら、最悪の状態だったとしても2~3万もあれば直るだろ。
ま、みっちー(道洞君)に取りに来てもらって、テスター当ててみるわ。
来週のチームの能登ツー(ツーリング)までには直さないとな。」
「それまでに・・直る・・の?」
「直す。」
隆二はニカリと笑いました。
今日の私は大変だ。
泣いたり、笑ったりはしゃいだり。
そして、またこいつに借りを作ってしまいました。
たぶんこいつは、貸しだなんて思ってないんだと思います。
でも、彼女でもないし、これから先、バツイチのこいつと付き合う気のない私。
だけどこいつは、こうやって優しくしてくれる。
私もついつい、その身近さに頼ってしまう。
あんたが私にこうやってくれるのも、私と同じだよね?
幼なじみで、まるで親戚のようだからだよね。
もし、違うのなら。
・・あたしは卑怯な女だ。
私は、色んな気持ちを抱えながら、手短に隆二にお礼を言うと、リュックを背負ってお宿へと続く長い坂道を駈け出した。
なんだか色々申し訳なくて、やっぱりちょっとだけ涙がでた。




